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 アパートは意外としっかりとした作りのものだった。

 最低限寝起きができる程度の四人部屋だったけど、個人の机があって、ベッドがあって、アパートっていうより寮っていう方がイメージに合うかも知れない。

 職員さんに事情を話して、四人部屋を僕とミスティン兄妹で使わせてもらえている分、優遇されているんだろう。冒険者の評価なんてライセンスを見る分には階級が高くて若い奴がよく見られる。たぶんC級って部分と見た目しか見られてなかったんだろう。


 そんな場所で一夜を明かして……僕はとりあえずライド君を冒険者の現実に突き落とした。

 ギルドに連れていって、E級の仕事全部やらせてやってくださいと頭を下げた。ライド君にはE級の基本給なんて小遣い未満で、歩合部分で頑張るしか無いことは教えてある。クラーラちゃんのために、頑張れるだろう。

 朝一で連れてったから……えっと、たぶんギルド関係の公衆トイレの掃除とか、ギルドの掃除の朝日課に、昼間はギルドの販売所の肉体労働とかやってるのかな。携帯食料の加工場とか血生臭いし辛いし大変なんだよね……

 でもその頑張りを周囲……D級やC級の冒険者が見てくれて、ポーターやサポートとしてダンジョン探索に誘ってくれる。肉体労働が多いのは基礎体力を育てるため。衛生面がアレな仕事が多いのも精神的な修行になる。

 やりたくないこと押し付けるだけとも思えるけど、ちゃんと経験になっているのだ。販売所の手伝いとか、薬とか消耗品の扱いを学べるからかなり重要。


「そうそう、そうやって先っぽと後ろの毛を毟ったら、先っぽを括って、ちょっと曲げながら後ろを括って、はい完成!」


 そうやってライド君が走り回っている間、僕はアパートでクラーラちゃんに矢の作り方を教えていた。

 僕たち弓使いにとっての生命線……矢。弓スキルで『マジックアロー』っていう魔力の矢を放つスキルがあるから無くてもある程度戦えるけど、魔力の消費が少なくないし、エルフの魔力を持ってる僕でもない限り『マジックアロー』だけで戦うなんてできないだろう。

 それに、『マジックアロー』は普通の矢くらいの威力は出せるけど、他のスキルの効果を乗せると威力が下がる。普通の矢さえあれば別のスキルで強力な攻撃ができるんだから、矢はあった方がいい。


 これが作るのがまた面倒くさいのだ。矢細工師なんて専門職がいるくらいで、そんな職人から買うと高い。だから弓使いはある程度の精度の矢を自作できるようになる。僕の場合は野人時代に自然に学んだけど、野人やめてからも矢の値段が高すぎて半分矢細工師やってた時期があったくらいだ。

 矢を作るための矢羽根を得るための鳥を射るための矢を……ってずっとやってたからね。はは、楽しかったなー。


 で、なんでそんな作業をクラーラちゃんにやらせてるかと言えば、内職兼集中力のトレーニングだ。

 魔法には集中力が不可欠。見えない力を見えないまま不安定な第六感で動かすんだから、素人からしたら発狂しそうなくらいの精神力を使う。

 同じ魔力を運用する『マジックアロー』も似たようなものだけど、魔法とスキルは……なんとなく、違うのだ。スキルも集中するっちゃするけど、理系の集中と体育会系の集中みたいな違いがある。


 そして、この矢自体売れるのだ。出来が良いのは僕が買い取るし、そうでないのも最低限の品質があれば練習用の矢として二束三文でも売れる。上達すれば今頑張ってるライド君より稼げるようになるはずだ。

 ……もっとも、鏃をつける作業ができないからかなり先の話だけど。


「まずは三十本、休憩しながらでも頑張ってみよう」


「は、はい!」


 と、クラーラちゃんが頑張ってる横で未完成の矢に鏃をつける作業をする。これは僕用。出来の悪い奴は先っぽ焼いて削るだけにして練習用の矢として売る。

 思い出すなあ……金欠の同期に、『矢細工の方が儲かるけど手伝う?』って聞いたら三本目で集中切らして矢をへし折ったの。その点クラーラちゃんはちゃんと集中続いてるから偉い。


「で、できました。さんじゅ、っぽん……」


 集中切らしたら目が回ったのか、クラーラちゃんがこめかみを抑えてぐわんぐわんしていた。

 うん、大変だったね。まともな精度は五本に一本くらいか……うん、初めてにしては上出来だね。


「休憩しようか」


 テーブルの上の台にポッドを置いて、アルコールランプで温める。少し湧いたら、カップに入れてクラーラちゃんに手渡した。


「ありがとうございます……」


「どういたしまして。今日は頑張ったね。あんまり無理しても仕方無いから、今日はこのお仕事はこれで終わり」


 お兄ちゃんとの違いを気にしてはいけない。男女差に加えて年齢差もある。あの歳なら壊さなきゃ直るだろうし、その辺の境目はギルドもわかっているだろう。

 それに、魔法使い方面なら、肉体修行より今は精神修行がメインだ。肉体修行はその後。結局魔法も最終的にフィジカルが重要になってくるけど、この歳の女の子にフィジカルなんて期待してはいけない。


「それ飲んだら、少しだけお昼寝しようか。これもお仕事だよ」


 身も心もフラットな状態じゃないといけないからね。


「あ、あの!」


「ん? どうしたの?」


「お兄ちゃんは、今、何をしてるんでしょうか……」


「えっと、この時間だから……」


 日の傾き的にお昼前だろうし、少し早めの昼を食べてからダンジョン探索しようとする冒険者がギルドに集まる時間帯だ。出る前に消耗品の補充をしたり、ギルド提携の食堂とかもフル稼働開始してる時間だろうし……


「たぶん、お店の雑用じゃないかな」


 遅いノロマさっさとしろと怒号の飛び交う雑用。朝方の仕入れや搬入のシンプル重労働とどっちが大変かって言ったら、精神的な負荷はこっちの方がキツいよね。僕も『うっさいなあ!』とか叫びそうになった。


「……」


「言っとくけど別にクラーラちゃんが一人だけ楽してるって訳じゃないからね? お兄ちゃんは身体を使うけど、クラーラちゃんはたくさん勉強するの。お兄ちゃんは初日から一番辛くて、これがずっと続くけど、クラーラちゃんも徐々に辛くなってくからね」


 三ヶ月くらいやらせればライド君なら得るものを得るだろう。筋肉と精神の破壊と再生を繰り返した先に究極の肉体と精神が宿るんだよ。僕一切関係無かったけど。


「……はい」


 クラーラちゃんがベッドで横になる。美しい兄妹愛に、ちょっと心が温まった。大丈夫……二人とも、しっかり二流までは押し上げてあげるから。一流になれるかどうかは、気持ち次第だ。

 精神的に疲れていたのか、クラーラちゃんはすぐに眠りにつく。

 せめていい夢を見てくれると良いけれど。








 ガチャン、バタン!

 と、ドアを開けてボロ雑巾が転がってきた。違った、ライド君が死体のように崩れ落ちた。


「お兄ちゃん!?」


 外を見ると、真っ暗だ。たぶん遅くまで何から何までやらされてたんだろう。ちょっと前まで僕もこんな風だった。同期と張り合って、余計に体力使ってたっけ。


「クラーラちゃん、お湯用意してあったでしょ? 脱がして拭いて着替えさせて。教えたでしょ、負傷者介護。ちょうどいい死体が来たんだから」


「え、えっと……!」


 あれはそう……僕の育てた二番目のパーティとの話だったかな。D級のパーティだったんだけど、特に何気無しに普通にソロ探索してたら勝手に壊滅しかけてるところを見付けたんだよね。

 僕から見たら別にどうとでもなった状況なんだけど、リーダーの男の子が意識を失うレベルのダメージを受けて、無惨に大量出血。対処法がわからなかったのか、女の子が一人わんわん泣いて、その叫びで魔物がよってきて、前衛の他の子もジリ貧っていう状況だった。

 偶然僕がいたから助けに入れたけど、このままじゃ全滅するな……と思って、全員前衛とか効率悪いだろうしポーターとして入れてよって具合に入り込んで、色々できるようにしてあげたの。

 ギルドもね、D級に上げた時点でその辺のことくらい講習してあげればいいのに……まあ、C級でもできない奴いるけどさ……


「自分で……やれ……る……」


「……らしいからクラーラちゃん夕食用意して上げて」


 どうやらクラーラちゃんが下着に手をかけようとした段階で兄としてのプライドから蘇ったらしい。

 ここまで死ねるくらい働かせてもらえたんだから、基礎体力はまあまああるんだろう。僕がこれやってた時はもう少し生きてた。泥のように眠る余裕はあったし。


「どうだった?」


「…………」


「夢なんて無かったでしょ。みんなそこからだよ。でも、たぶん君より働いてる人はいなかったよね。じゃあ、その中じゃ君が一番だ。誇っていいよ」


「…………はい」


 このやる気があれば半年でDランクも夢じゃない。三ヶ月くらいこれやらせて、そこからは基礎的な技能覚えさせて、戦闘教え込んで、ダンジョン連れ回せばいけるだろう。


「三ヶ月これを続ける。そうしたら他の冒険者の人に顔を覚えてもらえるし、同期もいたでしょ? 横の繋がりができるんだよ。基本的にみんな事情はどうであれその雑用やって来てるから、三ヶ月きっちりやり通せば、体力と根性はあるやつ、って覚えてくれるから、C級やD級の人からも誘ってもらえるし、E級の同期が昇級した後も引っ張ってもらえるから、きっちり頑張ろうね」


「……っはい……!」


 この段階でキツいのは、終わりと理由がわからないことだ。

 キツいわりに給料なんて全然無い。自分の夢見ていたそれと違う。その事実が心を折って、半分以上がこの段階で脱落する。僕の同期もそうだった。

 だから、どこまでこの期間があるのかを明確にして、なぜこの期間が必要なのかを明示してあげるだけでも大分モチベーションが変わってくる。

 そうやって向上したモチベーションは仕事の出来を良くするし、精神的な余裕は人格を優しくする。仕事ができて性格の良い子は同期や上の評価を得やすいから、良いこと尽くめなのだ。

 とはいっても最初から教えると三ヶ月耐えれば良いと手抜きを始める場合もあるから一旦地獄を見せた後に状況見て教える。


「……安心してね。クラーラちゃんにもある程度精神的な修行させるけど、体力と相談して無理の無い範囲にするから。あと、生活費は僕が面倒見て上げるから君の給料は全額君達の物だから、頑張れ」


「……っ! はい!」


 この子は、良い子だ。クラーラちゃんを引き合いに出せばどこまでも無理ができる。こういう精神的な支柱がある子は良く伸びる。それは、愛情であったり、憧憬であったり、だ。

 僕の場合は、そんな美しい物じゃ無かった。単純に、時間の感覚が良い方に影響したんだ。三ヶ月を長いと思わなかったから、特に苦を感じなかった。

 だから現時点同期に先越されてC級やってると思うとムカつくな……なんだろう。C級に不満はないけどあいつより階級低い事実はイラッとする。


 あ、C級に上がる目処が立ったらあいつ呼べないかな。魔法適性絶無の完全近接戦士とかあいつそのものだし、得るものも多いだろう。大手レギオンとの繋がりもあるだろうしそっち方面の進路も拓ける。良いことずくめだ。

 と言うかそれならD級時点から呼んだ方が良いかも。魔法方面は僕がなんでも教えて上げられるけど、物理方面には専門家がいた方が良いだろう。

 手紙書くかな。三ヶ月後くらいに来いって。今までは同期のふりしてることが多くてこういうのできなかったからワクワクしてきた。



クラーラちゃん

 ライド君の妹。おとなしめの兄想いの女の子。自発性が無いとも言う。

 前髪伸ばしてて顔見えないだけで結構美人。ナチュラルが完成してて化粧凝ると逆に変になるタイプ。

 ただ、元々好奇心は旺盛。今までは家の中で本を読んでそれを満たしていて、自発性が無くコミュニケーションが苦手なのはお兄ちゃんが過保護でする必要が無かったから。

 わりと柔軟メンタルしてるので、周囲の状況や環境に合わせて適応できる水みたいな性格。お兄ちゃんいなければいないでまあ……みたいな。


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