長くて短い夜の始まり
この場になかったはずの声が聞こえて振り返る。
そこにはリティアさんがいた。そしてその隣には、衛兵さんらしき人がいた。
びっくりして、リティアさんに駆け寄る。
「リティアさん?!・・・どうしてここに?」
「衛兵の詰め所で話してたんです。こんな時間になっちゃったので送ってもらってたんです。・・・チェリーさんこそ、どうしてここに?それに、どうしてラクトと一緒にいるんですか?」
「散歩してたら、たまたま会ったんです」
ちらりと振り向いてラクトさんの方を見るけど、俯いて表情が分からない。
でも、さっきまで溢れていた黒いもやもやは消えていてほっとする。
凄いタイミングで、リティアさんに出逢ってしまった。ラクトさんの様子も落ち着いてる。今のうちに二人とも家に帰ってほしい。この場には衛兵さんがいる。
何かあったら街の人に話が広がるかもしれない。これ以上、街の人との関係が悪くなってほしくなかった。だけど、何事も起きてほしくないときに限って何かが起きるってことを身をもって知った。
「おいおい、何か臭うと思ったらお前かぁ。太陽に嫌われたからって夜に出歩いてんのかぁ?」
ぎゃはははと汚い笑い声が響く。衛兵さんがラクトさんに掛けた言葉に耳を疑う。
そして思わず顔を歪める。だけどこっちのことなんてお構いなしに汚い言葉は紡がれていく。その言葉は悪意に塗れていて、耳をふさぎたくなる。
ラクトさんは未だ顔を俯かせている。こんな言葉をいつも聞いてるのかと思うと悲しいし怒りがわいてくる。何か言ってやろうと口を開けた時、リティアさんが目を吊り上げて衛兵さんに近づいて、その頬を叩いた。すごくいい音がした。
「いい加減にしてください。あなたはどれだけラクトを貶めるんですか。前々から、ラクトは忌み子ではないと伝えていたのに、どうしてまだそんなことを言うんですか!?」
「なっ・・・!?」
「ラクトは忌み子なんかじゃない!普通に生きている男の子なのよ。あなた達の憂さ晴らしに利用されるために生きてないの。これ以上、私の家族を傷つけないで!」
くるりとリティアさんが振り向く。どこかすっきりとした顔で笑っていた。
「やっちゃった」とぽつりという。その言葉はどこか軽くてさっきまで激昂していたとは思えなかった。
「もう我慢しないことにしたの。街の人の不満が爆発することが怖かった。でも、そのせいで私の大切な家族が傷つくのは嫌だと思ったの。・・・チェリーさんと話して、勇気が出たわ」
「リティアさん・・・」
「ラクト、今までごめんね。お母さんとお父さんの分までラクトを守るって誓ったのに、守り切れなかった」
「姉さん」
「でも、もう大丈夫。ちゃんと分かったから。私にとって街の人よりもラクトのほうが大事だって。何があっても、ラクトのこと守るからね」
「・・・そんなことない。もう十分守ってくれてるよ」
リティアさんとラクトさんが歩み寄っていく。
ラクトさんの顔はさっきより明るくて、あんなに暗かったのが嘘みたいだった。
もう大丈夫だって思った。だけど、まだ安心できない。ラクトさんにあの黒いもやもやの正体について聞かないといけない。今すぐに触れるのは無粋だから明日辺りにでもとか思ってたから気づけなかった。
「てめぇ、女だからって調子こいてんじゃねえよ!!」
今まで、黙っていた衛兵がいつの間にかリティアさんの後ろに立っていたことに
すぐに動けなかった。衛兵が手を上げようとするのを見て、慌てて体を動かすけど間に合わない。世界がスローモーションみたいになって、リティアさんが殴られそうになるのを見ることしかできなかった・・・
「・・・がぁああああ!」
・・・はずだった。
気づいたら、男は黒いもやもやに包まれて呻いていた。
はっとして、ラクトさんの方を見る。
「よくも、よくも姉さんに手を出そうとしたな」
許さないとラクトさんは言う。
その声は低く、憎しみと怒りがこもっていた。
ラクトさんの体から黒い靄が溢れる。靄はどんどん溢れて、あれだけ明るかった月をも隠した。
<特殊クエスト「常闇の夜」が開始されました>
無機質な声とともに長くて短い夜が始まった。
読んでいただきありがとうございます。
これからものんびり更新で頑張りますので、温かく見守ってください。よろしくお願いします。
・・・終わりはまた変えるかも。




