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 エルフというのは、伝承では長命な種族であったと言われている。

 僕の家系、森羅の部族は一般に溶け込んだそれとは段違いに濃いエルフの血を受け継いできた一族であり……僕は、その中でもとりわけ先祖返りのようにエルフの要素が強かった。

 その一つが、遅い成長。十代から変わらない見た目。森羅の部族に伝わる伝承では、エルフは幼少期は人間と変わらないが、少年期、青年期、老年期がとても長い種族とされている。

 その特性を発現した僕の体と心は、既に青年期に差し掛かっているはずの今なお少年期に囚われている。


「……C級なのは驚かないの?」


「察してた。手抜いている訳じゃないんだろうけど、俺達を動かそうと立ち回っているのに気付いたから……」


「そっか」


 気付かれてたかあ……初めてだなあ。アーウィン君達で四パーティ目だけど、気付かれたのは初めてだなあ……それだけ、この子には才能があるんだろう。きっと、強くなる。


「…………タメ口、謝った方が良いか?」


「ううん。親しみがあって良かったよ。それに、そんな歳でC級になった君に敬語使ってもらうほど偉くないよ、僕。僕がC級に上がったのつい最近だし」


「何がつい最近ですか」


 カランカランと音がして、酒場の入り口を見ると、黒いおかっぱの眼鏡の女性……ギルドの受付嬢さん。あまりにも冷たい事務対応から氷鉄のレベッカなんて呼ばれたりしている名物受付嬢さんだ。

 意外と人の流動の激しいギルド内でも古株で、僕も付き合いが長い。


「私が新人だった頃からC級でしょう、貴方。相席失礼しますね、アーウィン君」


「レベッカさんが新人の頃……? それって何年くらい……」


「十年前です」


「その一年くらい前かな? C級に上がったの」


 あの頃のレベッカちゃん可愛かったなぁ。今は美人って感じだけど、何事も一生懸命で、よく馴染みの顔にからかわれて涙目になっていた。


「最近じゃないんじゃ……」


「まあー、そうかも。ちょっと年単位の感覚曖昧なんだよね。体質のせいで」


 数時間とかそういう感覚はそんなに変わらないんだけど、一ヶ月単位とかになってくると感覚がズレてくる。体内時計がそもそも普通から狂ってるみたいで。


「C級に上がったということで、生徒を泣かせる頃だと思って私が仲介しに来ました。飲み代くらいは奢ってくださいね」


「ありがとうレベッカちゃん。えっと、アーウィン君。ここから本題なんだけど……」


「本題……」


 賢いなあ……アーウィン君は。もう、僕が何を言うかを察している。苦しそうな表情の裏では何を考えているんだろう。それを僕には察することができない。


「今日限りで、僕はパーティを抜けます。大丈夫だよね。そのために、今日まで色々してきたんだから」


 僕がいない連携もできる。僕の役割にエンラ君がいる。僕は、必須じゃない。そういう風に、育て上げたんだから。


「……なん、で……俺も、カイルも、レイラもエンラも! 歳の差なんて気にしてない! 気付いてたのは俺くらいなもので! これからも、今まで通り……!」


「この人は、そういう人なんですよ、アーウィン君。貴方達で四組目です。この人が育てて、送り出したパーティは」


 最初は、引退する先輩からの頼みだった。僕の体質を知っていた、パーティメンバーでもあった先輩。アーウィン君くらいの子達は上からの教え方に反発しがちで、同世代の立場から導いてくれないかって。

 それがあまりにも楽しくて、二組目、三組目と同じことを繰り返した。成長していく姿、巣だったあとの武勇が、何よりも輝いていて、僕の代わりに成長してくれているみたいで。


「貴方達が成長していっても、この人はそれに追い付けません。止まったままです。そのズレは、貴方達の将来に悪い影響を及ぼすでしょう」


「でも! そんな今すぐ抜ける必要は!」


「遅いくらいだよ。僕は、君達の実力を見誤ってた。ミノタウロスに挑むのだって早いと思って、止めようとした。君達の成長を妨げるところだった。それは嫌なんだ」


 自分自身がしないから、成長を見誤る。昨日の自分が今日も明日も何年も続いていくような僕のスケールで、この子達を見ている訳にはいかない。


「なんでだよ……なんで……!」


「アーウィン君。パーティには流動性が必要です。将来的に起こることです。信頼していたパーティメンバーが都合で抜けることなんて。これは、貴方達へのこの人なりの最後の課題なのですよ」


 ガン!と、アーウィン君がテーブルを叩いて立ち上がった。


「……少し、整理させてくれ……」


「はい。エルフさんがお会計はしておきますので。この子達も面倒は見ておきます。お気をつけて」


「すみません……」


 俯いて、アーウィン君は酒場の外へ出ていった。


「…………席、変えましょうか。万が一起きても困りますし」


「そうだね」


 場所を変えて、カウンター席に座る。店主のおじさんがぶどう酒を一杯差し出してくれる。この酒場でこのやり取りをするのも三回目くらいになる。もう、わかってくれているんだろう。


「私も同じものを。……お疲れ様でしたね、エルフさん」


「疲れてなんてないよ。趣味だし。レベッカちゃんもありがとね。色々融通効かせてもらったし」


 主に僕がC級のことを隠す方面で。バレないように色々世話を焼いてもらった。


「本来なら、ギルドがすべきことですからね。新人を安全に育成してくださる行為に協力は惜しみません。ギルドへの貢献だけで言っても、充分にB級なんですよ、貴方は。そろそろ受けてみますか? B級の試験」


「うーん……まだ良いかな」


「そうですね。もし受かってしまったら嬉々として王都に引っ張り出されますよ。あのパーティに」


「あの子達ね……もう一大レギオンの主だっけ」


 レギオンはパーティを更に束ねた冒険者の組合組織だ。ダンジョンの管理をするギルドとは別の組織で、複数地域に渡って冒険者を運用する互助組織。

 中にはギルドと特別な契約を結んだレギオンも存在していて、所属しているだけで色々と便宜を図ってもらうこともできる。


「どうです? アーウィン君達は」


「才能で言ったらあの子達並みかも。B級は固いよね」


「そうですか。それは良かった。少し寂しいような気もしますが」


 この街のギルドが管理するダンジョンの難易度は高くない。C級で事足りるから、B級に上がってしまえばもっと難易度の高いダンジョンを抱えるギルドへ移籍することになる。むしろ、移籍しないとB級になれない。


 ダンジョンは、この世界に生まれる不思議な穴だ。中には普通の世界からは切り離された別世界が広がっていて、そこには魔物が住み着いている。

 放置すると入り口となる空間の穴が増えたり、そこから魔物が溢れたりするから、冒険者が魔物を間引いて管理する。関連性は不明だけど、魔物を狩ることでダンジョンが力を消費して穴が増えることを防げるのだ。

 それに、ダンジョンからは重要な資源の霊石が産出するし、時空の歪んだダンジョンでは古代の史跡や失われてしまった貴重で有用な植生なんかも採れるから、脅威でありながらも大事な資源地でもある。


「……ねえ、レベッカちゃん」


「この街を出るんですね。わかっています」


「うん。また一年くらい、あの子達が移籍するくらいには帰ってくるから」


「はい。待っていますよ、何度でも」


 気まずくなるから、逃げる。これも四回目。

 冒険者ギルドは人の流動が激しい。怪我で引退することもあるし、戦闘職だけあって普通より現役が短い。若い人は経験を積ませるためにじゃんじゃん移籍させられるし、一年も離れれば顔触れも変わっていることも珍しくない。


「そう言って、レベッカちゃん寿退社してたりして」


「むっ、婚期の話をしますか。私なんてとっくに逃していますよ」


「そんなことないよ。人気だよレベッカちゃん」


「『あの鉄面皮をヒィヒィ言わせてやりたい』とかそういう下世話な人気でしょう?」


「当たってるけど普通に美人さんだし、レベッカちゃんが素っ気なくしてるだけで引く手は数多でしょ」


 正直、前回の時点でもういないと思ってたし、十年前も、この子はすぐにいなくなるなって思ってたんだけど……こんな風になって、お酒を飲むなんて思ってなかった。僕は変わらなくても、人は変わっていくんだなあって。


「そうですね。なら、もう少し慢心していましょう。いつでもできる、くらいのつもりで」


「それも良いね。うっかり慢心し過ぎたら言ってね? 僕で良ければ引き取るから。十年後くらいかな?」


「…………ちなみにエルフさんは? 私と違って枯れることは無いのでしょうが」


「…………えっとね、うん……トラウマなんだよね、結婚……あれ、話したこと無かったっけ? 僕の故郷、古き血を遺すことに必死なんだけど、僕みたいな先祖返りみたいのが産まれちゃってさ」


 精通するまでは普通だったよ。地獄はそこからだったよ。精神も肉体に合わせてそんなに成長しないのをわかってほしい……十代後半の精神でもない限り、あの肉地獄は肉地獄としか思えないんだって……

 そりゃ、僕ほどじゃないけどエルフ系の人ばっかりだから見た目はいい人多いけど、家族同然で育ってきたんだから……見た目云々より禁忌感と嫌悪感の方が強かった。

 精神成長しないからトラウマも薄れないんだぞ……


「あぁ……そういう……聞けてスッキリしました。では、十年後にはよろしくお願いしますね」


 カツンと、今更ながら乾杯する。

 あのレベッカちゃんが凄い大人の女の雰囲気出して……成長早いなあ……レイラちゃんもこうなるのか……取り残されてるみたいで嫌だなあ……


「十年なんて、あっという間ですよね」


「うん。あっという間だよ」


 妹みたいな子が気付いたら女になっててちょっとドキッとするくらいには。レベッカちゃんっていつからこんな風だったっけ。覚えてないなあ……


「街を出てどうするつもりですか?」


「ちょっと難易度高めのところでフリーの運び屋(ポーター)やろうかなって」


 運び屋(ポーター)は需要より供給が少ない。フリーでも充分にやっていけるし、その上ダンジョンの難易度とポーターの需要は比例する。高めなところにいけば仕事には困らないだろう。

 何せプロだからね! 経験が違うよ経験が。


「……そうやってうちのギルドに苦情とか色々来てるの知ってます?」


「一応本拠地ここで、出稼ぎとは伝えてるんだよ毎回?」


 何度も言った通り、ポーターは需要に対して供給が少ない。そして高難易度で需要が増える。そんな高難易度ダンジョンでも対応可能なプロフェッショナルなポーターな僕という存在は需要に事欠かない。

 専属でパーティに入ってほしいとかレギオンに加入してほしいとかの申し出はよく受ける。運び屋エルフと言えばポーター界では有名なのだ。


「『こんな場所に縛りつけるな』『本人にきちんとした活躍の場を与えるのがギルドの仕事』はぁ……別にうちから何か言ってる訳でも無いんですけどね」


「愛着がね。たぶん、レベッカちゃんが辞めるまでいるよ」


「そうですか。私が異動したらどうします? それこそ、王都のギルドとか」


「栄転お祝いして……うーん、どうしよっかな。僕の担当変わっちゃうんでしょ? 今まで通りなんていかないだろうし……王都で出稼ぎして、お金が貯まったら地方でポーターの道場でも開こうかな。需要有ると思うんだよね」


「運び屋エルフのポーター道場なんて、大手レギオンから人送り付けられますよ。なんならギルドでバックアップしますし」


「ええ、そんな大事は嫌だなあ……」


 ちやほやされるのは、苦手だ。

 森羅の部族で、そうだったから。僕に過剰なまでのエルフ像を求めて、王子様みたいに持て囃されて。実際のところはただの種馬だったんだけどね。男衆や姉さんが味方で本当に良かった。

 ……姉さん森羅の部族じゃないから本当に森羅の女に味方はいなかったなあ……


「でも、王都までは来てくれるんですね」


「まあね。僕が来てから、色んな人がいなくなった。同期の顔はもう残ってないし、新人さんもどんどん入れ替わって立ち代わって。古株は引退するし、二十年もあれば様変わりするんだなって。だから、僕の冒険者歴の半分くらいを一緒にいてくれてるレベッカちゃんまでいなくなっちゃうのは、ちょっと寂しい」


 同期で同い年のあいつはどっかで活躍してるっていうし、もしかしなくてもいつの間にかこのギルドで最古参かも、僕。


「……………………」


「レベッカちゃん?」


「少し、酔いが回ってきたみたいです」


「そう? 大丈夫? 君まで倒れないでね?」


 後ろをチラリと見る。ぐでーっと寝落ちる三人に、店主のおじさんが布を被せていた。

 そうだね。風邪引いたら不味いもんね。ありがとうございます。


「倒れたら、送って頂けます?」


「もちろん。送り狼にはならないよ」


 そう言うと、クスッと笑って、レベッカちゃんはまたお酒を一口。

 その仕草が色っぽくて、ああ僕って年上趣味なんだなあっと希望の無い自覚に、僕も苦笑した。

レベッカちゃん

 ギルドの受付嬢さん。基本、若ければ五年もすれば寿退社するし、しないにせよ転任とか色々あるようなギルドで出世から何から全部蹴って同じギルドに在籍し続けているお局。

 約束された勝利のヒロイン。11話で結婚する。

 三年目で恋を自覚、相手が歳上だから、相手からプロポーズさせないと子供だと相手して貰えないという結論で今日までやって来た。

 とりあえず今回で言質は取れたので、家で「うっしゃおらきたぁ!」とか叫んでる。

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