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移籍の手続きは簡単だった。
もうレベッカちゃんがだいたいギルド側の手続きは用意していてくれたから、あの酒の席で名前を書くだけで、僕は別のギルドに移籍することになった。
C級冒険者の移籍なんて日常茶飯事だ。B級の移籍となるとギルド間で連絡取り合って手続きが複雑で時間がかかるけれど、C級の僕の移籍なんて、ギルドから一方的に移籍させた旨の手紙が向かうだけ。
こういう面で楽だからC級やってるって部分もある。C級からB級に上がると基本給ぐっと増えるらしいけど、別にC級でも食べていけるし、お金のかかる趣味も無いし、貯金も充分できてる。上がろうとは正直思わない。
新しい街では、前の街以上に冒険者が多かった。前の街ではC級を筆頭にD級を集めてパーティ組んでる感じだったけど、C級の数も多い。基本的にはC級同士でパーティを組んでるみたいだ。
さて、ギルドに挨拶するところから始めようかな……フリーでポーターやりたいから斡旋してとお願いすれば上手いようにやってくれるだろう。
「ん?」
そう思って、ギルドに向かおうと思った、その時だった。
冒険者、ではない。育ち盛りだろうけど、引き締まった体躯の男の子……十代半ばくらいだろうか? それに付き添う、少し幼い女の子の二人組。
あー、キテる。両耳のエルフアンテナがピコピコいってる。感じるよこれは! あーまあ一年くらいで帰るつもりだったけどこれはそうもいかないかもなあ! うん、全然問題ないよ! レッツゴー!
「ねえねえ君達、新しく来た、冒険者の子かな?」
なるべく親しみを込めて、どちらかと言ったら女性的な仕草で声をかける。この性別不詳容姿は僕にとって武器だ。女の子のいるパーティは男性に対して警戒的なことが多い。それを掻い潜るエルフの美貌……!
「そうだけど、あんたは?」
後ろの子を庇うみたいに、男の子の方が聞いてくる。
ふんふん? 兄妹かな? 感じが似てる。魔法の気配は……妹ちゃんの方が濃い。当たり前か。魔力は女性の方が多いんだから。得意元素は水……うん、悪くない才能。
「んとね、ほら、ここで若い子って珍しいでしょ? 仲良くしたいなあって」
C級は基本的に二十代後半以降……おじさんが多い。
僕もかくいうC級おじさんの一人だけど、そう見えないからこそ、慣れたD級くらいに見える。少し年上だけど、世代違いには見えないでしょう? 中身もそんなに変わらないんだから。
「その子を見る限り、まだ慣れてないみたいだし、E級でしょ? 僕も他から移籍してきたばっかりなんだけど、力になれると思うよ」
「…………っと、実は……」
「あ、つもる事情ならどっかで落ち着いて話さない? 立ち話もあれだし。先輩だし、お昼くらいご馳走させてよ」
お財布には余裕あるの。何故なら君達みたいのにお金をかけるために僕がいるから。たまの出稼ぎはこのためにあるの。なんだったら裏で稼いどくから! 一ヶ月くらいガチれば相当稼げるの僕!
「……すみません。ご馳走になります」
僕の見た目年齢からしても歳下。久し振りだな歳上として敬語使われるの。どうしよう。これなら最初から全部話そうかな? いや、ちょっと先輩風吹かせるくらいにしておこう。
「うんうん! あ、僕はエルフ。如何にも如何にもって感じの見た目してるでしょ?」
「あ、自分はライド。こっちは妹のクラーラ。クラーラ、悪い人じゃない。挨拶しよう」
「え、えっと、は、はじめまして……クラーラ=ミスティン、です……」
ライド君にクラーラちゃんか。忘れないよ。君達が死んでも覚えてるから……なんて言ったら重いかな。
僕もこの辺のこと明るくないから、人の出入りが多い大衆食堂を適当に見繕って、テーブル席をもらう。本当は個室のある料理屋さんが良かったけど、その辺はおいおい探していこう。
「で、何か訳ありみたいだけど……話してくれるなら、聞くよ?」
「……はい。実は……」
家出、らしい。
元々は父親と母親、そして兄妹の四人暮らしだったんだけど、父親が外に女を作って蒸発。一気に貧しくなって、男に裏切られた母親は狂ったように男遊びを初めて、連れ込んだ男に妹まで手出しされそうになったから、居てもいられず飛び出してきたと。
正義感の強いお兄ちゃんだなあ……通りで冒険者になろうにも若すぎる気がした。
「ふーん……妹ちゃん幾つ?」
「ああ、自分は十五歳。妹は十二になります」
「うんうん、なるほど」
僕が十五くらいからやってるから誤差だね。幸い後衛系のジョブみたいだし、支援型方面で育成したら稼げるように育てられるだろう。水の素養があるみたいだし、法力が扱えれば癒しの法術なら手解きしてあげられる。
「なら手っ取り早く稼げるようにならないとね。仕方ない……先輩が一肌脱いであげる」
トン!とかっこつけてライセンスを見せる。あえて年齢のところは隠して見せてるけどね!
「えっと……? ……?」
「あれ、驚かない? 僕、こう見えてC級なんだけど……」
え、あ、もしかして……あー、これは……
「すみません……まだその辺すら知らなくて……」
「うん、ごめんね。全部説明するから、頭に叩き込んで」
ちょっと残酷な、冒険者の真実を教えてあげた。
E級の給料なんて子供の小遣い程度にしかならない。とてもじゃないけど、育ち盛りの自分と幼い妹なんて養っていられない。D級でも不安定。二人なんて食べていくだけでも苦労するだろう。冒険者として誰かを扶養するのなら、最低でもC級を目指さなきゃいけない。
「っ……!」
「腕っぷしで稼いでいけるイメージあるよね。それならどっかで日雇いの仕事を探した方がまだ実入りが良い。冒険者に浪漫なんて無いよ」
腕っぷしでのしあがれるのは、C級からだ。E級に大事なのは人付き合いと根性。D級でもC級の支援的な役回りが主だから、まともな戦果をあげたいならC級になるしかない。
アーウィン君達のパーティもそうだった。僕がそういうことを趣味にしているっていうレベッカちゃんとギルドの理解があったから比較的スムーズだったけど、ここではそんな伝手はない。
いっそ王都に行ってしまおうか。あの子達にこの子育てたいんだけど手伝ってーって。駄目だ僕の失うものが多すぎる。
「場所も悪い。ここじゃなくてフルメーラって街ならまだやってけた」
フルメーラ。前の街だ。一番良いならそっちに根付かせてあげることなんだけど、さすがに昨日の今日でアーウィン君も移籍はしないだろう。僕がいなくなった穴の確認と再調整のためにあそこに残って、そこからB級目指して移籍だろう。
その時にはレベッカちゃんがこっちに手紙をくれる約束だ。
で、こっちで基礎叩き込んで向こうに移籍するのも違う気がする。こっちで基礎教え込めるならこっちでC級まで上げた方が手早い。僕は別に急いでないけど、この子達に必要なのは安定だ。
「ということで、君達はしばらく僕が面倒みます!」
「え?」
「へ?」
キョトンとした顔は、兄妹で似ていた。
「あのね、僕の趣味なの。後輩育てるの。だからドーンと任せなさい。ほら、僕みたいのでもC級上がれるんだから、君達もきっとできる。クラーラちゃんも怖がらないで。僕も君くらいの頃から冒険者やってたから」
その頃は少年期に入りきってなくてまだ成長中だった。身体が出来上がってないから魔法主体だったし、そのせいでジョブとの噛み合いが悪くて苦労した。今はきちんと折衷できてるけど。
「で、でも、会ってそんな一時間やそこらの!」
「え、会って一時間やそこらだから信頼できない? それを言われると弱るなあ……」
どうにか説得しないとなあ。前金渡す? 育てきってから回収するみたいに言って。まあ妹ちゃんエルフ的なあれじゃないけど美形だし、警戒するのはわかる。歳下に興味はないんだけどね。
「…………色々教えてくれて本当にありがたいんです。だけど……」
「今日どこに泊まるの?」
正念場だぞ僕。精神は成長してなくても経験の蓄積自体はあるはずなんだから、同世代の心で、反抗心を折ってやれ。本当に育てたいだけなんだって。信じてほら。
「まさかクラーラちゃんみたいな小さい子連れて野宿?」
「それはこれから……」
「突発的だったのは仕方ない。君は間違ってなかった。妹が襲われそうになったら男の玉を蹴り上げて連れ出す。兄として当たり前。そこは褒められるよ」
僕も助けて欲しかった。助けてもらえなかった。だから、本当に尊敬する。
「けれど、後がない。君は正義の人だ。そして、クラーラちゃんのために自分を犠牲にできる強いお兄ちゃんだ。手段を選ばなくなって、クラーラちゃんごと日陰の世界に飛び込む? できちゃうでしょ、君なら」
「っ!」
「まず、人に頼りなさい。世間は残酷だけど、人は優しかったりするから。教会の戸を叩けば夕食のスープと寝床くらいは貸してくれる。救貧院にいけば共同生活だけど、人として生きられる。助けてくれる人は、いるから」
僕も最初は本当に苦労した。狩猟民族してたから森で野人やりながら冒険者やってたもん。人の暮らししようとしてるこの子達より酷い。
「憧れてたんでしょ、ライド君。冒険者に」
腕っぷしでのしあがれる理想を抱いていたくらいには。
僕は冒険者の存在知らなかったけど、川下りして住み着いてた森に入ってきた同期の奴に魔物と勘違いされて殺し合いして冒険者の存在知って、『こいつにできるなら僕にもできるな』って思ったのがきっかけ。
全体的にライド君より酷い……
「じゃあ、ちゃんとなろうよ。C級まで上がって頑張れば、クラーラちゃんを私塾に通わせる……くらいなら何とかなるかもしれない。大人しい子みたいだし、きちんと勉強させてあげたいでしょ? 珍しくないよ。冒険者からギルド職員になる人」
ギルド職員は半分公職みたいなものだ。冒険者と違って肉体労働でもなければ命の危険もないし、きちんとしたお給料が出る。レベッカちゃん曰く、キャリア次第だけどC級冒険者くらいの額は。
「…………考え、させてください……」
「うん……でもとりあえずギルドに登録だけしてこようか。冒険者って他の街から移籍してくること多いから即日で泊めてもらえる物件幾つかあるはずだし」
「そうなんですか?」
「うん。僕もそれ利用するつもりでいたし」
アパートがあるのだ。C級くらいになるとギルドのじゃなくて普通のアパート借りるけど、E級やD級なら半分共同生活みたいな感じでギルド所有のアパートに暮らしていることも珍しくない。
ギルドとしてもその方が都合が良いんだろうし。
「とりあえず、普通の物件を手配してもらうまでギルドのアパートで暮らすことになると思う。クラーラちゃん、知らない人も多い生活だけど、教会とか救貧院より窮屈じゃないから安心してね」
金遣いが荒くて教会にお世話にならざるを得なかった同期曰く、『優しさの皮被ったスパルタ』らしい。堕落を許さず規律を重んじる。自主的に入る刑務所だとかなんとか。
救貧院はよく知らないけど、そこ出身の子曰く、生きてくギリギリの苦しさがずっと続く、最低限生きていけるだけの場所らしい。なにそれ怖い。
「すみません……何から何まで……」
「僕も色んな人にお世話になった。今度は僕の番だから」
年齢的には本当にそうなんだよね。実感湧かないなあ……なんだろう。この子達とはさほど歳はなれてない感じなんだよね。アーウィン君達とは普通に同世代のテンションで接してたし。先輩風は吹かせてたけど。
「さて、明日からはやることも多いし、きちんと食べようね。クラーラちゃんもいっぱい食べるように」
けどあんまりすくすく育たれて気づいたらレベッカちゃんみたいに大人になられると寂しくなるから成長の方はほどほどに自粛してほしい。無理か。
と言うかあれだな……こういうの、初めてかもしれない。妹はいたけど、あんまり会ってないし。たぶん僕ほどエルフしてなかったんだろうなあ……僕しかいなかったから、僕の血を残すのにあんなに必死だったんだろうし。
「ライド君も遠慮しないで。君は頑張ったんだから」
そう言って肩を叩くと、ライド君は目を抑えて、静かに、押しこらえるように泣き出した。
頑張ったね。君もまだ、子供だったのに。だけど、これからだよ。クラーラちゃんを立派に大人にして、ようやく君の戦いは終わる。僕も手伝うから、一緒に頑張ろうね。
ライド君
商人の父親と専業主婦の母親の間に生まれた男の子。
ただ、母親が結構なんかそう、旦那が好きなのであって子供は別に……妊娠出産は旦那との愛情確認の副産物程度の認識のアレな親だったため、責任感が強く、若干過保護なくらいに妹想い。
あまりの母親の重さに父親が逃げて、それで色狂いになった母親が連れ込んだ男が妹に手を出そうとしたので、ストリートファイトで磨き上げた右フックで沈めて、家出用の貯金使って離れた街まで逃げてきた。
平時は漁船の手伝いをしていたので、わりと体は出来上がってる。