炎唱の正体は
「王帰の魔剣が敗けた……!?」
「あぁ、惨敗だってよ。ふたりがかりで、炎唱にやられて逃げ帰ってきたらしい。王国魔術院と貴族間の会談があって、王帰の魔剣は解体されるんじゃないかって噂もある」
「冗談だろ!? 王帰の魔剣がいなくなったら、誰が王都を守るんだよ!?」
「魔導技術だよ。イミュエール家お抱えの魔導騎士が、王城に入ったって言われてる。
以前から、魔術騎士から魔導騎士への代替わりは、時間の問題だって言われてたからな」
「マジかよ……英雄と魔術の時代も終わりか……今後は、才能の有り無しが関係ない魔導技術の時代だな……いち早く、時代の変遷に気づいたイミュエール家の一人勝ちか……」
「……銀の星の言うことも、あながち間違いじゃないかもな」
「おい! バカ! 王都内でそんなこと言ってること聞かれたら、お前、終わりだぞ!!」
インクリウス魔術学院は、朝から、王帰の魔剣敗北の話題で持ち切りだった。
教師陣も諸対応に追われているのか、幾つかの授業が休講になる。
生徒たちの中には、喜んでいる者もいたが、この学院に学びに来た俺としては困ったことこの上ない。炎唱とか言う輩に、そろそろ、正義の鉄槌を下す必要があるかもしれない。
四時間目の授業も休講になったので、部屋に戻ると、フロンが先に戻っていた。
彼女は、俺を見つめてから、窓のカーテンを引いた。
「憶えてる?」
「なにを?」
「私が、襲われた時のこと。キミが、助けを呼んでくれて、フロン・ユアート・アイシクルは九死に一生を得た」
頷くと、フロンは、ベッドに腰を下ろす。
「私を助けたのは、何者?」
「火球好きの紳士」
「キミが知らないことはわかってるよ。たまたま、声をかけただけだろうしね。ただ、気が急くから、キミにも私の考えを聞いていて欲しい。
たぶん、キミが声をかけたのは――炎唱だと思う」
「いや、有り得んが」
アレ、俺だし。
否定した俺に対して、フロンは、真剣な眼差しを向けてくる。
「キミは、本当の意味で魔術の素人だから、違いはわからないかもしれないけど……アレはね、火球なんかじゃないの」
「は? 火球だが? さすがに、フロンでも、それ以上の暴言は許さんぞ?」
「そ、そんな怒らなくても……わ、わかったよ……キミにとっては、アレが火球ね……うん、わかったわかった……」
なだめられた俺は、憤怒を押し込めてから学習机に腰を下ろす。
「ともかく、私は、あの時の火の魔術の使い手は炎唱だと思ってる。埒外の魔力量に威力だったからね。
そして、ココからが重要」
フロンは、声を潜めてささやいた。
「あの人、この学院の制服を着ていたの」
まぁ、着替え忘れてたからなぁ。炎唱なんぞと一緒にされるのは、本当に嫌なんだが、フロンの推測に水を差すのも可哀想だ。
適当に、煙に巻くか。
「襲撃時の混乱で、視間違えただけだろ。
俺も視てたが、あの人は、制服なんて着てなかっ――」
「私、アレ、ファイだと思うの!!」
「えっ」
ずいっと、乗り出してきたフロンは、興奮気味に言った。
「ずーっと、考えたんだけど、ようやく確証を持てた。
あの人、1年制のネクタイをしてたでしょ? アイシクル家の情報網で手に入れた情報によると、アトロポス山の山頂に現れた炎唱は少女だったって。この私と並ぶ逸材が、そうそういるわけないと思ってた」
ひとしきり、捲し立てると、スッキリしたのか彼女は息をつく。興奮気味に、顔を輝かせたフロンは、片手に胸を当てて天井を見上げた。
「さすがは、私の好敵手。かの炎唱が、あんなにも若くて綺麗で、おまけに正体を隠して魔術学院に潜伏してるだなんて。しかも、私を助けておいて、しれっと何も知らないフリまでしてるんだよ。
私、インクリウス魔術学院に入って良かった! 相手にとって、不足はない!」
すごい。
ある意味。ある意味、核心に至ってしまっている。実際のところは、俺もファイも、炎唱なんぞとは無関係なんだが。
世間に『炎唱は少女である』と勘違いさせようとしたファイの策が、思わぬところで思わぬ人に突き刺さっている。
「あ、ラウ」
半目になったフロンは、俺の胸に人差し指を突きつける。
「言っとくけど、内緒だからね内緒。キミは、私のパートナーだし当事者でもあるから、特別にこの秘密を教えてあげたの。
しーっ、だからね、しーっ! もし、勝手に、誰かに教えたら許さないんだから」
「別に、誰にも言うつもりはないが。
なぁ、フロン、やっぱりソレは、思い違いなんじゃな――」
「久々に、燃えてきた……先に、緋色の制服を纏うのはこの私よ……アイシクル家の名にかけて……炎唱なんかには敗けない……!」
ダメだ、この娘、人の話を聞かないタイプだ。一度、思い込んだら修正不可能。折を見て、事実を捻じ曲げるくらいしないと無駄だろう。
とりあえず、ファイが炎唱だと思い込んでいても、問題はないことを確かめる必要性はあるか。
「で、昨今、世間を騒がせている炎唱がファイだとしたら……教師陣には、そのことを伝えなくていいのか?」
「言うわけないでしょ。別に、私は、炎唱が悪いことしたとは思ってないし。山の上で、魔術の練習してただけなのに、勝手に王国が危険視してちょっかい出しただけじゃない。かつて、ラウシュ王が殺されたのだって、無理矢理に炎唱を連れ去ろうとしたからだって聞いたよ。
私は私で、善悪を判断して、ファイには罪はないと判決を下した。よって、先生方に、密告するつもりはなし」
妙なところで、意思が強いなぁ。こういう娘、厄介なんだよ。俺が死期を悟って、世話係を解任したのに、最後まで山を離れなかった贄の娘に瓜二つだ。
「むしろ、危険なのは銀の星……私を襲った男たちの胸元にあった紋章……あの六芒星は……」
一瞬、他の物事に気をとられたフロンは、急に顔を上げた。
「いや、ちょっと待って! ラウシュ王が殺されたのって大昔の話……だとしたら、ファイはお婆さん!? お婆さんどころじゃない!? もしかして、炎唱って、魔術師の家系みたいに、次代へと継いでいくタイプの称号なのかな!?
ラウは、どう思う!?」
「よくわかんない」
「確かに、よくわかんないっ!!」
フロンは、良い娘だなぁ。
その後、なぜか、フロンはラウシュ王家の陰謀論を語り始めて、最終的には炎唱は永遠に生きる古代の魔術師で、その好敵手になっているフロンは凄いということになった。
「びっくりした……私って、凄いのね……」
「フロンは、良い娘だなぁ(しみじみ)」
部屋での休憩を終えた俺は、幻獣の皮を被っているハイドラ教授の『現代幻獣学』を受けてから――
「ラウ、ちょっと良いですか?」
なぜか、リエナ・ナシアロム教員に呼び出しを受けた。




