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「お兄ちゃん下がって待機! フリードさんスイッチお願いします! エルフさんバック抑えてください!」


「っしゃああ!」


「任せて! 『スターシャワー』!!」


 お兄ちゃんが大剣で突き飛ばした大蜥蜴の魔物を、お兄ちゃんと入れ替わったフリードさんが盾で殴って昏倒させて、剣でバッサリと切り込む。

 回り込もうとする魔物にエルフさんの矢が降りかかる。それを避けようとするその魔物に水の鞭を放って牽制して、そのまま矢を浴びせた。


「遠距離抑えます!」


 ヴォン!と奇妙な音で飛んでくる真っ黒い玉を、水の鞭で弾いて地面に落とす。玉は落ちると溢れたインクみたいにぐしゃりと広がって、スゥー……っと消えていった。

 あれは、影の魔物シャドーが使う特殊な魔法。人に当たると水みたいに下に流れ落ちて、足下の影に吸い込まれて、吸い込まれた分体が重くなってしまう。

 そして、今襲い掛かって来ている大蜥蜴の魔物ギュルスは、ブニブニとした弾力のある変わった皮を持つ魔物だ。不思議な皮は斬ったり穴を空けたりしてもすぐに塞がって、打撃もブニブニとした皮とその下の脂肪の層のせいで効きにくい。

 パーティーを指揮するんだから、敵に関する情報はちゃんと調べておくこと。未開拓のダンジョンでも無い限り、魔物の情報はあるんだから。エルフさんの、言っていたことだ。


 このダンジョンは、このシャドーとギュルスが共存しながら、虫や動物の魔物が生息している密林型のダンジョン。下調べはした。対処法も、知ってる!


「エルフさんバックのシャドーお願いします! フリードさんそのまま抑えてください! お兄ちゃん武器に魔力付けるから付けたらバックのギュルス叩いてそのまま奥のシャドー! 魔力を纏え、『マナエンチャント』!」


 シャドーには物理攻撃が効きにくい。足の無い人影みたいな見た目の魔物なんだけど、本体は地面の黒い穴みたいな部分。人型部分はそこから生えた、人間で言う腕みたいなモノ。

 けど、その人型部分を魔力で叩いて壊すと再生するまで魔法を放ったりできなくなる。そうすれば、前を詰めてくるギュルスにフリードさんが集中できる。


「うおおおおおおおおおお!!」


「頭狙って!」


 ギュルスは太めの胴体に長い後ろ足で二足歩行をしている。足は健脚で速く、蹴りは鉄の鎧を着た男の人でも一発で内臓や骨を壊されてしまうほど強い。

 そのせいで盾で受けても弾き飛ばされて乗り上げられて、鋭い牙で噛み殺されてしまうなんてこともあるらしい。

 けれど、弱点もあって、胴体と太もも、腕部分以外はそこまで脂肪や筋肉がない。必要な部分以外を切り捨てて、軽量化したみたいだって、エルフさんが教えてくれた。

 頭はその最たる弱点で、首裏に筋肉があって丈夫な以外、頭蓋骨は特に衝撃に弱い。転んで頭を打ってそのまま昏倒するっていう抜けた事故が起こるくらいに。


「チェストォォ!」


 ガン!と音がして、ぐしゃりとギュルスが崩れ落ちる。お兄ちゃんはそのまま脇目も降らず、エルフさんの矢のせいで体を崩してうまく動けていないシャドーに向かって走っていった。

 わたしも念のため倒れたギュルスの首の骨を水で重さを増やした足で踏み潰しておいて、わたしもお兄ちゃんの後を追う。


 シャドーが骨の棍棒を武器にお兄ちゃんに応戦する。お兄ちゃんが密着間合いに入ってしまうとエルフさんの掩護射撃は途切れてしまう。

 けど、エルフさんの射撃でどれだけ体を削っても、矢で空くような穴は再生が速くて追い付かない。お兄ちゃんみたいなパワーで一発で粉砕しないと。


 後衛のシャドーは三体……ううん、横に人型を出さずに隠れてるのが一体いるから、四体。でも四体目が人型を出すまでは少しかかる。足下の攻撃だけ気を付けて、念のため牽制して……!


「チ、エ、ス、トォオオオオオオオ!!」


 ブンブンと信じられないくらい重い大剣を振り回して、お兄ちゃんとシャドーがぶつかり合う。でも、シャドーの力は弱い。棍棒でもせいせい振り下ろせば人を倒してしまえるくらいで、それも重さのお陰だ。

 そんなシャドーだから、ぶつかり合うといっても、崩されながら後退するだけ。でも逃げの一方じゃない。足下から黒い腕を伸ばして、お兄ちゃんの影を掴もうとする。

 これに掴まれると、影の掴まれた部分が石みたいに動かなくなってしまう。対処するには地面につくくらいの大きな盾で防いだり、他には──!


「押し流す! 『リキッドストリーム』!」


 地面に手を触れて、魔法を使う。拳くらいの深さの水の流れを作り出す魔法。地面に置かれた罠を洗い流したり、相手の足を取って転ばせたり、単純に地面がぬかるむだけでも動きにくくなる。

 しかも魔法の水だから、魔力がないと触れられないシャドーの影の腕だって弾き飛ばすことができる。


 腕を弾き飛ばされて、本体部分にも水を浴びたシャドーが一瞬硬直する。

 その瞬間、お兄ちゃんの大剣が振り抜かれて、二体のシャドーの人影の上半身を一撃で吹き飛ばしてしまった。


「ぬぁ!!」


 振り抜いた勢いのまま、回転して、軸を縦に足下のシャドー本体を一つ叩き潰すお兄ちゃん。

 その隙に攻撃しようとする三体目のシャドーに水の鞭で牽制して、しゃがんだ状態から飛び出して、膝で思いっきり蹴り飛ばす。

 そのまま空中でシミターを抜いて、着地と同時に姿勢を低く、シャドーの根本を切り裂く。そして影の腕を伸ばされるより早く、シミターを根本の本体に突き立てた。


 隠れていたもう一体に目を向ける。腕を伸ばして後ろからお兄ちゃんの影を掴もうとしていたけれど、そのせいで居場所がバレてエルフさんの矢で本体を潰されていた。

 同時に、お兄ちゃんが全力の踏みつけで生き残りのシャドーの本体をブツリと潰す。お兄ちゃんの鎧の右足は特別で、どんな相手にも踏みつけが効くように魔力がついた鎧になっている。

 奥に目を向ければ、抑えていたギュルスをそのまま倒したフリードさんがエルフさんを庇うように下がっていて、エルフさんはキョロキョロ警戒した後、『後続無し』のハンドサインをして、ニコリと笑った。


「っふぅぅ……お疲れ様、お兄ちゃん。いっぱいだったね」


「っ、ぁ、ぁあ……そうだな。クラーラ、怪我はないか?」


「うん。お兄ちゃんは?」


「たぶん、大丈夫、だ」


 見たところ、怪我はしていない。お兄ちゃんは戦った直後、痛みが少しわからなくなるから気を付けなきゃいけない。小さな傷でも、毒でも受けていたら大変だから。

 エルフさん達と合流して、怪我のあるなしを確認する。どんなに強い人でも、常に万が一を考えて。信頼はしても、余裕があれば確認しておく。エルフさんが言っていた。


「手前のギュルスが霊石吐いたよ。大入りだね」


 見れば、前に二匹いたギュルスの片方が地面の染みになって消えていた。ダンジョンの魔物は、こういう風に死体の残らないのと残るのがいるらしい。霊石を落とすのは、死体の残らない方。


「さて、これで充分でしょ。まだいけるとは思いますけど……時間の無駄では?」


 そう言って、エルフさんは後ろに控えていた、緑の衣装の冒険者……ギルド専属の、調査員のおじさんにそう声をかけると、おじさんはコクりと頷いて……お兄ちゃんがガッツポーズをした。

 わたしも、メダルさんを握りしめて、ほっと息をつく。

 ううん、まだだ。帰るまで油断しちゃ駄目。ここはまだ、ダンジョンだ。







 そんなことがあった晩、いつもの食堂で、いつもよりうんと豪華なごちそうを頼んで、お祝いのパーティーを開いていた。


「祝! ミスティン兄妹D級記念! かんぱーい!」


「「乾杯!」」


「かんぱーい!」


 横のお兄ちゃんの真似をして、カツンと木のジョッキにコップを合わせる。

 今日は、わたしとお兄ちゃんの、D級昇級の試験の日だった。

 本当は試験とかはなくて、ギルドでどれくらい働いたかで昇格できるらしいけど、わたしとお兄ちゃんは全然子供で、エルフさんとかフリードさんみたいな本当に強い大人と一緒にダンジョンにいたから、念のために実際のダンジョンでの様子を調査員の人が確認することになったんだって。


「一年くらい? 早いねえ」


「早いなんてもんじゃねえよ。ほぼ最速ステップだよ」


「本当に、ありがとうございます……!」


「ありがとうございます!」


 お兄ちゃんが頭を下げるのに合わせてわたしも頭を下げる。本当に、色んな物をもらった。お兄ちゃんは、フリードさんから。わたしは、エルフさんから。一年前からは、とてもじゃないけど想像できない。


「…………どうしようちょっとむず痒い」


「お前慣れてんじゃねえのかよ」


「上の立場から教えるって初めてで……ライド君、クラーラちゃん。確かに僕もフリードも、君達に色んなことを教えたよ。けどね、それをちゃんと聞いてここまで頑張ってきたのは他でもない君達なんだから。誇ってほら、頭なんて下げなくて良いよ」


 エルフさんが照れ臭そうにはにかみながらそう言ってくれて、わたしは頭を上げた。お兄ちゃんも照れ臭そうだった。


「ささ、食え食え。祝いの席なんだから。俺がD級になった時も先輩にこうやって奢ってもらったもんさ」


「僕らの時もセット昇格だったね」


「ギルドの方針なのかもな。パーティー単位で昇格させんの」


 エルフさんとフリードさんにも、わたし達みたいな時期があったのかなって思……ったけど、フリードさんが前からあんまり変わってないって言ってたのを思い出した。

 エルフさん、こう見えてフリードさんと同い年なんだって……正直、信じられない。大人だなあとは思うけど、こうあんまり……おじさんっぽくない。


「そうらしいよ? フルメーラで聞いたんだけど、パーティー内格差でギスギスされても困るからC級までは独断と偏見でセット昇格させられるんだって。僕もセット決める側になったことあるよ」


「ほーん。俺とお前セットだったのか。ラッキー」


「感謝してよねー」


 こう見ていると、二人とも本当に仲が良いんだなあって、お兄ちゃんと二人で顔を見合わせて笑った。

 わたし達も十年後とか、二十年後、こういう風に笑って昔のことを話したりできるようになりたいね、お兄ちゃん。


「お前らも気を付けろよ。基本、後ろにエルフはいねえから」


「「はい」」


 エルフさんはなんと言うか……本当に、隙の無い人だって、お兄ちゃんと話したことがある。

 フリードさんがお兄ちゃんに言ったトレーニングで、味方を敵として考えてみるっていうのがあったんだって。そうすることで弱点も見えるし、長所もわかって、自分がやらなきゃいけないこともわかりやすいんだって。

 ちょうどその頃、エルフさんがポーターの心得を教えてくれてる頃だったから、わたしも立ち回りを考えるのに役に立ちそうって思って、二人で相談したの。

 それで、二人の知ってるエルフさんを重ねると……本当に、隙がない。

 後衛距離は弓が厳しい。お兄ちゃんは来る方向がわかっていれば防いで近付けそうだって言ってたけど、エルフさんの弓はなんか……魔法だ。技の時間差で同時に色んな方向から矢が飛んできたりする。

 中衛距離は、お兄ちゃんもわたしもすぐに「無理」って思った。弓も魔法も何でも飛んでくる。すぐにでも魔法が飛んでこない距離まで離すか、弓を封じ込められる間合いまで詰めなきゃって。

 前衛は……お兄ちゃんは、押し潰せるって言ったけど、わたしは……無理じゃないかなと思った。エルフさんはまず距離管理がすごく上手くて、限られた範囲でもずっと間合いを維持される。

 それを乗り越えて詰めれたとしても、魔法を教わったからこそわかる信じられないくらいの瞬間的な早さで発動する水の鞭や、練気法無しで無呼吸に飛んでくる多種多様な魔法は、中衛距離から詰めたとしても数が減らない。

 基本的に、『何でもできる万能エルフ』、それがエルフさんだ。

 わたしもエルフさんに指揮(お兄ちゃんの操縦)を教えてもらったとき、自分と回りが何をできるか考えてみたとき、「あれ、これ全部エルフさんで良いんじゃ……」ってなっちゃった時があった。

 ちなみに、フリードさんを見た時は、お兄ちゃんが後衛なら逃げ切れる。中衛なら距離を維持して逃げる。前衛ならお兄ちゃんが数秒稼ぐからわたしが逃げろって言い出した。

 フリードさんの本気はよく知らないけど、そんなに強いんだ……わたし、前衛で信じられないくらい重い武器振り回してるお兄ちゃん見て、お兄ちゃんってこんなに凄いんだって思ってたのに……

 …………お兄ちゃんは前衛距離なら鞭で牽制しながら中衛距離まで下がって、水の魔法で動きを邪魔したり体力を奪ったりして疲れるまで距離を維持すれば何とかなる……かな? 詰められたら負けちゃう。


「B級までは一緒したいなあって。僕、今が凄い好きだよ」


 へにゃりと、砕けるみたいにエルフさんは笑った。

 エルフさんは今まで色んな先輩達をB級に送り出してたけど、こうやって、ちゃんと先輩として教えてくれてるのはわたし達が初めてだって言っていた。

 そうやって思えてもらえているのは、素直に嬉しい。いつまでも未熟なままじゃいられないけれど……


「あ、でもそうだ。僕そろそろ帰らなきゃ」


「あ? お前この後予定あんの?」


「そういうことじゃなくて。一年くらいしたらフルメーラに帰るってレベッカちゃん……君と入れ替わるくらいのタイミングで入ってきた受け付けさんと約束したの。あの子達もレギオン入り目指して王都に言ったって連絡受けたし。しばらくこっちに残るって言ってこないと」


「そういや俺に連絡寄越したのもフルメーラのレベッカとかいうのが間に噛んでたな。俺が移ってからってことは……十年以上フルメーラの受け付けやってんのか……」


「そうだね。それからずっと僕の担当してくれてたんだー」


 フルメーラのギルドについては、調べた。

 エルフさんが言うには、その土地のダンジョンだけじゃなくて、近隣の他のギルドのダンジョンについて調べておくと、何かの事情で移籍した時とか、人手不足で派遣された時なんかに対応しやすくなるっていうから。

 フルメーラのダンジョンはここと同じ自然型のダンジョンだけど、湿地みたいな感じの場所で、大きな昆虫系の魔物が主体の場所だって。

 でも群れたりする種類は少ないし、固い個体がいないから、攻撃力の足りないE級やD級の冒険者でも充分戦えて、新人向け、みたいな場所……らしい。

 だから、エルフさんはそこにいて、わたし達に初めて会ったときもそこに行けばよかったって言ったのかな。


「十年ねえ……受け付けなんてそんな長くやる若いのいるとは」


「すぐ辞めてしまうんですか?」


 最近仲良くしてる受け付けさんがいるから気になったのかな。お兄ちゃんがそう言い出した。

 うん……なんとなく、お兄ちゃんを見てたら受け付けさんがすぐに辞めちゃう理由がわかった。


「女は特にな。冒険者で相手を見つけて結婚したら寿退社。基本的に若いのは長くても五年やそこらだな。逆に男だったり既婚だったりする受け付けとは仲良くなると良いぞ。基本的に引退まで辞めねえから」


「結婚……なるほど。ああ、だから……」


「だから? お兄ちゃん、何か……」


「あー、えっとな……」


 エルフさんをチラリと見たお兄ちゃんが、わたしに耳打ちする。エルフさんは不思議そうな顔してたけど、わたしはそれを聞いて……


「…………ライド、もしかしてそういうことか?」


「…………はい。フルメーラから移籍してきた奴から聞いたんですけど……」


 お兄ちゃんの様子を見て、フリードさんも気づいたみたいだった。

 それにしても、お兄ちゃんわたしより同世代の繋がり広いなあ……わたし、エルフさんについて歳上のD級とかC級の人ばっかりとお仕事してたから、あんまりそういう友達はいない……


「え、何怖いんだけど……僕のこと? え、僕もしかしてフルメーラで変な話になってる? あそこ噂とか一年も残んないんだけどな……」


「エルフ、さっさとフルメーラ帰ってそのレベッカって奴に会って話してこい。んまあ……五年も離れるって言えば事も動くだろ」


「………………ああ、そういうことね。うん、そうだね。……フリードに諭されるとか……うん、わかった。言ってみるよ」


「ぜってえわかってねえ気がする……」


 エルフさん、大丈夫かなあ……えっと、たぶんこれだけエルフさんが信じてる人だし、すっごく良い人なんだと、思う。だから……頑張って、幸せになってほしいなあ……









「あ、ところでクラーラちゃん?」


「? はい?」


「僕帰ってる間メダル返して。そろそろ本格的にメダル離れしないと取り返しつかなさそう」


「えっ」

クラーラちゃんLV.2

 適応進化したクラーラちゃん。読書で満たしていた好奇心を実地体験で満たすようになり、貪欲にバージョンアップを重ねていった。

 一番頼れるエルフが自立を促したため、自立した存在の目標としてエルフを真似ようとする傾向がある。

 発生速度重視の水の鞭を主軸にエンチャント等でバフを撒きながら、隙あらば中衛から顔出しして一撃加えて離脱してくる。

 観察眼は良いので周りを良く見ている。ここは兄譲りな才能。

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