80章:カルマ 冥道への慟哭「3」
「さーて、行くぞ」
彼の言葉で我に返ると、修哉は上空へ大きく跳躍した。
「吼えろ、白夜の主――アロンダイト!」
修哉の持つ剣が、氷のような光を解き放つ。そして、まるで吹雪を纏うかのように、刀身の周囲を無数の何かが高速で回転している。。
「おらぁ!!」
修哉は空中で剣を振り抜いた。衝撃波が、冷気を伴ってこちらへ向かってくる。僕はそれを前進して避け、修哉へ向かって剣を振り抜き、衝撃波を飛ばした。
「もういっちょぉ!」
修哉は笑いながらその衝撃波へ向かって、冷気の衝撃波を飛ばした。2つの衝撃波は空中でぶつかった。すると、そこに巨大な氷の玉ができてしまった。まるで、氷のうにみたいだ。
修哉は降り立ち、僕に斬りかかる。そして、僕たちの剣がぶつかり合った。奴の剣が動くたびに、肌を刺すような冷気が飛んでくる。
「そろそろ、やばいんじゃないのか?」
つばぜり合いをする中、修哉はほくそ笑みながら言った。その時、カチカチと変な音が聞こえてきた。そう、僕の肌が少しずつ凍っていっているんだ。肌だけでなく、剣を握り締めている手さえも。
「長いことアロンダイトの近くに居続けると、勝手に凍りつくぞ?」
修哉は嘲笑いながら言った。僕は瞬時に後ろへ移動し、距離を開ける。そこから、光線を弾き出した。
「んなもん効かねぇよ」
彼は光線に対して切っ先を向ける。光線がそれに当たった瞬間、あっという間に凍りついてしまった。すると、修哉は連続して剣による衝撃波を飛ばしてきた。
「ちっくしょ!!」
僕は素早く移動しながらそれを避け、印を結んだ。
「破滅の旋律、我が膝下に在りし言霊を喰らえ……」
移動しながら禁忌聖魔術を行うのは疲れるが、やってみるしかない。黄色い光が、僕を包み込もうとしていた。
「馬鹿が!」
修哉は僕の方へ直進しながら、手を前に出した。
「アンチ・マジック!」
その瞬間、僕を包んでいた黄色の光が弾けて消えてしまった。
「!!?」
「うらぁ!!」
冷気を纏った修哉の攻撃が、僕に襲いかかる。それをティルフィングで防ぐと、修哉は瞬時に回転し、そのまま斬りつけてきた。僕はバック宙しながらそれを避け、回転する最中に、至近距離で衝撃波を伴う横一文字を繰り出した。
この距離では防げず、彼は低空で吹き飛んだ。すると、剣を床に突き立て、すぐさま立ち上がる。そこへ追い打ちをかけるために追撃をしようとした瞬間、僕の胸元から血が噴出した。
「――なっ!?」
切り裂かれた部分の周囲に、血に塗れた氷が張りついている。――そうか、僕が剣を振り抜いた瞬間、彼も剣を切り上げていたんだ。
「俺より身体能力が劣っていた割に、なかなかだ」
傷口を抑える僕を見据え、彼は左腕から流れ出る血を舐めた。
……アムナリアの血を受け継ぐとはいえ、調停者である僕と互角? いくらカインの末裔だとしても、直系のヴェルエス家に敵わないはず。
「氷の刃――アイスベルグストーム」
修哉は氷水魔法を発動した。冷気が上空を覆い、そこから無数の氷柱が降り注いできた。そして、彼は逃げ場を無くすためにあちこちに衝撃波を飛ばした。
僕は自分の真上の氷柱に対して衝撃波を飛ばして破壊し、そこから上空へと逃げた。だが、既に目の前には修哉がいた!
「まだまだ!」
「くっ……!」
空中で剣を何度も交叉させる。
――やはり、これはおかしい。聖女サリアの末裔ならまだしも、傍族の傍族でしかないアムナリアの末裔が、ここまでできるはずが無い。
修哉が類稀な天才だからか? それだけではない気がするのはなぜだ?
すると、彼は攻撃を防ぐ僕に対し、空いていた左手で殴りつけてきた。僕はまともにそれを喰らい、地上へと吹き飛ばされる。
「死ねぇ!!」
幾重にも氷の衝撃波を高速で飛ばす。体勢を整えられていない僕は床にぶつかるのと同時に、それらに襲われた。
「――――!」
衝撃と想像を絶する冷たさが体中を巡る。僕を中心として、氷の森ができていく。
「終りにしてやるよ!」
氷が砕け散り、僕はその場に膝を付いてしまった。空中にいる修哉の方へ振り向くと、彼は水色に輝くアロンダイトを横へ一回転させるように薙ぎ払った。その瞬間、水色の円環がフロアの上空を覆いつくすように広がる。いや……下から見ると、水色の空になっているようだ。薄い膜が張られているかのように。あまりの光景に、僕は目を奪われていた。
そして、その膜はガラスが砕けるようにしてバラバラになり始め、空中に散らばっていった。ダイヤモンドダストとは、こういうものなのか――と思ってしまった。
「アロンダイトの力、思い知れ!」
修哉を中心に、光が煌めく。それと同時に、無数――目で数えることもできないほどの破片が僕を覆うようにして集い、高速で回転する。
――まずい!!
僕は手を十字にさせ、ソリッドプロテクトと魔法障壁を最大限展開させた。
その時、僕をすり抜ける風を感じた。冷たい、風を。
「まさか……」
腰から肩にかけて、一直線の軌跡が現れた。そして――真っ赤な血が、噴出する。
「リーヴェに堕ちろ、セヴェス」
冷たい修哉の声が聞こえた時、周囲の氷の破片が次々と僕に突き刺さっていく。そして、白銀の爆発が起こった。
「あ……がっ……!」
ソリッドプロテクトを上回る威力……僕はその場に両膝を付いて倒れてしまった。体中に裂傷ができ、血が噴出する。それよりもひどいのは、未だに突き刺さっている氷の破片だ。
だが……
「これで終わりだ。お前の夢も、ここで潰える」
地上に降り立った修哉は、アロンダイトを鞘に入れた。
ハハ……ここで、終わりかって?
冗談言うな。お前の攻撃なんて……
「くっ……!」
僕はティルフィングを握りしめ、立ち上がった。体から流れる赤い血が、白い床へと落ちてゆく。
それを見た修哉は、顔を振った。
「馬鹿な……あれだけ喰らっておきながら、なんで立てられるんだ!?」
そんな修哉に対し、僕は笑みを浮かべた。
「……やっぱり、お前は調停者じゃないんだよな」
「……あぁ?」
ギロッと、修哉は僕を睨みつける。
「なんだかんだ言って、お前じゃ無理だよ。僕に勝つのは」
体のあちこちから、緑色の粒子が舞い上がる。リジェネレイトが、体を癒す。
「樹の攻撃に比べれば……どうってことないね」
「何――!?」
僕は瞬時に移動し、彼に斬りかかった。辛くもそれを防御した修哉だが、あまりの威力に吹き飛んでしまった。
「まだだ!!」
僕は床に掌を当て、そこに光を発生させた。
「砕け散れ――カタストロフィ!!」
中断させられた禁忌聖魔術を、彼が着地するであろう場所へ発動させた。
「な、なんだと!?」
体勢を整えられていない修哉は、自分の後ろに発生した黄色い魔方陣に捕えられた。それは一瞬にして黄金色に煌めき、土砂と共に大爆発を引き起こす。
「ぐおああぁ!!」
修哉の叫び声が響く。僕はそこへ突撃し、ボロボロにされていく修哉に斬りかかった。
「……お前じゃ、調停者にはなれない」
修哉の碧い瞳が、恐ろしいほどに暗い。
「空……てめぇ……!!」
――じゃあな、修哉。
僕はティルフィングを横一文字に振り抜いた。後に付いて来るように、鮮やかな血がフロアを彩る。
僕は、修哉の横っ腹を引き裂いた。
「終りなのは、お前だったな……修哉」
僕はそう吐き捨て、ティルフィングを消した。
たとえ天才であろうと、樹のように僕を動けなくすることはできない。調停者は、調停者でしか消し去れないんだ。
「ぐっ……あああぁ!!」
声のする方へ振り向き、アロンダイトを振り上げて襲いかかる修哉に対し、光線を弾き出した。そして、彼を祭壇の方まで吹き飛ばした。祭壇は砕け、粉塵と瓦礫が修哉の周りに舞う。
「……何をしても、もう無駄だ」
僕はそこを一瞥すると、上空を見上げた。
リサ、ヴァルバ……
今度こそ、終わったよ。
闘いは終わったんだ。
これで、もう……。
「ソラさん」
いつの間にか、みんなが周りに来ていた。
「終わったんですか? 何もかも……」
アンナは修哉が倒れているであろう場所に目をやりながら言った。
「ああ、終わったよ。全部」
僕は彼女に笑顔をして見せた。
「…………」
「どうした?」
アンナはどこか怪訝そうに顔を俯かせていた。
「いえ……何でもありません」
彼女は作り笑いを浮かべ、顔を振った。
「治療してあげますね」
「え? あ、ああ……頼む」
彼女は手を広げ、魔法を唱え始めた。
アンナには、何か疑問でもあるのだろうか? まだ、やり残しているようなことがあるのか?
――ダメ――
「え?」
何かが、心の中で囁いた。なぜかはわからないけど、心拍数が上昇していくのがわかる。
――兄様――
兄様? 君は……誰だ? 心を揺さぶる、君は……
――お願い、もうやめて――
「終わりましたよ」
アンナの言葉に、僕はハッとした。
「え? もう?」
そう訊ねると、アンナはこくりとうなずいた。僕は自分の体を見渡し、それが本当なんだと認識した。
……本当に、治癒専門の巫女――「斜光の巫女」の力ってのは、すごいんだな。死なない限り、完全に治療できてしまうのではないだろうか。
僕はじーっと、アンナを見てしまった。
「? どうしたんですか?」
と、彼女は顔をかしげる。
「いや、なんでもないよ」
アンナもまた、聖女サリアの末裔なんだよな。二千年の間に、グラン島から出てしまった人の子孫ってことか。……不思議なもんだよな、こうしてサリアの力を行使してるってのは。
「これから……どうするんです?」
そう訊いてきたのは、空だった。修哉はこれ以上動けないし、とどめを刺す必要もない。再びアトモスフィアを封印するにしても――
「そうだな……とりあえず、この天都をもうちょっと捜索した方がいいかもな」
「? どうしてですか?」
「……ここなら、もしかしたらシリウスたちの――」
その時、瓦礫が崩れるような音が聞こえた。そこに目をやると、修哉が震えながら上半身を起こしていた。
「ぐっ……く……!」
歯を食いしばり、彼は何とか立ち上がろうとしている。
「くそっ……くそ……! ここで……ここで死ぬわけには……――っっ!!」
修哉は大量の血を吐きだした。そこに、真っ赤な湖が広がっていくかのように。
「修哉、もうやめろ」
僕は自然と、その言葉を発してしまっていた。どうせ、彼には届かないのに。
それでも、修哉は立ち上がろうとする。そうやっては血を吐き、すぐに倒れ込んでしまう。
「お前に……」
修哉は激しく呼吸しながら顔を上げ、顔を振った。
――薄らと見えた。
光を受け、水面のように瞳が揺れているのを。
「ど……して、お前は…………の世界で、生きられなかった……!」
何を言っているのか、わからない。誰に対していっているのかもわからない。彼は崩れかけた祭壇に手を伸ばし、それに寄りかかるようにして立ち上がった。だが、足は大きく震え、今にも崩れてしまいそうだ。
「俺、は……お……前の……――っっ!」
修哉は、再び大量の血を吐き出した。それは、祭壇とセレスティアルに降りかかってしまった。
あまりにも痛々しい。思わず、僕は目を背けてしまった。
「修哉、もうやめろ。お前は、もう――――」
その時、このフロアを閃光が駆け巡った。
修哉の方へ目をやると、セレスティアルが激しく回転し始めていた。それと共に、電流がその周りを駆け巡っている。
「!? な、なんだ……!?」
「こ……れは……?」
すると、祭壇に置かれてあったのか、聖剣と聖杯、そして聖玉が淡い光を放ちながら、空中へ上昇した。ゆっくりと移動し、セレスティアルの前に停滞する。
「……?」
僕は、何がどうなっているのかわからなかった。だが、修哉は何かを感じ取っているのか、震えながらセレスティアルを見ている。
「そ……そうか……これ、が……最後の鍵……だった、のか……!!」
修哉は不気味な笑みを浮かべながら、セレスティアルに歩み寄った。彼の右手には、祭壇の破片――みたいなものが握られている。
「ク、クククク……」
彼は顔を振りながら、セレスティアルに触れた。激しい電流が、彼の周りにほとばしる。
「あらゆるものを見、あらゆるもの愛してきたてめぇならわかるんだろ? 俺もお前も……同じだってことを……!!」
答えるはずの無いセレスティアルを、目を見開いて彼は何かを言っている。
「修哉……お前、何を……?」
そう呟くと、それを聞き取ったのか……彼は、僕の方に視線を向けた。そこには、あの瞳は無い。鮮血のように、真っ赤になっている。
――背筋に、妙な悪寒が走る。
「捧げてやるよ……俺の……〈滅んだ神々の血〉をなぁ!!」
そう叫ぶと、彼は尖がった破片を自分の首に刺した。
「!? 修哉!!!!」
そこから大量の血が噴き出し、空中に浮かんだ3つの鍵に振りかかった。すると、聖玉が一瞬、発光した。円を描いた淡い、黄色い光がパァッと修哉を包みこむ。
「グッ……くっ………ククク、ハハ……ハ、ハハハハハ!!!」
修哉は口から血を吐きだしながら、笑い始めた。両手を大きく広げ、噴水のように出ていく自分の血を浴びながら。
聖玉は大きく上空へ昇り、円を描いて回転し始める。そして、聖剣の鍔へと吸い込まれるかのように、飛んで行った。そこにあった穴らしき所に、聖玉はピッタリとはまった。
「!! まさか!」
僕はようやく、何をしようとしているのかわかった。
「止めろ! 修哉!!」
あいつは……修哉は、ロキを復活させようとしている!!
「よせぇ!!」
「もう遅い! 俺は………俺、はぁぁァ!!」
僕は、足を動かした。それと同時に修哉は聖杯を握り、それにあった赤いものをクッと飲んだ。光に包まれた、自分の血を。
「修哉ァァ!!」
その時、光が溢れた。そして、巨大な爆発が引き起こされた。