表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆5部:全ての約束が紡がれし時へ
98/149

83章:道標

「いい加減、離れたらどうだ?」



 修哉は、空に冷たく言い放つ。空は彼の遺体を抱きしめ、泣き声をあげずに涙を流していた。

「どうせ、空ちゃんも死ぬんだ。すぐに会えるさ」

 クスクスと笑い、修哉はセレスティアルを見据えた。

 ――どうせ、みんな消える。消えちまうんだから。



「かわいそうな人」



 修哉はゆっくりと、空の方へ顔を向けた。彼女は、彼を睨みつけている。

「何もかも知っているはずなのに、世界を殺そうとする修哉くんはかわいそう」

 憐れみのような言葉を放つ彼女に対し、修哉は目を細める。

「掌の上にある宝石に気付かないふりをして、周りにある真実に触れようともしないあなたは、本当にかわいそうな人」

 彼女は顔を振った。修哉にしてみれば、それは自分を完全否定するに等しい行為だった。

「俺を哀れむつもりか?」

 修哉はエクスカリバーの切っ先を彼女の喉もとに向けた。

「お前、俺の何を知ってるって言うんだ? 俺のことを何も知らないくせに、かわいそうだとかぬかしてんじゃねぇ!!!」

 修哉の罵声に、空は目を逸らさずに受け止める。その瞳には涙が浮かんでいながらも、何にも屈しないという〈強さ〉が秘められていた。思わず、完全優位である修哉は一瞬だけたじろいだ。



「知りたいとも思わないわ!」



 空はほとんど出したことの無い声を、このフロアに轟かせた。

「あなたはそうやって人のせいばかりにしているけど……あなたは今まで一度だって、自分の本当の心をさらけ出したことがある!? 本当の気持ちを、言葉にして誰かに言ったことがある!?」

「何……!?」

「自分の気持ちを理解してもらおうと努力しないで、わかってもらえるとしたら大きな勘違いだわ!」

 空は顔を振った。自分の幼馴染でもある彼が、あまりにも幼稚過ぎているから……今までのことを、何も学んでいないから。

「信じてもらいたいなら……理解してもらいたいなら、相手を信じないとダメなの! それもわからないくせに、被害者みたいなことを言わないで!」

 空は修哉を睨みつける。空色の双眸は、破壊の調停者を退かせんばかりに強かった。

 ――空がいたならば気が付いただろう。言葉を発する彼女の影に見える、二人の少女の姿が。


 金色の髪を持つ少女が。

 銀色の髪を持つ、少女が――




「黙れ!」




 退いてしまおうとする自分の足を何とか食い止め、修哉は叫ぶ。

「……誰かに言ったってな、理解してもらえると思うか!? この世界――レイディアントもガイアも、古の神々が介入した結果、逃れることのできない滅びの道を歩んでいる。弱き者は強き者に虐げられ、“奴ら”が用意した掃き溜めみたいな道を歩かざるを得ない!」

 そう願っているわけでもないのに、世界にはそこへ導こうとする確かな意志が存在している。

 ――修哉は、それが許せないのだ。

「そうやって生きるしか道のない二つの世界を変えようと思っても、たかがヒトではどうしようもできない! 所詮、権利なんてねぇんだ! お前らみたいに愛だのなんだの叫んでいて、本当の意味で腹が膨れることはありやしねぇんだよ!」

 そうやって叫べば、楽になるだけ。修哉にとって、それらはその程度のものでしかなかった。

「……だから、何もかも消し去るんだよ。あらゆる夢も、希望も、憎悪も……ただ、無に還させるんだ!」

 本当の意味でそう願っているとは言い難い。

 けれど――そうするしかない。彼にしてみれば、それ以外の方法は詭弁でしかないのだから。

 修哉は上空を見上げた。

「そうしなければ……ヒトは……全ての生命は、真実ほんとうの愛を知らないまま、このちっぽけな揺り籠の中で朽ち果てていくしかない」

 まるで、修哉の言葉は透けているあの大空に、吸い込まれていくかのようだった。虚空の彼方に、それは溶け込もうとしていた。



「空なら、あなたのことを受け止めてくれるはずだった」



 目を背けず聞いていた空は、顔を振る。

「空なら、あなたのことを理解してくれる」

 その言葉で、修哉は彼女に顔を向ける。

「ううん、理解できなくても……理解しようと努力をしてくれる。空は……あなたの親友の空は、絶対にそうしてくれるはずだった!」

 それに対し、修哉は顔を振った。

「ふざけるな! あいつは――」

「空は!」

 修哉の言葉を遮り、空は声を発する。

「彼は、絶対に理解しようと努力をしてくれる! 苦しむあなたを……“一番の親友だった”修哉くんを、支えてくれるはずだった!!」

 すでに冷たくなってしまっていた彼の手を、空はぎゅっと握りしめる。


「なのに……」


 魂のない彼の顔を見つめ、彼女は溢れ出す涙を拭った。


「なのに、あなたは……この人を殺してしまった」


 可能性なんてなくなった。僅かな隙間を見つけてくれる人は、いなくなった。

 彼女は強く、強く彼を睨みつけた。


「もう空はこの世にいない! あなたを支えてくれる人は、あなた自身が殺したのよ! あなたを唯一救ってくれる人間を――可能性を無くしたのは、あなた自身なのよ!」


 空にしてみれば、修哉は迷走しているにすぎなかった。何が彼をここまでそうさせているのかはわからない。それでも、彼ならば何かをしてくれるはずだった。その可能性となる部分を、彼女自身見てきたから。

「てめぇ……!」

 修哉は激しい憤りで、歯ぎしりをしていた。

 自分の知らない部分を指摘する彼女に、殺意をより一層大きくしていた。今までしてきたこと、全てを否定されている。

 それは嫌なのだ。

 空を殺したことが、間違いなのだと指摘されるのが――




「うる……せぇんだよ!」




















 波紋が広がる。



 見えない世界に、僕は降り立った。暗くて何も見えない。それでも、僕がここに立っているのはわかる。

 ここは……最下層か?

 堕ちた言霊たちが来る、最後の地……。




「まだ行くべきじゃない」




 それは、今までのように僕の中から語りかけてくるものじゃない。たしかに、後ろから聞こえた。そこに振り向くと――



 ……リサ?



 いつか見た、髪をほどいた姿。白いワンピースだけを着て、金色の長髪をなびかせているその姿は、あまりにも美しすぎる。

「その“時”は、まだ来ていないもの」

 彼女は小さく顔を振った。

「何もかもが癒し、救われることなんてない。世界は常に、混沌カオスへと向かおうとしているのだから」

 そうでしかないだろ? 僕たちは初めから存在するべきじゃなかったんだ。いなければ……無為に命を削ることはなかった。

「でもね、あなたは違う。存在して、存在するだけで命を慈しみ、愛することができる」

 何の確証を持ってそう言えるんだ? どうして……



「私はあなたを信じているから」



 笑顔で、リサは言った。

 でも……お前、さっき言ったじゃないか。愛も、信頼もいらないって。



 ――お父さん、お母さん――

 ――よくも、よくもみんなを――

 ――あいつらを、絶対に殺してやる――

 ――私の命が無くなったっていい。あいつらを殺せるなら――


 ――これで、彼はこちらへ来る――

 ――悪いわね、彼女……助けずに放っておいて――

 ――調停者の力、私が貰うわ――


 ――こんな気持ちになるなら、どうして――

 ――空ちゃんに悪い……なんて思っていないくせに。本当に、卑怯者――

 ――最低だ、私――



 リサは目を瞑り、何かを考えているようだった。そして、穏やかに口を開く。

「そうね。たしかに、そう思っていた頃はあった。……寧ろ、最後までそうだったかもしれない」

 すると、彼女は顔を振った。

「でも、最後の最後で気付いたんだ。私には、あんたが必要だったんだって」

 必要? ただ、無為に破壊することでしか、自分の存在を示すことのできない、調停者が?

 そう問うと、彼女は再び顔を振った。

 ――まるで、何もかも癒そうとする“聖女”のような微笑みを浮かべて。

「調停者でも、カインの末裔でもない」

 そして、彼女は僕を指差す。





 挿絵(By みてみん)





 微笑みながら、彼女は真っ暗な上空を見上げた。

「あなたがいるだけで、私の心は癒された。醜いものでしかなかった私の心を、受け止めてくれた」

 祈るように手を合わせ、再び彼女は僕を見る。

「世界の隅々まで、ヒトとしての希望と欲望、羨望……絶望が入り乱れる中、私にとっての“道標”はあなただけだったのだから」

 僕が……?

 そんなの、違う。


「違わないよ」


 ニコッと、彼女は優しく笑う。

「暗いだけしかなかった私の世界に、青い色を与えてくれたのは……あなただから」

 すると、彼女は後ろに手を組んだまま、ゆっくりと歩み寄って来た。足を付ける度に、波紋と共に光の円環が広がる。

「たとえ、世界があなたを憎んでも、怨んでも……」

 彼女は僕の前に立ち、顔を上げた。

 魅入ってしまうほど美しい、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。この瞳に、何度も貫かれたいと思った。




「私は、あなたの傍にいる。ここで」




 と、彼女は僕の胸に手を置いた。その瞬間、黒だけでしかなかった僕の姿が、はっきりとその姿を現した。

 ――久しぶりに見る、自分の手。

 なぜだか、長い間……見失っていたような気がする。

「ずっと、あなたの傍に居続けるから」

 優しく微笑むその姿は、彼女のそれと同じだった。

 僕が唯一愛した女性と。

「だから」




 ――約束、忘れないで――




 僕から手を離し、彼女は一歩下がった。

「愛は憎しみの一部でしかない。でも、憎しみも愛の一部でしかない。それらを切り離して考えることはできないけれど、私たちはたしかにその可能性を持っている」

 願いは言葉となり、言葉は言霊となる。

「祈るだけでも、私たちの手元にある真実は輝ける。どんなに歪んでいても、生まれるずっと前から紡がれるこの誓約は、途切れない。浄化される時まで、私たちはその上で笑っていられる。その果てまで、歩いてゆける。……この、青空の下でね」

 その瞬間、世界に色が広がる。どこまでも広い、青い空が。

「いつかきっと、私たちは全ての呪縛から解き放たれ、一からやり直せる。それこそが、この物語の――私たちの終焉なのだから」

 その空の下に広がる草原に立ち、彼女は言った。



 ――バイバイ――

 ――空ちゃんと…………

















 目を閉じていたわけでもないのに、なぜか僕は目を閉じていた。ゆっくりまぶたを開けると、そこには白い風景しかなかった。



「戻ってきたのか、空」



 そこにいたのは、バルドルだった。

「あそこから掬い上げてくれたのは、彼女か」

 遥か上空を眺めながら、彼は言った。

「……あいつは、ずっと僕を護ってくれていたんだ」

 樹の時も、そうだった。

 彼女は死してなお、僕を導いてくれる。この手を手に取り、僕が描いた夢の形へと誘ってくれる。

「太古の時より、お前たちを補完してくれる人がいるのだな。まったく、羨ましいものだ」

「なんだよそりゃ」

 僕とバルドルは、思わず笑ってしまった。

「まぁ、お前はお前としての自我を保てたようだ。彼の憎悪に沈むことなく、な」

「…………」

 何が彼をそうさせていたのか――リーヴェに堕ちたおかげで、なんとなくだが、知ることができた。言葉に出したくもない、あの光景。垣間見えたあの情景は、もしかしたら……修哉の記憶なのかもしれない。

「さて、お前はこれからどうするのだ?」

「……え?」

 すると、バルドルは苦笑する。

「レイディアントに戻り、お前は私の『権利』を使役し、何をしようというのだ?」

 戻る……あそこに、僕は戻れるのか?

 どうするとか聞かれても、それ以前に戻れることに驚いてしまっている。

「? 何を驚いている」

 キョトンとした様子で、彼は言った。

「い、いや、普通驚くよ。だって、一度は死んだんだぞ? 某漫画のように願い事で復活〜みたいなことは起こらないわけだし」

「リーヴェの深淵に堕ちなかったのが証拠さ」

 とは言っても……ほとんど、堕ちかけていたような気がする。いろいろな言霊が行き交い、僕は思わず自分を見失ってしまいそうだった。

 あれは……ヒトの想いの集合地なのだろう。そうでなければ、彼らの声は聴こえなかったはずだ。



「それで? お前はどうするのだ?」



 再び、バルドルは訊ねる。僕はほほをポリポリとかき、これからのことを思い浮かべた。つーか、僕はとっくの昔に答えを出しているんだよな。いちいち、深く考える必要性なんてない。

「言っただろ? 抗うって。死ぬまで、とことんな」

 自分に課せられた運命や宿命が、どんなものなのかはわからない。それはもしかしたら、他人よりも苦しまなければならないものかもしれない。

「だから、世界を変える。この星の未来を、変えてやる」

 そうだとしても、僕は歩く。挫けても、足を止めても、何度だって立ち上がり、前を向いて歩く。

 この終わりの無い、永遠とも言える旅路の果てまで。

「……セヴェスとしてか? それとも、空としてか?」

 バルドルの瞳が輝く。何かを呼び起こさせる、紅い双眸が。

「両方だよ。僕は、どちらでもある。双方の権利を持っている者として、自分のしたいことをするまでさ」

 調停者であり、ヒトでもある。だからこそ、できることがある。

「いいだろう……ならば、私はお前と一つになろう」

「はっ?」

 すると、バルドルは僕に近寄り、手を掲げた。その手が青く光り始め、僕を包み始める。

「な、何をするつもりなんだ?」

「……私がお前と同化することで、お前の離れてしまった魂と肉体を繋ぎ止めるだけさ」

 同化? 僕は思わず、首をかしげた。

「お前と同じになることで、お前は癒される。そして、私は私としての自我を失う」

「!!?」

 それってつまり、消えてしまうってことか?

「何も焦ることはない」

 僕が戸惑ったことに気付き、彼は微笑んだ。

「いつかは消えてしまう存在。寧ろ、長く居続けたくらいだ」

 自分が消えてしまうというのに、どうして彼は笑っていられるのだろうか。嫌じゃないのだろうか。

「私がいたために、お前たちには苦労をかける……」

 遠い目をしながら、彼は僕を見る。なぜ、そんな目で僕を見るんだろう。まるで、自分の息子を見るような……。

 その時、僕の足元に青い魔方陣が広がり、そこから無数の青い粒子が舞い上がり始めた。

「バルドル!」

「何も心配するな。自分たちの望むことをし、自分たちの足で歩み続けろ」

 粒子のせいで、彼の顔がよく見えなくなってきてしまった。

「……らばだ、……………よ」

「何言ってんだ!? 聞こえないって!」

 僕の体は浮かび始め、青い球体となってどこかへ飛び立とうとしている。

「……の審判を……」

 そして、僕の世界は青くなった。

 黒い世界に堕ち、白い世界から旅立った自分。




 どこへ向かうのか。

 それは、未だ果たせぬ夢の跡に。















「死ねぇ!!」

 修哉の聖剣が、空に向かう。だが、それは激しい金属音を響かせ、彼女に到達できなかった。そこに、僕が障壁を展開させたからだ。



挿絵(By みてみん)



「――!! お、お前……」

「そ、空!」



 修哉は思わず後ずさりをし、聖剣を引く。

「これ以上、お前の好きにはさせない」

 僕はゆっくりと立ち上がり、奴を見据えた。憎悪だけを宿らせた、奴の双眸。リーヴェで見た時と、変わらない。

「空……なの?」

 空は床に座り込んだまま、僕を見上げている。瞳には涙が残り、それは瞬きもせずにこの現実を見つめていた。

「ほら」

 僕は手を差し出した。だが、彼女は未だによくわかっていない。

「……何、ボーっとしてんだよ」

「え?」

 僕は彼女の手を握り、無理やり立たせた。服には僕の血が付いてしまっているが、外傷はないようだ。

「ど……して?」

 彼女は小さく顔を振る。

「お前の傍にいるって言ったからな。」



 ――ずっと、な。



 僕は微笑んだ。それに伴い、彼女の涙腺は緩んでしまい、そのまま大粒の涙を流し始めた。

「空……空ぁ……!!」

 泣くなって言いたいところだが、そうもいかないだろう。

 僕は彼女の頭に手を置き、撫でてやった。

「……ありがとな」

 彼女と共に、お前はあそこで囁いてくれていた。ずっと……

 僕は修哉の方へ向き直った。彼は、眉をしかめて顔を振っている。

「なんで、生き還ってんだ……? お前は、たしかに……」

「そんなことはどうだっていい」

 僕は右手を掲げた。そこに、自然と光が集う。僕を護り続けてきた、温かい光が。

「お前を倒し、僕は僕の権利を執行する」

 右手に集う光は徐々に姿を成していく。

「全ての約束を紡ぎ、この螺旋を断ち切るためにな」

 そして、そこに聖剣が具現化される。

 僕の力の証、ティルフィングが。

「くっ……!」

 修哉は激しく僕を睨みつけ、臨戦態勢に入った。



「修哉」



 僕はティルフィングの切っ先を、修哉に向けた。青い刀身が、太陽の光を反射している。

「お前の夢は、ここで終わる」

「……てめぇ……!」

 全てを知っておきながら、何もかもを破壊するお前の「夢」など、絶対に認めない。それは、全てのものが望んでいる姿でも何でもない。




「――終わりにしよう、修哉」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ