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 新人達を連れた調査からしばらく経って、僕とフリードはちょっとまずめの事態になりかけてるなという結論をギルドと共有していた。

 まず、調査の結果からダンジョンの生態系が蜘蛛を支配種としたものに置き換わりつつあることがわかった。

 蜘蛛が群れるせいで蜘蛛を食べていたギュルスの数が激減。見なかったから下手したら絶滅中かも知れない。

 そして、蜘蛛とは捕食対象が異なるシャドーが蜘蛛のコロニーと合流したらしく、C級のパーティが蜘蛛の討伐してる最中に予想外のシャドーの攻撃を受けて壊滅するという事故がギルドに報告されたらしい。

 シャドーは個体が弱いからシャドー同士で群れたり他の魔物の群れにシレッと混ざってるのはよくあるんだけど、蜘蛛だけでも群れられて面倒なのに、搦め手で面倒なシャドーの横槍まで入るとなると脅威度がちょっと笑えない。C級だけのパーティだと事故の可能性が常に付きまとうだろう。

 対策として、一先ず殲滅力を落としてでもダンジョンに入る人間を制限。最低でB級が加わったパーティか、パーティB級のみに絞って安全を図ってるみたいだ。


 でも、入れる人間の負荷が増大してるから、疲労や連日連戦の蓄積でいつ事故が起きるかわからない。ギルドも他の支部からB級集めて対応するみたいだけど、B級の移籍はちょっと面倒くさい手続きがある。その前に事故が起きる可能性もある。


 と言うことで、僕とフリード、レベッカちゃんの三人に加えて、ギルドの支部長、ここに馴染みの深いB級冒険者の五人で色々話し合った結果、こういう結論が出た。

 『今ある戦力である程度本丸を潰してしまおう』と。


「ということになりました。詳しい概要としては」


 ギルドホームとなった我が家……エルフハウスで移動式黒板にレベッカちゃんがサラサラとギルドと話し合った内容の要点を書き込んでいく。

 僕とフリードはもう知っているから、これはミスティン兄妹のための説明だ。それを受けて貰わなきゃいけない理由が、今回はある。


「まず、引き続きフリードさんを初めとしたB級戦力でこれ以上の繁殖を抑制します。これに関しては一定の抑止力はありますが、完全に封じ込めているとは言えません。そのため、次に──」


 次に、おそらくはいるであろう蜘蛛のエルダーの所在地の調査。これは単独戦力の強いB級が中心になって行っている。僕もこれの担当で、現在鋭意捜索中だ。


「これによってエルダーの所在が確定後、現状全戦力を分割し、他方向から攻撃を仕掛けます。ですが報告の限りでも既にエルダーを中心にこの街の戦力と衝突できる程度の戦力は敵も備えていることが予想されます」


 ライド君とクラーラちゃんがわかりやすく緊張した。


「そこで、現状の最高戦力を別動隊として運用……エルダーに強襲を仕掛けます。その戦力として、フリードさんとエルフさんが選ばれました」


 敵が何故厄介かと言えば、エルダーという種のリーダーの存在によって、本来群れないモノがありえない規模で群れてるという点だ。そこさえ崩してしまえばある程度餌の取り合いで自壊するし、絶滅しててもダンジョンの力で生えてくるギュルスも蜘蛛を狩れるようになるから、後は事後処理感覚で蜘蛛を減らしていけばそのうち元の環境に戻るだろう。


 そして、その戦力として僕とフリードが選ばれた理由は、簡単に言えば実力だ。

 フリードはそもそもB級な上に、フルメーラに比べればB級は多いこの街のB級でも飛び抜けた前衛のビッグネーム。

 そして僕は泣く子も黙る運び屋エルフだ。B級冒険者の代表の人も知り合いだったから、強襲部隊なんて危険な役割を任せられるポーターは僕しかいない!と嬉しいお言葉と共に任せてくれた。

 任せてくれたんだけど、ポーターやらせてくれなかった。その場でフリードとレベッカちゃんが采配に猛抗議して、普通に中衛として参加することになった。

 そして僕はレベッカちゃんに怒られた。危機的状況になりかけてるんだから少し我慢しろと。

 フリードにも言われた。お前ここ十年本気出さなすぎてポーターとしてしか見られてねえじゃねえかと。

 レベッカちゃんのは納得できるんだけど、フリードのは納得できないんだよなあ……ただ人が少ない役回りをやってただけなのに……


「それにあたって、お二人には陽動大隊……通常の攻撃部隊に参加していただくことになります。今まで以上の大人数での戦闘。お二人には初めての経験ですが、今回それにエルフさんやフリードさんはいません」


「ちょっと待ってください! 蜘蛛の話は知ってます! 俺やクラーラも討伐に参加してますから! でもそんな大規模攻撃って……! クラーラはD級です。危険では……!?」


「お兄ちゃん!」


 ガタン!と椅子を蹴ってライド君が反意を示した。

 それに対してクラーラちゃんは諌めるようにライド君の裾を引き、ぐぬぬとそれでいて意思を一切曲げない強い目でレベッカちゃんを睨みながらライド君が再び席につく。

 そんな目の前でのやり取りも、お仕事モードのレベッカちゃんの反応は冷ややかだった。


「危険です。複数パーティ複合の対軍レイドですから、自分達に一切の過失が無かろうと、他のパーティのミスから瓦解することもケースとしては想定されます。無論、そのリスクは最小限に押さえますが、完全に無いとは言いません」


「だったら!」


「お兄ちゃん黙って聞いて! レベッカさんもわかってるから……! それに、わたしだって冒険者だよ? エルフさんに色んなパーティに入れて貰って色々勉強してるから……」


「っ……すみません……続きをお願いします」


 チラリとフリードを見るけど、腕を組んで目を閉じてる。何か口を挟む様子はない。あくまで、ミスティン兄妹の意思に任せるつもりらしい。

 僕は……僕もそうする、かな。クラーラちゃんの意思次第だ。乗り気みたいだけど、ライド君がクラーラちゃんを説得できるかどうかで結果は決まりそうだ。


「お二人の実力は、尖った部分で言えばC級の基準に満ちています。ライドさんの一撃の決着力、クラーラさんの総合力……ギルドの正式な階級ではありませんが、幾つかの要素を補う編成をすればパーティC級と言っても過言では無いでしょう」


 クラーラちゃんに関しては今回の作戦に対しては、という注意書は付く。相変わらず火力は出ないから固い魔物……ギュルスとかその辺のあれなら確定お留守番だけど、今回は蜘蛛だ。やりようはある。

 そして、今回クラーラちゃんが必要とされた理由は、蜘蛛よりも対シャドーの面が大きい。自分自身もシャドーを殺れる上、前衛に魔力エンチャントをかけられる要員として、単純な火力以上に活躍が求められているのだ。

 C級の人達も僕の知り合いを中心にクラーラちゃんをパーティに入れて貰ったりしたから、立ち回りの利口さと敏さは知っている。事前にギルドで聞いてみたけど、年齢が若いから歳上として心配って以外は討伐隊への参加を拒む声はなかった。


「……それでも、俺は反対です。俺は良いです。蜘蛛の毒も即座に致命にはなりませんし、当たれば殺せます。蜘蛛なら当てる自信もあります。シャドーも、俺が直接無理でも俺を盾に支援さえ貰えるなら──」


「その支援要員がクラーラさんです。中衛で立ち回り、全体の様子を見て必要な支援魔法を行使する。それがクラーラさんに求められた役割です」


「はい!」


「クラーラ! これはいつもの練習じゃないんだ! 後ろにフリードさんもいない! 万が一があったらどうするんだ!」


「それはいつものことだよお兄ちゃん! エルフさんやフリードさんがいても万が一はあるよ! それに、守ってくれるのはエルフさんやフリードさんだけじゃないよ? 他のパーティの人もいるし、大丈夫って言うほどお気楽じゃないけど、わたし、戦えるよ!」


「駄目だ。今回ばかりは兄ちゃんの言うことを聞け。クラーラ、兄ちゃんもな、クラーラほど頭は良くないが勉強してる。こういう大発生っていうのはままあるが、今回のは危険なんだ」


「でもお兄ちゃんは行くんでしょ?」


「そうだ。だけど兄ちゃんはもう大人だ。でもクラーラは子供だろ? 兄ちゃんに任せて──」


「わたしも同じD級だよ! 歳なんて関係無い! わたしは魔法が使えるから人より成長も早いってエルフさんも──」


 あ、駄目だクラーラちゃんそれ悪手……!


「魔法が使えるからって子供は子供だ! 良いから、駄目と言ったら駄目なんだ! 言うことを聞くんだ! レベッカさん、ギルドだってこんな子供に無理強いしませんよね? 評価だって悪くならないはずだ」


 ……魔法使えない人に、魔法の強さは伝わりにくい。特にクラーラちゃんが得意とするようなあると便利な小技は、ライド君みたいな前衛パワー型にはあまり評価点じゃない。

 伝わらない、わからないから自分視点でバイアスをかける。威力の無い、牽制程度のモノと。そんなモノが根拠だから信用しない。信用できないモノで言い張られても絶対に譲らない。


「……なにそれ」


 そして、クラーラちゃんもライド君が思ってるほど、素直な年頃じゃない。自分の意見があって、誰かに意見されるのを嫌っちゃうような、複雑なお年頃だ。

 僕や、先輩冒険者みたいなちゃんと経験で理論立てて言ってくれることは素直に受け入れてくれるけれど、『子供だから』みたいな曖昧な理由じゃあ……


「わたし別に評価のためなんて言ってない! 無理強いもされてない! わたしが考えて、わたしの判断で大丈夫だと思ったの! だから参加しようとしてるの!」


「その判断が子供だって言ってるんだ! 今までは大人が余裕をもって後ろにいてくれた。けど今回は大人にそんな余裕が無い! 頼むクラーラ。兄ちゃんの言うことを聞いてくれ」


「意味わかんない! わたし後ろにエルフさん達がいるからって慢心したりなんてしてない! ちゃんとみんなと一緒に戦えるもん! 確かにお兄ちゃんより全然火力出ないけど、お兄ちゃんより色んな人の助けに入れるもん!」


「ッッ!」


 さすがにフリードも半目で状況見守り始めた。

 うん……ライド君は子供子供連呼してお年頃なクラーラちゃんの癇に障りまくってるし、クラーラちゃんはクラーラちゃんで若干ライド君のコンプレックス気味なクラーラちゃんとの能力差に触れて一触即発みたいな空気になってる。


「そういうのも、子供だって、言ってるんだ。魔法が使えるからって、調子に乗ってるじゃないか! 確かに人より違ったことのできるクラーラは凄い! けどな、それでも危ないことは危ないんだ。正面でタイマンになった時、兄ちゃんみたいに倒せるか? 囲まれたとき、兄ちゃんみたいに強引に切り開けるか? できないだろ?」


「対面にならないよう立ち回る! 囲まれても抜ける立ち回りくらいできるし、そういう魔法だって教えて貰ってる! 今まで囲まれたことなんて無いからお兄ちゃんの前でやったこと無いだけで!」


「やったことが無いならわからないじゃないか!」


「お兄ちゃんの前で! エルフさんと一緒の時に蜘蛛相手に練習したもん!」


「それだって後ろにエルフさんいるじゃないか!」


「いなくてもできた!」


 ……まあ、教えたよ? 囲まれたら囲まれたと思った瞬間一点に集中火力して転がり出るやり方とか、蜘蛛飛べないんだし魔法で牽制しながら飛んで抜けるやり方とか。

 バランス感覚が良いから跳躍制御が凄い上手いし、不安定な体勢から駆け抜けるのも得意で、そもそも立ち回りからして一撃離脱タイプなクラーラちゃんが囲まれて袋叩きって可能性は低いと言って良いだろう。

 けど、無いとは言えない。ダンジョンというのはそういう場所で、常に事故はつきまとう。できるのは可能性を下げることだけだ。

 ただ、そもそも冒険者なんてできればやらせたくないライド君からすればそんな拭いきれない事故リスクもクラーラちゃんにあって欲しくないんだろう。


「……ねえお兄ちゃん。前のアレ、やろう」


「はあ? 前のアレ?」


「うん。味方を敵だと思って、どんな風にすれば倒せるか。お兄ちゃんは、わたしを倒せる?」


 前衛が良くやる奴だ。お互いの弱点を客観的に教えて貰えるし、意外と役に立つ想定トレーニング。僕とフリードでもやった。


「……後衛距離なら、逃げに徹されたらどうしようもない。鉄礫が上手く当たれば。中衛距離なら逃げたら鉄礫、来るなら接近して押し潰せる。前衛距離なら、逃がさず押し潰せる」


 ……妥当と言えば、妥当。逃げに徹するクラーラちゃんを後衛距離で追撃する速度がライド君にはない。

 でも、中衛距離ならライド君の言う通り、逃げても有効威力で鉄礫が当たる。蜘蛛には効果が薄かったけど、人体に取って高速で飛来する鉄礫は殺傷性がある。当たりどころが悪ければ即死さえありえるほどに。

 そして前衛距離は、カス当たりでもクラーラちゃんを一撃で仕留められる火力がライド君にはある。


「わたしはお兄ちゃん倒せるよ。後衛なら中衛まで詰める。中衛なら事前動作さえあれば鉄礫も避けられるし、防げる。前衛なら、一撃さえしのいで中衛に離脱できれば、お兄ちゃんが消耗するまで立ち回れる」


 ……こっちも妥当、かなあ? 後衛距離なら睨み合い千日手。前衛はクラーラちゃんに勝機無いけど、中衛距離は、ライド君からクラーラちゃんに対して前衛に持ち込む以外の応手が無い。

 クラーラちゃんもそんなことわかってるから距離を維持しようとするし、そうなると飛び道具のあるクラーラちゃんの方が多少有利な面はある。

 いやでもどうだろう……過度なパワーってクラーラちゃんみたいな小手先タイプ普通に無視して押し潰すからな……持久戦になれば極大武器振り回してる内はライド君不利かもしれないけどそんなもん捨てて極論素手で殴り勝ちに行かれたらたぶん競り負けるからなあ……


「クラーラ……!」


「ごめんね、お兄ちゃん」


 クラーラちゃんがぎゅっと胸のメダルを握る。そして、確かな意思を感じさせる目でライド君を見据えて、構えるように息を吸った。


「冒険者らしく、わかりやすい決め方にしよう。こうやって怒鳴り合ってても、レベッカさんが困っちゃう」


 ライド君がレベッカちゃんの方をチラリと見る。目を閉じ、なにも感じさせない無機質を放ちながら、レベッカちゃんは沈黙していた。

 氷鉄のレベッカちゃん流『勝手にやってろ。満足したら続きな』の構えだ。

 見た者が勝手に待たせてると自覚するという恐ろしい技である。


「……本気かクラーラ」


「うん。大丈夫。折れなきゃエルフさんが治せるって。でも、わたしが折れちゃっても、お兄ちゃんは良いよね? それでわたし参加できないもん。わたしのためって言い続けるなら──」


 クラーラちゃんらしくない、低く、それでいて強い声だった。




「──わたしを折ってでも、止めてみて?」




大発生

 生態系のあるダンジョンでたまに起きる現象。エルダーガーディアンが現れると起きやすい。

 今回の場合は蜘蛛のエルダーガーディアンが出現。あまり群れない蜘蛛が群れることを覚え、卵を一ヶ所に集めて集中管理、狩りと卵の世話、食料の貯蔵及び分配など社会性を会得した結果、爆発的に増殖した。

 その結果、蜘蛛を主食にしていたギュルスさんは返り討ちにあったりして絶滅。

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