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6

 人間とは、経験を重ねて知恵をつけていく。

 叱られることが多い人間ほど、咄嗟の言い訳が上手くなるというもの。


 マリアンヌは残念ながら、聞き分けが好い部類の人間だった。

 だから、過保護な兄から、うんざりするほど小言を受けることは多かったけれど、叱られるということが滅多に無かった。


 そんな自分を”良い子”と評価するつもりはないけれど、今回ばかりは、そんな自分を恨みたくなる。


 マリアンヌはあらぬ方向に目を泳がしながら、頭をフル回転させる。けれど言葉が何一つ浮かんではこない。


 せめて時間が一分でも止まってくれれば良いのにと、奇跡に近いことを祈ってしまう。


「マリアンヌ様、今日はどうしてこちらに?ウィレイム様はあなたが街に出ることを知っておられるのですか?」


 ── ああ、一番聞かれたくないことを聞かれてしまった。


 マリアンヌは手のひらにじわりと汗がにじむのを感じた。


 頭上から強い視線も感じる。見なくてもわかる。彼はきっと今、ものすごく厳しい顔をしているのだろう。 


「あの……えっと……」


 しどろもどろに口を開いたマリアンヌだけれど、続きの言葉が見つからない。


 クリスはマリアンヌを急くことはしないが、不信感を増しているのが肌でわかる。早く何か言わないと。


 そう焦れば焦る程、頭の中が真っ白になってしまう。


「もしかして黙って、こちらに?」


 刃物で切り付けられたような鋭い言葉に、マリアンヌは最悪の事態を覚悟した。


 けれど、ここでジルが横から口を挟んだ。   


「マリー様は、最近、ウィレイム様のお仕事が忙しいことに心を痛めておられます。何か甘いものでも贈りたいと仰っていたので、わたくしが街にお連れしました」


 ジルのきっぱりとした物言いに、クリスは「なるほど」と言って、表情をやわらげた。


 それを見たマリアンヌは、慌てて言葉を繋ぐ。


「お願いです。どうか兄には内緒にしてください」

「わかりました。そういうことなら、ウィレイム様の耳に入れない方が良いでしょう」


 すぐに要求を呑んでくれたクリスに、マリアンヌは深く頭を下げた。ジルも続いて腰を折る。

  

 けれど、ほっとしたのも束の間、マリアンヌはそのままの姿勢で固まってしまった。


「とはいえ、女性二人ではなにかと物騒ですから。わたくしも、お買い物にお付き合いさせていただきます」

「……え?」


 なんと嬉しくない提案なのだろう。

 マリアンヌは、顔を引きつらせながら、断る理由を探す。


「有難いのですが……兄の護衛は……大丈夫なんでしょうか?」


 マリアンヌは悩んだ挙句、顔を上げながら暗にサボるなと伝えてみた。


 これで、彼が居心地が悪くしてくれれば、それを理由に立ち去ることができる。


 そう思ったのだが、クリスは予想に反して声を上げて笑った。屈託のない笑みだった。


「……っ」


 寡黙な彼がこんなふうに笑うのは初めてで、マリアンヌは心底驚いた。


 氷のような清廉な騎士が、急にどこにでもいる青年に見えてしまったから。 


 でも、クリスはマリアンヌの心情に気付いてはいない。

 表情を崩してしまったことに、しまったと言いたげに一瞬だけ顔を逸らしただけだった。


 それからいつも通りの感情を消した表情に戻り、マリアンヌの問いに答える。


「大丈夫ですよ。王宮内には、他にも護衛騎士がおりますから。わたくしは、今は休憩中なのです」

「……そうですか。でも、休憩をされているなら、なおさら」

「さ、お買い物を再開しましょう。どちらに行けば?」


 ごにょごにょと同意を拒む言葉を紡いでいたら、クリスにすっぱりと遮られてしまった。


 しかも、丁寧な口調と物腰の中にも「四の五のうるさい。さっさと行くぞ」というニュアンスがしっかり含まれていた。


 混乱のあまり気付けずにいたが、もしかしたら、偶然見つけた護衛対象の妹の警護も、彼にとっては仕事の一環なのかもしれない。


 そう思った途端、マリアンヌは妙に納得した。強引な彼の行動が、ストンと胸に落ちた。


「ここからすぐ近くの東の通りにある”ロワゾー・ブリュ”という名前のチョコレート専門店に行きたいんです」


 唯一知っている店の名前を口に出せば、クリスは顎に手を当てしばしの間、考える。頭に記憶された地図を広げているのだろう。


「ああ、あそこですね。かしこまりました。ご案内します」


 クリスはマリアンヌの言葉に頷くと、慇懃に礼を取る。


 そして姿勢を真っすぐに戻すと、綺麗な所作でマリアンヌを促した。

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