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7

 婚約破棄をしたマリアンヌは、同時に親友を失ったことになる。


 だから、その後の生活はとても寂しく孤独なものになる……はずだったのだが、現実は少し違った。




***




「マリアンヌさん、こっちのお菓子も食べてみて。きっとお口に合うと思うわ」

「は、はいっ」

「ふふっ、そんなに緊張なさらないで。ねえ、わたくしのお勧めのクッキーも食べてくださいな」

「あ、ありがとうございます」

「あらあら、二人ともお菓子ばっかり勧めても、マリアンヌさんも困ってしまうでしょ?さぁ、マリアンヌさん。これ、私が今一番お気に入りのお花の香りがするお茶なの。感想を聞かせてくださいな」

「はいっ。い、いただきます」


 秋独特の乾いた風が枯葉を揺らす中、マリアンヌは3人の貴族令嬢と、とある屋敷の応接間でテーブルを囲んでいた。

 

 貴族令嬢たちは皆、秋の季節を意識して落ち着いた色合いのドレスに身を包んではいるが、浮かべる表情は春に咲く花のような笑みだった。


 偽善も、侮蔑も、同情の色もない。

 ただ、今日ここでマリアンヌとお茶会ができたことを純粋に喜ぶ爽やかなそれ。


 ただ、その笑みを受けたマリアンヌは無作法とわかりつつ、もじっと身動ぎをしてしまう。


 そんなマリアンヌを見て、3人の貴族令嬢はより一層笑みを深くした。





 ここはデュアール邸。

 ウィレイムの上司であるシドレイと、ウィレイムに片思い中のアンジェラが住まう屋敷である。


 そして本日マリアンヌは、アンジェラからお茶会に誘われ、この屋敷を訪れた。


 ちなみの残り2人は、ベネッサとルーシーという名で共に伯爵家の令嬢であり、アンジェラの友人である。


 ただマリアンヌとは初対面のはず……なのだが、そう思っていたのは当人だけ。

 ベネッサとルーシーはマリアンヌの顔を見た途端「お久しぶり」とにこやかに挨拶をした。


 そんなわけでマリアンヌは少し居心地が悪い。

 

 もともと引っ込み思案の性格で、自分から友達を作ることが苦手だったし、自分は面識が無いと思っていた相手からフレンドリーに接せられるのも、どうして良いのかわからないから。


 それに何よりこういうアンジェラの誘いは、婚約破棄をしてまだ一ヶ月も経っていないのに、もう5度目だったから。


 もちろん誘われること自体は嫌ではない。

 むしろ部屋で鬱々とした時間を過ごすより、外に出て年の近い同性とお茶を飲む機会を設けて貰えて感謝をしている。


 ただ、きっとこうして何度も誘ってくれるのは、アンジェラの気遣いなのだろう。


 レイドリックとエリーゼの噂を教えてくれたのは、他でもない彼女なのだ。そして風の便りで、自分とレイドリックが婚約を解消したこともきっと知っているのだ。

 

 もちろんアンジェラは露骨にそれを口にしたりはしない。


 でも、これまでずっと交流がなかったのに、頻繁に誘いを受けるのはそれが理由としか考えられない。


 これまでアンジェラからの誘いは、ごく稀にあった。でもマリアンヌはそれが社交界における形式的なものだと思っていた。


 実際、その時のアンジェラからの誘いは個人的にというより、沢山の貴族令嬢を招いてのものだったので、マリアンヌは少し顔を出しただけで辞することが多かった。


 今にして思えば随分と失礼なことをしてしまっていた。

 なのに、一度もアンジェラは咎めることはしなかった。そして頻繁に誘いを受ける中でも、一度もそれを口にしたことがなかった。


 それが余計にマリアンヌの罪悪感を強めてしまう。

 だから申し訳ないという気持ちがどうしても先行してしまい、居心地悪さを覚えてしまうのだ。


 でも、まさか……これも兄が裏で手を回したからなのだろうか。


 アンジェラが兄のウィレイムに想いを寄せていることなど、まったくもって知らないマリアンヌはそんな見当違いなことを考えてしまう。


 婚約破棄後、マリアンヌは努めて普段通りに振る舞った。

 ウィレイムの前でも、笑みを絶やすことはせず、まるで婚約自体が無かったように接した。


 マリアンヌからすれば、落ち込んでいない自分をアピールしたかっただけ。

 なのだが、直接言葉で伝えてはいないので、それが違うように受け止められてしまったのかもしれない。


 本当のところ、アンジェラがマリアンヌを誘うのは少しでもウィレイムと接点を多く持ちたいという多少の打算があったから。


 もちろんマリアンヌに対してアンジェラは好意的な気持ちがあるし、常々個人的に仲良くなりたいとも思っていた。


 ちなみにベネッサとルーシーは、アンジェラの恋を全力で応援している良き友人である。


 けれど、招かれている当の本人は、そんなことはまったく気付いていない。




「───……マリアンヌさん、どうかされました?」


 お皿に取り分けられた菓子に全く手をつけないマリアンヌを見て、ベネッサは心配そうに尋ねる。 


「あ、いいえっ。お菓子に見惚れてしまいました」


 はっと我に返ったマリアンヌは、取ってつけたような言い訳を口にしてしまう。


 でも、ベネッサは疑うどころか、嬉しそうに笑ってくれた。アンジェラとルーシーも同じく。


 またマリアンヌの良心がチクリと痛む。

 でもここで自分が暗い顔をしては、せっかく誘ってくれたアンジェラに申し訳ない。それに、アンジェラとルーシーに対しても。


 だからマリアンヌは社交界用の笑みを浮かべ、小さなフォークを手にして、取り分けてもらったお菓子を一口大に切って食べ始めた。





 ─── それから2時間後。


 秋の陽は短い。

 けれど、昼過ぎから始まったお茶会は、まだ穏やかな金色の日差しが差し込む中、終わりを告げた。


「それでは、ごきげんよう」

「楽しかったですわ。またお誘いくださいな」

「今日はお招きいただき、ありがとうございました」


 玄関ホールまで連なって歩いていたマリアンヌ達は、足を止めアンジェラに別れを挨拶をした。


「ええ。皆さま、今日はありがとう。わたくしもとっても楽しかったわ。また、是非遊びにいらしてくださいな」


 ふわりと微笑むアンジェラに、ベネッサとルーシーは親しみのある笑みを返し、マリアンヌはぺこりと頭を下げてデュアール邸を後にした。


 ただこの後、マリアンヌは真っすぐ自宅へ戻ることはなかった。

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