火球《ファイアボール》
昔から、火球が好きだった。
亡き母が教えてくれた魔術ということもあり、思い入れもあったが――なによりも、その単純で、美しい造形が好きだった。
「アイツ、また、火球撃ってるよ! 火球って、火球だぜ、火球!? みんなは、もう、中級魔術の練習してるのに!」
毎日のように、火球を撃つ俺のことを、村の皆は馬鹿にしていた。
練習中に、石をぶつけられたこともある。
それでも、俺は――雨の日も風の日も嵐の日も、ひたすらに火球を撃ち続けた。
一日は、たったの24時間しかない。
朝食、昼食、夕食、合わせて45分に、睡眠3時間……合わせて3時間45分、最低限の肉体保持に必要な時間以外は、すべて、火球に費やした。
俺、10歳、火球一発に費やす時間は30分。
一日に、俺は、40.5回の火球を撃った。
「あはは! 見ろよ! アイツ、まだ、火球撃ってる!! 火球しか撃てねぇのかよ!!」
年下の子供たちに、木の棒で叩かれて、遊び道具にされたこともある。
それでも、俺は――雨の日も風の日も嵐の日も、ひたすらに火球を撃ち続けた。
火球を撃ち続けて、10年が経った。
俺、20歳、火球一発に費やす時間は5分。
一発の火球に費やす時間が減った代わりに、火球を撃つ時間が増えた。
一日に、俺は、243回の火球を撃った。
「たかが、火球の構築に5分もかかるとか才能無さすぎだろ!」
村の人間に、無能呼ばわりされるのが常だった。
それでも、俺は――雨の日も風の日も嵐の日も、ひたすらに火球を撃ち続けた。
それから、30年が経った。
俺、50歳、火球一発に費やす時間は0.5秒。飛翔速度は1000m/秒。一発撃つだけで、周辺を灰燼に帰すので、練習場所を山奥に変えた。
「………………」
この頃から、村の人間は、俺になにも言わなくなった。
一日に、俺は、145800回の火球を撃った。
いつの間にか、一日中、火球を撃ち続けても、疲労や憔悴を感じることがなくなっていた。
代わりに、俺は、大いなる感謝を感じた。
0.5秒で構築される火球の温かさこそが、天と地の狭間にいる俺への神からの手向けであると思った。世界の中心で、愛を叫ぶ代わりに、俺は火球を撃ち続けた。
それから、50年が経った。
俺、100歳、火球一発に費やす時間は0.005秒。一発撃つだけで、大陸を海に沈める可能性もあるため、大陸最高峰のアトロポス山の上から、天へ向けて射出した。
「ほほ、お主、人間にしては面白いヤツじゃのう」
この頃から、アトロポス山に住んでいた仙人に認められて、師事を受けるようになる。
俺、120歳。
ついに、俺の火球は――ボッ――音を置き去りにした。
「生き神様じゃ……ありがたやありがたや……かしこみかしこみもまをす……」
俺は、村人たちに『生き神様』として祀られるようになった。
森に棲み着いた盗賊や魔物たちが、俺を恐れて近寄らないということで、神扱いされているようだった。
美しい年頃の娘が、贄として送られてきたが、俺は彼女たちに指一本たりとも触れなかった。
俺の中の欲は、火球以外になかった。
心に決めた恋人がいた彼女たちは、俺のそうした対応に痛く感激して、身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。
この頃合い、噂を聞きつけた大国の王から『下山して伺候しに来い。さもなければ、兵を送って村を滅ぼす』と連絡が来た。
俺は、火球を撃った。大国の王は死んだ。
俺、150歳、病に倒れる。
胎息(仙人の呼吸法)で心身の老化を抑えていたが、ついに限界を迎えることになった。贄の娘たちは、なぜか知らないが深く悲しんで、中には『生き神様と今生を共にします』と言うヤツまで出始めた。
生まれて初めて、俺は、火球以外に時間を費やした。
さすがに、麓の村から、山の上まで奉公しに来た娘たちには情が移る。ひとりひとり、時間をかけて、懇切丁寧に説得をした。
生き神様が、火球以外を口にするなんて、と、娘たちは泣き腫らすくらいに感激して村に帰っていった。仙術で老化を抑えた俺は、火球を撃ちながら、彼女たちが幸福に死ぬまでその障害を取り除き続けた。
俺、200歳、さすがに死ぬみたいだ。
師匠に挨拶をして、最期は、村の近くの森で死ぬことにした。
懐かしの故郷を前にして、過ぎ去りし人生が脳裏をよぎった。思い出の日々は、すべて、火球だった。俺の記憶容量が、一から十まで、火球であることに満足する。
「……ん?」
さて、死ぬかと覚悟を決めた折に、森の中に謎の物体を見つける。
2メートル大、卵の形をした硬質な物体だった。火球しか撃ってこなかったので、金属には馴染みはなかったが、この世界に存在している金属とは別物のように思えた。
半身が地面に埋もれている巨大卵――ぷしゅう――気の抜けた音がして、扉が開いた。
『当機は、リンカネーション・プロジェクト推進機器のひとつです。道徳・倫理に関する諸問題は、然るべき監査機関によってオールグリーンの査定を受けており、質疑についてはWIARのホームページ上で――』
卵が喋っている。
火球を撃とうとしていた俺は、開いた扉の先に、椅子があることに気がついた。
見慣れない素材で出来ているが、最期くらい、座って死ぬのも良いかもしれない。
俺は、扉の先へと、卵の中に入って――扉が閉まった。
「ん?」
『ご搭乗ありがとうございます。
只今より、肉体情報と精神情報の読み込み後に、転生プログラムを始動いたします。転生後に体調不良を感じた場合は、かかりつけの医師かWIARの――』
俺は、眠気を感じて――目が覚める。
いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
起き上がった俺は、病に侵されていた肉体が、元通りに戻っていることに気づく。
と同時に、手足のシワが消えていることに驚いた。
「コレは……まさか……」
扉が開いて、俺は、卵から飛び出す。
近場の川にまで駆けていき、水面に映る17歳の自分を見つめた。
「わ、若返っている……あの卵の仕業か……まさか、大国の技術が、ココまで成長しているとは……」
――転生後に体調不良を感じた場合は
転生。あの卵椅子は、この若返りを転生と言っていた。
どうやら、大国の何者かが、この森の奥にこの機械を置いていったらしい。持ち主に無断で借用してしまったのは申し訳ないが、もし、コレが捨てられているようであれば活用させて頂きたい。
「とりあえず」
若返った俺は、再び、失った人生を取り戻して――
「火球を撃つか」
火球を撃つことにした。
そして、俺は――100万回の転生を終えた。