ファイアボール(美少女)
俺は、100万回転生して、火球を1垓回撃った。
正確に言えば、1.26144の20乗回の火球を撃った。胎息を駆使しても、俺の肉体限界は200年だったので、200歳になる度に下山して卵椅子を活用した。
結局、卵椅子の持ち主は現れなかった。
俺以外には、卵椅子を使っている人間もいないらしい。凶悪な魔物が多出する森深くなので、足を運ぶ人間が俺以外にはいないのだろう。
卵椅子の正式名称は、転生器と言うらしい。
『本機の正式名称は、RR-1 改弐型、通称は転生器です』
卵椅子自体が、そう言っていたので間違いない。
1垓回撃っても、火球にはまだ飽きない。まだまだ、伸び代はあると思うのだが、人間なのだから欲が出てくる。
俺は、他の初級魔術も撃ってみたい。
「転生器、人間というものは欲深いものだな。俺は、死ぬまで、火球一筋でいようと思ったが、何度でも生き直せると思ったら、他の初級魔術も学んでみたいと思ってしまう。
浮気心というものだろうか?」
『ラウ様、『英雄、色を好む』という言葉もあります。1垓回も火球を撃てば、さすがに、他の欲も出てくるものですよ』
「そういうものか」
『でも、なぜ、初級魔術なのですか? 中級や上級は?』
「火球しか撃てないのに、中級や上級に手を出すわけにはいかないだろう。
俺は、まだまだ、修行中の若輩だ」
『100万回も転生しておいて、よくそんなセリフ吐けましたね……普通は、1垓回も撃つ前に、火球以外にも手を出すと思うんですが……』
森の奥深くで、転生器と話すのにも慣れてきた。
当然のように、言葉を解する彼女(女らしい)は、顔なじみが全員いなくなってしまった俺の話し相手になっていた。
『では、ラウ様、人里に下りてみるのはいかがでしょうか?』
「人里……そこで、魔術を学ぶということか?」
ぷしゅうと、気の抜けた音で、転生機は返事を返した。
『私に残る情報によれば、大国には魔術を学ぶ学院があるとのことです。17歳時の肉体であれば、一般市民として通うことも難しくはないでしょう。
そこで、他の初級魔術を学ぶのです』
「よし、では、行ってくる」
『わーわー、ちょっとちょっと! お待ち下さい!!』
駆け出そうとすると、転生器に止められる。
『ラウ様、あなたは、火球しか撃ってこなかった故に、人里のことをなにも知りません。
それに、自分の身辺の世話をするのも一苦労な筈です』
確かに、言われてみれば、身の回りの世話は、贄の娘たちに任せていた。未だに、生き神たる俺への生贄文化は続いていて、やめろと再三言っても、聞いてくれないので辟易していた。
「言っておくが、贄の娘は連れて行かないぞ。彼女たちには彼女たちの人生があって、俺に捧げるものではない」
『火球しか撃ってこなかったのに、どこで、そんな道徳観を身につけたんですか……で、あれば、別の者を供につけましょう』
「誰だ?」
『火球です』
俺は、首を捻る。
『ラウ様、私には、ありとあらゆる素体情報が備わっています。転生のメカニズムは、説明に専門知識を要するので割愛しますが、基となる四大元素があれば、そこから肉体を形成することも可能なのです』
「つまり?」
『私の中に、あなたが構築した火球を入れてください。
その四大元素を基にして、あなたの供に成り得る人間を創り上げます』
「つまり、それは……魔術を人間にするということか?」
『そのとおりです。
私の中には、人間がこう有りたいと思う理想形の素体情報があるので、あなたの供として相応しい美女を用意し――』
「いや、火球を人間にするとか……ちょっと、こう、違うだろう……あの形状が良いのであって……あまり、惹かれるものがないというか……なぁ……?」
『こじらせてますねぇ!!
良いから、とっとと、火球を入れてください。あなたに付いていけるのは、あなたの火球くらいです』
どうやら、俺の意見を聞く耳は持たないらしい。
仕方なく、俺は、全力で火球を練り上げた。周辺を保護するために、反転場を作り上げて包み込み、万が一に備えて安全装置で錠をする。
宙空に浮かせた火球を凝縮して、俺は、転生器の前に飛ばした。
『なんですか、それ!?』
「え?」
『急に太陽を練り上げるのやめてくれます!? なんだ、その熱エネルギー!? エネルギー問題、その一発で解決しますよ!? 人の身で、なんてもん作り出してるんですか!? 存在が災害どころか天変地異でしょ!?』
「ふふ、よせよ」
『いや、カワイク照れるな!!』
「じゃあ、入れるぞ」
『入れるな、そんなもん!! やめろッ!!』
急に言葉遣いが荒くなった転生器を無視して、俺は、火球を投入する。甲高い悲鳴が上がるものの、扉は無事に仕舞って、いつものアナウンスが流れ始める。どうやら、無事に、転生器が作動したらしい。
『いやぁああああああああああああああああ!! 壊れちゃぅうううううううううううううううううう!!』
「大丈夫か、なんか、ガタガタ言ってるぞ」
縦横無尽に揺れていた転生器は、一瞬、沈黙した。
見守っていると――ぷしゅうと、音がして、扉が開き――機内は、空っぽだった。
「ん?」
中を覗き込んで――背後に、気配。
振り向くと、美しい少女が跪いていた。
腰元まで伸びる赫色の髪、紅玉をはめ込んだように光る瞳、柔らかで女性的な痩身……すべてが、計算され尽くしている。
絶世の美が、少女の姿をもって、生まれていた。
「第三魔法、火球、顕現いたしました」
綺麗な笑みを浮かべて、彼女は俺を見上げる。
「どうか、なんなりとご命令を――ラウ様」
「とりあえず」
俺は、着ていた上着を彼女に被せる。
「服を着ろ」
「も、申し訳ございません……」
全裸の少女は、恥ずかしそうに頬を染めた。