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「と言うことで、結婚しました。こちらお嫁さんのレベッカちゃんです」
「「おめでとうございます!!」」
フルメーラでレベッカちゃんと一頻りイチャイチャし、とりあえず当初の予定よりは大分遅くなったけど、フリードとミスティン兄妹を待たせる街へと、奥さん兼マネージャーになったレベッカちゃんと戻ってきた。
「エルフさんからも紹介はありましたが、レベッカと申します。元々はギルドの受付をしていました。今後はエルフさんのマネージャーとしてお仕事に関わらせていただくこともあるので、よろしくお願いします」
キリッと眼鏡をかけ、お仕事モードの冷気を滲ませながら、レベッカちゃんは淡々と自己紹介した。言わなくてもギルドの受付感がある。
「冒険者風専業主婦ってとこか。実際に会うのは初めてだな。俺はフリード。エルフの古いダチで、パーティメンバーだ。新居がこうなってる都合、色々世話になることもあると思うが、よろしくな」
新居がこう……というのも、今こうやって五人で集まっている場所こそ、僕とレベッカちゃんの新しいお家で、元々店舗兼住宅だった大きな一軒家を、伝手でお安く借りて、パーティ全体で集まるホームとしたのだ。
持つべきものは出世した後輩だよね。フルメーラで冒険者になった子なんだけど、B級になってこの街でパーティで活動するのに使っていたホームを、ちょうど移籍するからと安く賃貸で譲ってくれた。
同じ弓使いだけど、矢を馬鹿正直に買ってたから、弓使いのお買い物とか立ち回りをちょっと教えてあげただけなのに、そんな程度の事でも恩義を感じて返してくれた。B級になったら一緒に仕事してみたいなあ。
「その節はお世話に。夫共々感謝しています」
「うん。お陰でちょっと早く結婚できたから……あ、式のスピーチお願いね? 一年後くらい予定してるんだけど」
「うわ……お前の式のスピーチとか……フルメーラの連中全集合じゃねえか……」
そうかな? そうかも。家を貸してくれた子も式には絶対呼んでくれって言ってたし。呼ぶ人にはお手紙出すからしばらく広めないでねとはお願いしたんだけど。
「だってこれからも含めてお前が一番長い付き合いだし……」
「あー、わかったわかった。これはしゃーねえ。あー、くそ。ラウンズから中堅レギオン果ては王手の新鋭までどんだけ来るんだか……」
「お手数おかけします。それで、貴方達が──」
「旦那さんにはお世話になっています。自分はライド=ミスティン。こっちが──」
「妹のクラーラ=ミスティンです! よろしくお願いしますね、レベッカさん!」
クラーラちゃんはなんかキラキラした目で僕とレベッカちゃんを見てた。
うん、馴れ初めとか聞きたい? それともあれだろうか。自分の両親がアレだったから、十年以上の付き合いから結婚した夫婦っていうのがキラキラして見えるんだろうか。
でも、メダル取り上げた割に元気そう。この感じだと、ライド君の時みたいにいなければいないで地に足つけて独立したんだろうか。だと良いんだけど。
「五組目のパーティですね。よろしくお願いします。この人との付き合いは長いですから、新人を担当していた経験も多いです。助言等々できるかも知れません。何かあればお気軽に。特にクラーラさん。貴女はパーティ唯一の女性ですから、人に言えない悩みもあるでしょう。相談があれば乗ります」
「その時は是非お願いします」
「僕のマネージャーさんだけど、専属の担当さんだと思って頼りにしてね。あ、僕よりイチャイチャされたら嫌だよ?」
「しねえ」
「滅相もない」
「基本的に、皆さんの見ていない場所でスキンシップはしていますので、その辺りもお構い無く」
お仕事モードのレベッカちゃんはさらっと真顔でこういうこと言う。
まあ、してるけど。新婚だしね。問題はたぶん僕、このテンションで平気で十年くらいいてそうなんだけど、ウザいとか思われないかな。
「やっぱり、ラブラブなんですね……!」
「新婚ですから」
「その、チューとかももう?」
「はい」
ひゃーと顔を赤くして足をバタバタするクラーラちゃん。年頃だね。キャラ変わってない? 年頃の女の子ってこんなもんかな? ……こんなんだった気がする。うん。
「クラーラ、それくらいに……」
「うん、あんまりね? レベッカちゃん素面だけど僕が恥ずかしいから」
と言うかライド君が冷や汗かいてるのからわかるようにフリードが流れ弾でダメージ受けてるから。ははって死にそうな笑みで自嘲してるよあいつ。氷鉄は割れにくいけど傷付きやすいんだぞ……!
「では、早速ですが宜しいでしょうか? マネージャーとして、所属しているパーティの現状、そして今後の方針をお聞きしたいのですが」
「はい! まずは自分達についてですが──」
全てを察したレベッカちゃんのビジネス話題転換に、ライド君が高速で食い付いた。上下関係叩き込まれてるなあライド君。
そんなライド君の話だと、僕がいない間はフリードにケツ持ちして貰いながら、一般の冒険者と混ざって仕事をしていたらしい。
で、問題があるのがクラーラちゃんで、メダルロスのダメージがダンジョン内でわかりやすく出てしまうらしく、メダルがある時は多少のリスクでも踏み越えるイケイケっぷりが鳴りを潜めて及び腰になる風潮があるらしい。
同時にメダルロスの弊害で動きの精細さとか魔法の技量とかが落ちてるから身の丈に合った立ち回りと言えばそうなんだけど、ライド君の主観だと弱くなった、らしい。
前までは立ち回りが厄介で、敵対したら消耗戦で負ける可能性があったのが、すぐ引くから圧力で叩き潰せる程度の弱さになったとか。
これはアレかな? 味方を敵として見て評価するイメージトレーニングかな? フリードが教えたんだろうか。中々妥当な評価だ。
「初日は不安でフリードさんについて頂いてダンジョンに潜ったのですが、その時はここまで問題は無く……おそらく、信頼できる大きな力が無ければ不安になってしまうのかと」
ライド君、この点凄い優秀だと思う。バーサークしちゃう戦闘中以外だと、凄い回りを見てる。たぶん、クラーラちゃんのために気を配るのが良い方面に作用してるのかな? 他人の変化をこうも客観的に詳しく報告できる技能は素直に凄い。
でも、そんな詳しい報告だからわかるよね。メダル離れできてないわこれ。
「エルフさんのメダルですか。緑色の?」
「緑? えっと、わたしのは深い青色のメダルで……なんというか、持っていると、凄く力を感じるんです」
「元素魔力の塊だからそういう力はあるけど、感じるだけなんだけどね。別に精神を安定させるとかそういう効果は無くて──」
「どうやらたまにある感覚のようですね。守秘義務の都合上詳しくは言えませんが、メダルを欲しがる方に心当たりがあります。おそらく、精神的な安定と、メダルの持つ力が結びついているのでしょう」
「え、いたの?」
レベッカちゃんが守秘義務って言ったって事は聞いても教えてくれないんだろうけど……誰だろう。緑色? 風の元素に縁がある子でメダルを見せた子って言ったら……クリッサちゃん? でもあの子は火の素養の方が高いし……
……と、言うか。
「メダルを持たせたのってクラーラちゃんが初めてなんだけど、レベッカちゃんの言い方だと持たさなくても力を感じる場合もあるんだよね? ってことは……」
「……ん? ああー! マジか。だから俺いたらマシだったのか」
「え?」
クラーラちゃんがキョトンとする中、フリードは懐から薄い木板のケースを取り出した。それを開くと、黄色と青のメダルが光を受けてキラリと煌めいた。
「メダルさん!?」
クラーラちゃんが手を伸ばそうとしたのに先んじてしゅばっとケースごとメダルを手に取り、二枚をペンダントに戻す。
来る前に、あんまりにもクラーラちゃんがダメダメになったら、緊急措置として渡してほしいとフリードに預けておいたのだ。
黄色のメダルも一緒に預けておいたのは、フリードが黄色だけ色が見えて、なおかつ見ていて重さのようなパワーを感じるって言ってたから、フリードもクラーラちゃんみたいに感じるのかなと実験的な意味で渡していた。
「ずっと、持ってたんですか……?」
「まあな……いや、お前のためだぞクラーラ?」
「……っはい……」
「すみません、こいつメダル取り上げられた直後少し色々ありまして……」
不眠とか夜泣きとかガッツリ症状が出たらしい。
……これアレかな。僕が帰ってきて、またメダルを預けて貰えると思ってテンション壊れてたのかな。で、今こうやってメダルを取り上げられて、しゅんとなってると。
「いやまあ、確かに持ってるとなんだ。精神的に強い面はあった」
「え、本当に?」
「おう。別にクラーラ程じゃねえが、ふとした時に見て、自信がつくって言えば良いのか? なんつーかな……新人の時、頼りになる先輩が後ろにいるみてえな安心感があった」
えぇ……僕以外が持ってたらそういう効果あるんだ……持たせたこと無いから知らなかった……でも、本来の用途考えたらあって然るべきなのかなあ……これ、本来他人に渡すための物だし……でもエルフとしての所有物だから渡したくないんだよね。
「そうなんです! メダルさんを持ってると、すっごく大きな……それこそ海みたいな物に包まれてる気がして、がんばれーって! 大丈夫!って言って貰えてるみたいな! そういうパワーがあって」
「ああ、そういうことですか」
何か合点がいったようにレベッカちゃんは目を閉じた。
そして、僕に何かを訴えるように目を覗き込んだ後、事務的に、冷ややかな声で言う。
「ダンジョン内での調子が振るわないのは問題です。事情はあらかじめ聞いていますが、生活の安定するC級を実力共に目指すのならなおさらでしょう。ですが、精神的依存を他者の所有物に委ねるのもよろしくありません。ここは一つ、段階的なリハビリをご提案します」
「段階的なリハビリ?」
「ええ。一先ず仕事中はメダルをエルフさんに返却します。そして、それ以外の、オフの時間はエルフさん、クラーラさんにメダルを渡していただけますか?」
「ああ、そういうことね。うん、僕は構わないよ」
「本当ですか!?」
ガタッと椅子を蹴って立ち上がり、興奮するクラーラちゃん。
要は、ダンジョン内では持ってなくても帰れば手元に戻るっていう風にマインドに刻んで、ダンジョン内での能力を安定させようっていうんだろう。
心配なのは本当にメダルを取り上げたとき、また今回みたいになってしまうことだけど、それはある意味では、ライド君の希望通りだろう。
メダルを取り上げる日は、僕がいなくなる日。二人が、B級になる日なんだから。クラーラちゃんに冒険者でいてほしくないライド君にとっては願ったり叶ったりのはずだ。
「じゃあはい。一先ず渡しておくね、クラーラちゃん」
ペンダントの金具を外して、メダルをクラーラちゃんに返す。割りと食いぎみにメダルを受け取ったクラーラちゃんは、うっとりとした、心持ち涙すら浮かんだような表情で、それを胸に抱いた。
「幸い近くにあるだけでも効果はあるようですし、ここぞという時にはエルフさんがついているでしょう。ですがクラーラさん。それは借り物で、いつかエルフさん共々身の回りからいなくなってしまう事をお忘れ無く」
「……っ! はい……」
「下手にこいつに依存すると後が辛いからな……ははっ……練気法知らないC級ってどういう事だよ……」
「それは笑う」
僕、練気法しないからね。通常の呼吸で似たようなことやってるから。D級時代僕と組んでた頃はポーターじゃなくてガッツリ中衛張ってて、僕がいるからって魔法使いをパーティに入れることは無かったから知らないのも無理はない。
「さて……じゃあ今日は元々お休みだし、二人はもう帰って良いよ。レベッカちゃんもいるし、後は大人組で打ち合わせしてるから」
「ありがとうございます。ほら、クラーラ」
「うん。あ、お兄ちゃん帰り道眼鏡屋さん寄って良い? 新しい磨き布欲しくて」
「お、おう」
メダルを磨くために眼鏡用の磨き布買ってるんだ……二人もD級になって、お小遣いにしてはそこそこの金額貰ってるから、その辺余裕はあるの知ってるけど、数少ないお金の使い途、そこなんだ……
と、出ていくクラーラちゃんを見送りながらしみじみ思った。
「……で、レベッカちゃん。クラーラちゃんの何がなるほどだったの?」
「ええ。フリードさんの言葉から、あのメダルが与えるのは保護者のような安心感なのでしょう。でしたら、あの子にとってあのメダルは……親代わりなのかと」
「「……ああ、なるほど」な」
そう言えばそういう見方もあったなとフリードと二人で感心した。
僕は母親にトラウマ持ってるし、フリードは今でも絶対に帰らないと思ってるくらいには実家のことが大嫌いだ。必然、親を頼るって発想に乏しくて、そこに考えが至ってなかった。
そう考えると、ああやっておどおどしていたクラーラちゃんが、如何に元々芯が強いと言えど、あんなにも早く立派にライド君から独立したのも、メダルに無くしてしまった親への信頼感を取り戻していたからと言えば辻褄が合う。
「……もうやっちまえばどうだ? あのメダル」
「嫌だ。ガチる時使う。水はあんまり使わないけど、一枚渡したらなんだろう……欠けた感が凄い。と言うかフリード、クラーラちゃんのメダル依存反対派だったでしょ?」
武器とかならともかく、荷物にしかならないメダルに戦力に影響出る程に依存するのは良くないっていうのは共通認識だったはずだ。
「いやあ……実際持ってみるとな。ああ、こういうことかって思うぞ」
「実際そういう物なのでは? エルフさんも以前仰ってましたし」
「あ、レベッカちゃんには話してたっけ?」
「ええ。確か、エルフが選んだ英雄に渡す物と」
そう。エルフは、伝承を伝え、英雄を選ぶ種族……っていう神話がある。このメダルはそれに由来するメダルで、かつてご先祖様が大昔の魔王を討つ英雄に渡したとされる由緒正しき森羅の秘宝なのだ。
ただ言いたい。最終的に森羅の手元に返ってきてるんだから、貸しただけだよ。あげてない。
「んじゃああいつらがA級になったら渡そうぜ。あ、どうせなら俺がA級になったら黄色のくれね?」
「君のA級は現実味あるんだよなあ……」
「レオンさんも候補になりますね。ラウンズクインテットを代表してA級への昇格がギルドでもまことしやかに話されていますから」
B級とA級では、世界が変わってくる。
軍で言えば将軍みたいな役だ。本人の確かな戦闘力と、巨大な功績、そして同業からの支持が必要になる。A級が新たに生まれるとなれば、ギルド幹部内及び現A級冒険者内での投票が行われて、それで過半数表獲得でようやくなれる。
だからA級は数える程しかいないのだ。個人で過剰戦力気味なところあるし。
「ラウンズのレギマスったら竜殺しだからな。冒険者側の票は固いだろ」
妬み嫉みで不信任するやついるけど、そういう陰湿なやつまず周囲に嫌われてるから全体的な票数にはそんなに影響しない。そして、冒険者は割りと実力主義な面があるので、確かな武勲があると普通に信じて貰えるのだ。
「そっかー……まあ、A級になったら本当に英雄だろうし、渡しても良いかな……」
レオン君を思い浮かべて、思う。あの子は強い子だった。けれど、人を信じられなくて、一人っきりだった。プライドが高くて、でも本当は優しい子で……あの子に会ったときの半端じゃないエルフレーダーのピコピコは忘れない。
もし、あの子に面と向かって、僕の選んだ英雄と言ってメダルを渡せるなら……本望な気がする。
「よっしゃ。じゃあ俺からクラーラに伝えといてやるよ。……ライドの奴はがっかりしそうだがな」
「そうだね」
「そうなんですか?」
そんな話をしながら、僕の奥さんで新たな仲間、レベッカちゃんを交えたパーティ会議は進んでいくのだった。
選定者のメダル(黄)
大地の力が秘められたメダル。
フリードと相性の良いメダル。エルフが内心英雄と認めているフリードが持つ場合、メダルは真価を発揮するのだが、内心で認めてるだけで正式に受け渡していない上、フリードが真面目に戦わなきゃいけない状況が来なかったので日の目を見ることは無かった。




