お説教ホットケーキ
基本的に、インクリウス魔術学院の生徒は、学院の外に出ることを許されていない。週末の休息日にのみ、王都に出たり、家に帰ることを許される。
本日は、週の半ばで平日。
休息日でもなんでもないので、当然、周囲に学院生はいなかった。
ラウド村の村民たちに繕ってもらった普段着を着て、俺は、王都内にある喫茶店に腰掛けている。エプロンドレスを着た給仕の女性たちは、妙な機械式の靴を履いていて、地面を滑るようにして配膳をしていた。
俺の目の前には、項垂れているファイが座っていた。
「戦っちゃったか」
「申し開きもありません」
頭を下げたファイは、右腕をテーブル上に置いた。左手に魔力をかき集めているので、利き腕を切り落とすつもりらしい。
「利き腕で、お許し頂けないでしょうか?」
「やめろ。勝手に、ファイを傷つけたら怒るぞ。人の姿をしていても、俺の大事な火球なんだから」
「はい……」
しゅんっと、ファイは、肩を落とした。
「なんで、戦った?
最後、アイツら、なにかしようとしてたが、発動してたらマズそうだったぞ」
「ラウ様が、炎唱だとバレたら――いえ、ラウ様が、炎唱であると難癖をつけられたら、後々、大いなる災禍に至ると思いました。王帰の魔剣に、炎唱が少女だと知らしめれば、ラウ様に累が及ぶことはありません」
確かに、同じアトロポス山で、俺と炎唱は同時期に修行を行っている。互いに、何代目かはわからないが、ラウシュ王を殺しているのも確かだ。
違いとしては、火球を使うか使わないかくらいなので、ファイの言う通り、炎唱が俺であると勘違いされてもおかしくはなかった。
「つまり、俺の身代わりになったのか?」
「相談もなしに、大それたことを……弁明はいたしません……ただ、罰を与えて頂ければ……」
「いや、俺のためにやってくれたことだ。謝らなくてもいいし、罰を与えるつもりもない。俺は、お前には、自由に生きて欲しいと思っている。成り行きで、生み出してしまって、こんなことにまで付き合わせて申し訳ないくらいだ」
俺は、前々から、考えていたことを口に出した。
「ファイ、俺は、お前を解放するよ」
「…………」
ファイは、勢い良く、顔を上げる。
「……え?」
彼女は、涙を引っ込めていて、代わりに絶望が顔面を彩っていた。ひくひくと、口端が痙攣していて、両目からは光が消えていた。
「わ、わたしが、不要になったのですか」
「え?」
「今回の失態で、愛想が尽きたのですね……要らない……わたしは、ラウ様にとって、要らない存在に……」
「そんなこと、一言も言ってないが」
俺は、片手を挙げて、店員のお姉さんを呼び出す。
「俺、そんなこと、一言も言ってないよな?」
「え……いや、聞いてなかったから、よくわかんないけど……痴話喧嘩……? 彼女のこと、泣かせちゃダメだよ。謝りな」
「ファイ、ごめん」
素直に謝罪すると、ファイは首を振る。
「謝って頂くことなんて、なにも御座いません……ただ、わたしは、ラウ様のお傍にいたいだけで……それ以上、なにも、望んではいません……」
「よくわかんないけど、コレでも食べて仲直りしなよ」
店員のお姉さんは、甘い香りをした円形のモノを置いていく。焦げ茶色の焼き目がついていて、ふんわりとしており、美味しそうだった。
「ファイ、コレ、なんだ?」
「え……ホットケーキという菓子のようですね。ラウド村では、馴染みのない菓子料理なので、ラウ様が知らなくても無理もありません」
「ふぅん。美味そうだ。食べたいなぁ」
俺は、口を開ける。
「申し訳ないが、食べさせてくれ」
「あ……」
見る見るうちに、ファイの両目に大粒の涙が浮かんだ。
「許して頂けるのですか……?」
「ん? 俺は、ファイの自由意志に口を出すつもりはないから、許すもなにもないが」
ナイフとフォークで、綺麗に切り分けたファイは、本当に嬉しそうに顔をほころばせて俺の口元に菓子を運ぶ。
「どうぞ」
「うん」
俺は、ホットケーキを噛み締める。
ふわふわだ。雲みたい。甘い。果てのない甘さ。歯に優しい。美味しい。幾らでも食えそう。甘い香りが、鼻を抜けていく。
総評、美味い!!
「美味いな。
ファイも食べたら、どうだ?」
「では、失礼いたします」
自分用に切り分けて、ファイは、ホットケーキを口に運び――顔が、ほころんだ。
「はい、美味しいです」
「な? 美味しいよな? 村の皆にも、持ち帰ってやろうかな。フロンたちも食うかな。いつもの礼に、買って帰ろうかな」
「ラウ様、お口を」
恭しく、傾けたコップを向けられる。ファイは、俺の口に水を流し込み、満面の笑みを浮かべた。
銀色の盆をもった店員たちの、ひそひそ話が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、視てよ、あのカップル。食べさせ合いっこしてるよ、かわい~!」
「いや、普通、食べさせ合いっこって、コップの水までやる? ていうか、男の子の方だけ食べさせられてない?」
「ラウ様、どうぞ」
「しかも、『様』まで付けてるし」
「若いねぇ……愛の形ってのはね、色々あるんだよ」
ホットケーキを食べ終えて、俺とファイは、連れ立って学院寮へと帰る。
しかし、この洗脳に近い『ラウ様に従う』という縛りから、ファイを救ってやれる手はないものだろうか。
俺は、直ぐにでも、転生器と話す必要があると思い始めていた。




