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何でも、いつから?って聞いたら十年くらい前かららしい。新人の頃に僕の担当になって、三年くらい仕事して、気付いたら~って感じで、でも僕から見たら子供だろうから、大人の女になってから、僕の方から言わせるつもりだったとかなんとか。
"ちゃん"付けしている内は子供扱いされてると思ってたとは……僕、大人としてみるとうっかり手を出しそうだから"ちゃん"呼びで自粛してただけなんだけど……と言ったら怒られた。中抜けしてた合計四年がホントに辛かったと。
で、そういう関係になって精神的に見る世界変わりそうだったんだけど、僕が気付いてなかっただけで、僕とレベッカちゃんは大分フルメーラで認知されていたらしい。祭りが起きた。
まず晩餐亭ではマスターが大号泣で僕とレベッカちゃんの誕生年のワインをサービスしてくれて、厨房のおばさんとかも大号泣でレベッカちゃんに色々言ってた。
そして誰が呼び集めたのかレストランの店主さんとか、馴染みのある色んな人が集まって、ドッタンバッタン大騒ぎ。結婚式でも挙げた二次会みたいな様相だった。
そんな夜から一夜明けて、申請していなかった休暇がギルドのご厚意で勝手に申請したことになってたレベッカちゃんとソファーで並んで、もう十年くらい住んでる僕の家でまったりしながら今後について話し合っていた。
「そう言えば、昨日の話、最初は転勤の話でしたね」
「あ、うん」
緊張しすぎて思考回路おかしくなってたけど、たしかそうだったはず。レベッカちゃんと離れたくないっていう気持ちがオーバーフローして、プロポーズみたいなプロポーズしたしね。うん……何故最初から男らしく決められずにワンクッション置いてから勢いで誤魔化したんだろう……
「結婚してしまうと、それは難しいですね」
「あ、そうだね」
ギルドは原則として身内同士の担当を禁じている。受付は平等であるべきだからだ。レベッカちゃんはその辺しっかりしていて、仕事中なら僕相手だろうが安定の冷たさだけど、規則は規則。レベッカちゃんはその辺お堅い。
「この際です。私も転職してみますか」
「……え、辞めるの?」
「将来的には子供も欲しいですし、どちらにせよ休職はしなくてはいけません。流石にお互い働きながら子育てできる職種では無いでしょう?」
……あ、そっか……都市の人って家庭内で子育てするのか……森羅の部族だと僕は王族みたいなものだったし、その辺の認識薄かった。部族丸々家族みたいな。同世代はみんな兄妹みたいなもんだったし。
「問題があるでしょうか?」
「ううん。無いよ。例え無職になってもしばらく養っていけるだけ貯金はあるし」
「知っています。C級とは思えない額の貯金がありますね」
レベッカちゃんにはギルドの預金口座に入金する関係で何度も通帳見られてるから、その辺筒抜けだったりする。
趣味とか、新人育成くらいだからね。その期間中は基本的にD級の生活水準に合わせるし、何年か前に家買ったくらいしか大きな出費はしてない。ミスティン兄妹と暮らすようになってから少し減ったけど、それもフリードと二人でダンジョンに潜ってた時期にある程度回復した。
「ということで、貴方の専属マネージャーになろうと思います」
「マネージャー」
そう言えば、そんなのもあったな……
冒険者専属の秘書みたいな。物資の補給とか、金銭管理とか。そういう後方支援を丸投げする、パーティー外のサポートメンバー。スケジュールの管理とか、稼げる移籍の計算とかもするらしい。
「えっと、僕はお財布渡せば良いの?」
「ええ。ああ、結婚後の家計はどうしましょう? 生活費は互いに入れるとして……」
「うーん、僕はある程度お小遣い貰えればそこから勝手に散財なり貯金なりするし、とりあえず一回レベッカちゃんに全額預けるよ。僕そんなに仕事にもお金かからないし」
矢も半分自作してるし、前衛じゃないから鎧とか武器も消耗しないし。防御と攻撃はどっちも魔法でできるからコスパも良いし。
「あ、マネージャーってこういうのなんだ」
「そうですね。金銭管理もある程度は仕事です。ご心配無く。私は世界で誰よりも貴方の仕事に携わってきたつもりです。完璧にこなしてみせましょう」
「十年だもんねー」
幸福感が凄い。なんかヤバイものキメてるみたいな感覚。
レベッカちゃんもそう思ってくれてるのか、こてんと体を倒して、僕にもたれかかってきた。肩に頭が乗って、ちょっといい匂いがする。
「金銭管理と言えば、結婚式どうする? なんか昨日それらしきものやった気がするけど」
「ああ、アレは……その……前夜祭です」
僕が気付いてなかっただけで、フルメーラには僕とレベッカちゃんを見守る勢力が存在していたという。レストランの料理長とか、バーのマスターとかもその筆頭格で、いつももどかしい思いで僕らを見守っていて、ようやくそれが実って、昨日は色んなリミッターが取れて、あの宴っぷりだったとか。
レストランのコースとか、用意されてたワインとかも、僕が五年離れるって聞いたレベッカちゃんが酒乱しながら愚痴ったのを即座に共有して、昨日で勝負を決めるつもりで各々が自主的にやってたんだから驚きだ。
「一先ず一年くらい先に見ましょう」
「そんなに? 別に一ヶ月とかそんなんでも……」
この幸せの絶頂を多方面に自慢したいんだけど……
「…………エルフさん、挙式に誰を呼ぶつもりでした?」
「えーっとね。ライド君とクラーラちゃんと、フリードと。お世話になったしメイベールさんも呼びたいかな。ああでもメイベールさん、本部職員だしもう少し日程に余裕もった方がいいかな? あ、そう言えば凄い展開でここまで来たからレベッカちゃんのご両親にご挨拶してないや。……それでも一年かかるかな?」
「はぁ……両親は問題ありません。今年で決められなかったらお見合いでも何でも持ってこいと言いつけてあります。今年で決めたのでなんの問題も。そして……私達が招待状を出さなければならない方々をリストアップしてみましょうか」
サッと手板とメモを取り出して、スチャッと眼鏡をかけ、お仕事モードに入るレベッカちゃん。
もう少しまったりイチャイチャしてたかったんだけど、なんか駄目なこと言ったらしい。お仕事対応で実質お説教だこれ。
「まず、貴方が育成した四パーティ全員です。全員漏れなくB級ですから、それを一時的とは言え全員フルメーラに集めるとなれば、ギルドの方でも相当手続きに難儀するでしょう」
「え、来るかな? B級ってノルマ大分増えるし忙しくない?」
「降格になろうが来るような人達ばかりでしょう。少なくともラウンズクインテットはレギオン単位で来かねませんよ。私が本部職員なら私に舌打ちをする自信があります。メイベールさんも頭を抱えるでしょう」
「それ駄目なんじゃ……」
「かと言ってフルメーラの身内だけで細々やって後からバレたら貴方が闇討ちされますよ。心当たりは?」
「わりといっぱい。クリッサちゃんとか……」
『あたいを除け者にして宴たぁいい度胸だねえエルフやぁ! 女の友情誓ったベッキーの挙式を見せないとか、見せないとかぁ!』って言ってハンマーぶんぶん魔法ボンボンしながら襲ってくる未来が見える見える。
レイラちゃんもニコニコしながら『わたしも見たかったなー』って最大雷撃ぶっぱしてきそう。あれ? 魔法使いの方が感情過激な子、多くない……?
「ですから、そんな方々も調整できるよう、一年は間を起きましょう。大丈夫です。一年先だろうが今と同じように、子供ができていれば今以上に愛している自信があります」
「嬉しいこと言うね……僕はほら、たぶん一生物の感情になるから」
三年目の浮気ってあるらしいけど、たぶん三年しっかり愛せてたら十年二十年平気でそれを維持してると思う。それがエルフメンタルだから。端から見たら異常執着に見えるかも。
「はい。一生かけて愛してください。では、日取りは一年後の昨日で調整しましょう。結婚記念日です」
「うん。永遠に忘れないから大丈夫」
「私もです」
お仕事のモードのレベッカちゃんは真顔ですっごいこと言う。感情表現が無くなる変わりに思ったこと素直に言ってくれるからこれはこれでなんかむず痒い。
「それで、しばらく拠点はフルメーラから向こうに移すことになりますから、返信先はそちらにして、この家はギルドに委託して賃貸にしてしまいしょう。一人暮らし用ですし」
「ごめんね、狭くて」
「ずっとここにお泊まりするのが夢だったので問題ありません。むしろ今日から少しとは言えこの家で寝泊まりできて感動しています」
僕も感動した。朝目を覚ましたらレベッカちゃんが目の前にいたことに大混乱して二日酔いの頭痛で吐きそうになってから感動した。そう言えば昨日プロポーズしてレベッカちゃん酔い潰れて家まで連れてきたんだって。
本当はレベッカちゃんの家に送ろうとしたんだけど、回りから尋常じゃない圧力があって、結局家に……
「では、細かい手続き等は明日以降にするとして……」
眼鏡を外したレベッカちゃんが、こてんと体を倒してきた。
まったりモード再開らしい。
「あー……フリードになんて言おう……いきなり結婚したって言ってもなあ……」
「ああ、フリードさんからは一昨日の時点で手紙を頂きました」
「え?」
何でも、ミスティン兄妹の昇級祝いの日に色々察したフリードが、僕が荷物とか色々整理して一日空けたタイミングで手紙を出していたらしい。
自分のせいでフルメーラから引き剥がすことになって申し訳ないから始まり、僕が雑に五年と言ってるからその間本当に帰らない可能性があるから定住しない冒険者と添い遂げる覚悟があるなら仕留めてしまえと。
それもあって覚悟ガン決まりな上に、昨日も言ってたけど、十年は誤差理論で勝ちを確信していたレベッカちゃんは昨日で勝負を決めようとしたという。
…………うん。最初ね、僕と一緒に移籍してって頼もうとしてたからね。でも断られたらどうしようってテンパって、少しでもプラス要素出そうと僕で妥協しないとか言い出して……本当に勢いだなここまで。
と言うかフリードが察してたのに僕が察せて無かったの? うわ……僕の共感性低すぎ……?
「あいつ、そういう気遣いできなかったんだけどなー」
「お礼を言わなければいけませんね」
「ついでに結婚式のスピーチも頼んでやる。あいつ自己顕示欲の割に人前でテンパるから」
いっぱい人呼んでやる。今まで面倒見たパーティ呼ぶなら同時期の新人だいたい声かけなきゃいけないし。別に直接面倒見て無くてもフルメーラの新人だいたい知り合いだし。
B級ならフルメーラ出身のC級と仕事したことも多いだろうし、顔見知りも多いだろう。責任感も強くなってるだろうし、僕の式を滅茶苦茶にできたりはしないだろうなあ。
「向こう行ったら家借りないと」
フリードと同居の新婚生活とか嫌だし。人いたらこうやってまったりとイチャイチャできないし。見せつけたい願望も無いことは無いけど、フリードにそれやったら心の殺人だからね……レベッカちゃんにも後でフリードの前ではお仕事対応でいくようにお願いしよう。
「そうですね。ギルドから物件の資料を取り寄せてみましょうか。お休みもたっぷり頂きましたし」
「そうだねー。あ、家を借りると言えば」
「はい?」
きょとんとしてるけど、君から言い出したんだからね? もしかして勘違いしてるのかも知れないけれど、別に僕だってトラウマがあるだけで不能でもないし、レベッカちゃんが望むんだから全力で頑張ろう。
「いつか子供部屋とかいるよね。向こうにいる内じゃないかも知れないけど。エルフって、引くほどデキにくいから」
「っ……はい。そうですね……あの、大丈夫でしょうか?」
「うん。大丈夫……でもほんとにデキにくいから、時期とかの調整は無理かも。なるはや路線で頑張って、デキちゃってから対応、みたいな無鉄砲なあれになっちゃうけど……」
「問題ありません。その程度の事態なら対応可能です」
森羅の部族が必死になった理由だ。エルフであればエルフであるほど血が残り難い。たまに耳長金髪青目みたいな見た目エルフがいても、あっさりできたその子供はただの人だったり、子供が出来難い、要素が出難い、血が残り難いの三拍子揃って何度も期待を裏切られていた。
だから、僕っていうこれまでに無い血のビックウェーブに是が非でも乗ろうとしてきたんだろう。上は閉経寸前下は一桁、仲の悪い奴から友達の彼女まで、産める可能性があるなら全員宛がわれた。
ああ、思い出したら萎えてきた。友達の彼女まではまあ百歩譲って良いとして、一桁って……一桁って……年甲斐もなくギャン泣きして嫌がったけど、大人たちがヤれヤれしつこくて、その子も僕が大人たちにいじめられるくらいならって……
駄目だ切り替えろ。思い出したら本当に不能になる。幸いレベッカちゃん相手なら全然いけるし、うん。よし。
「じゃあ、頑張ろっか。お休み、いっぱい貰ったんだよね?」
「っ……! ええ、はい……」
「嫌? とか無粋なことは聞かないから、今夜覚悟しておいてね? その、なんだろう。僕、自分で思ってたよりレベッカちゃんのこと大好きだし、たぶん最後にしたの二十年前くらいだから、暴発するかも。なるべく丁寧にはするけどね?」
「…………お手数、おかけします」
その表情はなんだか、昔のからかわれて涙目になっていたレベッカちゃんを思い出して、ちょっと懐かしい気分になった。
エルフの結婚式
ギルドは悲鳴をあげた。
冒険者の現役は長くて四十代後半。ミドルゾーンは三十代半ばなのだが、エルフが同期とか後輩とか呼ぼうとするとかなりの数のB級が引っ掛かる。
エルフのコミュ力が高めな上、エルフの後輩に関してはお世話になったと恩義を感じてる冒険者が少なくないので召集力もかなりのもの。
直系と呼ばれるちゃんと面倒見た四組の冒険者も恨んだり怒ったりはしたが、それで成長したのも事実だし、普通に大人になったので式くらい顔を出したいと来ようとする。
……ついでに言えばレベッカちゃんもエルフの専属だったせいで現役のB級と親交が広く、ギルドの悲鳴は血反吐に変わった。
でもエルフとの結婚式をレベッカちゃんは妥協するつもりはなく、エルフもレベッカちゃんに合わせるスタイルなのでギルドの胃痛は続く。




