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パラソルをくるくると回しながら、護衛騎士に何やら訴えているアンジェラの横で、ウィレイムは憂えた表情を作っている。
もちろん公爵令嬢が騎士護衛にうつつを抜かしていることに、不快な感情を覚えいるわけではない。
残念ながら、うつつを抜かしているのはウィレイムの方である。
アンジェラにエスコートすることなどそっちのけで、妹のマリアンヌのことを考えているのだ。もう言わなくても良いかもしれないが、彼は筋金入りのシスコンだったりもする。
「......調査をすればするほど、悪いことばかり出てくる」
前髪をくしゃりと握って、ぽつりと呟いた言葉を瞬時に拾ったアンジェラは、すぐさまウィレイムに視線を移す。
そしてなぜこうもこの男は自分をときめかせる表情ばかり作るのだろう。どうしてこういう表情を自分に向けてくれないのだろうと、少し拗ねてみる。
あと、願わくばその前髪に触れてみたいとも。
でもそんな願望をぐっと押さえて、ウィレイムに元気付けるよう声を掛けた。
「そう落ち込まないでくださいませ。此度の件、見落としていたのは、ウィレイムさまだけの責任ではないですわ。父にも責任があることなんです」
「いえ、身近にいたのは自分です。もっと早く気付けるはずだったのに、それを怠ったのは自分の過ちです。宰相殿には何の落ち度もありません」
「......ウィレイムさま......」
慰めの言葉を受け入れてもらえないアンジェラは、寂しげに目を伏せた。
ただきっぱりと言い切るウィレイムが凛々しくて、胸をキュンとさせてしまうのは、もうしょうがない。だって、好きなのだから。
というアンジェラの乙女思考は今は置いといて。
どこの世界でもよくある話だが、どんな名家でも蓋を開けてみれば、公にできない黒い部分などいくらでもある。
もちろん名門ロゼット家とて長い歴史の中では、そういう部分が無いとは言い切れない。
ちなみにウィレイムは変なところで義理堅いところがあった。
数少ない妹の友人という立場を尊重し、きちんと距離を置き、これまでレイドリックとエリーゼの家の内情を深く探ることはしなかった。
けれども結婚となれば話は違う。家同士の問題となる。綺麗事だけでは済まされ無い。
だからウィレイムはレイドリックの身辺調査をした。
レイドリック一個人の調査から、リッツ家の奥深くまで徹底的に。だからかなり早い段階で、エリーゼとそういう関係になっているのは知っていた。
こう言ってはアレだが、浮気程度ならまだ良かった。
よくあることだし、マリアンヌがどうしてもと望むなら、挙式までにレイドリックを身奇麗にさせることなど造作もない。
だが、それ以上の厄介事をレイドリックは抱えている。いや、レイドリックとエリーゼの二人が。
だからこの婚約は、マリアンヌの意思に関わらず破談となる。でも、
「……できれば親友に裏切られ、絶交という形にして、あの二人の末路は知らずに距離を置いてほしいと思うのは、やはりムシが良い話なのだろうか」
ウィレイムは、再び独りごちた。
レイドリックとエリーゼは、ロゼット家の力を以てしてもどうすることもできないくらい、取り返しのつかないところにいる。
マリアンヌにどんなに懇願されたところで、ウィレイムは首を横に振るしかない。
だから、こう思ってしまうのだ。
どうせ傷つくのなら、せめて傷が浅いうちにあの二人から、距離を取ってほしいと。
「......私が......もっと早く気付いていれば」
─── そうすれば水面下で事を片付けられていたのかもしれない。
ウィレイムは最後の言葉は心の中で呟いた。
ここには宰相の一人娘と、セレーヌディア国の第二王子がいる。迂闊なことは口に出せない。
ま、ウィレイムの側にいる二人がこれを聞いたところで、後にアンジェラからデートの誘いを受けなければならない程度で、どうこうなることはないのだが。
それからしばらく、ウィレイムはアンジェラをエスコートして、公園を案内した。
この熱い最中、私用の為にわざわざ公爵令嬢を呼び出してしまったのだ。
用件だけ聞いて、帰らせるのはあまりに失礼だ。それにめったに外出できない令嬢の目を楽しませてあげたいという配慮もあった。
もちろんアンジェラは、ウィレイムのその気遣いに手を叩きながら飛びあがりたいほど喜んだ。
ただ、さすがにそんな無作法なことはできるわけもなく、パラソルを必要以上にぐるぐる回して、公園の散策を楽しんだ。
ちなみに最後尾を歩く護衛騎士は始終うつむき、笑いを堪えるのに必死であった。
「では、わたくしはこれで」
「本日はありがとうございました、アンジェラさま。どうかお気をつけて」
「ありがとうございます。馬車をお借りして申し訳ありません。あの......ウィレイムさま、本当にお歩きになるのですか?良かったら......その......ご一緒に......」
「お気遣い痛み入ります。ですが、王宮までさほど距離もありません。それに未婚の女性と馬車をご一緒するなんて、そんな失礼なことはできません」
「......そう」
「では、扉を閉めさせていただきます。───クリス、きちんとアンジェラさまをお送りするようにな」
「御意に」
馬車の中にいるクリスが丁寧に礼を取ったのを見届けて、ウィレイムは馬車の扉を閉めた。
そして去っていくそれに向かい一礼する。
アンジェラは、こっそり屋敷を抜け出したと聞く。そして馬車はかなり離れた場所に停めたので、ここからかなり歩かなければならないそうだ。
そんなことを聞いてしまえば、ウィレイムが自分の馬車をアンジェラに貸し出すのは当然のこと。
それにウィレイムは、アンジェラとクリスが幼馴染みだということを知っている。あと、二人は近々婚約するという噂も耳に入っている。そして正直、そうなれば良いなと内心思っている。
だから敢えて自分は馬車に乗らなかった。
「火のない所に煙は立たぬと言うからな。きっとアンジェラさまが、クリスに想いを寄せているのだろう。......頼む、頑張ってくれアンジェラさま。アイツを口説き落としてくれ」
歩きながらそんなエールを送るウィレイムをアンジェラが見たら、涙を浮かべて違うと力説するだろう。
だが、馬車はすでに遠く離れた位置にいた。




