84章:次元の審判 創造と破壊の導へ
何度も何度もぶつかり合う互いの剣により、周囲に剣風を巻き起こす。そこかしこにある小さな瓦礫は舞いあがり、宙高く舞い上がる。
「うらぁぁ!!」
修哉の攻撃を高く跳躍して避けると、奴もジャンプして追撃をしてきた。その横一文字を左手で展開させた障壁で防御し、右手のティルフィングで斬りつける。修哉はそれを僕と同じように、障壁で防御する。
「ちぃ!!」
大きな舌打ちをした彼に、僕は前蹴りを行う。それによって吹き飛んだところで、斬撃の衝撃波を飛ばした。修哉は手から真空波を巻き起こし、その反動で避け、地上へと着地した。
「臥竜滅砕、天地の悉くを喰らわん! ――ブランディゼル!!」
修哉は一瞬にして詠唱破棄をし、僕に対し聖魔術を発動した。宙にいる僕の下から、巨大な氷の槍が突き出てくる。その氷を剣で叩き、その衝撃で地上にいる修哉に突撃した。
「馬鹿が!!」
奴は聖剣を光らせ、長い刀身で突いてきた。それを、僕は凄まじい速度で回転し避け、その勢いのまま奴に斬りつける。あまりの速度に、修哉の胸が切り裂かれた。そこから、真っ赤な血が舞い上がる。
「くっそ!」
修哉はすぐさま距離を取り、聖剣を振る。その瞬間、僕を光の円環が包み、一瞬にして大爆発を起こす。
「くっ――!」
粉塵が視界を塞ぐ中、僕は片膝を付いたまま、気配がした方向へ衝撃波を飛ばす。それは粉塵を切り裂き、僕に斬りかかろうと近付いていた修哉を吹き飛ばした。だが、僕が立ちあがるのと同時に、修哉はうまく着地をして態勢を整えていた。
「くそ……くそぉ!!」
修哉の体のあちこちから、血が滴れ落ちる。僕もまた、同じように血が流れている。
――だが、さっきまでのように圧倒されてはいない。
「……なんで、生きてんだよ……」
傷口である胸を抑えながら、修哉は僕を睨みつける。
「俺が殺したのに……殺したはずなのに!!」
「…………」
ああ、そうだよ。お前に殺されたんだ。ある意味、今の僕は空であって、空でない。バルドルと一体化したのだから。
「言っただろうが。これ以上、お前の好きにはさせねぇって」
未だ戸惑う彼は、自分と同等の力を持っているが故に、恐れているのかもしれない。絶対的な支配者になりかけたってのに。
「いつもお前に負けていた」
勉強にしても、運動にしても……僕は、修哉に勝てなかった。勝てるものなど、自分にはないって思っていた。
「でも……今回だけは、お前に負けない。たとえ、お前に憎まれようとも」
「……空……!!」
お前に惑わされない。お前の絶望と悲憤を感じ取れたからこそ、僕は自分の全てを懸けてお前と闘うんだ。
「くっ……があぁぁ!!」
奴は雄叫びをあげながら、聖剣を振りかざす。聖剣は無数の刃となり、空中に散布した。そして、修哉が広げていた手を握りしめた瞬間、刃は一斉に僕に突き刺さって来た。しかし、それらは僕が展開した障壁に突き刺さっただけで、届いてはいない。
「んなの効くかってんだ!」
僕は高速で奴に斬りかかる。修哉も聖剣で攻撃し、互いにぶつかり合った。そうなるだけで、僕たちは致命傷を与えることができないでいた。
「お前は昔っから適当だったよ!」
交叉し合う中、修哉は言った。
「何でもかんでも、力を抜いて……なのに、なんで今だけ本気になんだ!」
奴の上からの攻撃を受け流し、眉間に向かって剣を突く。しかし、修哉は体を反転させて避け、下から剣を振り上げた。それをティルフィングで防ぎ、僕は光線を弾き出した。轟音を立て、奴は吹き飛ばされる。
「まだだ!」
追撃するために、僕は剣で衝撃波を飛ばした。それは修哉の体を切り裂き、上空に血が乱れ散る。
「……今が、本気を出す時なんだよ」
今まで、手を抜いてきたつもりじゃない。
でも、今回は違うんだ。
全てが全てであるために……彼女との約束を果たすために、僕は己の全てを懸ける。
互いに、前を向くために。
「ぐっ……」
修哉は血を床に吐きつけ、立ち上がった。
「お前に……愛されてきたお前なんかに……!」
そして、彼は上空に向けて顔を上げた。
「やられて……たまるかぁぁ!!!」
その瞬間、修哉は僕に突撃してきた。紫色のオーラを纏うその速さは、さっきまでと違う。高速の連撃を防御するも、思わず体勢を崩してしまった。すぐさま障壁を発生させるが――
「死ねぇぇ!!」
聖剣が光り、修哉はそれを振り下ろした。その衝撃で、障壁が砕け散った。
「マ、マジ……?」
「クク……終わりだァ!!」
今までの速度が、いきなりスローモーションになった気がした。
修哉は笑みを浮かべ、聖剣を僕の眉間目掛けて突きだす。
僕は左手を顔の前に広げる。聖剣が、ゆっくりと僕の掌を貫いてゆく。しかし、それでも止まらず、その切っ先が僕の鼻先に到達しかけた。
「空ァ!!」
彼女の声が聞こえる。彼女の中にいる、懐かしい呼び声も。
――ここだ!
左手を聖剣もろとも思いっきり顔の左へ移動させる。切っ先は僕のほほをかすめたものの、僕の手を貫いただけだった。
「お、お前……!!」
修哉がその光景に驚いている隙に、僕は貫かれた手で聖剣の刀身を握った。
「……終わりだ」
「なっ――!?」
その刀身を力いっぱい握りしめると、それは粉々に砕け散った。同時に、血が滴れ落ちる。 そして、僕は後ろへ下がろうとする修哉に向って、ティルフィングを振り下ろした。そこに、青い軌跡が描いて。
刃は修哉の体を切り裂いた。ティルフィングの爪痕が、肩から腰にかけて刻まれる。
「がっ……は」
彼はセレスティアルの方へ、吹き飛ばされる。粉塵が舞い上がり、彼の姿が見えなくなってしまった。
「…………」
僕はティルフィングを消し、小さく息を吐いた。
貫かれた左手からは、血が大量に出てくる。だが、緑の粒子が底を包み込み、少しずつ痛みを緩和してくれていた。
「空」
後ろに振り返ると、そこに微笑んでいる空の姿があった。少しだけ、涙を浮かばせて。
「終わった。全部」
そう言うと、彼女は小さくうなずく。
「これから……僕たちは、見定めなければならない」
再び、彼女はうなずく。
「その権利を持つ者たちとして、世界がどこへ歩むのか」
ヒトとして、世界の一部として。
「だから……一緒に、歩いてくれるか?」
空色の瞳は、僕を見つめる。それは、遠い昔から知っていた、大切な宝石。
「ずっと、一緒に」
僕か彼女に向けて、手を差し出した。彼女は歩み寄り、手を握り締めようとした。
「ふざ……けるな」
震える声――
セレスティアルの前で、立ち上がっている修哉の姿があった。真っ赤な血が、彼の体を濡らしている。
「お前らが……手にするってのか……」
その時、何かが囁いてくる。
――愛と憎しみに覆い尽くされた青年――
この声は、バルドルではない。何度も聴いていた、大人の女性の声だ。
――運命に翻弄されし者――
――想いは踏みにじられ、その言霊は届かず――
修哉のことを……言っているんだろうか。
――お願い――
――彼を……解放して――
さっきの女性とは違う声が聴こえた。少女の……声だ。
そして、覚えがある。この声に。
そうか……君だね。……あいつを、愛していたんだね……。
――お願い――
僕は一度大きく息を吐いて、前を見据えた。
「修哉、お前は知っているんだろ?」
そう問うと、彼はゆっくりと僕に鮮血の双眸を向ける。
「わかってて、還ろうとしているんだな……」
「……黙れ」
僕を睨みつける修哉。
「お前にだって、それはあったのに……わからないふりをするなよ」
「……黙れぇ!!」
咆哮を上げるかのように、修哉は叫んだ。そして、彼は手を前に出す。
「永遠へ穿たれし暁の誓約……我が下に集え、断罪の翼……」
修哉の前に、紫色のオーラを終結させた手のひらサイズの宝玉のようなものが現れた。まるで電気を放つように、パチパチと何かを発している。
「ネシィエ・ミヒ……調停者の名において命ずる……」
「この波動……?」
そこから風が発生しているのか、修哉の赤く、長くなってしまった髪がなびいている。
「こ、これは………!?」
この精霊の波動は……いや、違う!
これは精霊なんかとは次元が違う。リサが使った「ビッグバン」とも違う。
……じゃあ、一体……
――調停者のみに許された、〈次元の執行権〉――
この声は……バルドル?
――星とヒト、次元と次元、それらに関与するための〈審判〉――
――それに抗う術は、誰一人として持ち得ない――
じゃあ、どうしろってんだ!? これは……ビックバンよりもやばい!
――お前もそれを使うのだ――
えっ?
――お前たちにだけ与えられし、その権利を――
――今、この時に――
その権利を……今こそ使うべき時? そうなのか?
僕は体が指し示す方向に、目をやった。今まさに、修哉の〈光〉が放たれようとしている。
終わりを迎えるための審判。
始まりへ向かうための……審判。
僕は小さく息を吐き、右手を前に出した。
「永遠へ紡ぎし暁の誓約……我が下に集え、光輝なる翼……」
青い光の粒子が、僕の周りに集まってくる。温かい光は、僕の中の何かを呼び起こそうとしている。
「ネシィエ・ミヒ……調停者の名において命ずる」
埋もれていたものを掘り起こすかのように、言霊が放出される。
その時、誰かが僕の手を握りしめた。リサの時と同じように。
……空……
僕たちは何も言わず、うなづいた。何も言わなくても、わかってる。そんな気がした。彼女は僕の手を握り締め、その手を青空に掲げる。すると、そこに澄んだ青色の宝玉が現れた。煌めきながら、青い光をそこかしこに広げている。
「崩壊せし時を再び刻め! 全ての始まりにして、全ての終わりなる時へ!!」
「創造せし時を再び刻め……全ての始まりにして、全ての終わりなる時へ!!」
僕と修哉は、互いに視線を向けた。
――僕たちは、進む――
――私たちは、歩く――
二人の想いが重なったその時に、光は放たれた。
「破壊の導――」
「創造の導――」
――ディメンジョナル・クラップス――
――ディメンジョナル・グローリー――
二つの宝玉から、二つの光が上空へ広がる。波紋が広がるかのように、全てを包み込むかのように。
しかし、青い光は紫色の光を浄化し、同じ青色の光へと変えた。光たちは世界を覆い尽くし、存在する全てのものに祝福を与えていた。
生きとし、生けるもの全て。
愛し、愛しき全てのものに。
そして、この〈赤い世界〉に―――
光が溢れた。
「……馬鹿、な……」
修哉は絶望した双眸で、僕たちを見ていた。
「まさか……こんな、こと……が……」
そして、修哉は大量の血を吐き出し、その場に倒れた。
「ソラ!!」
みんなが、駆け寄って来てくれた。みんな無事らしく、笑顔だ。
「長かったな……ここまで来るのに」
デルゲンはそう言って、苦笑しながらため息を漏らした。よくため息をすると幸せが逃げるというが、今回のは違うような気がする。
「ホントに終わったんだな……これで、ようやく……」
レンドもホッとしたかのように、胸をなでおろしていた。
「この苦しい道のりも、目標地点に辿り着くことができたんですね……」
アンナはそう言いながら、祈るように手を合わせた。まるで、逝ってしまった人たちに伝えるように。
「いろいろ辛いこともあったけど、全部終わったんだ……」
シェリアは遠くを見つめながら言った。
「……これから、始まるんだよ」
僕はそう言って、上空を見上げた。
「僕たちはそこに立ち、別の未来を望む。そこから見えるのは、何なのかわからないけど……」
「それは、私たちが撒いた種の咲く場所」
僕に寄り添うようにして、空は言った。
「きっと、笑っていけるよね?」
「……ああ、きっとな」
リサ、ヴァルバ。
これで、よかったんだよな?
これで……