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(12/20)

 一年という期間は、僕にとって大きな境界線だ。

 あらゆる物事が一巡する期間。それを越えられてしまうと、時間の感覚が他人と致命的にズレてくる。

 二年も、三年も、誤差のようにしか思えなくなってきて、気付いた時には十年くらい経ってたり。フリードとの仲直りとか。

 だから、一年っていう区切りだけは、守らなきゃいけない。そこを逃してしまえば、次に会う事さえ、無くなってしまうかもしれないから。


「──ただいま、レベッカちゃん」


「お帰りなさい、エルフさん」


 定期便の停留所で待っていてくれたレベッカちゃん。変わらない、変わっていく街で、待っていてくれる人。今日は少しだけ、特別な気分だった。








「一年で何かあった? 見た感じあんまり変化無さそうだけど」


「そうですね。受付が一人辞めました。貴方が抜けた直後くらいですね。冒険者の一人と良い感じになって、今ではお子さんも産まれたようですよ。デキ婚ですね」


「へえ」


 一年経てば子供もできるのかー、と当たり前のことを思う。

 僕の子供がいたとしたら今は二十歳くらいだろう。母親は誰なんだろうか。実の妹にして実の子供なんてあれだったら二重の意味な母親を殺して僕も死ぬ。


「新人さんも増えてたよね。レベッカちゃんと同じくらい?」


「……誤解を招く言い方は失礼ですよ。入ってきた頃の私と同じくらい、です」


「そうだね。今のレベッカちゃんは大人の美人さんになったもんね」


「そう思うなら、その『ちゃん』付け、やめたほうが良いのでは」


 横で溜め息をつくレベッカちゃんに、それはしたくないんだよねと心の中で謝罪する。レベッカちゃんがレベッカちゃんなことが、今の僕のちょっとした心の拠り所なのだ。

 さて、こうやって今、レベッカちゃんを横につれて、街を歩き回っている訳だけれど……これは、何年か前からの、僕が長期間街を空けて帰ってきてからのお約束だったりする。

 何が変わってしまったのか確認するための作業。そんな日に、レベッカちゃんはわざわざお休みを取って一緒に歩いてくれる。端から見なくても普通にデート気分で……知り合いが亡くなってたりしてメンタルに甚大なダメージを受けた時の被害が和らぐ。


「でも、予定外でしたね。本当の意味での新人なんてここには来ませんから、貴方の担当にしようと話していたんですよ」


「ああ、そうなんだ」


 中抜けしていた期間も含めて、フルメーラのギルドに所属している期間は職員も含めて最長だったりする僕。新人を宛がうにはちょうど良いんだろう。


「……本当に、貴方がいなくなるなんて、想定していませんでした」


「いなくならないよ? 持ち家あるし……フリードと一緒にB級で五年くらいみっちり稼いだら、一回冒険者免許返上してE級からやり直してでもフルメーラに帰ってくるけど……」


「ギルドは大迷惑ですね、それ」


 E級からやり直すのは嫌だから何とかD級からやり直せないかな。そしたら有望な子に本当に同期の立場から近付けるのに。


「エルフさん。五年は、長いんですよ」


「……そうだね。僕のことなんてみんな忘れちゃってそう」


「"みんな"、は無いです。少なくとも、私は覚えていますから。貴方の担当ですよ?」


 レベッカちゃんはわかってない。その台詞は僕に効く。


「……担当と言えばさ、あの子達、レギオン入りのために移籍したとしか聞かないけどどうしたの?」


「所属先は新鋭大手のラウンズクインテットです。被害者同士、上手くいくんじゃないでしょうか」


「うわぁ……すぐにB級になっちゃうだろうし、下手したらB級在籍時期被るなあ……怒ってた?」


「カイル君が烈火のように。騙されてたことにも、勝手にいなくなったことにも怒ってましたよ。まったく……とばっちりで私も怒鳴られたんですから」


「ああ、ごめんね。埋め合わせは今日するからさ」


 『んのやろうオレが馬鹿だと思って騙してやがったなああああ!!?? 糞が! 殴らせろ! 勝手にいなくなんじゃねえええええええ!!』ってキレ散らかしてる姿が容易に想像できる。カイル君って感情の爆薬庫みたいなところがあるから。

 でも、そうやって真っ先にカイル君が爆発するから、他の子が冷静でいられるんだよね。自分より荒れてる奴がいると落ち着くみたいな。


「このやりとりも、四回目ですね」


「そうだね……」


 数字じゃなくて、出来事に時間を感じる。思い出は忘れないから、その時とのギャップに、嫌でも時間を感じなきゃいけなくなる。

 僕は変わっていないのに、周囲だけが変わっていく。良くも、悪くも。


「レベッカちゃんは本当に美人になったよねえ。前も可愛かったけど……なんだろう。前はほら、小粒でキラキラした宝石なんだけど、今は鋭くて透明感がある、みたいな」


 赤のメダルから青のメダルになったみたいな。この例えで伝わるのたぶんクラーラちゃんだけだけど。


「ここから老けていくだけですよ」


「その前に結婚しなきゃね。一年どうだった?」


「………………」


「睨まないでって。僕が悪かったから。そうだ。もう良い感じに見て回ったし、お昼にしない?」


「いつものあそこですね。良いでしょう」


 レベッカちゃんは本当に僕の好きな言葉を選んでくれるなあ……『いつものあそこ』、これを共有できるのが、凄く幸せだったりする。


 雰囲気の良いレストラン。たぶん二十年くらいの付き合いになる場所だ。僕が通ってる間に一回味が変わってる。料理長が息子さんに変わった時期で、その息子さんももう良い歳で、自分の娘に後を任せるために教えているから、少ししたら二回目の波が来るんだろう。

 一回色々あって経営難になったとき、少しバイトさせてもらったのを思い出した。ダンジョンにキャンプする時の料理を覚えたいから料理を教えてもらう代わりにバイト代少なくする条件で。

 だからこのレストランの最初の味を作れたりする。一度それで今の料理長を大号泣させたこともあったかな。


 注文する前に、コースが来た。なんでだろと不思議に思ったけど、これは……ああ、初めてレベッカちゃんとここに来た時のコースだ。


「……覚えてますか?」


「もちろん。メイベールさんに言われたんだよね。レベッカちゃん、男の人にからかわれると慌てちゃうし、美人で慣れてないと怖いから練習台になってって」


 メイベールさん。僕がE級だった時にいた最年長の受付さんだ。二回目の中抜けの時に引退……もとい受付からギルド本部の職員にパワーアップして栄転していったらしい。今でもレベッカちゃんはやり取りあるとか。


「お恥ずかしい限りです」


「今では僕がレベッカちゃんに声かけて誘ってるからわからないよねー」


「幸い、手は出されていませんが」


 トラウマが無ければ間違いなくどこかで手を出してたから森羅の部族に感謝してほしい。


「……新しい子達は、どうですか? 珍しく年齢詐称せずB級まで見るとのことですが」


「ああ、今までの子達と事情が違ってね? あと、フリードも一緒だから」


 ミスティン兄妹の事情や、フリードとのやり取りをかいつまんで説明する。

 実はB級になろうと思ったの半分以上フリードへの対抗心だったこととか、そんなに考えて言ってなかったこととかも恥ずかしながら。


「私は時期が被っていないので話しに聞いただけですが、本当にあの氷鉄のフリー」


「ぶふっ! ごほっ! ごほっ!」


「大丈夫です?」


 () () 氷 鉄 の フ リ ー ド


 前衛のビッグネームかあ……駄目だ笑いが堪えきれない。レベッカちゃんも今は仕事中は表情固くて対応も事務処理レベルマックスだから氷鉄のレベッカって呼ばれてるけど、氷鉄の後ろにつく言葉がフリードってだけでどうしようもなく面白い。

 しかも、"あの"って……ビッグネームかよ。


「ごめんね。僕あいつのポンコツ時代知ってるからどうしてもそういうの面白くって」


「……本当に仲が良いんですね。嫉妬します」


「レベッカちゃんに嫉妬される仲の良さじゃないんだけど……」


「そうですね。で、これはギルド職員としての興味ですが、そのミスティン兄妹というのは今までと比較していかがです?」


「うーん、そうだなあ」


 今までの子達を思い出して、レベッカちゃんにわかりやすく説明すると……


「火力持ったバナン君と、魔法力低いグレイシアちゃんかな。でもグレイシアちゃんと違ってサポート筋だから、グレイシアちゃんの下位互換って訳じゃないよ」


 "重量戦車"バナン。二番目のパーティーのポーターで、大盾担いで荷物を死守する機動要塞だ。荷物の重さと突進力で敵を圧殺することもできるし、異常なスタミナとタフネスで、パーティー全員の荷物を持って絶対的な防御力を維持しながらダンジョンを闊歩する。

 "冥府封鎖"グレイシアは二番目のパーティの中衛魔法使い。コアな闇魔法の使い手で、死霊と冷気、二つを操って戦う変わり種の魔法使いだ。本人も大鎌持って接近戦できるけど、宗教色の強い鎌は防御に向いてなくて、護りは薄いから基本的にヒットアンドアウェイの遊撃役だ。


「そうですか。……フルメーラに在籍することは無さそうですね」


「うん、そうだね。しばらくあそこで経験積ませて、C級になったら難易度高いところで活動するつもり。その頃には僕とフリードのパーティーメンバーとしては充分な腕になってるだろうし、僕はB級、フリードはA級目指して頑張るよ」


「貴方は別にB級になろうと思えばいつでもなれるでしょう。さらに言えば、A級に求められるのは人脈や戦術的視野などの戦闘面以外の部分です。当然、功績もそれの類いを求められます。そして、貴方はラウンズクインテットを初めとした多くのB級を送り出した実績がある。フリードさんよりも、貴方の方がA級には近い」


「…………なってほしい? レベッカちゃんは」


 目指しても良い。レベッカちゃんが言うなら。フリードとも階級並んでないとなんとなく嫌だし。


「ギルドの職員としてはなってほしいですよ。担当からB級が出るだけでも評価項目、A級を出せば本部栄転でしょう。ただ……私個人としては、A級は住む世界が変わりすぎて、寂しい気はします」


「なら目指さない。最終的に、僕の居場所はレベッカちゃんのいるフルメーラだから」


「……口説いてます?」


「うん。これからもお世話になりたいしね」


「……はぁ……」


 呆れた表情しないでレベッカちゃん。もう少し、もう少しで本題切り出すから。場所はここじゃない。お洒落なここも良いけど、あの場所で言うって、決めてるから。

 見てろよフリード……僕だって成長できるんだぞ。お前は僕の精神がまだ大人になりきってない背伸びした子供って思ったかもしれないし、事実だけど、決めるところは決めてやる。


「ねえ、レベッカちゃん。今夜予定ある?」


「ありませんよ。あの店ですね?」


「うん。やっぱりあそこで飲んで初めてフルメーラに帰ってきた感があるから」


 デザートのシャーベットを食べて、目を閉じて、二枚のメダルを握り締める。クラーラちゃんの真似だけど、僕のこれはクラーラちゃんと違って本物の意味がある。

 さあて、大一番だぞ僕。不利条件は多いけど、積み重ねた時間を信じろ。うん、いける。駄目でも十年耐久すればワンチャンある。


「行きましょうか」


「うん。あ、大分遅いけど誕生日プレゼントあるから、向こうで渡すね。なんか王都で流行ってる靴なんだけど」


「ああ、クリッサさんからも聞きました。流行っているらしいですね。楽しみにしています」


 そんな話をしながら、いつもの飲み屋……バーだったり、大衆食堂だったり、色々な役割を持つお決まりの店。アーウィン君達との別れ話をしたお店でもある、『晩餐亭』という、フルメーラでは馴染みの深い、老舗に行った。


「えっと、なんか今日みんな変に察してるけど……なんかあったの?」


 勝手にお酒が出てきた。レストランの時と同じだ。今回の物はそう……フルメーラの地物のワインだ。十年物で、よくよく思い出してみればレベッカちゃんが受付に入ってきた年のワイン。

 嫌いじゃないけど、なんでこう……昔話の種みたいな物を勝手にお出ししてくるんだろう。切り出しにくいんだけど……


「貴方がいなくなるからじゃないですか? 一年ふらっと姿を消すのはいつものことですけど、五年もとなると初めてですから」


「そりゃあ、まあ……」


 僕がこの街に来た時、街を支えていた世代はもう引退時だ。そうやって街の世代交代が行われている中、僕が子供時代を見ていた子達が新しい街を作っていく。

 晩餐亭もそうだ。昔は女将さんだったけど、何年か前に亡くなって、今は息子さんが店主をしている。このバースペースも息子さんに経営が移ってから作られた場所だ。


「…………五年ですよ、エルフさん」


「うん」


「私も三十を超えて、立派な行き遅れですね」


「そうかな?」


「そうです。この一年、待ってみましたが……どうしようも無くて。この街の冒険者は若い子が多いですから、歳上は敬遠しがちみたいです」


「もったいないね……えっと……この流れからすっごい言いにくい話題なんだけど、ここで逃したら言えなさそうだから、今日の本題切り出して良い?」


 この流れはまずい。だって、その観点から見たら、レベッカちゃんにトドメを刺すお願いをするんだから。


「……? どうぞ」


「うん、ありがとう」


 深呼吸して、過去の積み重ねを想う。レベッカちゃんがこの街に来た年のワイン……渋みと甘みを噛み締めるように一口飲んで、思い出を未来に繋げる覚悟をする。

 今なら共感できる。五年は長い。だから、その五年に、貴女の姿が欲しいから──!


「僕と来て、レベッカ。フルメーラの外でも、帰ってくる場所に君がいて欲しいから」


 最大級にかっこつけて、できるだけ真剣に、頼み込んだ。

 レベッカちゃんは、目を丸くして固まっている。当然だろう。今まで街を離れる時に、こんな頼みをしたことはない。半分プロポーズみたいなものだから。

 でも、フリードにも確認を取った。B級くらいになると担当が専属化して、冒険者の移籍に合わせて担当もギルドを移籍することもあるそうなのだ。

 僕はC級だけど、B級を目指すから、何とか、レベッカちゃんにもついてきて欲しいなと……! フリードの担当も兼任できるから! フルメーラからも離れてないし、帰ろうと思えば帰れるし、転勤も良い……と思ってくれないかなあ……?


「えと、えっと……それは、その……専属の担当として、移籍してこいという、こと、ですね?」


「うん……その、慣れた地元から引き剥がすようでアレなんだけど……僕に取れる責任なら、全部取るから。なんならもうその……妥協、してくれても良いよ?」


「妥、協……?」


「ほら、十年後って言ったでしょ? でもほら、急ぐようなら、僕でも。下手したら子持ちだし成長しないし悪いところも多いけど、一緒になってくれるなら、できるだけ幸せにするから……」


 ガン! ガラガラ!とどこからか空気を読まない異音が聞こえてくる。向いたら厨房の方でなんかあったみたいだった。そしてなんかマスターも鬼気迫る様相で何か探してる。

 え、何? なんかあったの? 怖いんだけど……


「…………妥協は、しません」


「あ、うん……」


 フラれた……うわ、ヤバイ。想像以上にメンタルダメージがでかい。これアレだ。女体恐怖症と同じで何十年も克服できないやつだ。ああ、うわあ……フラれたかあ……どうしよう。大丈夫かな。キッツイんだけど……


「私は、卑怯な女です」


「うん?」


「一年前、貴方から十年後の言質を引き出した時、『勝った』と思いました。次に貴方が帰ってきた時、誤差だと言い聞かせて、十年を省略して、一緒になれると思ったから」


「うん……うん? えと、それって? えっ」


「でも、五年いなくなると聞いて、今日しかないと思って、言うつもり、でした。貴方は自分が人と違うことを気にしていて、貴方から言ってもらわないと、駄目だとは思っていたんですが、五年置いてかれるくらいなら、手段なんて選べない、と」


「うん、あと、えーっと、」


「エルフさん。妥協じゃなくて、本命です。私を、貴方の帰る場所にしてくれますか?」


「────」


 や、ばい。言葉が出ない。冷静になれない。

 だからだろうか。混乱する頭とは反対に、驚くほど穏やかに、問に対する答えは出た。いや、初めから、僕の方から言っていたことだ。色々ごちゃ混ぜになって、想像だにしない方向に進んでいる気がするけど、それでも良い。きっと……僕も、それは求めていたから。


「そうだね。これからも、ずっと帰るよ。フルメーラじゃなくても、君のいるところに。結婚しよ? レベッカ」


「っ……! はい、喜んで」


 関係性は少し変わってしまったけれど、結びつきは強くなって。これからもいて欲しかった人が、僕を願ってくれて。答えた後になって、ようやく、自身の英断に気付いた。

 ああ、僕は今、重ねた思い出で、未来を作ったんだって。

フルメーラの皆さん

 エルフとレベッカちゃんを昔から知る皆様。別名『レベッカちゃんの恋路を見守り隊』。

 エルフがフルメーラにやって来た時の世代はだいたい五、六十代で現役を退くか時代背景の都合お亡くなりになっており、世代交代している。

 エルフが本当に十代だった頃の同世代が今の時代を切り盛りしており、結果エルフの顔が異様に広くなっている。

 そんな顔の広いエルフが休日とかに連れている子がいるのが広まるのは自然なことで、エルフの事情を知ってる人間もそれなりにいたため、焦れったいが介入するわけにもいかず、側で見守るにとどまった。

 そして奴らは弾けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一瞬完結かと思いました。まだ続いてくれてよかった! もっと読みたいです。 [気になる点] なんでメダル依存になったのか気になります。。これから出るのかな、楽しみです。
[良い点] 類は友を呼ぶって感じでいいですね、フルメーラの皆さん。
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