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「おらお前の持ってる武器はなんだ言ってみろゴルァ!?」


「け、剣です!」


「剣じゃねえ棒付き鉄塊だ斬ろう斬ろうとか考えてんじゃねえ! 潰すんだよ! 密着間合いなら上から側面向けて振り下ろすだけで殺せるんだよ! なんなら盾感覚で押し潰すんだよ! 剣が使いてえならショーソサブで持って間合い次第でそんな鉄塊ぶん投げて殴れやぁ!」


「はい! はい!」


 やっぱりあいつ馬鹿なんだな、とライド君に稽古をつけるフリードを見て思った。

 驚くほどの感覚派。こうするといいよって教える僕と違って、こうなるするから対応しろと一方的に押し付ける。それでいてヒントはきっちり与えているし、立ち回りもきっちり言語化できてるから教え方としては……悪くない。

 けど、端から見ていて頭が悪い。終始叫びながらライド君をどつき回しているようにしか見えない。


「あ、あの、お兄ちゃん、大丈夫なんでしょうか……」


「折らない限りは僕が治癒の法術使えるし……あれね、結構な高等技術なの」


 痛いし苦しいけど後に残らない痛め付け方。馬鹿のくせに器用だなと思うよ、ほんとに。


「僕らも頑張ろうか……あの二人、相性が思ったより良い……」


 ライド君はなんというか……立場に従順な兵士タイプの素養があった。上からの命令に唯々諾々と従って、不満を溢さないタイプ。それでいて結構感覚派だから、一方的に考えるな感じろを押し付けるタイプのフリードとかなり噛み合っている。


「おうそうだその間合いなら振れ! 振り続けろオラ当てろやぁ! 当たるまで振るんだよ二発目は考えなくて良い相手は死ぬ! 詰めてきたら蹴りでもタックルでもやって引き剥がせ! そして押せ! 押して圧し殺せ圧力弱いんだよヘタレかアァン!?」


「押します! ああああああああ!!」


「そうだ踏み込め考えるな! 殺せば死ぬんだよ! お前が死ぬより早く殺せば勝てる! いいぞそうだそうだ退くな進め進め! 後ろの奴は勝手にお前に合わせると思い込め! 狂戦士が連携とか考えるな! 自分に合わさせろ! 振りが鈍いんだよウスノロがぁ! 振ったら振り抜け武器に振られんな!」


 二回褒めて一罵倒。余計なことを考える余裕を与えないから集中力が続く。なんなら集中切らすと即行でフリードが殴ってくるし倒れてると蹴り起こされるから立ち続けるしかない。

 こいつ教官向いてないなあ……ついてこれない奴に合わせるとかできなさそう……でも一人の弟子を育て上げる分にはアリなんだよねこれ……


「僕達の方は上品に頑張ろうね。とりあえず、走ろうか」


「は、はい……」


 あんな風にはなるまい。そしてフリードの育てたライド君に僕の育てるクラーラちゃんが負けるのも悔しいから絶対に強くしてやると心に決めながら、森の中に向かって走り出した。

 クラーラちゃんは現在三つのメニューを平行して行っている。その一つが走り込みを中心とした体幹トレーニングだ。

 まだ身体が小さいのもあって、クラーラちゃんは体力的なハンデが大きい。それを少しでも改善するために、足場の悪い森を僕が先導するペースで走らせて、重心意識と基礎体力の向上を図っている。


「ヘタるな立て! 俺が良いって言うまで休むな! 余計こと考えるから体力使うんだよ!」


 ……ちょっと離れても聞こえるんだよなあ……


「あの人は、エルフさんの、師匠さんとかなんですか?」


「は? あいつが? なわけ。同期だよ同期。なんかあいつだけB級になってるけどね」


「……?」


 あ、年齢話してないや。まあ話す必要もないか……おじさん呼ばわりされたら地味に心に刺さるし。エルフの三十代なんて君達の十代後半と大差無いんだぞ。

 と言うか結構ペース上げてるんだけど会話の余裕あるのか。前はこの半分のペースで苦しそうだったのに……練気法ずっとやらせてた影響で肺活量もきっちり伸びてるらしい。魔力循環のお陰で心拍数も安定的に向上できてるみたいだし、ほんとに魔法型の前衛ジョブっぽいなあ……これは典型的な……魔法剣士かな?

 だとしたら武器スキルの適性は軽量の剣カテゴリーか。扱えてロングソードまでだろう。重めなブロードソードは厳しそう。

 魔法使いとしては照準とか準備動作のために利き手の反対はフリーにしておきたいし、ショーソ……ショートソードかシミターの類いかな。

 ならシミター。僕が教えられるから。小型のブーメランの扱いも教えて上げよう。


「さて、慣れて来ただろうしブースト入ろうか?」


「っはい!」


 胸のメダルを握り締めて、クラーラちゃんは深く呼吸……練気法を行う。そして、クッと息を止めて、全身に魔力を巡らせた。

 ヒュウ……上手い上手い。魔力の展開から維持までのペースが全身で一定。走りながらでもペースを落とさず、しっかり呼吸を練気法に切り替えてる。修行の成果が出てる。

 水属性の強みだ。炎や風、土と違って、水は人体の大半以上を構成する要素だ。そんな水と自身の境を溶かしたりする修行のお陰で、体内魔力循環が飛躍的に上手くなっている。このまま実戦レベルまで練度が上がる日も遠くはないだろう。

 ただ問題は……


「……ねえ、そのメダルさ……僕に返せる?」


「…………すみません、頑張りますから……!」


 森羅の秘宝、四枚のメダル。水属性を象徴するその青のメダルに、クラーラちゃんは驚異的なほど依存しきっていた。

 別に魔法が上手くなるとかそんな効果は無い。ただ、水面浮遊修行を始めたばかりのころ、水の力を感じるから、それを感覚的な参考にできるかなと握らせておいたのが、もはや魔法の発動と概念単位で精神的に結び付いてしまったらしい。

 握らせとかないと実力が半分くらいに落ちる。ついでに修行の能率も半分以下に落ちるから無理矢理取り上げることもできない。

 あげたくないんだよなあ……本当にただ持ってる分には魔法的な効果とか一切無くて、感じる人には属性的な力が感じられるだけのただのメダル……つまりただのお宝なのだ。だからこそ、あげたくない。

 別に、故郷が嫌いな訳じゃない。ちょっとエルフの血に対して貪欲すぎて怖いだけで、育ってきた場所だから。そして、このエルフの血も誇りに思っている。だから、そんな森羅の秘宝を他人に渡すのは矜持が許さない。


 でも、クラーラちゃん、ほんとに心底あのメダルを気に入ってるみたいで、シャワーに入る時すら手放そうとしない。なんなら寝る時までずっと握ってるというのはライド君の談だ。

 恋人かな? そこまで依存されると無理矢理取り上げるのもできればやりたくない……でも渡したくはない。ううん、ジレンマ。似たようなメダルを……と思ったけどクラーラちゃんメダルフェチ説を前提にすると僕すらわからない何かを感じてキレられそう。


「急がなくても良いけど、そのうち返してね? その……大事な物だからさ」


「……はい……ごめんなさい……」


 その落ち込みは申し訳無さなのか手放さなきゃいけない悲しみなのか……どっちもっぽい。ほんとにあのメダルに何を感じてるんだろう。僕が知らないだけでなんかあったりするんだろうか? その……雄大な海に包まれるがごとき安心感を感じる、みたいな。

 そんなこと無いと思うんだけどなあ……冷えた水音を感じる程度の物だと……


 と、余計なことを考えながら、獣道に入り込む。悪路を跳ぶように走り、後ろのクラーラちゃんを撒くくらいのつもりで森を駆けた。

 クラーラちゃんは落ち込む表情を睨むような真面目顔に切り替え、そんな僕を追うようにその足を加速した。


 急カーブの連続。獣でも転倒するような悪路。

 ついてくる。土を抉り、全身で重心を整えながら、ペースを乱さずに。

 障害の連続。岩を跳び、小川を超え、低い太枝を滑るように潜り抜け、連立する木々の狭い隙間を半身で通り抜ける。

 追ってくる。軽快に跳ね、ぬかるみを厭わず、ふわりと舞って、曲芸を思わせるほど軽快に身を操る。


 集中力もある。魔力的な感覚も悪くない。けれど、この子の最大の強みは……このバランス感覚だ。

 慣れた森歩きでもこれはできないだろう。足場を見極めているより、着地の瞬間にジャストで重心を調整している。なにも教えてないのにこれができるんだからもはや才能だろう。

 思えば水面浮遊の修行の時でも、浮力の維持に失敗することはあっても不安定な足場に転ぶことは少なかった。

 伸ばしてみるとわかるけど、ガチで近接型なんだよねこの子。性格もおどおどしていたけれど、芯は強い。ライド君から引き剥がして不安定になるかと思ったら、いないならいないで自立した。これにはライド君もビックリして、過保護すぎたかと落ち込んでいたくらいだ。


「ペースを上げるよ……と言うか置き去りにするつもりで行くから、全力で来て!」


「はいっ!」


「じゃあ、こっから魔法全開、ね!」


 開幕水蒸気の煙幕を展開し、砂嵐を起こしながら樹上に跳び、枝を蹴って木々を渡り、水の鞭を作り出して離れた木に結び、落下と蹴りの反動、遠心力を利かせて一足に森を跳ぶ。

 背後を振り替えれば、水蒸気と砂埃をノンストップで越えたクラーラちゃんがこちらを見失ったようにキョロキョロした後、僕を見つけたのか、再び駆け出した。

 魔力の追跡も問題ない。きっちり最後に使った水の鞭の痕跡を見つけてる。僕自身は自己強化はしていないから、普通に走るペースはクラーラちゃんより遅い。すぐに追い付いてくるだろう。


「その調子その調子! じゃ、これはどうかな?」


 人の頭ほどの大きさの水の玉をいくつも生み出し、背後から追従するクラーラちゃんに放つ。当然加減してるから球速は遅い。けれど、こっちに向かってきているクラーラちゃんから見れば速度は相対的に速く見えるだろう。

 ただ避けるために止まれば僕に引き離される。止まらずに対処するしかない。ライド君なら剣で叩き落としながら直進できるんだろうけど、クラーラちゃんの体幹でそれは厳しいから、脳筋で突破することはできない。さあ、どう来るか。


「『リキッドランス!』」


 ふーん、そう来るか。

 『リキッドランス』。水属性の基本的な魔法だ。細く収束させた棒状の水弾を放つ。射程距離は物理的な投石に比べれば短いけど、大きな発動モーションも無く放てて、一点集中の質量は簡単な構造物なら打ち砕くことができる。

 水属性の強みは、高い応用力と重さだ。液体っていう固体から気体まで形状の自由の高いものを操る属性。点の破壊力の槍状と、面の破壊力の球状の使い分けだけでも相当強力で、フリードみたいな盾使いからは相当嫌がられる。

 槍状ならスピードと射程距離の代償に質量がいまいちだからあれだけど、大質量がいっぺんにのし掛かってくる球状を盾で受け止めると、盾使い側からすれば洒落になら無い負荷がかかるのだ。

 魔物から見てもそれは同じで、うっかり受けると転倒から粘着性のある水による行動阻害で袋叩きにして殺されるとかよくある。

 今回はそんな応用力を生かした形だろう。面に対しては点の破壊力。僕の飛ばした水球はそれよりも質量の小さい槍に撃ち抜かれて爆散。初弾をクラーラちゃんは見事に潜り抜けた。


 悪くない。咄嗟の選択肢に魔法を入れられるようになってる。

 でも僕が放ったのは一発じゃない。押し掛けるように二発目三発目、遅れて後続四発目。追撃の五発目がクラーラちゃんに襲い掛かる。


 飛び道具(魔法)で先頭を迎撃したお陰で生まれた後続の二発目との時間的余裕で、二発目と三発目の挙動を見切ったクラーラちゃんはギリギリで下を潜るようにそれを回避し、四発目に対して水を纏わせた拳を使って払い除けた。


 教えなくてもその発想に至れたのは褒めてあげたい。水属性の強みの応用力。ただの拳なら重さや腕力の都合で押し返されてしまうところを、拳に水を纏わせることで重さと受け面積、緩衝力を上げて振り払うことができた。


 最後五発目を、半身だけ逸らして避けたクラーラちゃんは、苦しそうに胸を抑えて、少しふらつくように体勢をよろめかせた。

 不安定になりかけたその姿勢を正すけれど、その間隙に自己強化が途切れる。回避に夢中になって、維持まで気が回らなくなってしまったらしい。練気法が乱れて呼吸が混乱したのも追い討ちになったんだろう。ガクリと、ペースが落ちた。


 でも大分肺は強くなったなあ……走りながらの練気法失敗って肺が空気ほとんど失って内側から握り潰されるみたいに苦しくなるか、吸いながら吸っちゃうミスで吸ってるのに吸えなくなって呼吸困難誤認してさらに吸おうとしちゃう悪連鎖でぶっ倒れるか、どちらにせよただじゃ済まないのに。


「っ、あ、っ……! ふぅぅぅ……ハァァァァァ……!!」


 後者……吸いすぎによる呼吸困難に陥りかけたクラーラちゃん。だけど、咄嗟に胸のメダルを握った瞬間、吐くことを思い出して、一気に練気法を建て直し、倒れそうになっていた身体を土を抉るほどの踏み込みで無理矢理支え、押し出し、加速を乗せて前に進んだ。


 だからそのメダル、そういうのじゃないから。


 水魔法

 液体を司る魔法。他人の魔力が混入すると操れなくなるので、相手の体内を操作したりはできない。

 既存の水を操ることもできるし、水っぽい液体を生成することもできる。この生成した液体は飲んでも吸収されず、時間が経つと雑多な魔力になって霧散する。人の体内にある場合は呼吸で排出される。

 某年の震災を学べばわかるが、水は普通に人を殺せる。

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