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親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から熱烈な愛を押し付けられる  作者: 当麻月菜
気付かないフリをしたままでいたい【夏】前編
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 舞踏会の一夜はマリアンヌの心に小さな変化をもたらしたけれど、現状は何一つ変わっていない。


 レイドリックとエリーゼからは、相変わらず手紙が届くことはないし、お茶会の誘いを待ちわびる声も無い。


 ただマリアンヌは、何の連絡もよこさない2人に不安を覚えつつも、どこか安堵していた。


 なぜならアンジェラの名前は、未だに結婚式の招待客リストに入ったままだから。


 マリアンヌは、兄のウィレイムに彼女をリストから外して欲しいということを伝えていない。

 そしてマリアンヌ自身、家柄云々を除いてもアンジェラに対して不義理なことはしたくなかった。


 夜会での恩を感じているのもあるし、どう考えても、アンジェラに欠席願うのは、おかしなことだと思っているから。


 ただ悶々と考えていても、時間は平等に残酷に過ぎていく。


 気付けば、日差しは強くなり空には真っ白な入道雲が湧き上がっていた。









 夏の季節は、日向と日陰の色がより濃くなる。


 それは、暑さを凌ぎたいがために、人の目がより日陰にいくからなのだろうか。それとも単純に照り付ける太陽の日差しが強すぎるからなのだろうか。


 マリアンヌは自室の窓に映る景色を見下ろし、そして見上げる。呆れてしまう程の青空だった。


「失礼します。マリー様、冷たいお茶をお持ちしました」


 ジルの声に、マリアンヌは扉へと振り返る。ただ返事をしたのは、愛猫のノノだった。


 柔らかい毛で覆われているノノは、この季節は苦手なのだろう。特等席の出窓の物置き部分を主に譲り、風が抜ける扉付近を陣取っている。


 ジルは、うっかりノノを踏まないように気を付けながら、お盆をソファーの前にあるローテーブルに置く。


 そして散らばった本や紙の束をテーブルの端へと寄せた。


「これだけあると、好きなものを選べと言われても、なかなか難しいものでございますね」


 窓辺に立ったままのマリアンヌに、ジルはそう言った。穏やかな目には僅かに同情の色がある。


「ええ、そうなの。ずっと見ていたのだけれど、見すぎると余計に混乱してしまって……ねえ、ジルはどれが良いと思う?」


 小首を傾げて問いかけながらマリアンヌはソファへと移動する。ただ、そこに腰かけることはしないで、ジルと並ぶように絨毯に膝を突く。


「そうですねぇ……どれが良いかと言われましても……わたくしには……」


 困惑した声を上げながらも、ジルは手にしている紙の束に視線を落とす。マリアンヌもそれを覗く……ふりをして、そこから目を逸らした。


 ジルが手にしている紙の束は、ウェディングドレスのデザイン画だった。他にもブーケや靴のサンプル画も入っている。


 これは兄のウィレイムが、用意したもの。


 結婚式は冬の初めと決まった。だから、まだドレスを用意するのは早い。

 でも、好みのデザインを決めたり、生地を選ぶのは早すぎることはないということで。

 

 両手で抱えなければいけないそれらを手渡された時、マリアンヌはちゃんと嬉しそうな顔をできていたのか覚えていない。


 ただ心配性で過保護な兄が何も言わなかったから、大丈夫なのだろう。


 マリアンヌはそう思っている。そして、早くデザインと生地だけでも選ばなければならないとも思っている。


 でも、どれを目にしても心が浮き立つことがないのだ。全て同じものに見えてしまう。


 もともとドレスや宝飾品に強い興味を持てない性格だというのは自覚しているが、それでも一生に一度。女性なら誰もが憧れる純白のウェディングドレス。


 どれか一つに絞り切れないならまだしも、紙をめくる度に溜息を落としてしまう自分はどうしてしまったのかと不安に思ってしまう。


「……うーん……そうですねぇ。やはり一つだけとなると、難しいです」


 サンプル画を食い入るように見つめていたジルが、ポツリと呟いた。


「そうね。やっぱりそうよね」


 マリアンヌはジルが望む言葉を紡いでくれたことに嬉しくなる。


 でもあからさまに喜ぶのは、間違いだと気付き、慌てて困った表情を浮かべた。


「だから、少し気分転換がしたかったの。ジル、お茶を運んできてくれてありがとう。いただくわ」


 そう言って、マリアンヌはソファへと移動する。


 ジルも手にしていたサンプル画をローテーブルの端に置くと、すぐにお茶と果実の載った皿をマリアンヌの前に置いた。


「こうしてお嬢様にお茶をお出しできるのも、あと少しなんですね」


 お茶を飲もうとグラスを手にした途端、そんなことを言われ、マリアンヌは目を丸くする。


 でも、言いかけた言葉を飲み込んでお茶をコクリと飲んだ。


 夏の陽気に似合わない、親しみの中にもしんみりとした空気が漂う。

 

 少し開いた窓から風が入り、カーテンがふわりと揺れる。ジルはそこに目を向け、微笑んでいる。


 いつもと変わらないようでいて、とても寂し気に。


 マリアンヌは、そんなジルに何か声を掛けたかった。

 でも、何と言葉をかけて良いかわからず、ただただゆっくりとお茶を飲み続けた。

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