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「『ライトニングショット』!」
「真っ二つにしてやんよ! 【竜断剣】!」
太い雷を纏う矢が炸裂し、痙攣する牛ほどのサイズの大蜘蛛を、フリードの幅の広い直剣が両断する。
周囲に目を配れば、同じように黒こげになってたりミンチになってたりする大蜘蛛の死骸があるばかりで、増援の敵襲はいなさそうだった。
「お疲れ、フリード」
「おう。そっちは問題ねえか?」
「うん、大丈夫だよ」
蜘蛛から無事な矢を引き抜いて再補充しながらフリードとお互いの消耗を確認する。毒液とか使う敵だから気を遣ったけれど、前衛のビッグネームと言われてるだけあって、フリードはとにかく固い。戦術も僕の知る頃からは打って変わって待ちを主体としたカウンター戦術。それでいて見事に無傷を貫いていた。
「みんなー! 来て良いよー! 素材回収ー!」
後ろに控えていた、この街では少ないD級集団を呼び集める。ライド君を筆頭に、わらわらと倒した蜘蛛に集まって、混じってるC級冒険者の指導の元、蜘蛛から有用な素材を剥ぎ取り始めた。
この子達はレベッカちゃんが手配してくれたアルバイトの子達だ。何でもダンジョンで大蜘蛛が異常繁殖していて、犠牲者も出始めたから僕とフリードに調査して欲しいと名指しで依頼があったらしく、じゃあついでに新人の子達にも周知しておこうかってことでこうやって集めたのだ。
「つか半分以上肉付きかよ。こりゃどっかにでけえコロニーあるな……最悪エルダー出てるか」
「かもね。蜘蛛のエルダーかー……解毒の法術使えないとしんどそう」
肉付きっていうのは、実体があるタイプの、殺しても死体が残る魔物のことだ。霊石落とさないけど各種素材が残る。蜘蛛の場合は毒腺とか糸とかが素材として取り扱われるらしい。
糸も特殊な処理を施すと強靭な絹糸っぽい糸になるのだとか。冒険者向けの装備や、船の帆なんかに使われるのでそこそこのお金になる。
「すみませんフリードさん、エルフさん。勉強不足なんですが、エルダーとは?」
D級の子達を纏めていたライド君が、気になったのか話に入ってくる。
「エルダーガーディアン。本来短命な魔物が長期間生存すると、ダンジョンの力で巨大化したり変身するんだ。とんでもなく強い個体な上に、その個体を中心に本来群れない魔物が群れたりして危険だから、今のライド君が会ったら例えパーティ単位で万全だろうが逃げようね」
「なるほど……そういうのもあるんですね……全体に伝えておきます」
「うんうん。お願いね」
この子、バーサークしてないと本当に中間管理職向いてる。情報伝達と報告受付がしっかりしてるというか。兵士気質なんだろう。冒険者より一兵卒の方が向いてるんじゃないかと思う瞬間がある。
「エルフ、お前エルダーソロでいけるか?」
「相手によりけり。フルメーラで出た時は僕で処理できてた」
「俺もだな。蜘蛛なら飛ばねえだろうが毒がなあ……霧張って耐久されるとキッツい」
フリードのジョブはジーニアスカードで言えば最下段右二番目。魔法適正皆無の準重量型だ。場所だけで言えばライド君と同じだけど、ライド君ほどぶっ飛んだジョブじゃなくて、王道をゆくシンプルジョブ、戦士だ。
ジョブの特徴はバランスの良い筋力と耐久力、そして持久。前衛でしっかりと相手を押し留めながらも、単身で制圧するに充分な膂力を誇っている。
別れる前のフリードはこの筋力と持久力に任せて中量武器を振るい、ガンガン叩いて殴り勝つスタイルだったけど、今はでは左手の盾でしっかりと受け止めてから強烈な一撃で打ち倒す前衛タンク。
シンプルな物理型には強い反面、飛ばれたり特殊攻撃で遅延耐久されると千日手になりやすい。
「まあ、僕ら二人いるし問題ないんじゃない?」
「だな」
と、そういう搦め手タイプの敵に対しては僕が相性有利だ。どんな特殊攻撃があろうが、四属性を問答無用で使える僕の手札には及ばないし、飛んだら矢や魔法で撃墜、距離を取っての撃ち合いならそうそう負けないし、負けるとしてもフリードが接近できるくらいの隙は作れる。
ポーターのプロだけど支援遊撃の申し子だ。エルフだしね。
「そう考えると、パーティA級ならお手軽にいけちゃうかも?」
「ははっ! 俺の十年の無駄の多さが際立つなあ!」
パーティA級とは、ギルドの特別な認定だ。個人の能力はB級だけど、特定の組み合わせパーティにおいてのみ集団をA級と見なす制度。前衛のビッグネームなフリードと、支援遊撃の申し子でポーターのプロな僕の組み合わせにはぴったりの制度だ。
同じような枠組みにパーティB級があるけど、こっちは結構多いというか、パーティA級がギルド本部での認定なのに対してパーティB級は支部ギルドで認定できるから認定が甘かったりする。
実際、フルメーラでは僕を中衛戦力に据えた上でポーターを確保すればパーティB級扱いだったし。
レベッカちゃんの話だと、各ギルドに一人はB級置かなきゃいけない縛りをこのガバガバ認定で誤魔化してたらしい。
そうやってフリードと話している内に素材回収も終わったみたいで、ライド君がまたやって来る。今回は緊張した面持ちだ。
「エルフさん、フリードさん。今索敵から報告が。真新しい蜘蛛の補食跡があったようです。おそらく別の群体かと」
「ちっ、いちいち群れてんのか」
「まあ群れれる知能と規模があるなら群れないメリット薄いしね。と言うかこれエルダー確定だなあ……」
「だな。しかも結構面倒なタイプの」
フリードが言っていた通り、半分以上が生身のある蜘蛛。逆に言えば、半分近くが生身の無い蜘蛛というわけだ。生身の無い、ダンジョンで湧いたタイプの魔物はとても少食で、群れても餌の奪い合いになりにくい。
そこまで考えて群れを編成してきてるとなると、知能が高いエルダーがいる線が色濃くなってくる。知能が高いとそれだけで厄介だし、魔法とか使うようになるから交戦できても面倒くさい。
「どうしましょうか?」
「ライド君はどうしたら良いと思う?」
「自分は……そうですね……C級の先輩に素材班を引いて下がって貰って、ギルドに一旦報告。お二人にはできる範囲で群れの間引きをお願いするかと……」
「うん、僕もそう思った。フリードは?」
「異論はねえ。良い判断だ」
「っ! ありがとうございます!」
僕とフリードで反応違わない? やっぱり直接の師匠だと変わるのかな? ……いや指導法の問題だよねこれ……でも僕にあれは無理だなあ……
「では、そのように伝えて来ます」
「話拗れたらフリードの判断だって伝えてあげてね。C級の人は僕の知り合いだけど、D級の子達は納得しないかも知れないから」
「はい!」
戦果欲しさに残りたがる子もいるだろう。前のフリードみたいな子が。情報も充分な戦果だし、僕らが中心に討伐するから正直戦果的な旨味は居残った方が少ないんだけど、D級の子は経験浅いからギルドのそういう方針知らないだろうし。
そういう時にフリードの前衛のビッグネームは便利だ。D級でも知ってる子たまにいるから。
…………運び屋エルフを知ってる子もいるけどね?
と、立ち去っていくライド君の背を見て、フリードがボソリと溢す。
「……マジで狂戦士じゃなきゃリーダー向きなんだよな……」
「軍は運用できないけど隊はガッチリ回せるよねアレ」
下がらせる子もきっちり選んでるし、特に何も指示してないけど下がらせる子に残す子の荷物持たせてきっちりパーティ全体の回収力も残している。
基本、気の回る子だからだろう。お兄ちゃんだから。兄力が凄い兄力が。
「フリードああじゃなかったよね」
「うるせえ」
リーダー張りたがりだけど、突っ走りがちで後ろ見ないから気が回らない。他のジョブに対する知識が薄いから連携が苦手。あと魔法に関して無知すぎて魔法使い視点邪魔。昔のフリードはそうだった。
だから他の同期とパーティ組む時はその辺僕がやってたし、なんなら僕の自分の動きで全体の動きを変える立ち回りはフリードを良い感じに立ち回らせるために鍛えられたと言っても良い。
……そのせいでちょっと独立したフリードが苦労したみたいだけど、結果的にこうやって出来の悪い偽物みたいなフリードに成長したんだから結果的に良かったんだろう。うん。
「冒険者の学校ってのが広まって、D級以下のガキがこういう教育受けたら、俺みたいのは減ってくんだろうな」
「でもあれだよね。中の上まで厚くなるけど上の下以上の層は薄くなりそうだよね」
「そうか?」
「僕の経験的にそう思う。悪いことでは無いけど……」
僕らとミスティン兄妹みたいな一人が少数を育成するような教育だと、その個人を個人に合った育て方できるけど、一人が集団を教える道場や教室ではそうはいかない。
特別優秀な子に合わせた教えには一部の優秀な子はついてこれるかも知れないけれど、大部分の普通の子は脱落してしまう。かといって普通の子に合わせた教えにしたら全体の質が下がる。結局、特別優秀な子の伸び代を伸び悩ませてでも優秀な子に合わせた教えをして、普通の子を優秀レベルまで引き上げた方が全体の質は良くなる。
でも、やっぱり僕が見てきたような型に嵌まらない天才は確かにいる。そういう子達は、型にはめた教えじゃ育たない。だから、トップクラスの層が薄くなる。
「なんにせよ死人は減りそうで良いじゃねえか。やばくなったらギルドの頭良い連中がなんか考えるさ」
「A級になるんでしょ。だったらそういう頭使うこともしないと。基本的にあれなんだからね? A級ってレギオントップの功績が認められて~みたいな感じなんだからね? そうそう英雄になれるような大事なんて起きないわけだし」
「んじゃあ俺とお前でレギオンでもやってみるか? お前声かけたら結構集まりそうだが。それこそなんだ。レギオンで冒険者の学校みたいなことやりゃ良いし」
「あっはっは! フリード、僕のこと誤解してない? 僕は英雄になるような才能のある子を送り出すのが趣味なのであって、手当たり次第って訳じゃないの。だから学校の先生は向いてない」
そりゃちょっと面倒見るくらいは楽しいけどね? ただ、伸びてくのが好きだから、伸び代の多い子達の方が好きなわけで。
……そういうのもあるからフルメーラに残ってた。飛び抜けた天才じゃなくても、新人なんて伸び代の塊だ。買い物の仕方とかすら知らないし、自分に合ったやり方もわからない。そういう子達にアドバイスして、伸び代を一気に消化していくのを見るととても楽しいから。
「っと。休憩もこのくらいかな。下がる子も下がったし、僕らも動かないと」
「そうだな……っと。エルフ、魔力は?」
「ん、大丈夫」
「だろうな。心配してねえ」
「エルフだからね」
きっと、魔法使いをパーティに入れた時の癖なんだろう。魔法使いだって魔法をバンバン使える訳じゃない。無理すれば中規模を十発、後に響かないのは七発くらい。が実戦レベルでは普通の魔法使いだ。
前に育ててたレイラちゃんはこの辺頭抜けてたけど。中規模なら二十発くらい平気で撃ってたし。
あれどこまで育つんだろうなあ……C級上げたけど、まだ魔力量に関しては伸びてたんだよなあ……僕とタメ張ったら衝撃なんだけど。
「お前と組んでたら感覚麻痺るんだよ……魔法撃ったあと動き鈍るからな普通……」
「練気法挟むからね」
魔法使いが前衛に望む動きは、魔法発動の事前隙と事後隙のリカバリーだ。事前隙を充分カバーしてくれないと威力どころか命中精度も落ちるし、その上事後隙も増える。
そして事後隙をカバーしてくれないと次の魔法まで時間がかかる上に不十分な準備で発動した魔法はこれまた威力も命中精度も落ちる。
近接以上の重い一撃を遠距離で放てる反面そこそこ繊細なのだ。極論、前衛はソロできるけど魔法使いは前衛いないと戦えない。純粋な魔法使い、純魔ならね。
その点、僕はエルフだ。練気法しないから後隙丸々カットできるし、魔法はお家芸だから前隙がそもそも短い。そこだけフリードにはちょっと申し訳ない気がしてる。仕方無いんだ。だって僕も練気法についてよく知らなかったから。
いやあ……森羅の部族で魔法教えてくれた爺がいたけど、爺の癖だと思い込んでたからなあ練気法……まさか必須だったなんて……
「エルフさん! フリードさん! 斥候が移動跡見つけましたー!」
「おっけー! 今いく! 行くよフリード」
「おう。行くか!」
と、僕の前を行くフリードを見て、育てて来た子達の背中を見るような、深くて温かい、感慨のようなものを覚えた。
僕が最初に選んだ友達は、こんなに心強く育ったんだなって。
スキル
【】で括った技。深く考えてはいけない。
魔力を消費して使うものもあるので、明確に魔法と区別するものでもない。強いて言えば、無から現象を作るのが魔法で、自分のアクションを拡張する形で使用するのがスキル。




