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大蜘蛛狩りが始まろうとしていた。
連日の調査によって、敵の本拠地と最大戦力の割り出しに成功したのだ。
この作戦はスピードが命。完全にダンジョンの生態系が蜘蛛に支配されてしまえば、あとは加速度的にその個体数を増やし、下手をしなくてもどこかに『穴』が生まれ、蜘蛛が外部に漏れ出す可能性がある。
それは避けなくてはいけない。人情的にも、ギルドの威信的にも。
「兵力を切り分けて四隊……ここだけ見ると立派に軍隊だよなあ」
「だね」
冒険者は軍人じゃない。軍の兵隊とは違った能力が要求されるからだ。
それでも、個々のパーティーを役割毎に配置し、整然と並べるその様子は軍を彷彿とさせて、威圧感めいたものを感じる。あの中に、ミスティン兄妹も混ざっているんだろう。
「この四隊が攻撃を開始次第、皆さんには本拠地を目指していただくことになります」
「はーい……ところでレベッカちゃん、なんでギルドの腕章してるの?」
眼鏡をかけて、ギルド職員がダンジョンに入る時特有の物々しいデザインの軽装備に身を包んだレベッカちゃんを見て流石に思う。
コスプレ? あんまり見たこと無い装いだからちょっと新鮮で面白い。
「作戦の中核に関わるエルフさんのマネージャーですので、臨時で職員として参加しています。手続きもこの方が楽ですので」
ギルドが外部に見せちゃいけない情報だったり、物資のやり取りだったりを円滑にするためにこっちの方が都合が良かったのだとか何とか。
「まあ実質俺もマネージャーしてもらってるからな……いやあ。細かいこと自分でやんなくて良いの楽だわぁ……」
物資の補充とかその辺全部レベッカちゃん用意してくれるしね。僕の家もといギルドホーム行ったら全部保管してあるし、装備のメンテナンスとかもレベッカちゃんが勝手に消耗具合見て手配してくれるからフリードみたいな前衛はいよいよ自分のコンディション以外見るものが無くなる。
遠くでは、陽動隊の指揮に回ったB級代表の冒険者がなにやら演説をしている。長ったらしくてあれで体力削がれそうだけど、ああやって指揮系統を明確にしておくことで隊の混乱を防ぐらしい。
フルメーラではあんまりこういうこと無かったからそこそこ新鮮だったりする。
「間も無く作戦が発動します。皆さん、ご準備は」
本命の強襲パーティーは、全部で六名。前衛をフリードともう一人B級の冒険者が固め、中衛を僕とB級の魔法使いの冒険者、後衛にポーターが二名ついて、この二人はそれぞれ状況次第ではポーターの役割を放棄して前衛と中衛を張れる人選だ。
なおC級は僕だけだったりする。全員知り合いだから文句とか言われなかったけどね。フルメーラ出身の現役はだいたい知り合い。
「こっちは問題ねえ。やるようにやるだけさ。エルフは?」
「うーん、問題は無いけど、レベッカちゃん?」
「はい?」
「今はお仕事モードだから言わないけど、帰ったらちゃんと労ってね。そのために頑張るから」
「くっっっっそ惚気。問題ねえな! 行くぞお前ら!」
「「「「おうっ!」」」」
「行ってきまーす」
陽動隊が動き出す。さあ、お仕事だ。
……と、そうやって意気込んで、ふと後ろを振り向くと、眼鏡を外したレベッカちゃんが、僕にだけ見せる笑顔で、『行ってらっしゃい』と口パクで応援してくれたのが見えた。
ははっ……やばいなあこれ……負ける気がしない。
この街に来てから慣れ親しんだ密林は、如何にも蜘蛛の王国と言わんばかりに変貌していた。
樹上には白い蜘蛛糸が張り巡らされ、そこかしこに囚われてしまった原生生物の繭玉が見てとれる。もしかしたら人間の繭玉もあるのかもしれないけれど、今は一つずつ調査してる余裕もないし、あっても手遅れだろう。
「…………ボケツもいねえな……」
「うん……たぶん餌が減って枯れてるんだと思う」
樹上で暮らす蜘蛛はボケツカズラの餌にはならない。落とし穴の危険性が減るのは良いことだけど、それはボケツカズラが姿を消してしまうくらいには他の魔物が蜘蛛に駆逐されてしまっているということだ。
糸は値崩れしにくいから現状維持できるのならこのままでも良かったんだけど、そうも行かないし、ダンジョンって厄介だなあ。
その時、ピリピリした殺気を感じて、咄嗟に弓を構える。
上から振ってきたのは、数匹の大蜘蛛だった。
「来たぞ! 気張っていけよ!」
上からの奇襲。C級なら瓦解しても不思議じゃないけど、ここはプロフェッショナルの集まりだ。魔法使いは即座にフリードがカバーできる位置に移動し、ポーターも孤立しないように立ち回る。
僕は比較的距離をとって陣取り、奇襲した蜘蛛達を囲むように全員が一瞬の判断を取った。
囲んでしまえばあとは作業だ。蜘蛛数匹に、明らかにB級の本気編成はオーバーキルで、瞬く間に一掃する。
「……っだがやべえなこれ」
陽動隊の戦闘音はここまで聞こえてくる。相当数を釣り上げているはずなのだ。にもかかわらず、こういう戦力を遊ばせている余裕が向こうにはある。もしかしたら本拠地の防備はもっと厚いかもしれない。
一応、陽動隊に回す戦力が少なければ、僕たちが逆に囮になって本拠地を叩いて、突破した陽動隊が制圧布陣に加わるように作戦はシフトする。想定内ではあるのだ。
「じっくり行こう。時間のかけすぎもアレだけど、陽動隊が削れば削るほど僕らは安全に進めるんだから」
「だな」
強襲パーティーとしては、道中の戦闘は最低限……多くてもあと三回くらいに留めたい。エルフだから消耗に強い僕と違って、範囲火力を出せる魔法使いさんの消耗はできるだけ押さえたいから。
そうやって、じっくり、ゆっくりと本丸に向かっていく。
陽動隊が活躍しているのか、奇襲はない。おそらく、さっきの奇襲は前線から溢れた個体群だったんだろう。本丸に近付くにつれ、統制は強固になっていく。ああいう溢れ戦力は発生しにくい。
同時に防衛布陣も強固になってるってことだけど……ここ、森だし正直単騎戦力としては負ける気がしない。
「ほーら、奴さんご登場だ。情報通り……二体」
そうやってたどり着いた敵の居城は、大きな穴蔵状だった。事前調査で、あそこ以外の出入り口が無いことはわかっている。おそらく蟻のように複雑な巣を作る生態は無いからだろう。
あの穴はエルダーの居城というだけであって、蜘蛛全体の居所という訳ではない。けれど、主な繁殖場所はあそこなのか、卵を運ぶ蜘蛛の姿が見てとれる。
穴の奥に一体。そしてその上に土を盛り立て、睥睨するように一体……穴の奥の方は全容は見えないけれど、外にいる方は、蜘蛛と言えるかさえ微妙な進化を遂げた姿が見てとれる。
一見すれば、高さだけでも人の身長をゆうに超えるほど巨大な蜘蛛に人間の上半身が生えたように見えなくもない。ただ、その半身はびっしりと微細な毛に覆われ、顔にあたる部分には複眼が密集して存在している。
「…………とりあえず初撃で穴塞いじゃおうか。出てくるまでに上の一体倒して、出てきたのはそのノリで殺っちゃおうと思うんだけど……どう?」
「外周の蜘蛛が多いな……ただエルフ、奥の一体出てくるまでに穴塞げるのか?」
「できる。信用できる?」
「ははっ、できねえやつは?」
フリードが全員に目を配る。ふるふると、みんなが首を振った。
ここにいるのは……だいたい同期だ。僕がまだ同年代として本気でやってた頃の同僚……フルメーラから出た後、僕のせいで魔法使いをちょっと勘違いしてた、言わば被害者みたいな奴と後輩たち。
「回りの蜘蛛はお前らに任せる。押さえるだけで良い。エルフ、俺とお前でデカブツは仕留める。まさか穴塞いでへばる訳無いよな?」
「ふん……当然でしょ! さあ、行こうか! あ、穴塞ぎ次第、僕全力ダッシュでだめ押ししに行くから僕が二発目撃った時点で先行っててね」
「おう。やったれや」
一射目、全霊の炎の魔力を矢に込める。魔力が生命に還元され、炎は命を宿し、意思を持って飛翔する。
エルフの弓術……原初の魔法、精霊術を織り込んだ、古き炎の一矢。赤く輝くそれを、ダンジョンの暗い空に向かって打ち上げた。
続く二発。今度は穴の方に射角を合わせて、ギリギリと引き千切れそうなほど弦を引く。矢に宿すは大地の力。原初にして絶対の一、始まりにして究極の巨大生命……星の力を乗せて、その一撃を──
「『アダム・ストライカー』ァァ!! みんないっけええええ!!」
ドンッ!と空気が爆ぜる。
そして、二つの爆発が、蜘蛛の女王に襲い掛かった。
初撃、空から火の鳥のような巨大な炎塊が女王に炸裂。炎が周囲を焼き付くし、あたり一面が焦土に覆われる。
続いて、穴の上部にドスン!と鈍い音を響かせて矢が着弾……直後、時間差で突き刺さった地盤が大崩落を起こし、穴蔵が埋まっていく。
『ゴッドバード』と『アダム・ストライカー』。弓スキル属性派生最強の技だ。炎の鳥は星からの粛清の如く。その一撃は大地の巨人のように。エルフの神話になぞらえた、生半可な弓では撃つ前に自壊するほどの大技。
「行くぞ!」
「「「おう!!」」」
「行ってくる!」
風を纏って、地面を蹴る。先行していたフリード達の背中にタッチしてから追い抜き、焦土の大地を吹き上げながら、次の魔法を発動する。
巨大な津波を纏う突撃。焼ける蜘蛛の大群を押し流し、燃える焦土を塗り潰すその魔法は──
「『ダイダルウェーヴ』……フローズン!!」
押し寄せた津波は崩落した穴の残骸に流れ込み、一瞬で凍結した。これでしばらくは這い上がってこれないだろう。
さて……結婚したからなのか、なんなのか。またちょっとエルフ力が上がってる。できると思ったからやったけど、ここまで大規模な魔法を三連打できるようになってたなんて……
「そういう訳で、僕がどれだけできるかわからないから、全力で来なよ」
不死鳥の炎に焼かれ、大地の巨人の衝撃を浴びてもなお、蜘蛛は向かってきた。
人の半身の腕が醜く蠢き、巨大な鎌に変形する。近くにいるだけでも感じる毒の臭気……神経性の麻痺毒かな? 下級の蜘蛛が持ってる奴と同質だ。毒性は段違いだろうけど!
「四番ワクチン!」
全体に聞こえるように必要な連絡をして、女王蜘蛛の初撃、鎌の薙ぎ払いをバッグで避けて、適当に水の鞭を振り回す。
叩いた感触的に、表面が毛の塊みたいなクッションで、下に外骨格があるっぽい。追撃を避けながら電撃の魔法と火炎の魔法を叩き込んでみたけど、妙な分泌液が表面の毛に染みていて、電撃と炎の通りが悪い。外骨格と毛の間に分泌腺のある皮膚でも張り巡らされてるんだろうか? ここまで来たら虫というより獣に近いのかも知れない。
「待たせた! っどるぁ!!」
僕と蜘蛛の間に割り込んだフリードが、女王蜘蛛の鎌の振り下ろしに合わせて盾を振り抜き、その刃先を砕きながら明後日の方向に弾き飛ばす。
そしてそのまま踏み込みから切り上げを放ち、女王蜘蛛の尻を深々と切り裂いた。
「フリード! そっちお尻!」
「はぁ!? 体ついてんじゃねえか!」
そう、この女王蜘蛛、近くに来て初めてわかったことだけど、人型の半身が、蜘蛛の胴体から尻の方を向くように生えている。つまり、半身の下に見えている部分は胴ではなくお尻なのだ。
その証拠と言わんばかりに切り裂かれた部分から白い粘液質の糸が放たれる。
予兆を見て放った凍結する水の矢で押さえ込んだけど、中々に厄介な生態だ。上の人型に注視すれば、尻から毒液なり粘糸なりが飛んでくる。可燃性で凍るけど、フリードに当たると少し危険だ。
そして、追撃はそれだけじゃ無かった。怪しい魔力の気配がしたかと思うと、周囲に紫色の霧が立ち込めた。
──毒霧を発生させる魔眼? 毒性は……鎌のとは別か。魔力毒だし。症状まではわからないけど、鎌が麻痺なら衰弱とかそんな感じだろう。魔力毒なら解除と対策は楽で良い。ワクチンも競合しないし。
「魔力毒ワクチン!」
フリードが盾をフルスイングして回転する。突風が吹き荒れ、毒の霧が一瞬にして霧散した。
それと同時に凍結する水の鞭で人型の顔面を集中攻撃し、魔眼を一時的に破壊する。だけど、表皮を凍らせただけだと自動で凍結した部分が剥がれ落ちて再生を始めるみたいだ。十秒もすれば魔眼も回復するだろう。
「フリード、マルチアップ上乗せするよ! あと幾つか追加効果かけるから!」
「了解!」
最初に振れたフリードの背にもう一度触れる。外部から対象の身体能力を上げる法術『マルチアップ』……に似た効果のエルフ魔法をかける。説明めんどくさいから『マルチアップ』って言ってるけど、似たようなものだ。副作用も同じ。やりすぎると解除後に多大な負荷がかかる。
でも流石はフリード……身体の鍛え方が違う。上乗せしてもまだ余力を感じられた。
「フリード! エルフ!」
ポーターが駆けてくる。使い捨ての木のボトルを受け取り、その中の不味い液体を飲み干して、自分自身に解毒の法術をかけておく。
フリードも牽制とばかりに盾での打撃を叩き込んで後退し、剣を鞘に納めてボトルを受け取り、半分以上を一息で飲んで残りをボトルごとぶん投げる。
そんなフリードに追加で解毒の法術をかけつつ、魔眼の再生を遅らせるために人型の顔面に爆裂する炎の矢を叩き込み、ボン!と内側から肉を破裂させた。
「毒の魔眼があるみたい。下級の蜘蛛にもあるかも知れないから伝えておいて」
「わかった」
ポーターに情報を渡して下がらせる。下がるポーターが狙われないように女王蜘蛛に集中攻撃を仕掛けながら、着実にその生命力を削いでいく。
この手の再生型は生命力を削りきって回復できなくなるまで削れば勝ちだ。炎や凍結は再生の際に生命力を大きく奪う。何度も直撃を受けて、ある程度は削れているはずだ。
首の無い半身が、足下のフリードを無視して鞭のように腕を伸ばし、鎌で僕を狙ってくる。
しかしそれが当たるよりも速くフリードは剣を上にぶん投げ、空中でキャッチしたかと思えば、どしゃ降りの雨粒のような勢いで急速落下し、その腕を根元から切断。ついでに蜘蛛の尻を再び大きく抉り斬る。
そしてそれだけでは止まらず、着地の直後から別の構えに派生し、女王蜘蛛の本体がひっくり返る程の衝撃を伴う強烈な切り上げを女王蜘蛛に叩き込んだ。
ひっくり返る女王蜘蛛。けれど、びきびきと音を立てながら足を下に……本来なら上になる方向に折り曲げ、再生力のごり押しで上下反対のまま立ち上がり、本体の前足でフリードに斬りかかる。
フリードはそれを軽く盾で弾くと、さっと斜め後ろに退き、僕と女王蜘蛛の間に射線を開いた。
やっぱり……本来の蜘蛛の顔の方にも魔眼がある。咄嗟に魔眼を使わなかったのは、おそらくフリードが邪魔で僕が見えなかったからだろう。僕が視界に映った今、その目に魔力を集め──
「『ショット・エクスプロード』!」
それより速く、炸裂する矢を三連射で叩き込む。ドスドスと横一列に突き刺さった矢は時間差で爆発し、蜘蛛の魔眼を内側から抉り飛ばす。
頭部ごと消し飛ばすつもりで放ったけれど、体液の耐火性と体表の組織がよほど頑丈らしい。辛うじて複眼を吹き飛ばすのが精一杯だった。
視界を一時的に失った蜘蛛は、その巨体を前へと繰り出し、近場にいるはずのフリードに襲いかかる。
「こいやぁああああ!!」
フリードはそれにたいして中段で構えるように盾を振りかぶると、なんと真っ正面から襲いかかる巨体の顔面を殴り付け、弾き返してしまった。
しかし、蜘蛛もただでは起きない。弾き飛ばされた衝撃で自分からひっくり返り、また足をびきびきと裏返して再生しきった人型を僕らに向け、粘液性の糸と毒液を同時に放ち、魔眼を発光。毒霧を充満させる。
直後、突風。フリードが粘液と毒液を盾薙ぎの衝撃波と猛風で打ち払った余波で、充満する毒霧が吹き散らされ、同時に僕が吹雪かせた雪の風が残りを一掃。
毒霧は瞬く間に晴れ、女王蜘蛛は驚きの感情でもあるのか、一歩退くようにたじろいた。
僕も驚いてる。前衛が強くてひたすら射てるの楽……
と、感心している間にもとりあえずで人型の顔面を吹き飛ばし、魔眼を封じる。
フリードも半身が振り下ろす鎌を叩き壊しながら肉薄し、前足を一本叩ききる。実際は後ろ足だけど、追撃で一本奥の足を吹き飛ばした上で、重い衝撃を持つ矢を上から落としてあげれば、ガクン!と重心の崩れた蜘蛛の体が崩れ落ちた。
そうして剣の間合いに入った瞬間、フリードの剣の一閃が半身を根元から削ぎ落とす。
すぐさまブクブクと肉が膨らんで再生が始まるが、足を二本削がれ、それと同時並行の再生だ。さすがに僕の追撃の方が速い。
炸裂し、炎上する矢を削ぎ落とした傷口に叩き込み、他の足にも攻撃を仕掛ける。一番厄介な魔眼と、その半身は潰した。後は……叩き潰すのみ!
「決めるよフリード! エルフ力マックスボルテージだ!」
「っしゃあ! 終わらせるとするか……! 奥義開帳。やっぱ〆はこうじゃねえとなあ!」
ドゴン!と、フリードの踏み込みで大地が捲れ上がる。
その一瞬、その突撃は、まるで変わってしまったフリードのスタイルが、一瞬だけ、あの頃に戻ったような……懐かしい感覚を覚えさせた。
けれど、あの頃よりも力を強く、遥かに強大な威力を秘めて、その剣は振るわれる。星から打ち上げるような切り上げに女王蜘蛛の体が浮き上がる。
「いくぜエルフ!」
「来い! フリード!」
そして、剣を捨て、全身を振り絞るように盾を構えたフリード。
落下する女王がフリードと僕の視界の間に重なり──
「奥義【砕】ぁあああああああああああああ!!」
目に見える程の衝撃波。ごくごく単純な、シールドバッシュ。しかし、その直撃を浴びた女王蜘蛛の本体の頭部は潰れるどころか肉片になって爆散し、残った胴体が衝撃の余波と共に飛んでくる。
「全力調和……これが全力! 『エレメンタリ・オーバーロード』!」
全ての魔力を属性変換し、収束する。水は火と触れ風を生み、風は火を育て、土は焼けて水を生む。森羅万象、その摂理を一つの矢に──放つ。
炸裂、閃光。
頭の潰れた肉塊はさらに細かく肉片となって爆散し、焼けた体液の残り香さえ余波で吹き荒れる猛風に散っていく。
バラバラと黒い塵……ダンジョンの魔物を倒した時特有の消滅の残滓を見送りながら……僕とフリードは振り向いた。
そこには、ようやく氷の封鎖を突き破り、這い上がってきた女王蜘蛛の番……蜘蛛の王の姿。女王蜘蛛より僅かに小さいだろうか?
まあ、なんにせよ……
「次はお前だ。もう少し早く出とけばよかったな?」
「もしくは二度と出てこないとか。もう、遅いけど」
蜘蛛の女王
偶然にも数年単位を生き抜いた蜘蛛。エルダー化にあたって敵の脅威的な部分を模倣しようとした結果、人間の上半身とシャドーの群体性、その他獣類の頑丈な毛などを獲得した。
魔眼はエルダー化の際、間合いの短さをどうにかしようとした結果得たものであり、本来の蜘蛛にはなく、女王の血族のみが持つ特性である。
強いかと言われると実はそうでもない。厄介なのは本来群れない蜘蛛をダンジョンの特性まで織り込んで統率する女王としての素質であり、戦闘能力に関しても
フリード「別に飛ぶわけでも素早い訳でもねえし、普通にタイマンなら勝てはする。再生能力の都合、時間はかかるが」
エルフ「遠距離火力がゴミ。流石に最強技叩き込む隙は無いからアレだけど、普通に遠距離から一方的に倒せる。再生能力のせいで時間はかかるけど」
と、今回の作戦がスピード勝負だったこと以外に然したる脅威はなかった。




