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「フリードの教え方だと開幕目潰し初撃必殺剣で終わらせに来るから前方向からの飛来物は常に警戒して。狂戦士の生命力だと用意した小技も効きにくいかもしれないから油断しないように。どこまで言っても原始技しか使ってこないんだから前モーション見切って対応し続けたらいつか勝機は来る。きちんと観察して誘い込みにさえ乗らなきゃ勝てる。勝とうクラーラちゃん!」
「はい!」
「別に僕はどっちの味方って訳じゃないけど、こうなったら話は別だ。絶対に勝とう! フリードの直系になんて負けちゃ駄目だ。魔法使いの恐ろしさを思い知らせてやろう!」
「はい!」
「よっしゃ行ってこい! 頑張って!」
「はい!」
……………………………………………勝つ。
いつもの修行場。椅子代わりの切り株に腰かけて、自分は来る戦いに備えて精神を集中させていた。
「ライド、相手は小技の宝庫、エルフの直系だ。何を出してくるかわからん。充分に気を付けろよ」
「はい……」
問題無い……どんな技が来ようと、正面から打ち破って見せる。それがクラーラに対する、兄としての向かい方だ。
クラーラに大怪我をさせてしまうかも知れない。傷が残ったら、嫁に行けなくなるかも知れない。けど、もうそれでも良い。大怪我をして、無謀を知ってくれるなら本望だ。嫁に行けなくなっても良い。兄として、責任者として、一生面倒を見る覚悟はある。
「絶対に負けません。自分のために……フリードさん。貴方の弟子としても」
「おう。別に俺はどっちの味方って訳でもねえが……こうなったら話は別だ。ぜってえ負けるな。勝て」
「……はい!」
立ち上がる。大剣を片手に、地を擦りながら前へと進みだした。
相対するのは、最愛の妹。今は、今だけは──蹴散らすべき、障害だ。
初動距離は、中衛。お互いの勝機のある距離。
詰めれば自分の勝ち。詰めきれなければ自分の負けだ。シンプルで良い。狂戦士にはわかりやすい。
さあ、思考は捨てろ。自分は蟻だ。暴れまわる女王蟻を諌めなければならない。例えその手足と羽根をもぐことになろうとも。
「…………」
「…………」
ヒュン!と音がする。何かが投げられ……ガシャン!と砕ける音。驚くほどに呆気なく、開戦の狼煙があがった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
開幕と同時にダッシュする。敵は足元から水の飛沫をあげて一歩にして尋常ではない距離を飛び退き、冷えた霧の壁を放ってきた。
視界を閉ざしてくれるなら好都合。まずは一撃……ここで終わらせる!
回転して剣先を地面に潜り込ませ、スコップの要領で土砂を投げ飛ばす。土砂は霧の壁を貫き、自分はそれに追い討ちをかけるように遠心力で振るった剣を投げ飛ばし───
──その先に、クラーラの姿は無かった。
左右に視界を振る。いない? どこだ? いや、候補はもう無い。なら……上!
迎撃よりも、回避を選ぶ。投げた勢いそのままに前に転がると、先ほどまで居た場所に重い水塊が落ちる音がする。
腰元のショートソードを抜きながら立ち上がると、殺意の籠った投げナイフが飛来し、咄嗟にそれを剣で弾けば、剣では防げない水塊が追い討ちで飛んでくる。
ただの水塊。喰らったところで……!
剣を持った拳で弾き、最低限目だけをカバーする。額や口に振りかかった水が一瞬にして凍り付き、冷気の痛みが顔を覆った。
凍った口布で呼吸が遮られる。咄嗟に口布を外せば呼吸が楽になるが、装備を一つ奪われたと考えれば……開幕は押し負けたと言っても良い。
また放たれる冷たい霧。水塊やその飛沫を浴びて重く濡れた体で飛び込めば冷気が染みるだろう。それは体力を奪う。そして、同時に自分からクラーラを隠す……なるほど、厄介だ。
重く踏み込み、ショートソードを深く中段に構える。
「【剣風】!」
その側面で空気を叩き飛ばすように、剣を一閃した。大風が起こり、霧を散らす。ショートソードでは大した風量にはならないが、霧の中からクラーラを見つけ出すには充分だ。
「オ゛オ゛ォオオオオオ!!」
【咆哮】で力を高め、猛然と突撃する。飛んでくる水塊を潜り抜け、小刻みなステップで翻弄するクラーラに一歩一歩と追い縋る。
距離は縮んだ……! どう来るクラーラ!
水が一瞬輪のようになり、クラーラの手に纏わり付く。
知っている。水の鞭の発動待機状態だ。エルフさんのそれは一切見えないが、クラーラのそれはまだまだ精度威力速度共に甘い。来る方向さえわかっていれば生身で受けようが突撃できる……!
鞭が放たれる。狙いは……顔面。また凍結するやつだろう。視界が閉じれば逃げるクラーラを追うことはできない。かといって背を向けて防げば投げナイフの良い的だ。
グッと踏み込み、腕で顔を隠す。直撃した鞭の衝撃が腕に響くが、この程度痛みすら感じない。踏み込みからの【剣風】で追撃のナイフを弾き飛ばし、反撃のために飛び出すが──また、クラーラは遠く飛び退いていた。
防ぐのに一瞬でも足を止めれば水の飛沫で後退して距離を稼がれるか……! 魔力の消耗はどれくらいだ? ナイフの在庫は減っているはずだが……わからない。濡れて重い鎧と、冷えた体で体力消耗が加速する自分と、常に魔法を使って逃げるクラーラ。どちらが先に潰れるか……!
いや、勝つのは自分だ。どこまで行ってもクラーラに決着手は無い。一度でも接近できれば勝てる自分の方が有利だ。体力的にも、クラーラは際立てて魔法使いの中で魔力が多い方でも無いはず……! 気力で、圧し潰す!
「オ゛オ゛ッ!!」
踏み出し加速する。同時に鉄礫をポーチから引き出し、走りながら投擲する。魔法を撃つ隙を与えず、間合いを詰めてしまえば……!
クラーラは礫を投げる予備動作で察したのか、水のカーテンを広げつつ、弧を描き翻弄するように走り出す。
水のカーテンに突き刺さった礫は飛沫をあげるが、一つとしてクラーラには当たらない。だが、それでも礫を投げ続ける。
そうしていれば……!
「チ、エ、ス……トォオオオオオオオオ!」
「っ!」
練気法。魔法使いにある絶対の隙。保有している魔力を、使える状態にするまでの手順。その間隙に、地面を抉るほどの脚力で地を蹴り、水のカーテンを突き破り、肉薄した。
これで終わりだクラーラ……!
「…………ごめんね、お兄ちゃん」
そう、聞こえた。
突き破った瞬間に冷えた霧となって霧散したカーテンの奥。引くわけでも、新たな魔法を紡ぐ訳でも無く、まるでそう……渾身の拳でも放つように深く構えたクラーラが目に飛び込んできた。
武器は……無い。例え腹をシミターで貫かれようが自分の攻撃は止まらない。一撃、当てれば勝てる。
それに、例え最初からカウンター狙いだったとしても、クラーラに自分の攻撃の圧力をはね除ける手段なんて……
その時、油の海のような濃密な時間の中で、握り締めたクラーラの手から紐のような物が溢れているのが見えた。
あれは……メダルの紐? と言うことは、メダルを握っている? 何故? あんなに大事にしていたメダルを、この瞬間に拳に握る。意味がわからない。なんの、ために……?
「アルヴ・セレット・イミッツ・アース『ダイダルハンマー』!!」
その瞬間、クラーラの言っていた、メダルの力を理解した。
どういう原理なのか、放たれた膨大な力……まるで、海そのものを思い起こさせる、超重の圧力。
それがクラーラの拳に帯び、自分の一撃がクラーラに振り落とされる刹那……クラーラの拳と一塊となったそれが、自分の腹に叩き付けられた。
衝撃、衝撃、衝撃。
視界が真っ白に染まる。空を飛んでいる? 重さがない。ただただ流されるように、抵抗することすらできず、圧倒的な力に押し流され、飛ばされていく。
また、衝撃。地面を転がる。ガリガリと、石が背中に擦れる音がする。
遅れて、胃の中身が這い上がってきた。
「うぐっ……っ……!?」
狂乱していてもわかる、痛み。まるで、鉄塊で腹を殴られたような途方もない痛み。
ああ、そうか……やられたのか……クラーラに。
…………。
……………………。
……………………………………いや、
まだだ───!!
「イイイイイイアアアアアアア!!」
吐くものを吐きつくし、敵を見る。
近くに落ちていた大剣を拾い上げ、潰れた内臓を無理やり膨張させるように心臓を鼓動、血を送り込む。
熱い、熱い……痛みが腹を焼く。それを上塗りするかのように血の炎が体に広がっていく。
叩き潰さなければならない……この痛みを与えた敵を、殺す。
「アアアアアアアアアア!!」
駆ける。飛来する水塊を避け、【剣風】を盾に突撃する。
ナイフが突き刺さる。熱い……痛い、殺す。潰す。無意味だ……!
逃げる敵を追う。ちょこまかと跳ねる小物。無意味だ。一直線にひたすら、距離を詰める。
届く、間合いに……入った!
「ッチェストォ!!」
大剣を振り抜く。脆弱な攻め手が浅く腕を裂くが、応手のシミターを打ち砕き、剣圧で敵が吹き転がる。
踏み込む。追撃する。叩き落とし、振り抜き、突き穿つ。
敵は紙一重でそれを避け続ける。転がり、跳ね、這うように。
逃がすか……!
水の鞭が顔面を叩く。凍結……閉ざされる視界。強引に目蓋を開けば、ミリミリと皮膚が引き裂ける痛みが熱のように顔を覆う。
見えるなら問題ない。追撃し、圧し潰す。
だがその瞬間……足から、力が抜けた。
なんだ……? いや、良い。このまま、敵を、殺せ……!
「ストップ。もう良いでしょ」
ヒヤリと、死が背後に現れた。
目を向ける余裕もない、死。
思考が急速に冷えていく。自分の手は、押し倒したクラーラの首を折るように握り締め、クラーラの折れたシミターは、自分の首筋に宛がわれていた。
「あっ、っ……!? クラーラ、ご、ごめん!」
「だいじょ、ぐうっ!?」
慌てて手を離すと、そのまま力が入らず、クラーラを下敷きに倒れ込んでしまう。
あれ? なんだ。力が入らない。そんなに血を流したはずじゃないのに……?
エルフさんに転がされて、ようやくクラーラの上から退くことができた。
だが、依然として体は動かない。なんだ、何を……毒?
「落ち着いてねライド君。ちょっとずつで良いから、飲んでね」
エルフさんに起こされ、何かを口に流し込まれる。吐き出しそうなほど苦いそれを少しずつ嚥下すると、徐々にだが体の感覚が戻ってきて、ようやくまともに体が動くようになってきた。
どうやら薬だったらしい。加えて解毒の法術で素早く毒が解除されたようだった。
「結果は……僕は引き分けたと思うんだけど、フリードどう思う?」
「んまあ……そもそも年齢差とか相性有利とか考えれば負けた気もするが、そっちはそっちで知らん手品仕込んできたしな……引き分けで良いんじゃねえか?」
引き分け、か……確かに、最後の一瞬で、自分はクラーラの首を折る程度の余力は残っていた。しかし同時にクラーラのシミターも折れていたとは言え致命傷を与えられる位置で止まっていた。あれが実戦なら、お互いに致命傷を与えあって共倒れに終わっていただろう。
「ごめんなさいエルフさん……わたし、勝てなかった……メダルさんの力まで借りたのに……」
「うーん、正直負けても不思議じゃない対戦カードだったから、あんまり気を落とさないでね? クラーラちゃんの力は対面の一対一で生かせる類いの力じゃないし」
「そうだ、な……」
ペタンと座り込んで、落ち込むクラーラの前に、何とか体を動かして、対面で座り込む。
「あれだけ子供扱いしておいて、兄ちゃんも勝てなかった。クラーラを守らなきゃいけない兄ちゃんなのにな。ごめん……クラーラのことを、子供扱いし過ぎてたんだと思う」
気付かない間に、クラーラはもう……自分の陰にいた頃の、守らなきゃいけない妹から、一人で立って歩ける一人の女性に成長していた。
いや、気付いていたのかも知れない。ただ、認めたくなかっただけで。
「お兄ちゃん……ありがとう……わたし、討伐作戦の時までもっと強くなるから! メダルさんのお陰でね、もっと強い魔法も使えそうだし、今回のことも反省してちゃんと準備するから!」
「……いや、ただそれとこれとは……」
待て、嫌な流れだ。なんだ、クラーラの笑顔がその……エルフさんに少し似ている。エルフさんは基本全ての表情が笑顔の派生だからわかりにくいが、その、この笑顔は、一方的に命令する時の、こっちの意見を求めてない時の……
「うん、でもお兄ちゃんは参加するんだよね? 大人だから。わたし、お兄ちゃんに負けなかったよ? 子供だけど。お兄ちゃんが最初から参加しないって言うならお兄ちゃんにも勝てないから仕方ない……って思うけど、お兄ちゃんは自分は参加しても大丈夫って思ったんだよね? なら良かった。わたしもみんなと一緒に戦えるね!」
「い、や。それは、だな……」
今から自分が参加しないと言ったところで、この調子だとクラーラはこの笑顔のまま、『そっか……残念。でもあの時は参加しても良いと思ってたんだよね?』とか色々言われて押しきられる……直前に言っていた言葉のせいで、自分が弱かったせいにするのも……
「……! ほら、当日はメダルだって」
「流石にこういう大事な仕事の時は貸すけど……」
「っ……!」
「諦めろライド。そもそもお前とクラーラは兄妹でも、冒険者としては他人だ。レベッカはエルフのマネージャーであってクラーラのマネージャーって訳でもねえから、クラーラがギルドに参加志願した段階で当日まで粘られたら結局どうしようもねえ。ならほら、二人揃って当日まで対策練った方が堅実だろ?」
「…………………………はい」
「やったー!」
今になって、気付いた。
確かにこの勝負、相性的には自分が有利だったのかもしれない。
けれど、最初から、クラーラは勝つ必要が無かったのだ。引き分けの時点で、自分は参加すると言ってしまっていた自分の言葉は、説得力を失う。
勝利は、努力目標でしかなく……そこまで総括するのなら、自分は、負けていたのだった。
ライド君LV.2
大剣ぶんぶんが板についたライド君。特大剣は手加減ではなく小回りの都合で置いてきた。代わりにショートソードを持ってきたので対応力自体は上がっている。
基礎体力や筋力は上がったのだが、真面目さ故か正気を捨てきれず、意識が飛びかける大ダメージを受けないと理性を漂白できないが、一旦暴走するとあらゆる計略を踏み潰して叩き潰しに来る突破力を得る。モリブレ赤涙的な。




