詠唱と魔法陣
「てか、きみ、なに?」
手遅れ娘と並んで、体育座り。ふわりとした、金色のショートヘアをもった彼女は、爪を弄くりながらささやいた。
「誰が?」
「だから、きみだってば」
各グループごとに座ったE・D・Cの生徒たちは、魔術の説明を始めたマリー教員を注視している。上着を肩にかけたマリー教員は、指をぐるんぐるん回しながら、魔術構築について説明していた。
「このひとつ前の授業で、リエナ先生に説明されたと思うけど、この世界の事物はすべて四大元素で構築されています。
で、この四大元素を操作して、操る術のことを魔術と称するんだけど……実際には、四大元素に対して、自分の命令を伝える象徴解釈を与えてあげる必要性があります」
「ラウだ、よろしくな。最近、火球以外にも興味が出てきたので、魔術学院に通うことになった。
我ながら偉いな」
「いや、意味わかんないから。さっきから、何語、しゃべってんの?」
「ぐぉらぁ、そこのふたり、私語は慎め~! 首をねじり切るぞ~!」
びしりと、マリー教員は、隣の手遅れ娘を指差す。
「んじゃあ、イロナ! 四大元素を操作する際に、魔術師が付与しなければならない象徴解釈をなんと呼称する?」
手遅れ娘(名前は、イロナと言うらしい)は、ぼそりと応える。
「術式」
「そのとおり。四大元素を操作するために、魔術師が付与する解釈のことを術式と呼びます。
例えば、この火球」
マリー教員は、0.3秒程度で火球を練り上げる。初級者と言ったところだろうが、良い火球である。
「火球と一口に言っても、火球の大きさ、外炎、内炎、炎心のバランス、燃焼の基となる物質」
マリー教員の手の中で、火球の色が、黄、赤、紫、青へと変じてから基に戻る。
「ありとあらゆる情報が、混在しています。しかも、ココまでが、ただの生成。ココから成形、射出とプロセスを踏む度に情報量は倍増していっちゃう」
指に灯した火球を、親指から小指まで移動させながら、マリー教員は続ける。
「魔術と言うのは、魔物、幻獣、異形への対抗手段のひとつとして、とある人間が考案した戦闘技術です。射出までの各プロセスをいちいち考えてたら、火球を撃ち出す前に魔物に殺されちゃうわよね?
なので、大抵の魔術師は、脳内で象徴を定義して、大雑把な術式としてそのまま撃ち出します」
ぺらぺらと、マリー教員は続ける。
「リエナ先生なんかは、その逆で、各プロセスごとに細かく値を振った術式を構築したりしますが……維持が難しいので、思い描いた通りに火球が進む前に術式がバラけたりしちゃいます
はい、では、ラインくん」
指されたウェルズベルト公爵家の長男、ライン・フォン・ウェルズベルトは、自信満々で両腕を組んだまま立ち上がった。
「これらの術式は、使い慣れないうちは、脳内で象徴するのも、細かく値を振るのもとても難しいです。
なので、古来の魔術師は、誰でも簡単に魔術を発動する手段を生み出しました。それは、一体、なんでしょうか?」
「詠唱と魔法陣だ! 間違いない!!」
「はい、正解
『来たれ、古よ。我が炎は、不可逆の火の穂に由来する』」
先生は、的に向けて、手のひらを向ける。
「『火球』」
ズォッ――急速に手の内で、収縮した火球は、あたかも毬のように歪んで――解き放たれた。
直撃! 爆発、爆炎、爆音!
突っ立っていた案山子の上半身が、吹き飛んで、燃えくずが宙を舞った。物の焦げる臭いが、周囲に立ち込めて、俺の鼻元まで届く。
「今のが、詠唱。
音吐によって、四大元素に働きかけて、面倒な術式を諸々吹っ飛ばすことが出来る。古の魔術師たちが、幾年月もの研究を重ねて、再現性100%の四大元素操作を構築したのね」
「フハハ、だが、デメリットはあるぞ! 速度は速いが、細かい術式を付与することが出来ん!! それに、相手に読まれやすい!」
「その通り。
敵対対象が魔物から人に変わった戦争の時代、魔術師たちは、詠唱によってどの魔術を発動するか読まれることを嫌った。
なので――」
無音――マリー教員の手首に、円形の六芒星が巻き付き――練り上げられた火球が、案山子の下半身を吹き飛ばした。
「事前に、四大元素に付与する術式を保存しておく技術を考えた。それが、魔法陣だね。
理論上、どれだけ細かい値を付与しても、事前に魔法陣を用意しておけば瞬時に発動出来る。試験用紙に、最初から、答えを書いておくようなものかな」
「ただ、魔法陣の構築は、かなり難しい。大抵は、魔術師が次代の魔術師へと継いでいき、複数世代を経て完成させるような代物だ。
有力な貴族以外、魔法陣を持つ者はいないだろうな」
「まぁ、リエナ先生とか、頭おかしいヤツは、一世代で複数の魔法陣をもってたりするけどね……はい、では、面倒な座学はコレでおしまい。これから、皆さんには、基礎魔術の練習を行ってもらいます。
基礎魔術は、誰でも唱えられると軽んじられることも多いですが、とても奥深くて面白い魔術です。慣れてくれば、詠唱も要らずに、唱えられるようにもなりますが、まずは詠唱から始めてみましょう。
それじゃあ、みんな、グループに分かれて!」
俺は、立ち上がって――すたすたと、どこかへと、歩いていく金髪の少女を追いかける。
「付いて来ないでくれる?」
「でも、お前がいないと、魔術の練習が出来ない。困る」
「勝手に困ってれば? 私はサボるから。魔術なんて、やってられないし」
俺は、マリー教員の方を振り返る。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!? なにをどうしたら、初撃で、練習相手を葬れるのよ!? なんで、まだ指示もしてないのに、無抵抗の相手に全力で撃った!?」
「フハハッ! すまんッ!!」
「…………」
火球が直撃して、倒れているグールと高笑いしているライン、マリー教員はその対応で大忙しのようだった。イロナが授業をサボって、学外に出ようとしていることに気づいていない。
当然のように、イロナは、学院の壁を超えて学外へと出た。
「……練習相手、いないしなぁ」
俺は、跳躍し――彼女を追いかけた。




