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「アーウィン君! 下がって! 『スターレイン』!」
石の壁が覆うダンジョンの奥、牛の頭を持つ巨大な魔人の膂力を魔法の施された盾で受け止めていた男の子……騎士のアーウィン君にそう声かけ、弓スキルを起動する。
アーウィン君は声に触発されて、魔人の斧を盾で払い除けると、大きく飛び退いて牛の魔人……ミノタウロスから距離を取る。
そしてその直後、僕が放った弓スキル……高い威力の矢を高所からの曲射で落とすスキル、『スターレイン』がミノタウロスに降り注ぎ、鼻の詰まったような呻きをミノタウロスが溢す。
「ありがとうエルフ! 支援効果ローテーション! カイル! 前を頼む!」
「おうっ!」
大きな盾と、槍を構えた男の子、カイル君がミノタウロスに肉薄し、アーウィン君への追撃を封殺する。
そして、中衛距離へ下がったアーウィン君に、法衣礼装に身を包んだ女の子、レイラちゃんが駆けよった。
「体躯の加護を! 『マルチアップ』!」
「よし……! ありがとうレイラ! カイル! 今行く!」
「レイラちゃんは下がって練気法! エンラ君! 乱入は!?」
「ありません! 警戒続けます!」
「オーケイ! 強撃撃つよ! その隙に畳み掛けちゃえ!」
「合わせてくれエルフ! はぁあああああああ!!」
弓スキルで威力を乗せた攻撃をミノタウロスの頭部にぶち当てると、ミノタウロスの姿勢がぐらりと揺らぐ。
その間隙を重装戦士のカイル君は見逃さず、スキルで重さを増した渾身の盾を使った体当たり……シールドバッシュを叩き込んだ。
倒れ込むミノタウロス。そのミノタウロスに、剣に強大な法力を纏わせ、スキルと法術を二重点火したアーウィン君が駆けよった。
「騎士の誓い……此処にッ! 【粛清剣】!」
光を帯びる聖なる一閃。自身の聖性と、対象の魔性で相乗的に威力を増す対魔人必殺の一撃だ。
ミノタウロスに直撃したその一撃は瞬間的に太陽すら思わせる強大な光を放ち、致命に近い強烈なダメージを与えた。
「トドメだ! レイラァアアアアアアアア!!!」
「標準合わせるよ!」
「お願いしますエルフさん! 最大充填! 最 大 雷 撃 !! 『ギガントボルテッカー』ァァァー!!」
「いくよ! せーの『マジックアロー』!!」
レイラちゃんの溜めた魔力が一斉励起。電撃に変換され、巨大な雷がミノタウロスに向かって放たれる。
そして僕の放った魔力の矢が雷と混ざり合い、巨大な雷の矢を形成。【粛清剣】のダメージから立ち上がれないミノタウロスに直撃し──!
「ブルゥアアアアアアアアア!!!」
一直線。雷撃が撃ち抜いたミノタウロスはガタリとその場に崩れ落ち、白い炎に包まれて消えていった。
わぁ……まさか倒せると思わなかったなあ……こんなに成長していたなんて……ちょっと撤退を視野に入れてた自分が恥ずかしい……
「よし……! エンラ! 後続は!?」
「ありません!」
「ってことは……!」
「オレ達の勝ちだぁーーー!! フゥウウウウウウ!!」
カイル君が、槍を掲げて高らかに叫んだ。
もう、ダンジョンで大声出さないの……って言っても、今は仕方ないか。エンラ君が後続はないって言ってるし、中堅の壁……ミノタウロスを、初めて倒したんだから。
「ふぅ……」
「やった! やりましたよ! エルフさん!」
「うん。頑張ったね……なんか、ごめんね? 戦う前反対なんかして」
側に居たレイラちゃんがへたり込みながら、僕に拳を突き出してきた。それに応えるように拳を合わせると、華やぐような笑みを浮かべてレイラちゃんが言った。
「ううん。エルフさんが慎重なのはわたし達のためってみんな知ってますから。それに、エルフさんあっての勝利です。謝ったりしないでください」
「あはは……」
違うんだよ、レイラちゃん。確かに僕は協力したけど、それで無傷なら……僕がいなくても勝てたんだよ。ずっと、そうだったから。
名残惜しいなあ……うん。短かったような、長かったような……三年だった。やっぱり、短かったかな。
「レイラ、大丈夫か?」
「うん。腰抜けちゃっただけ」
アーウィン君がレイラちゃんへ手を差し出し、レイラちゃんがその手を取って立ち上がる。
良いなあこういうの。思わず頬が緩んでしまうから、目線を逸らす。他方では戦闘中の後方警戒やアイテム管理をしていたエンラ君をカイル君が労っていた。
あそこはあそこで微笑ましいなあ……カイル君知ってるのかなあ……エンラ君、女の子なこと。格好が男の子しドワーフだから小柄でパワフルだけど、女の子なんだよなあ……
「エルフ、いつもだけど、支援本当に助かるよ」
「役割分担、だよ。アーウィン君も流石の指揮能力だったよ」
パーティーリーダーの資質、指揮能力。アーウィン君のそれはもう熟達してると言っても良い。前線で戦いながら後衛の状態もしっかり把握して、迷わず指示を出すことができる。
前は結構優柔不断だったのに。身内が傷つくのを警戒しすぎて自分に負荷がかかりすぎる指示ばっかり出してたあの頃が遠く感じるよ。
「みんな。これがボスの霊石だ」
「おぉ! まさか自分でこれを出すことになるとはな……!」
そう言ってアーウィン君が出したのは、自然の産物とは思えない完全な菱形をした白く光る石だった。何もしなくても重力に逆らって僅かに浮くその石は、膨大な霊力を秘めた、結晶化した命の鼓動そのもの。
魔法の道具や、薬、医療行為から様々な用途に使われるこの石は、ダンジョンに湧き出す魔物が稀に死亡時に生み出す物。そして、ボスと呼ばれる強力な魔物であれば高確率で品質の良いそれを遺す。
これが、この子達の勝利の証なんだ。
「ふふ、どうするのアーウィン? この石」
「えっと、みんなが良ければなんだけど……その……」
「わかってるよ、言わなくたって」
「はい! アーウィンさんが言いそうだなって思ってましたから!」
「みんな……! エルフは……?」
「えぇ……もったいないなあ……なんて、嘘だよ嘘。君達の賞品だ。君達の好きにすれば良い」
「おいおいエルフ! そういう他人ぶった言い方やめろよな! オレ達の勝ち、お前も、オレ達だろ?」
その言葉がむず痒くて、頬を掻く。青春の熱が引火して、少し頬が熱い。そして、その優しさが胸をチクりと刺す。
「うん……そうだね。っと、油断しちゃ駄目だからね? 霊石は魔物だって狙ってくるんだし、帰るまでがダンジョン探索! 引き締めて帰ろう」
「ああ、そうだな。エンラ」
「お預かり致します!」
パーティーリーダーで、騎士のアーウィン君。
ムードメーカーで、重装騎士のカイル君。
バランサーで、魔法使いのレイラちゃん。
忠犬子犬系で、運び屋のエンラ君。
ひとつのパーティーが完成した、素晴らしい記念日。その帰り道を、僕は一歩ずつ踏みしめるようについていった。
そして、冒険者ギルドで戦果を報告した夜、いつも通りの喧騒の多い酒場で、パーティーのみんなと僕で、テーブルを囲っていた。
豪勢にいきたいけれど……ボス戦以外は避けた日だったから、実入りはいまいちだったから、結局いつも通り。だけど、これで良い。この子達は、ここから上に登っていくんだから。
「今さらだけど……みんな、良かったのか?」
「はは! かまいやしねえよ。また取りにいけば良い。な、エンラ!」
「はい! 何度だってお手伝いさせていただきます!」
ミノタウロスを倒した霊石は、アーウィン君の提案で、パーティーみんなのアクセサリーに加工されることになった。
金銭に変えれば相当なものになったはずだけれど、この子達にとってはこの日の思い出の方が大切なんだろう。誰も、反対しなかった。
「アーウィン君とレイラちゃんがペンダント、カイル君が腕輪、エンラ君が首輪……じゃなくてチョーカー。なんか、性格出るよね」
「エルフはブローチだっけか? お前なんかそういうのコレクションしてたもんな」
「加工は少ない方が価値が落ちにくいからね。でも、これは売れないかなあ……売るには、重すぎるや」
ウェイトレスさんが運んできた飲み物を手に取る。アーウィン君が果汁酒、レイラちゃんが果汁水、カイル君がビール、エンラ君が蒸留酒……いつもの、お決まりの飲み物。だけど、今日の乾杯は特別だ。
「では、俺達の初めてのボス撃破に……乾杯!!」
「「「乾杯!」」」
「乾、杯」
笑って、はしゃいで。それぞれが口々に今日のことを言う。
みんなが楽しそうだから、水を差すのも悪くて、良いことだけを伝えることにした。
「みんな、僕がギルドに変な伝あるの知ってるよね?」
「おん? 知ってるけど、どうかしたのか?」
「……っ! エルフ! もしかして……!」
「うん、そう。今日の成果で内定したって。君達のC級昇格」
「「いよっっっしゃあああああああああ!!」 フゥウウウウウウッッ!!」
男の子組が女子組が引くくらいの喜びようを見せる。カイル君に至っては椅子に飛び乗った挙げ句奇声をあげて中身を溢す勢いでジョッキを天に突き上げた。
冒険者には階級がある。E級からA級まで。冒険者の給与は基礎給与+歩合制だから、階級が上がるとノルマも増えるけど、基礎収入がグッと増えるのだ。
今までD級だったこのパーティも、今までの戦果で見事昇格。実は霊石を売らなかったことが原因でギルドへの貢献度の観点から昇格ギリギリになってたけど、そこはさっきも言った、変な伝で押し通してもらった。
実力は、充分なんだから。そもそもギルドへの貢献度項目って職員の心証が大きすぎてあんまり信用無いし。
うーん、これで、この子達も、僕と同格。この立場も、終わり。騙しているつもりはなかったけれど、隠していたから、罪悪感がちょっと。
「エルフさん……! ありがとう、ございます……!」
「君達の実力でしょ」
この子達と会ったとき、この子達はE級だった。つまりは駆け出し。E級だけだと雑用や後方支援しかさせてもらえないから、D級に上がるまで評価が得にくい。
そんなとき、僕から声をかけた。ちょっと先輩ぶって、D級冒険者みたいな感じで。D級がパーティーリーダーのパーティの一員っていう形なら、E級でもダンジョン探索で活躍して戦果を残せる。
実際は基礎だけ教えたらリーダーはアーウィン君に任せて、みんながD級に上がった段階で、正式にリーダーはアーウィン君になった。
「エルフが声をかけてくれなきゃもっと時間かかってたかもな」
「ああ……ありがとな。エルフ。改めて」
「照れるんだけど……僕なんて荷物持ちでしょ。元」
その役割は、エンラ君にあげたけど。
パーティの縁の下の力持ち、サポーターの運び屋。地味だけど、本当に大事な役割だ。他のメンバーの分もたくさんの荷物を持って、戦闘時も荷物を守るため特殊な立ち回りを要求される。
特にこういう小規模パーティだと地図係だったり索敵だったりを兼任するから大変なんだ。
僕はそこに関してはプロだって言い切れるからあれだけど、若ければ若いほど体も出来上がってないし、こういう役割を忌避するから、エンラ君みたいにこの子達の同世代でこの役割をできる子は本当に希少だ。
「拙、未だにエルフさんの代わりが勤まっている気がしません!!」
「当たり前でしょ。僕そこプロだって言い切れるから。まだまだ精進不足」
「はい! 頑張ります!」
「エルフ、運び屋の役割に関しては異様に辛辣だよな」
いったい僕が何年運び屋やってると。まあ、知らないし教えてないから仕方ない、か。
「でも、弓持って中衛張っても普通に強いよなあエルフは。さっすがエルフ。弓の名手って本当だったんだな」
エルフや、ドワーフ。古の血の民って呼ばれる特殊な民族だ。と言っても普通はちょっと偏った身体的特徴が表れるだけで、ドワーフのエンラ君で言えば低身長と怪力、異常なアルコール耐性みたいな感じで。
当然、身体特徴であって人種が違うとかそういう訳じゃない。そんな中で僕が『エルフ』なんて呼ばれるのは、尖った耳と金髪青目、中性的で整った容姿と豊富な魔力で、如何にもエルフって感じの特徴が見た目で満載だからだ。
「まあね。辺境育ちだし。ちなみに家は米農家だよ」
「ふふ、行ってみたいなあ。エルフさんの故郷」
「やっぱり妖精とか飛んでんのかな? 無駄にピカピカしてたり」
「やめろよみんな。エルフが困ってるだろ」
普通に山だけど……水田が自慢の……夜景は綺麗だよ? 妖精よりはバッタが飛んでるかなあ……朝早くて夜早いから消灯は早い。
でも、もしかしたらこの子達ならいつか来ることがあるのかもしれない。僕の故郷は……そこそこ有名な名物がある。お婆様に手紙でも送っておくかな……届くかは知らないけど。
そうやって、和気藹々と、夜は更けていく。酒好きな癖に酒耐性は薄いカイル君がダウンして、ドワーフのアルコール耐性があるから異様にお酒に強いけど、常人の十倍飲んでエンラ君がダウン。
テンションが上がってたのか、つい出来心で果汁酒に手を出したレイラちゃんが酒乱化して飲みすぎてダウン……パーティが壊滅した憂き目に、アーウィン君と二人でひきつった笑みを浮かべた。
「あはは……寝ちゃったね、みんな」
「そうだな……明日の打ち合わせとかも考えていたけれど……仕方がないか。俺達も倒れるまでいくか? エルフ」
「冗談。本当にパーティ全滅しちゃうよ。でも、ちょうど良かったかな。アーウィン君、大事な話があるんだけど」
「大事な話?」
向き合って、息を整える。怒鳴られるだろうか。泣かれるだろうか。呆れられる……が理想かなあ……
「これ、見て」
アーウィン君に、僕の冒険者証……ライセンスを渡す。
不思議そうな顔をしながらそれを覗き込んだアーウィン君が、一瞬穏やかな笑みを浮かべて……目を丸くした。
「三十……三……?」
「うん。そう」
新人教導のエルフ。万年C級のベテラン冒険者。三十三歳の童顔体質……それが、僕だ。
エルフ
本名不明。十代後半から見た目も精神も歳を取っていないので、さも当然のように十代に混じろうとしてくる実年齢おっさん冒険者。
金髪碧眼白色の性別を越えた美人で、いつもニコニコしている人当たりの良い一般エルフ。
一応この物語の主人公。一人だけレベルアップ方式ではなく条件解放型のスキルツリー方式で成長していく。
……本編開始時点でバチクソに強い。が、普段いる場所が適正レベル低すぎるせいであまりにも本気を出す機会が無く、本人すら自分の実力を把握しきれていない節がある。