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親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から熱烈な愛を押し付けられる  作者: 当麻月菜
全てを失くしてしまった【冬】 けれど……
65/69

4★

 ───マリアンヌがガーウィン達と話を終えた一時間後。


 ウィレイムは、茨の塔で密談が交わされていたことなど微塵も気付かぬ様子で、王宮内の一室にて書類にせっせとサインをしていた。


 そして、最後の一枚に署名を終えた途端、ペンを乱暴に置いて、凝り固まった身体をぐんと伸ばした。


「……やっと、やっと終わった……」


 独り言ちたウィレイムの口調は疲労を隠せないものであったが、それより面倒事の処理を終えた充実感に満ちたものだった。


 けれど、ほっとした表情を浮かべたのは一瞬で、その瞳は憂いを帯びたものに変わる。


 この一ヶ月は寝る間もないほど怒涛の日々だった。特に最後の10日はこの執務室に籠り、屋敷に戻ることすらできなかった。

 

 でも多忙なのはいつものことで、屋敷に戻ることができない日々など、これまで幾たびもあった。だから、忙しいこと自体はさほど問題ではない。


 それより自分自身の置かれている状況の方が問題だった。


 密かに調査をしていた麻薬案件が急展開したかと思えば、その現場に愛妹が居たという事実。

 しかも、取り押さえた二名は口をそろえてマリアンヌも共犯者だと嘘の証言をしているという現状。


 あまりの衝撃と怒りで、正直、警護本部に押し入って、あの二人を殺してやろうかとすら思った。

 幸い(?)シドレイの手刀が見事に首筋にヒットして意識を失った為、それは未遂に終わった。だが、怒りが消えたわけではない。


 それにマリアンヌに対しても、ウィレイムは強い憤りを感じていた。なぜ、自分を貶めた連中を庇うのかと。


 マリアンヌがずっと黙秘を貫いていることは、もちろんウィレイムの耳に入っている。

 また警護団の上層部から、無実だと証言するよう兄としてマリアンヌを説得して欲しいとも言われている。


 でも、ウィレイムはそれをしなかった。妹が黙秘をしている理由がわかっているから。だからウィレイムは憤りを感じてもそれを押しとどめ、マリアンヌの好きなようにさせた。


 茨の塔へ軟禁となった時はさすがに眩暈を覚えたが、それでも妹の意志を尊重することにした。


「……だが、それも明日で終わりだ。許してくれ、マリー」


 ウィレイムは、今、サインをし終えた書類の中から一枚を引き出して深い溜息を吐いた。


 これまでマリアンヌが共犯者かどうかの真偽を確かめるため、エリーゼとレイドリックの刑の確定は保留となっていた。だが明日、斬首刑になることが確定する。


 マリアンヌが無実だという証拠をウィレイムが用意したからだ。

 やったことを証明するより、やってないことを証明することの方がはるかに難しかった。その為かなり時間を要してしまった。


 けれどロゼット家の権力をすべて使い、完璧なまでに証拠を揃えた。だからあの二人を監獄に留めておく理由は無くなったのだ。


 そして刑が確定すれば、即、断頭台へと送られるだろう。


 自分の用意した書類で、若い二人の命が消えてしまうという事実は、宰相補佐という立場からすると重苦しい。

 でも個人的な立場では、ざまあみろとまでは思わないけれど、同情する気も無い。


 とはいえ、妹がこの事実を知れば、悲しむことは間違いないだろう。それがとても辛かった。


 マリアンヌは知らないが、母親は心の病を抱えている。侯爵夫人として過ごしていた頃、父親もマリアンヌと同じような厄介事に巻き込まれてしまった。


 その時、母親も誹謗中傷を受けそれが強いストレスとなり、精神に異常をきたしてしまったのだ。


 幸い良い医者の治療を受けることができたので、病状は重くなることは無く、領地で穏やかな生活を送っている。


 マリアンヌは母親と良く似ている。無邪気でおっとりとした性格ではあるが、とても繊細で傷付きやすい。


 だから、かつての友が処刑されたとなれば心を痛めるに違いない。最悪母親と同じ病を患ってしまうかもしれない。


 ウィレイムがマリアンヌに対して必要以上に過保護なのはそういった経緯があるからで、現在進行形で憂いているのは、そういう理由だからである。


 まぁ……実際のところ、マリアンヌと母親の容姿が瓜二つだというのは否定しない。


 けれど性格の面では、真逆とは言わないが、マリアンヌの方が肝が据わっているし、自分の意思で選択できる強さも覚悟も持っている。だからウィレイムがそこまで憂鬱になる必要は無い。


 ただウィレイムは、これから数分後、この憂いなどぶっ飛んでしまうような、とても衝撃的なことを聞かなければならない。


 そして、その衝撃的なことを伝える人物───シドレイが静かに部屋に入って来た。しかめっ面というより、困り果てた顔をして。


 けれどウィレイムは、そんなシドレイを見て、ただ連日の徹夜で疲労がピークに来てしまったのだろうと安易に判断してしまった。

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