授業おサボりお散歩デート
イロナを追って、俺は、同じ魔導車に乗り込む。
あれよあれよと言う間に、『ハンドウラス湖群国立公園』という名の場所に着いた。
ハンドウラス湖群国立公園には、およそ公園とは呼べない規模の大森林が広がっている。
なにせ、面積は、約200平方キロメートルもある。公園内にある24個にも及ぶ湖は、山間から流れ出てくる清水で成り立ち、湖面の色合いは流れ込む四大元素量によって絶え間なく変化する。
24個の湖群は、紺碧、紺青、黄緑、灰色、赤、橙……多彩な色彩をもつ。美しく透き通る水面は、視ているだけでも癒やされる。
湖と湖の間にかかる橋を歩いていたイロナは、くるりと振り向いた。
「いい加減、付いてくるのやめてくんない?」
「うん……」
「てか、さっきから、なに読んでんの?」
鬱蒼とした森の中、陽光に照らされている湖の間で、俺はハンドブックを掲げる。
「入り口にあった。とても楽しい。絵もついてるぞ。二冊もらっておいたから、一緒に読んでみるか?」
「は? なにそれ、本気で言ってんの?」
「俺は、文字が読めないからなぁ。お前が一緒に読んでくれると、とても助かる。お礼に、火球を教えてやっても良いぞ」
「あのさ、まじで、うざいよ、きみ」
腕を組んだ彼女は、鼻で笑う。
「なに、きみ、良い人ぶんのが趣味なの? こんなとこまで、追いかけてきて、自分に酔っちゃってるでしょ?
そういうの、他所でやってくんない? あたしを巻き込まないで?」
「うん……」
「…………」
ついつい、ハンドブックに夢中になっていると、いつの間にかイロナがいなくなっている。先行して進んでいた彼女の背を見つけて、ハンドブックを読みながら、追いかけることにした。
「なぁ、この絵、なんの生き物かわかるか?」
「…………」
「なぁ、コレだぞ?」
「…………」
「なぁ、コ――」
「本当に、迷惑だっつってんのっ!!」
大声。
樹々に止まっていた鳥たちが、一斉に羽ばたいた。紺碧の水面に波が立って、どこかで、魚の跳ねる音がした。
声を荒げたイロナを、じっと見つめる。彼女は、前髪を整えながら、心底嫌気が差したかのようにため息を吐いた。
「あのさ、あたし、雑魚と絡む気ないから。この学院に入ったのだって、大いなる使命を果たすためなの。魔術とか、欠片も興味ないし。魔術師なんて、大嫌い。
きみ、Eランクでしょ? あたし、Dランクだから。絡む必要性、皆無。そのバカみたいなしゃべり方も嫌いだし、どっか、消えてくんない?」
俺は、改めて、彼女を見つめる。
うっすらと、化粧を施している顔。大胆に開いた胸元には、金色のアクセサリーを飾っている。スカート丈を短くして、太ももを露出しており、身じろぎする度に香水の香りが鼻に入ってくる。
「でも、ひとりになるのは嫌なんだろ?」
「……は?」
「贄の娘の中にも、お前と同じようなのがいた。ひとりになるのは嫌なのに、ひとりになろうとする。なんらかの重荷を背負って、孤独に潰れている。強い言葉を使って、相手を傷つけようともする。
全部、構って欲しいからだ」
静かに、イロナの顔が歪んだ。
「構って欲しい娘は、直ぐに目に出る。お前は、三人で騒いでいた俺たちのことを視ていただろ。視線には、意識と感情が混じるからわかりやすい。
自身では気づいてないようだが、無意識に、お前は孤独を恐れていたんだ」
「いや、意味わかんないから……あたしが、孤独を恐れるなんて……ただ、私は、あの子のために……自分のことなんて……もう、付いて来ないでよ……」
イロナは、踵を返し――止まった。
「よぉ、底辺、デートの邪魔したか?」
イロナの前には、金色の髪をもった少年が立っていた。
確か、名前は、ゼン・フェア・アグロシア。この地における有力貴族である五大貴族、アグロシア家の人間だったか。
「いや、火球を撃ってないからデートじゃないな」
ふたりの少年を引き連れた彼は、こちらを見下ろしてせせら笑った。
「意味わかんねーんだよ、ゴミが。辞書でデートの意味を調べてから、オレに返答するようにしろ、ボケ」
「ぜ、ゼン・フェア・アグロシア……アグロシア家の……」
イロナの目の色が、瞬時に変わる。彼女は、喜悦満面で、ゼンに近づいていって、そっと寄り添った。
「いや、違うんだよ、ゼン~! コイツ、勝手に、あたしの後ろに付いてきて~! まじ、迷惑してたんだから~! 助けに来てくれて、本当に助かっ――」
俺は、踏み込み――ゼンは、拳を振りかぶり――イロナの顔を殴りつけようとした拳を受け止めた。
舌打ちをして、ゼンは、俺を睨みつける。
「あぁ? 誰の許可得て、オレに触れてんだ底辺」
「お前、無抵抗の相手を本気で殴ろうとしたな。しかも、魔術で拳を強化している。俺が止めなければ、顔の骨が砕けていたぞ」
「えっ……ちょっ、なに……」
イロナは顔を青くして、ゼンは鼻で笑った。
「売女が、貴族様にへつらってきたからだろうが。オレは、昔から、媚びてきた女の顔は砕くようにしてる。
アグロシア家の標題は、『下民は踏め、売女は殴れ、無能は殺せ』だ」
魔術による体表、筋肉、骨格の強化――ゼンは、三手順をコンマ秒で終えて、思い切り力を籠めてくる。
「潰れろ、底辺が……オレを下に視たゴミは、誰だろうとも、生かしちゃおけねーんだよ……死ね、汚物……!!」
「…………」
このまま、受け続ければ、ゼンの背骨がへし折れるな――俺は、彼から手を離して距離をとる。
俺の反応を視て、彼は勝ち誇ったかのように口端を曲げる。
「今度は、助けはこねーぞ。フロン・ユアート・アイシクルは、今頃、優等生らしく馬鹿面で授業を受けてる。
あのクソ女にも、いずれ、報いを受けさせるが、まずは下等生物のテメーからだ」
「別に遊んでも良いが、他のヤツには迷惑をかけるな。
おい、イロナ」
俺が声をかけると、イロナはびくりと身じろぎする。
「もう、行っていいぞ。邪魔して悪かったな」
「い、いや、でも、きみは……」
「ハンドブック」
俺は、彼女に笑いかける。
「意外と面白いぞ。今度は、邪魔しないから、ひとりで散歩する時に読んでみると良い。俺は、字が読めなくて内容はわからないが、絵がたくさんあって綺麗だ」
「…………」
「行け」
「あぁ? 誰が、行っていいなんて許可出したんだ?」
ゼンの取り巻きの少年たちが、イロナを取り囲もうとして――疾走った俺は、彼らの顎を弾き――仲良く失神する。
「……あ?」
元の位置に戻った俺は、彼らの顔にかぶせたハンドブックを見つめる。
「ハンドブックが面白すぎて気絶したらしい」
その隙を突いて、イロナは、公園の出口へと走っていく。
「魔術か」
「いや、物理だが」
ゼンは、舌打ちをして後退る。
「テメー、いつの間に助けなんて呼びやがった……クソが、視えなかった……教師連中のひとりだな……ゴミ野郎が……次は、殺す……」
「待て、まだ、俺が火球を撃ってない」
自身を風で包み込んだゼンは、浮き上がり、そのまま飛び去っ――
「火球っ!」
「ぐぼぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
火球で叩き落とす。燃えながら、墜落していったゼンの生死を確認し、致命傷には至ってないことを確認する。
「結局」
俺は、気絶したふたりの少年を火球で包む。彼らを運びながら、俺は、ハンドブックに目をやった。
「この絵は、なんの生き物なんだ……?」
首を傾げながら、俺は学院への帰路に着いた。




