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(20/20)
あれから二週間経って、ダンジョン内での生態系の健全化が確認されて、街のダンジョンは祝賀ムードに包まれていた。
そんな空気の中でギルドが主催した祝賀会の様子を、僕はぼんやりと端の席から眺めていた。
目に写るのは論功行賞の様子だ。誰がどこで活躍したとか、そんな風に。もちろん、必死の現場で誰が何をしたかなんて冷静に見てるだけの人なんていないから、実際に前線に参加した冒険者達が、それぞれ誰かの活躍を報告する。
陰気な奴や、傲慢な奴は他人の活躍を妬むだけ妬んで報告しなかったり、自分こそが一番活躍したと誇示するけど、長期的に見ればそれは自分の首を絞めている。
だって嫌じゃないか。他人を評価できない奴、自分が一番可愛い奴。そんな奴すぐに裏切るだろうし、信頼できない。前衛からすれば、信頼できない後衛のために体を張って敵を抑えるなんて嫌だし、後衛からすれば信頼できない前衛に前を任せるなんて不安で仕方がない。
それをわかっている奴だったり、単純に素直だったりする奴が、人を正しく誉め囃す。
「主役が何故こんなところに?」
「レベッカちゃん……」
ギルド側として参加したからか、色々と仕事があって、祝賀会の裏に回っていたはずのレベッカちゃん。
どうやら仕事も終わったみたいで、眼鏡を外してプライベートモードだった。
「あんまり目立ちたくなくて。ほら、いつかフルメーラに戻った時にベテランって顔売れてたら嫌だし」
上からじゃなくて、同期の立場で一緒に冒険して、その中で成長を見守るのが好き……っていうのは、レベッカちゃんが一番わかっているだろう。ライド君やクラーラちゃんみたいに、上から引っ張る伸ばし方も楽しいけれど、横から見ていた方がなんというか……僕が成長したみたいな、感情移入ができるから。
「そうですか」
「レベッカちゃんは目立って欲しい? ちょっとした自慢の種にはなれると思うけど……功労者の奥さんだぞーって」
「いいえ。いつも通りです。例え誰も知らない活躍でも、私は静かに誇りますよ。私の担当の、私の夫の活躍を」
…………あー……うん、我慢しよう。さすがにここで抱き締めたら目立つし、軽くグラスで乾杯するくらいに我慢。
僕の奥さんが健気過ぎる……蜘蛛の女王倒したことよりこっちの方が自慢したい。
「ありがとレベッカちゃん。それにしても……早いなあ……」
壇上に上がって、吟遊詩人が派手な言葉で飾り立てた武勇伝を披露されるライド君とクラーラちゃんを見て、溜め息にも似た吐息を溢す。
ライド君、緊張してガッチガチになってるなあ……クラーラちゃんは照れてるけどニコニコ手を振ってアイドルやってる。今の時点だと結婚相手困らないよねこれ。
「一年少しでしょ? 冒険者の階級も知らないずぶの素人だったのに、こんなに立派になって」
「ふふ、まるでC級に送り出した時のようですね」
他の冒険者の支援や、B級の後押しがあったとは言え、蜘蛛の女王の娘……女王の残滓に引導を渡したのはミスティン兄妹だ。
もちろん、まだまだ未熟で、メダルや最後に僕がさらっとライド君にかけた『マルチアップ』もどきが無ければ成し得なかったことだろう。
それでも、凄い。あの二人が英雄の器にあることを理解するには充分だ。これからもあの二人は伸びていって、今までの子達と同じように……二年もすれば僕はお役御免になるだろう。
「寂しいなあ……」
「私も貴方の教え子がC級に上がる時期は寂しくもなりましたよ。今回は、そんな心配は無さそうですが」
レベッカちゃんが優しい……駄目になりそう。いやもう半分駄目になりかけてるんだけど。
「それに、あの二人がB級になるまで面倒を見るんですよ。先がどれほど長いと」
「レオン君B級になったのいつ?」
「ドラゴンキラーを成し遂げてB級昇格と同時にレギオンを設立して王家の信頼を勝ち取った挙げ句にA級になろうとしているような人を引き合いに出すのは卑怯では……? ……参考までに、卒業から五年です」
レオン君。二番目のパーティの、双剣使い。僕と同じ、古き血のエルフだ。
同じと言っても、たぶん別の親戚筋で、顔が超絶イケメンの色白で魔力が一般平均から見れば凄い程度のエルフ力。森羅の部族で言えば上の中……一世代に一人はいる程度の話。
その子は、自尊心の強い一匹狼だった。けれどとても優しい子で……そんな優しい子だから、クリッサちゃんやサザール君みたいな良い子達が周りに集まって、自然とパーティを組んでいた。
「あの子達も最初あんまり強くなかったんだよね。才能ごり押しみたいな」
レオン君は自分に自信がありすぎて突っ走り気味だったし、サザール君は立ち位置迷走して色々めちゃくちゃだったし、クリッサちゃんは苦手なの受け入れずに中衛張ろうとしてサザール君ごと爆死したり。
……レオン君突っ走り過ぎて自滅からのクリッサちゃんガス欠ソロで前衛張るサザール君耐久限界を経て自立できてないグレイシアちゃんレオン君失って挫折の四連コンボでパーティ壊滅。よく助けたよね僕。
「レオン君で五年……ちょうど良いね。フリードとの約束もそれくらいだし。あの子達もそれくらいでなるでしょ、B級」
「…………そうですね。後ろ楯が、協力ですから」
想像以上に、フリードは強い。そして、その実力通りの評価をギルドから得ている。
今はしていないけれど、そんなフリードが後釜を公言すれば、ライド君へのギルドの期待は一気に跳ね上がるだろう。
それくらいにはビッグネームらしいのだ。フリードは。
いやあ……フルメーラに住んでるとB級の話とか全然入ってこなくて……今でも手紙でやり取りしてたり、たまにフルメーラに遊びに来る後輩とか知り合いいるけど、そんな時にわざわざ冒険者の仕事の話しないし……
「……今、自分のことを棚にあげて考えましたね?」
「え! もしかして運び屋エルフってフリード級のビッグネームだったり!」
「ポーターとしても有名でしたね。運び屋エルフと言えば、神出鬼没。三年に一度くらいの頻度でフルメーラ周辺の街に現れる有能フリーランスと」
「ふふーん」
まあね、伊達に十年以上ポーターやってないよ。そりゃ、バナン君みたいに動く鉄塊みたいなアレは無いけど、エルフ特有の女性の瞬発力と男性の持久力を併せ持った魔力強化でしなやかに粘り強く立ち回れるし、経験も豊富だから状況を見て必要な道具を必要な人に渡せる。
魔法で小回りも効くからサポーターの役割も果たせるし、手先も器用で狩人特有の空間把握能力で地図を描くのも得意……つまるところプロだ。
でもそっかー。もしかしたらエンラ君も運び屋エルフの弟子として有名に……だったらもうちょい見てたかったな……アーウィン君にくっついてC級上がっちゃったけどポーターとして教えるならまだまだ……
「ですが、貴方が特別目をかけたパーティは私がメイベールさんに報告していますから。あの人は全てを把握していますよ」
「えっ」
なんでも、あえてフルメーラからC級を減らすことでD級のできる仕事を増やし、移籍のサイクルも短くすることで、僕が新人に目を付ける確率を上げていたとか。
他所から新人が短期間流れて来やすいのも、素人見つけると僕が勝手に基礎だけ教えるから勝手にやらせて基礎覚えたら次!ってノリでずっとローテーションしてきたという。
「…………僕さ、半分冗談で運び屋エルフのポーター道場って話したけどさ」
「はい。それを貴方に無許可で、無報酬でやらせていたのがフルメーラの昨年までのことです」
わーお。いやまあ……楽しかったし充実してたから良いんだけどさ……メイベールさんそういうとこがめついというか……利用できるところはとことん利用してくるなあ……レベッカちゃんの氷対応と違って優しみが無いよ優しみが……
「いつかフルメーラで冒険者塾でもやろうかなあ……フリードも引退したら先生やらせて」
あーでもあいつも結婚……別に顔が良くて胸が大きくてお尻がしっかりしてれば良いんでしょ? 森羅の部族……はちょっとアレだけどお隣の銀狼の部族の子適当に紹介するかな……子って言っても同い年だから三十代だけど、エルフの血のせいか老けないしあの部族。
「それも良いですね。あらかじめ言っておきますと、私は貴方の側で支えていけるのなら立場も収入もある程度はどうでも良い話です」
「……ありがとう。レベッカちゃん……でも今思った。例えライド君やクラーラちゃんが一人前になっても僕が頑張る理由はまだあるなって」
「……?」
不思議そうな顔してるけど、今の君とのやり取りで気付いたんだよ? いやほら、まだそこまで現実的じゃないけど、まだかっこつけなきゃいけない理由がそのうちできるでしょって。
「流石に余生を趣味で消化するのは子供をちゃんと育ててからかなって。心配しないでレベッカちゃん。たぶん、できるから。エルフの直感でわかるから」
そう言うと、レベッカちゃんは一瞬キョトンとして、穏やかに微笑んで、手を握ってきた。
「そうですね。二人で頑張りましょう」
そうやって二人で穏やかに……
終われれば良かったんだけどさ。
「おいこら新婚マジエルフぅううううう! お前だけ逃げてんじゃねえこっちに来るんだおらぁあああああ!!」
壇上から悲鳴にも似た呼び出しがかかって、レベッカちゃんと二人で苦笑した。
まー、行くしか無いかあ……あの前衛のビッグネーム氷鉄のフリードさんからの呼び出しだしね!
「うっさいなあ独身鎧ゴリラぁ! ソロ歴長いせいで囃されるの慣れてないからって僕を巻き込まないでよねえ! せっかくレベッカちゃんと良い雰囲気だったのにさぁ!」
「あ、てんめえ言いやがったなごらぁ! んじゃあお前も吟われてみろよくっそ恥ずかしいぞこれ! ほら詩人さん吟ってくれやあいつの分も!」
「エルフだから、エルフのお伽噺になっちゃうけど大丈夫?」
「糞が!」
勇猛なるエルフ、赤き炎の鳥と巨人の腕を矢に~♪みたいに吟われたけど、どんだけ詩的になろうと名前部分がエルフのせいで、僕個人より普通にエルフのお伽噺みたいになってる。
あと舐めるなよ。フルメーラにいる時はだいたい年初めの宴会の冒険者部門代表だった僕だぞ! こういうのは慣れてる!
「あーくそ。せめてお前も壇上来いよ」
「仕方無いなあ」
人混みを避けて、壇上に上がる。
詩人さんが僕の活躍を読み上げて、相応しい追加報酬が支払われるだけだろう。どうせそれだってこの後の二次会で消えるだろうし、さっさと受け取って──
「ではここで、師エルフに向けて、愛弟子クラーラからのスピーチです」
……………………………………え?
パン!と音がして、照明が消える。元々どこかの劇団の舞台の設備なのか、スポットライトが壇上に立つ僕と、そんな僕を見上げるように檀下に立つクラーラちゃん、その後ろに立つライド君を照らした。
え、何これ? ライド君ガッチガチ通り越して顔青いけど? 何が起こるの!? ちょっと、待って。状況を整理させて!?
「 エルフさん。今回のご活躍、弟子として……と言ったら、少し大げさだと思うので、教え子として、とても嬉しく思います。
今回、わたしとお兄ちゃんは色んな人や、メダルさん、それこそエルフさんの力を借りて、蜘蛛の王女を倒すことができました。そのことで、エルフさんにたくさんお礼を言いたくて、この場をお借りしました」
こんな場所、クラーラちゃんも慣れてないんだろう。たどたどしくて、見ていられない……けれど、一生懸命に、言葉を繋いでいた。
「 わたしとお兄ちゃんは、両親が死んでしまって、二人きりになってしまいました。
そんな時、エルフさんに声をかけてもらって、まるで親みたいに、色んな面倒を見てもらいました。
わたしは、一年前までは本ばかり読んでいて、世間知らずで、外に連れ出されて、ただただ怯えることしかできませんでした。
そんなわたしに、エルフさんは冒険者としての知識や戦い方を優しく教えてくれて、お陰でこんなにも成長することができました。本当に、ありがとうございます」
クラーラちゃん…………ん? 両親、死……? え?
だ、大丈夫? ライド君石化したまま動揺してるけど……?
クラーラちゃんはスピーチのカンペを折りたたむと、こうちょくするライド君を置いて、壇上に上がってくる。その手には、高そうな小箱が握られている。
そして、僕の目の前で、クラーラちゃんはその小箱を僕に差し出してきた。
「受け取ってください」
「う、うん……開けても良いかな?」
「はい!」
元気良く返事をするクラーラちゃん。そんなクラーラちゃんから小箱を受け取って、緊張してしまっているのか、僅かに震える手でゆっくりと蓋を開く。まるで指輪でも入っていそうな箱だったけど、中に入っていたのは……一枚の、メダルだった。
「これ、霊石……?」
紫混じりの、白い霊石。ギルドで普通に販売しているような密度の低い霊石じゃない。ミノタウロスや、エルダーのような。大物の魔物から採れる、高密度の霊石だ。
「はい。蜘蛛の王女の、霊石です。わたしも分けて貰えて……始めてのエルダーの霊石だから、嬉しくて……エルフさんに、受け取って欲しくて……」
蜘蛛の討伐が終わって、ミスティン兄妹が分け前を貰っていたのは知っている。
ライド君の活躍も実際に聞いたし、なんならさっき吟遊詩人が声高らかに吟っていた。前線から一歩も退かず、予想外の魔眼にも対処して、最後には僕の見ている前で強力なフィニッシュを決めた。B級も認める、大活躍。
それは、クラーラちゃんも同じだ。的確なサポートで前線を支えながら、ライド君をコントロールして、並みのC級顔負けの立ち回りを見せていたと聞いている。蜘蛛の王女に対しても、すぐに対策をこうじて、メダルの力でB級が来るまで完璧に凌いで追い込んで見せたことも。
だから、ミスティン兄妹にも蜘蛛の霊石を貰う権利は当然あったとは思うけれど、報酬分配のためにすぐに換金されて、それを分配される形だったはずだ。
まさか、わざわざこのために買い戻して……?
「わたしは、まだまだできないこと、わからないことだらけです。エルフさんみたいになんでもできる万能エルフじゃありません……けど、少しずつ、ちょっとずつで良いから、エルフさんみたいになりたいんです。これからも、よろしくお願いしますね」
ッ────!!
「うん……うん……! 大丈夫。わかってるよ。うん……」
やばい、これ……泣きそう。
今までこんなこと無かったから……最初のパーティで告白したら、今まで騙していたのかってみんなを怒らせて、二組目のパーティじゃレオン君が殺しに来て、三組目も怒らせて、四組目……アーウィン君達には、対話を拒否して逃げた。
だから、こんな風に……普通に、こういう……のは、初めてで……
「君が立派になるまでちゃんっっと育てるから! しゅ、趣味だしね。本当に、楽しくて、笑いすぎてちょっと泣きそうかも。あはは。これ、大事にするから」
「はい! えっと、いつかエルフさんとレベッカさんにお子さんができたら、エルフさんがわたしにメダルをくれたみたいに、渡してあげてください」
「うん……うん……? うん! ……ごめんもー限界! いい加減明かり付けてよ! 限界だって! あ、フリード! どこ行った!? お前こそ逃げてるじゃないか! 出てこい! ライド君にスピーチさせてやるぅぅぅぅぅ!!」
照れ隠しで、壇上を飛び降りる。
でもね、クラーラちゃん。お礼を言いたいのは、僕なんだよ。
こんな歳もわからないような、へらへら笑っているようなエルフを信じて、一緒に頑張ってくれて。
そんな君が成長していく姿を見れて、本当に、嬉しくて。
やっぱり、これからも続けていこう。
きっとこれが、この趣味が、こんな時代に生まれてきたエルフとしての僕の使命だから。
おわり




