初めての休息日
インクリウス魔術学院に入ってから、初めての休息日がやって来た。
週末の休息日には、生徒たちは、学院の外に出ることを許されている。平日よりも門限が伸びているし、消灯時間も一時間遅くなっている。
大概の生徒は、王都に遊びに出かけるようで、賑やかな準備の音が扉越しに伝わってきていた。
「ほら、ラウ、朝だよ。起きて」
休日だと言うのに、フロンは、早起きだった。
深夜には、学院を抜け出して火球を撃っている俺にとって、睡眠時間(三時間)に当たる早朝に彼女は起きる。さすがに、二時間睡眠だと眠くて仕方なかったが、彼女の思いやりを踏みにじるわけにもいかない。
「どうする? 休息日だけど、学食はやってるって。キミが食べるなら、また、一緒に下位クラスの食堂に行くけど」
手早く髪をまとめながら、フロンはそう言った。
休息日らしく、フロンは私服を着ていた。ベージュのガーディガンに薄桃色のスカート、いつもよりも愛らしく映る。
簡単に髪を結んだ彼女は、髪の毛をツーサイドアップにしてから、こちらに微笑みかけた。
「で、どうする?」
「いや、外で適当に食う……今日は、デートか? 随分と、可愛らしい装いだが」
「え~?」
ニヤニヤとしながら、彼女は、両頬に手を当てた。
「そう視える~?」
「うん、贄の娘たちも、カレシたちと休日に遊びに行ってたしな」
そういう時に、小遣いを与えると、彼女らは異常に喜んでいた。生き神様は、優しいだの、村で働くより全然良いだの、彼氏よりも生き神様の方が良い男だの、甘い言葉を吐いてから街へと繰り出していった。
輸送用火球で送り迎えしてやったので、魔物や幻獣を気にすることなく、ガルハ大森林から出られることも嬉しかったんだろう。彼女たちのカレシからも、礼を言われたし、土産もたんまりと買ってきてもらった。
まぁ、中には、俺の側から離れなかった奇異な娘もいたが……休日は、そんな娘たちと一緒に温泉に入ったりしたもんだ。
「フロン」
俺は、金袋を出して、彼女に笑いかける。
「小遣いをやろうか?」
「え? いや、要らないけど? なんで、同級生にお小遣いなんて貰わないといけないの? それに、私、貴族だから。キミに、施すくらいのものよ?」
「…………」
「いや、なに、膨れてるの。
あっ」
いたずらっぽく、彼女は口端を曲げる。
「もしかして、私に、彼氏がいると思って焦ってるんでしょぉ~? こんなにかわいくても、やっぱり、男の子か。同年代の女子に、憧れをもっちゃうのは仕方ないよね。私のこと、好きになっちゃったか~?」
妙にテンションの高いフロンに、頬をツンツンと突かれる。普段は、俺のベッドに乗ったりはしないのに、片膝を乗り上げて近寄ってきていた。
「前々から、フロンのことは好きだが」
「はいはい、キミが、男女の関係に興味をもつのはもうちょっと後のことか。一回くらいは、覗きでもやらかすと思ったら、カーテン一枚越しに着替えてても、ちっとも興味を示そうとしないんだから。この紳士君は」
「好きな相手の嫌がることをするわけないだろ」
「……いや、平気でこういうこと言うし、案外、あっさりと彼女くらい出来そう」
軋み音を立てて、にじり寄ってきたフロンは、髪を掻き上げてささやく。
「今日、一緒にお風呂でもはいろっか?」
「おう、良いな。夜にでも、温泉に行くか。アトロポス山の中腹に、オススメの良い湯があるんだ」
「ば~か」
鼻にデコピンされて、頬を染めた彼女が離れる。
「じょーだんよ、じょーだん」
「恥ずかしいなら、やらなければいいのに」
「うっさい。一度くらいは、ラウの動じるところ視てやりたいの」
立ち上がったフロンは、扉を半分開けて、笑顔でひらひらと手を振った。
「それじゃ、留守番よろしく。お土産買ってきてあげるから、良い子で待ってて。喉乾いたら、食堂に行って飲み物もらってね」
「おう、楽しんで来い。後でな」
「うん、じゃあね」
フロンは、ウキウキで消えていき――ドタドタと音がして、勢い良く扉が開かれ、息を荒げたフロンが戻ってくる。
「ひ、ひとりで、ちゃんとご飯食べられる!? というか、今日、どこでなにするの!? 王都の道は知ってる!? 迷子になった時には、どうすれば良いか言ってみて!? 知らない人には、付いていってもいいか!? YES OR NO!?」
「大丈夫だから、安心して行って来い。ひとりじゃないから。俺だって、それなりに、ココでの生活も慣れたから大丈夫だ」
「だ、だって、心配なんだもん。誘拐されたら、どうするの?
やっぱり、私、今日はラウと一緒に――」
「フロン」
俺は、微笑んで、ひらひらと手を振る。
「行って来い。カレシをあまり待たせるな」
「う~……で、でもぉ……」
「いいから。ほれ。とっとと行け。せっかくの勝負服だろ。カレシに視てもらえ」
「いや、ていうか、私、彼氏なんていな――ちょっと、うわ! 押さないでって! 力、強っ!!」
背中を押して、無理矢理、フロンを部屋から追い出した。
数分間、部屋の前でうろうろしていたようだが、ようやく諦めてくれたらしい。廊下を歩いていく、彼女の足音が聞こえてくる。
「さて」
俺は、あくびをしてから伸びをする。
「火球を撃つ以外、なにをするものかな。
と、その前に」
ずっと、感じていた気配。
窓のカーテンを開いた瞬間、俺の視界に、ふたり組の姿が飛び込んでくる。窓枠に掴まって、ラインとグールが号泣していた。
「ぼ、ボクは、誤解していた……君という存在のことを……あんな美少女と同室で過ごしていたのに、指一本触れないどころか、スケベ心を少しも出さないなんて……君こそが、真の紳士だ……いや、心の友だ……」
「盗み聞きは犯罪だぞ」
「フハハ……涙、か……このおれが、涙を流すとは……愛する女の幸せを追求し、別の男の下へと背中を押してやる……揺れる想いに、切なさが張り付く……普通の男では、出来まいよ、こんなことは……貴様こそ、真の漢……いや、心の友だ……」
「盗み見は犯罪だぞ」
ぷるぷると震えながら、窓枠に掴まっているふたりは、笑顔で俺へと手を伸ばす。
「「行こうぜ、相棒!! 漢の世界へ!!」」
「なんなんだ、お前ら」
こうして、俺は、漢たちと共に旅立った。




