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10★

 夜も更け、街の明かりが消える頃になっても、ウィレイムは王宮内の一室にいた。


「───……ああ、今日もマリーの出迎えは望めないか……」


 世界中の人間に見捨てられたかのような情けない声を上げる彼の手には、国の重要な案件が書かれている書類がある。


 それにざっと目を通して、これまた雑にサインを入れる。


「おい、ぼやくな。私だって同じだ。もう5日も可愛い娘の顔を見ていない。死にそうだ」


 そう言った男の名は、シドレイ・デュアールという。この国の宰相閣下だった。


 その名に相応しい貫禄ある身体つきの壮年の男性で、若い頃はさぞや女性にモテたであろうと思わせる端正な顔をしていた。


 そして、彼もまた書類を手にしている。うっかり廊下に落としてしまったら、首を刎ねられること間違いない大切なもので、補佐役ですら目を通すことは許されない内容だった。


 そんな超が付くほど最重要事項が書かれた書類を、シドレイはパタパタと扇代わりにして仰ぐ。他の人が見たら、卒倒してしまうだろう。


 けれど、ここは宰相閣下の執務室。

 おいそれと立ち入ることはできないし、触れるもの皆、機密情報だらけのこの部屋に足を踏み入れたいと思う者はそうそういないだろう。


 そんな鉄の扉で守られている室内では、緊張感のない会話が繰り広げられていた。


「どうしてこう書類が多いのですかね、宰相殿」

「私に聞くな。無能な奴がいる限り、書類は減らん」

「じゃあ、その無能な奴と思われる存在を消しても良いですか?妹の顔を見たいので」

「ああ、そうしてくれ。私だってせめて毎日、10分……いや、5分で良い。愛しい娘アンジェラと茶の一杯を飲む時間が欲しい」

「同感です。妹が淹れてくれるお茶は、世界中で一番価値があります。あー……、マリー」


 この会話で分かる通り、この国で最も高い地位の官職はバカ親で、次期候補は救いようのないシスコンだった。


 そんな二人は、恋しい娘と妹に想いを馳せるのに忙しく、扉が開いたことに気付かなかった。


「お邪魔するよ」


 砕けた口調とは裏腹に、人を従わせる独特な響きをもった男の声に、ウィレイムとシドレイは弾かれたように立ち上がった。


 次いで、二人はノックも無しに入室した男に、頭を下げた。


「気にせず、続けてくれ」


 頭を下げられることに慣れてはいるが、あまり好んではいないといった感じで、男はすぐに顔を上げることを命じた。


 ウィレイムとシドレイは目礼すると、着席して書類を手に取った。すぐに男がくすりと笑う。


「そうじゃない。先ほどの会話の続きを、だ」


「……」 

「……」


 どうやらこの男、かなり前から様子を窺っていたらしい。かなり意地が悪い。


 けれど、不満を口にすることなどできない相手でもある。


 部屋に乱入してきたこの男は、漆黒の髪にアイスブルーの瞳を持つ、セレーヌディア国第二王子クリストファーであったから。


 だからウィレイムとシドレイは男らしく───仕事に逃げることにした。



 そんな二人を眺めながら、クリストファーは再びくすりと笑った。次いで、ウィレイムのところまで歩を進める。


「ウィレイム君、ちょっと良いかな」


 王宮の外では、護衛騎士などというふざけた格好をしているが、今の彼は王族らしい光沢のある長い上着に、銀の刺繍が美しいタイをしている。


 そんな彼に向かって王宮外の時のように軽口は叩けない。まかり間違っても”お前”や”コイツ”などという物言いはご法度だ。


 ウィレイムは次期宰相と呼ばれるだけあって、頭は悪くない。そして切り替えもちゃんとできる男だ。


「なんでしょう、王子」


 言葉遣いも丁寧に、浮かべる笑みも尊敬の念を入れて、ウィレイムは書類を机の端に寄せ起立する。


 そうすればクリストファーは懐から、とあるものを取り出した。


「はい、これ。妹さんからの贈りものだよ。仕事を頑張りすぎる兄上を心配して、こっそり街まで買いに行ったそうなんだ」


 そう言いながらクリストファーは、高貴な存在らしい優美な笑みを浮かべて、執務机に綺麗にラッピングされた小さな箱を置く。


 それを見て、ウィレイムの顔は一瞬、嬉しそうに輝いた。

 

 が、すぐに厳しいものに変わった。

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