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この頃冷えてきたなあとか感じつつ、最近見つけた隠れ家的なバーに入る。別に普通の酒場でも良いんだけど、お酒はなんというか……親しい人と一対一でゆっくり飲む方が好きだ。だから、こういう店をついつい探してしまう。
「待った?」
「一杯分はな。まあ座れよ」
「うん」
先に来ていたフリードに促されるまま、僕はカウンター席に座り、マスターにいつものと簡単に注文を済ませる。こういうやり取りが、なんとなく大人っぽくて好き。
「ったく……んでわざわざ別に仕事取らなきゃならんかねえ……」
「いやあ……お前の穴になってるとか噂でも御免なんだよなあ……」
「同感だ。なんで俺がわざわざお前なんだよ」
フリードが来てから一ヶ月くらいは、フリードのノルマもあるし二人でダンジョンに潜っていた。ライド君のE級としてのノルマもあるし、修行にも休息が必要だ。そうやって、上手くやっていたんだけど……
ある日、噂を知ったのだ。僕とフリードが性別の垣根を超えて、フォーリンラブな関係なんだとか。
それを知った瞬間僕とフリードはとりあえずパーティーを解散し、フリードはソロで、僕はフリーでポーターやるようになった。
確かに、僕は美形だ。性別を超えた美貌を誇るエルフの血だから。そして、なんかそういう方面の外宇宙と感覚が繋がっている少女淑女からすると、僕みたいな線の細い美形と、フリードみたいな雄々しい男の組み合わせは大変そそるものがあるらしい。まったくもって理解はできないけれど。
「ちなみにお前男の経験はあんの?」
「無い。いくら森羅の部族でもそれはない。と言うか森羅の部族で男性同士の同性愛とか片方吊し上げでぶっ殺されてもおかしくない大罪だから」
「おーこっわ」
エルフの血の影響なのか、森羅の部族の男は性的に淡白なことが多い。人より長い命が、繁殖欲求を削いでいるのかも知れない。
けれど、だからこそというべきか、生物的な生産性絶無の同性愛に対する異端視が酷い。女性同士だと見てみぬふりされるくらいには受け入れられるのに、何故か。
まあ、森羅の部族って女性の生まれやすい傾向にあって、男性割合は多くても四割くらいで一夫多妻が普通だからしょうがないことだとは思う。ただでさえ淡白な上にデキにくいからその辺の退廃的行為は部族的に危険だ。
「君は僕の境遇をうらやましいって言ったけどさ」
「おう。今でも思う。だってあれだろ? お前を女に置き換えたクオリティの女抱き放題なんだろ?」
「…………いつかわからせてやりたいけどまあ、否定しないでおいてやるよ。でも、森羅の部族だとね、男は僕の味方だったよ。同情してくれた」
思えばたまに休暇をくれたのも男衆から言ってくれたからなんだろう。一夫多妻でも、妻同士の繋がりが厚くて男は強く出られない。それがエルフの結婚だ。妻の同意があれば二人目以降の妻は男の拒否権が無くなる恐怖。
「枯れてんなあ男エルフ」
「言っとくけど僕が特別なだけだからね? 顔立ちはエルフっぽいのが優先して血を遺してきたから整ってるのが多いけど、他は基本的に変わらないんだよ」
性欲多いやつは性欲多いよ。僕のこと羨ましがる奴だっていたよ。そして僕もどちらかと言えば強いよ。ただひたすらにトラウマが強いだけで。露出の多い女の人を見ると命の危険を感じるくらいには……
「結局俺はもう顔が良くて胸がありゃなんでも良い。愛とか求めん……一夜の夢だけで良い……」
「愛されて体が怖くなった僕と、愛されなくて心が怖くなった君……お互い女難だね。まあ僕が愛されてたの種馬部分だけだけど」
だから嫌だった面もある。誰か僕を見てというか……
「やめようぜこの話。とりあえず、乾杯」
「乾杯……ねえそれ何?」
「あ? ビール」
お洒落なバーで大衆居酒屋みたいな大雑把な酒をジョッキで飲むんじゃないよ雰囲気壊れるなあ……
「どうかな、ライド君は」
「悪くねえ。いや、悔しいが状況に恵まれてる分、同年代の俺よか良い」
状況に恵まれてるっていうのは、こうやって生活の憂いもなく、かといって危機感が無いわけでもなく、きちんと冒険者としての指導を受けさせてもらえる状況のことだろう。
確かに、認めたくないけど、フリードにもエルフセンサーは反応した。それでもここまで時間がかかってしまったのは、境遇に余裕が無さすぎたせいだろう。
裕福でもない農家の三男坊。長男のように継ぐ物も無く、長男の補助は次男で事足りる。予備の予備として生きれば、農奴同然の生き方しかできない。
それが嫌で無一文で街に出てきて、危機感だけでやってきた。強くはなっていったけど、あまりにも、効率が悪かった。
「まだ二ヶ月か」
「うん。僕が面倒見始めてからは半年だよ」
「それでも早い。そろそろ道場稽古も終わりにして、ダンジョンでしごいても問題ねえ……とは俺は思う。もっとも、人を育てた経験はお前の方が多いだろ。お前の判断は?」
「うん。僕もそう思う。最近は君のおかげでクラーラちゃんに専念できたけど、魔法系だし成長期だし、伸びが良いよ」
まだ低いけれど、身長は確実に伸びている。元々伸びやすい育ちやすい時期だったのか、線は細いけれどしっかりとした筋肉がつきはじめているのは水面浮遊訓練の時に見てわかる。
魔法的にも、水の魔法の基礎はできるようになったと言っても良いだろう。地頭が良いみたいで、増えた手札も前からある手札も、適材適所でしっかりと使い分けができる。その辺はとても器用だ。
戦闘技能方面も、扱う武器も定まって、まだ未完成の身体を魔法で補う立ち回りも覚えつつある。元々バランス感覚が良いから、動きを覚えたらあっという間だ。早めにダンジョンで実際の動きを覚えてもらった方が早いだろうという判断にも繋がる。
「ただ間違いなくジョブは典型的な魔法剣士なんだけど、武器スキルはまだかな?」
「こっちはある程度。まあ魔法の方がメインで教えてんだ。そっちはしゃあねえよ。お前ほどは期待してねえけど魔法使いとしてはどんなもんだ?」
「純魔として評価するなら、総合並み」
魔法剣士としての性なのか、魔法的にも近接的な傾向が強い。射程距離と弾速に秀でた魔法が苦手な反面、発動速度と瞬間出力は高い。中衛から後衛レンジでの撃ち合いは弱いけど、近接レンジでのぶつかり合いなら同程度の魔法使いには負けないだろう。
魔力量は魔法使いとして見れば標準的な範囲。魔法の用途を接近戦及び防御に絞るなら充分か。
「並み……なら問題ねえな。俺とお前がいれば万が一も起こらんだろうし、ここのダンジョンでしごくか」
「そうだね」
前衛レンジならフリードがどうとでもカバーできるし、フリードにできないことはだいたい僕ができる。ここのダンジョンはそこまで悪辣なトラップも無いし大丈夫だろう。
「だとして……ライド君には指揮覚えてもらおうと思ってたんだけど……」
「諦めろ。将来的に役に立たねえ」
「だよねえ……」
狂戦士。純近接中量系ジョブだ。ジョブの特性は強靭な肉体と、狂っているという名前とは相反する高い精神耐性。
器用さが足りず技量を求める軽量武器を扱うことはできないけれど、小手先無用の特大武器を両手に一撃必殺を決める超攻撃型ジョブ……らしい。
そしてこの精神耐性っていうのが厄介かつ特殊で、言ってしまえば極限の集中力なのだ。戦い始めると敵を殺すことしか考えない。だから外部からの余計な精神干渉に囚われないし、精神に介入する魔法に対して驚くほど強い。
ただ、味方の声も届きにくくなる。当然そんなんだから周囲を気にしながら戦うとか土台無理な話だし、指揮なんてできようはずもない。
フリードは同じ前衛としてこのジョブについて知っていたらしく、あの相手になにも言わせないただ一方的にヒントと問題を押し付け続ける指導はそれに基づくものだったとか。
意外と考えてたんだなとか思ったのは内緒。
「…………だとしたらクラーラちゃんだけど、ライド君的には、クラーラちゃんに長く冒険者やってほしくないんだろうね」
「だろうな。自分がC級になって何とか養えるようになったら、内職でもさせて、普通に嫁に出てほしいってのが本音だろ」
「ねー」
クラーラちゃんには女性冒険者も大丈夫的なことは言ったけれど、ならなくて良いならならないに越したことは無くて、ライド君にとっては過保護と言われようが、最終的に冒険者なんてやめさせたい仕事のはずだ。
僕も、基本的に気まぐれな性格で、雑に生きて良い期間が人より長いからこの仕事を選んだけれど、そうじゃなかったら選んでない。
「難しいなあ……」
「俺はこれしか生き方知らねえし、これからも曲げるつもりはねえが……万一娘がいて、この仕事しろって言えるかって言われたら黙るしかねえ」
「僕は……うーん……自分の子供のエルフ具合によるなあ……」
エルフしてたら好きにしたらって言うかも知れないし、エルフしてなかったら堅実な幸せを強いるかも知れない。
「まあ、ここで言ってたってしゃあねえよ。本人達の問題だ。クラーラがやりてえって言えばライドは止めるんだろうし、そうやって話し合えば良い。差し当たって、指揮は置いて基本的な探索を教えてやれば良い」
「だね。将来的に二人で活動するなら指揮ってほどの指揮要らないし。レギオンに入りたいなら君の伝手もあるでしょ?」
「あるにはあるがお前、ラウンズクインテットに伝手あんだろ? 比較的若い世代が多いレギオンだって聞くしそこに捩じ込んでやれよ」
「伝手って言うか……因縁だよ。恨まれてるかも」
僕が育てた、二番目のパーティー。誰かに言われた訳じゃない。僕が選び、僕の趣味で育てた、未来の英雄達。
"双極双剣"レオン、"鉄塊要塞"サザール、"粉砕魔導"クリッサ、"冥府封鎖"グレイシア、"重量戦車"バナン。男三二女、精鋭の若手パーティー。
でも、若手って思ってるのはもう僕くらいなんだろう。僕と彼等が出会ったのは二十三か二十四の時……三年くらいで全てを明かして、彼等の元を去って。そこから五年以上経って……新進気鋭にして、英雄とまで言われた五人の青年淑女が立ち上げた大手ギルド、ラウンズクインテットの噂を聞くようになったのはいつのことだったか。
義理立てのつもりなのか、僕にもお誘いをかけてくれたけれど、B級の大物になってしまった彼等に合わせる顔がない。レベッカちゃんを通じてお断りの連絡を入れた。
聞いた話によるとフルメーラまでクリッサちゃんが来たらしいけど、ちょうど三番目のパーティー育て切って逃亡期間中だったから顔を合わせることは無かった。幸いなのかはわからないけれど。
「そうか? そうは思えんが……」
「そうかな? ふふ、でもね? 僕、誰に自慢もしないけど、ずっと誇っていけると思う。あの子達を育てたのは僕なんだって。勝手に育っても大きく咲いただろうけど、水と堆肥を与えて、こんなに早く咲かせたんだって」
「いや自慢しろよ。と言うか俺が知ってるくらいだからな? 別に隠せてないからな?」
そういやそうだった。あの子達が言い触らしてるんだろうか? 困るなあ……ガッツリ知れ渡っちゃったら一度冒険者ライセンス返上して十年くらい雲隠れしようかな。そしたら世代交代でみんな忘れてるだろうし。
ふふ、これぞ真血のエルフのアドバンテージ。娯楽に使い潰せる時間が長い。その頃四十代半ば……まあ見た目年齢も多少は成長するだろう。なんか僕の知らないエルフアビリティーが無ければ。
「そういうことなら、ちょっと頑張ってみようかな。ほら、僕、あの子達育て終わったらB級にならなきゃなんでしょ? どうせそうなったら居場所照会できるし、嫌でも仕事で関わるだろうし」
あの子達、なんか王家に謁見して冒険者ギルド全体に干渉できるようになったらしい。王都のギルド本部に食い込んでるなら、B級以上の居場所は簡単に把握できる。B級の移籍は、本部に申告がいるから。
それに、そもそもC級までは個々のギルドで共通の基準さえ満たしていればそこのギルドの独断で上がれるけど、B級となると試験を受けたギルドが試験結果と推薦状を本部に出して、本部で合否を判断っていう手続き踏むから、なった時点でバレる。
「そうだな……だったらそう。あいつらもその間見てやれば良い」
「え?」
「俺と、お前と。あの兄妹でパーティー組むのも面白いだろ? 俺もここまで来たら中途半端で投げたくねえ。なんなら俺が引退した後の後任くらいのつもりで育てる」
「うん……あー、そっかー」
いつか、教え子じゃなくて、頼れる仲間になる日。それを、見ても良いんだ……
今までは、できなかった。僕がフルメーラを離れる気がなかったから、上にいく子達に着いていくことが。
でも、今回は……なんかフリードに誘われたから二つ返事で頷いちゃったけど、僕はフルメーラから出て、B級になるって決めている。押し上げるだけじゃなくて、引っ張ってあげられる。
「そっかー……そっかー……うん、あの子達の意思次第だけどね? 面白そうだなあ……氷鉄のフリードとミスティン兄妹With運び屋エルフみたいな」
「お前にパーティー名は死んでも付けさせねえ」
「駄目ならアルヴ・セレットとか? 選ばれた英雄みたいな意味の古い言葉なんだけど」
「急にセンス上げてくんのな。アルヴったら……古い言葉でエルフだったか。エルフの選んだ英雄達ってか。悪くねえな」
「え?」
「…………心底意外そうな顔してんな……お前ほんっとに……」
合ってる。合ってるけど……さぁ!?
「ごめんちょっと無理君からすっごい知性の感じる……ぷっ! なんで、フリードが、古語……ぷっ……くくっ……」
「マスター。こいつに一番キツいのを頼む」
それはちょっとお断りしたいなって、拒否権の無い身で思った。
ラウンズクインテット
エルフの二組目の教え子が立ち上げたレギオン。竜殺しの名声を得て、なんやかんやで王国のお姫様を誑かし、国を守護せよとそれっぽいお言葉と称号を頂いている。
竜殺しの英雄のレギオンとかいう夢のある謳い文句のお陰で平均年齢は低め。