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麻薬の栽培は大罪だ。反逆罪と同等……いやそれ以上の罪に問われる。
そして、いかなる理由があれど斬首刑と決まっている。
なぜなら、この国は麻薬が引き金となって大きな戦となってしまった過去をもつから。だから例外は無く、申し開きの場すら与えられることもない。
それは政治に疎い深窓の令嬢でも、貧民街で暮らす子供でも知っていること。それくらいこの国は、厳しく麻薬を取り締まっている。
もちろんマリアンヌはそのことを知っているし、エリーゼとレイドリックだって知らないわけがない。
実のところマリアンヌは、二人が麻薬に関わる何かをしていることをクリスから聞いていた。先日二人っきりで過ごした馬車の中で。
けれど、まさかこんな貧民街で麻薬栽培を手掛けているなんて夢にも思わなかった。きっと捜査を続けている兄だってまだ知らないだろう。
あの馬車の中でマリアンヌは、クリスからエリーゼとレイドリックに容疑がかかっていることを知らされた。そして今後一切、二人に近づいてはならないと強く忠告を受けた。
でもマリアンヌは、素直に頷くことはしなかった。
もし本当にエリーゼとレイドリックが違法行為をしているなら、自分がやめるよう説得する。だから、ほんの少しだけ時間を稼いでほしいと、逆にクリスに願い出た。
クリスが単なる護衛騎士であることは当然わかっている。宰相補佐に仕えているとはいえ、政務に関わる権限など持ってないことも。でも、頼れる人間はクリス以外いなかった。
そして心の中で、きっと彼ならこのワガママを受け入れてくれるという打算もあった。実際、望み通り二人と向き合うことができている。
けれど現実はとても残酷だった。
エリーゼがここへ来る前に辛い過去を語ったのは、自分に強い罪悪感を持たせるため。
さらりとレイドリックと自分に結婚してほしかった理由を言ったのは、隠す必要が無くなったから。言い換えると、それよりもっとやってほしいことを見つけたから。
二人は麻薬の栽培に協力しろと言った。
当たり前だが、それは労働力としてではない。侯爵家という家柄と、次期宰相の兄がいる自分の立場を利用しようとしているのだ。
二人は万が一、麻薬の栽培が明るみに出たとしても、秘密裏で処理してくれるだろうと思っている。はっきり言ってしまえば、自分を隠れ蓑として堂々と違法行為ができると踏んでいる。
もしかしたら、それはとても利口なやり方なのかもしれない。
そうすればエリーゼとレイドリックは、親の借金で苦しむことがなくなるのかもしれない。
けれどそんなこと許されるはずなはい。
二人を傷付けてしまったことは紛れもない事実。だからといって、全ての要求を呑むなどできるわけがない。
でも、先ほどの口ぶりからしてエリーゼとレイドリックは、なんの躊躇もなくマリアンヌが違法行為に協力すると思い込んでいる。
随分とコケにされたものだ。
マリアンヌは、笑いたくなった。これが自分が命より大切だと思っていた姿だったのだ。
本当に......本当に、現実は残酷だ。これが目が覚めたら消えてなくなる夢であればと良いと愚かなことを願ってしまう。
そしてもっと愚かなことに、こんな仕打ちをうけても、マリアンヌはまだ二人を信じたいと思っている。
「エリー、レイ......私、協力できないわ」
「は?」
「なっ」
エリーゼとレイドリックは、同時に声を上げる。そしてまるで酷い侮辱を受けたかのように顔を歪めた。
そんな二人を前にして、マリアンヌは一瞬だけたじろいでしまう。けれど、両手をぎゅっと握り合わせ再び口を開いた。
「……兄はもう二人が麻薬に関わっていることを知っているの。捜査も始まってしまっているわ。見つかるのは......時間の問題だわ」
「あらそうなの」
エリーゼはまったく動揺する素振りは見せなかった。
対してレイドリックは、こちらが心配になるほど顔色を無くし狼狽えていた。彼は違法行為をしていることを自覚している。そして、やめたいと思っている。
だからマリアンヌは、続きの言葉は意識してレイドリックに向けることにする。
二人のどちらかが説得に応じれば、もう片方も同意してくれることを信じて。
「麻薬の栽培は違法行為。絶対に許されないこと。でも脅されて強要されたけれど、ずっと拒んでいた。まだ栽培に着手していない。ここにあるのは自分達が育てたものじゃないって主張すれば、未遂として処理されるわ。私がそう証言する。兄にも未遂にしてもらえるまで、ずっとずっとお願いする。だから、二人も兄にそう言って......見つかる前に。そうすれば───......っ」
そうすれば、二人はもうこんなことをしないで済む。
借金のことはどうしたら良いかわからないけれど、でも、兄に相談すればきっと解決に導いてくれるはず。
兄は救いの手を伸ばす者を無下にするような人間じゃない。過去、縁の薄い人のために奔走した兄の姿をマリアンヌは何度も目にしてきたから。
マリアンヌはそう伝えようと思った。けれど、できなかった。
───レイドリックが、ナイフをこちらに向けたから。そして、荒々しい口調でこう言った。
「黙れよっ。いちいちうるさいな。……ったく、お前はつべこべ言わず俺たちに従っていれば良いんだよっ」
両手でナイフを握りしめて、こちらを威嚇する彼には、もうかつての親友の面影はなかった。
 




