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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆5部:全ての約束が紡がれし時へ
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80章:カルマ 冥道への慟哭「2」

 修哉の顔が一瞬にして、冷たいものへと変化した。樹へと向けていた、あの表情に。

「お前は、ガイアとレイディアント……両方を知っていながら、そんなことを言うんだな」

 修哉は呆れるように顔を振り、大きなため息を漏らす。

「憎んでいないとか、そういうのは意味を成さない。リリーナを見ていたお前なら、そんなことすぐに理解できるだろーが」

「…………」

「お前みたいな考えなんか、腹を満たしちゃくれないんだよ。本当の意味で、全てのものが癒されはしない」

 そう言うと修哉は、一瞬にして祭壇の前まで後退した。そして、セレスティアルを見上げる。

「ヒトだけでなく、生命が滅びたいと願っている。それは、違えることのできない必然。そうでなけりゃ、こんな歴史を創り上げてはいない」

 何かを振り払うかのように、彼は自分の前を手で払った。

「真実の夢……星だけでなく、目に見えるもの全てが望みし瞬間。お前はそんな……全ての夢みる者たちの〈願い〉を拒み、自分とそこにいる、糞みたいな連中の幸福のために世界を救おうって言うんだな……」

 僕を睨みつけ、冷たい微笑を浮かべる。



「――俺は認めねぇ!」



 そう言い放った瞬間、修哉はセレスティアルに拳を叩きつけた。それと同時に、激しい電流がそこから放ち始める。

「どうしてもお前が星と命――全てを護りたいってほざくのなら……」

 修哉は、鞘から剣を引き抜いた。その切っ先を、僕に向けて。




「お前を殺す」




 水色の刀身を持つ、修哉の剣。氷河のような冷気を放っているそれは、まるで修哉そのものだった。

「修哉……!」

 僕は右手から、ティルフィングを具現化した。

 ――今度こそ、最後だ。修哉を倒して、終わりにしよう……。




「行き着く先は、魑魅魍魎の怨念住まう聖域の果てだと知れ……!」




 修哉の剣が、青く光る。そして、剣を横に払った。すると、その光が飛び出し、猛スピードでこちらに向かって来た。そして、目の前の床に這いずるように広がり、大きな氷河を出現させる。

「なっ!?」

 氷河の刃が、僕に向かってやって来る。僕は上空へ大きく跳躍して、それを避ける。斬撃による衝撃波に半端ではないほどの冷気が纏わっており、触れたものを一瞬で凍らせるのだ。


「逃がすか! 紅蓮の氷河――レイシヴェルサ!」


 彼は僕に向けて手を掲げると、一瞬にして青い魔方陣を出現させた。

 この波動は禁呪……しかも詠唱破棄か!

 真っ白な冷気が、僕を包み込むようにして周囲を高速で徘徊し始める。そして、四方八方から氷の壁が押し寄せてきた。

「――レイジングフレア!!」

 僕は同じように詠唱破棄をし、自分の周りに炎の膜を張った。フォルトゥナ神殿で、修哉の冷気魔法をホリンはこうやって防いでいたからだ。氷の壁が押し寄せてくるが、炎の膜のおかげでなんとか防ぐことに成功した。それが消えると、修哉の姿が無い。

 ――後ろだ!

 後ろへ振り向くと、今まさに斬りかかろうとしている時だった。僕は空中で回転し、その勢いで斬りかかった。二人の剣が、両者の間でぶつかり合う。

「いい反応だな、空」

「修哉!」



挿絵(By みてみん)



 そして剣を離し、もう一度斬りかかった。再び、両者の間で剣がぶつかり合う。すると、2人とも衝撃で後ろへ吹き飛んだ。床へ着地した時、修哉は再び印を結び始める。


「氷山の河川――フィンブル!」


 冷気が辺りを埋め尽くし、床を這う氷河が襲い掛かる。僕は猛スピードで横へ避けた。

「獰猛なる殺戮の嵐……永遠の命を捧げよう。広がる、あまねく命を奪うがいい! 疾風の帝王――ガヴァルゲノス!!」

 氷河を避けながら僕は印を結び、空中へ跳躍したのと同時に魔法を発動させた。修哉を中心に、床から風の刃が渦を巻き始める。

「その程度か……」

 修哉はフッと微笑み、手を広げる。

「崩せ、無限回帰へ――ガヴァルゲノス!」

 すると、風は光が弾けたかのようにして消え去ってしまった。聖魔術を簡単に相殺しやがった!

 僕は空中から、ティルフィングを振り抜いた。風を巻き起こし、三日月の衝撃波が修哉の方へ向かってゆく。

「弱いな」

 修哉は掌を前に出し、青い障壁を発生させて衝撃波を防いだ。僕は猛スピードで移動し、修哉の背後を取る。そこから剣を横へ、縦へと振りぬく。しかし、修哉は背を向けたまま、それを華麗に避ける。

「知ってるか? 空」

 修哉は振り向き、僕の攻撃を剣で防ぐ。

「何をだ!」

 僕と修哉は、鍔迫り合いの状態になった。そんな中でも、彼は涼しい顔をしている。

「世界はな、ゆっくりと衰退してるんだ。ゆっくり、ゆっくりと破滅の坂道を転がっていく。それは偶然でも奇跡でもない。……必然なんだよ」

「だから、何が言いてぇんだよ!」

 修哉を剣ごと思いっきり押し、距離が少しだけ開いた瞬間踏み込み、横一文字を放つ。だが、修哉はそれも剣で防いだ。

「とどのつまり、世界はどちらにしても滅びる。遅かれ早かれ、滅亡から逃れることはできないってことさ」

 自分を睨みつける僕を見ながら、修哉は微笑んでいた。

「結論を言え!」

 そう叫び、僕は左手から光線を弾き出した。修哉は瞬時に左へと移動し、それを避ける。そして、彼は僕から十メートルほど離れた位置で僕を見据えた。

「俺が滅ぼそうが、お前が救おうが意味は無いってことさ。違うか?」

「違うに決まってんだろ!」

 僕は衝撃波を伴う一撃を放った。その一撃を剣で防御した修哉は、後ろへ吹き飛んだしまった。わざわざ大きく吹き飛んだのは、衝撃を和らげるために自ら吹き飛んだのだ。

 くるりと回転し、着地した修哉は剣を肩に担いだ。

「世界が死ぬのに、どうして救う必要がある? 星もいずれ滅びるのに、なぜ生き永らえそうとするんだ? 無意味だろ?」

 片手を広げ、彼は苦笑する。

「無意味じゃない。存在する全てのものは、本質的に生きようとしている。そうやって、歴史は創られんだよ!」

「無意味だと思うけどな。どうせ死ぬのなら、今死んだほうがいいんだよ。永く生きれば生きるほど、あらゆるものは多くの喪失と悲しみを感じなければならない」

 それは一概に間違ってはいない。だけど、それは必然。生きる上で、必ず経験するもの。そこから逃げていては、本来あるべき姿を見失ってしまうのではないか?

 そういった疑問を浮かべた時、修哉は剣を床に突き立て、腕を組んだ。

「結局のところ、お前は自分が生きているこの時代に滅んで欲しくないからこそ、そうやって闘ってるのさ」

 僕を見ながら、彼は微笑む。

「そうすれば、どうせ星は自分が死んだ後に滅びる。死んだ後のことなんて、どうだっていいんだろ? 自分が生きている今こそ、生きておいて欲しいだけだろ? 全てが望むがままにある、今を消し去りたくないだけなんだろ?」

 修哉はからかうように言う。それはまるで、わざと僕を怒らせようとしているかのように。

「そうじゃない! 僕は……僕たちは、抗おうって決めたんだ。星が滅びてしまうっていう未来を壊し、新しい未来を創るためだ!」

 ヒトによって滅びる星を護り、この空の下で笑顔でい続けるために抗う。あの月夜の草原で、そう誓った。ヴァルバとリサと共に。

 その時、修哉はキョトンとした表情で僕を見ていた。かと思うと、腹を押さえて笑い始めたのだ。



「ハハハハ! こ、これは、お笑い種だな!」



 笑い過ぎて、うまくしゃべれていない。僕には、どうして笑うのか理解できなかった。

「……おかしいことなんて、一つもない。なんでお前は笑っていられるんだ?」

 僕は彼を冷たい目で見つめる。しかし、彼はそれに気付きながらも笑っていた。

「おかしいだろ? ヒトに、未来を創る権利なんて与えられてないからさ」

 口元を押さえつつ、彼は笑いを落ち着かせるために深呼吸をし始めた。

「お前みたいに世界とヒト、双方を考えてる人間なんてのは、ほとんど存在しねぇんだよ」

 そして、彼は顔を振る。

「ヒトは、自分のことだけしか考えていないもんさ。そうじゃなけりゃ、自慰や売買、戦争や恋愛なんてのはしない」

 どれもこれも、自分を満足させるため――

 微笑みながら、彼は続ける。

「わかるか? ヒトはそうするようにできてるんだよ。星が誕生し、その心と共に零れた滴――生命が誕生したその時から、生命にとっての宿命カルマとして存在してんのさ」

 否定はできない。だが、肯定もできない。それを認めてしまえば、僕たちがここにいる意味が無くなる。意味を求めているわけではないが、それでも認めたくない。

「ヒトは常に誰かを愛し、誰かを憎む。それもまた、定められたことの一部にしか過ぎない」

 突き立てた剣を見つめ、修哉は言った。

「寧ろ、俺たちは愛することよりも、憎しみ合うことの方がヒトらしく生きれる。生への渇望を抱いて生命力に溢れるのさ」

「それは違う! そんなものだけで、今までの世界が構築されてきたって言うのか? そうじゃないだろ!?」

 叫ぶかのように言うと、それを修哉は鼻で笑う。

「さぁ? どうだろうな。お前がどう思うが知ったこっちゃないが、俺にとってはそうなんだよ。そうでないと、俺たちは生きていけない」

「全部が全部、負の感情だけで生きてはいない。僕たちには、それと真逆なものも必要なんだ!」

 すると、修哉は再び笑い始めた。さっきまでのお笑いではなく、含み笑いだ。

「お前、いつからそんな人間になったんだ?」

 腰に手を当て、彼は大きくため息を漏らした。

「たしかに、お前はそれに触れ、多くを護ったよ。空ちゃんにしても、海ちゃんにしてもな。だが、果たして絶対的にそうと言えるのか?」

「何!?」

「お前はさ、彼女たちを自分の揺りかごの中に閉じ込めようとしていたのさ」

 苦笑しながら、彼は僕を指差した。

「どういう意味だ!?」

「……お前は、そうすることの方が楽だったんだよ。そうやって、お前は自己満足していた」

 違う。そんなの違う。僕は、そんなこと思っていなかった。

 それを言いたいが、彼の瞳が僕の言葉を抑制させているように見える。

「だからこそ、お前は彼女への想いを封印した。彼女たちを自分の手元に置くことで、独占欲と他者への優越感を満たしていた。そうだろ?」

 体が震える。怒りと、理解できない感情が渦巻く。

 修哉が僕を否定しているからか?

 僕を支え続けてくれた……信頼していたあの修哉が、あの頃の僕を全否定しているからか?

「お前にしても、何にしても同じさ。ヒトはそこに行き着く。正は所詮、奇の一部分でしかない」

 冷たい目で僕を見ながら、修哉は微笑む。まるで、幼稚で醜悪なものを見ているように。

「お前……本気でそんなことを言ってんのか!?」

 そう言うと、彼はすぐさまうなずく。

「本気さ。俺にとっての真実は、それしかない。ヒトはヒトの心の片鱗を喰らい、凌辱し、壊す。だからこそ、生きていられる」

「なんでそういう風に考えんだ! なんで、目の前にあるものを見ようとしないんだ!!」

「見ようとしていないのは俺ではなく、お前じゃないのか?」

「僕じゃない! お前だ!! お前は、間違っている!!」

 僕がこんなにも否定するのは、未だに彼を信じているからか? 「リオン」だと完璧に認識するのが、嫌なのだろうか。



「俺が間違ってるだと?」



 僕を一瞥するなり、彼は唾を床に吐きつけた。

「何も知らずに温室で育ち、全てが満たされ続けてきたお前程度の人間が、知ったようなことを言うな」

 自分を否定するなと言わんばかりに、彼の瞳は僕を睨みつけ、心に刃を立てようとしている。

「レイディアントを歩き、あらゆることを見続けてきたつもりなんだろうが、履き違えるな。お前には、掌から希望を零した奴らの想いには近付けない。信じ、愛することでしか生命を語れねぇだろうが」

「――!!」

 僕はその瞬間、ティルフィングを振り抜いていた。青い衝撃波が、一直線に彼へと飛んでいく。


「――アロンダイト」


 修哉は腕を組んだまま、何かを言った。すると、突き立てられていた彼の剣から氷が広がり、彼を包み込む。衝撃波はそれに当たり、轟音と共に塵となってしまった。

「空、お前だけだ」

 氷が彼の周りから徐々に消え、姿が見え始める。

「俺の中で、お前だけが信頼できる。お前だけが、俺と同じ位置に立て得る人間だ」

 彼は一歩前に進み、手を掲げた。

「お前がいたからこそ、俺は一つの希望を抱けた」

 僕を見ながら、微笑む。今まで見てきた、優しい彼の笑顔。



「約束したろ? 一緒に、旅をしようってさ」



「えっ……」

 忘れていない。小学生の頃、約束した。一緒に、世界を見て回ろうって。

「お前となら、歩いて行けれる。俺とお前は、同じ。始まりから、終わりにかけて」

「違う……違う……」

 僕は顔を振り続けた。

あの頃とは違う修哉で僕を否定しておきながら、どうしてあの頃の修哉で僕に話しかける。どうして、優しい双眸で僕を見るんだ!

「行こうぜ、空」

 そして、彼は握手を求めるかのように、手を差し出した。

 彼の言葉は僕の心を揺さぶる。僕の考えや決意を揺さぶられているわけではない、彼の声が修哉だからだ。いつも傍にいたあの声で、あの姿で語りかけてくるからだ。

 ボロボロにされた彼の姿が、再び築き上げられていく。

 僕の中にある修哉の姿が、重なりつつある。

 嫌なのと同時に、怖い。これ以上、彼の微笑みを見てしまうのが。




「空さんは同じじゃない!!」




 紺碧の地に、少女の声が木霊する。声の主の方へと、僕は顔を向けた。

「空さんは、あなたが言っているような『ヒト』じゃない! あなたと……一緒にしないで!!」

 彼女は、修哉を睨みつけていた。あの、空が。

「お前と一緒くたにされちゃ、ソラが困るだろーが」

 と、レンドはため息を漏らしながら言った。

「あなたとソラさんは違います。間違っているのは、あなたです」

 怖いはずなのに、アンナは修哉を指差した。

「お前みたいに黒に塗り潰された人間がいれば、白いのがほとんどの人間だっているんだよ。そこのところ、よく考えな」

 顔を振り、デルゲンは言った。

「な、何でもかんでも憎めばいいってもんじゃない! 僕たちは、一緒にいて笑ってられんだ!」

 なぜか、シェリアは腰に手を当て、偉そうに言っていた。声が震えているくせに。

「……ホント、おめでたい奴らだな」

 修哉は顔を振りながら、長いため息をした。

「とはいえ、お前たちが言っていることも正しいのかもしれないが」

「…………?」

 あれだけ自分の意思を謳っておきながら、他人の意思を正しいと言うのか? 僕には、いまいちそれが理解できなかった。

「本来、物事は正しいのかどうか分からない。ヒトを騙すことにしても、傷つけることも、殺すことも」

 彼は上空の青空を見上げる。

「世界にとっての正義なんて、必ずしも自分たちの正義に直結しない。悪だけが、ヒトを穢すとは限らない。ヒトの形が違うように、そういった抽象的なものも千差万別。ある意味では、それこそが命としての真実なのかもな」

 そして、彼は僕に視線を合わせた。

「だから、誰にも――俺にもわからねぇんだよ。俺やお前がしようとしていることが、本当に正しいのかどうか」

 それは何にだって当てはめられる。どうして命を殺すことは間違いなのか。どうして傷つけることの中には合法なものもあるのか。

 それは所詮、ヒト自身が自分たちを抑制し、護るために創り上げた檻――法でしかない。その中でしか、今のヒトは生きていけないのかもしれない。

「存在し、存在しようとするもの全ては、遥か時の彼方から紡がれている軌跡の欠片。俺たちもまた、その中であがいているだけなんだな」

 苦笑しながら、彼は言った。

「殺し合い、か……。所詮、俺たちも醜いと蔑んでいる奴らと同じ方法でしか、わかり合えないんだな……」

 彼はそう言うと自分の剣を握りしめ、床から引き抜いた。そして、血を払うかのように一振りし、僕を見据える。

 本当に……修哉は滅ぼし、滅ぶことを望んでいるのだろうか。

 昔からそうだった。自分のことはほとんど話そうとも、見せようともしない。それは、ただ単に僕たちが頼りないからだと思っていた。

 時折見せていた、修哉の暗い笑顔。空虚に見える瞳。

 あれらが、リオンとしてのあいつだったのだろうか。

 ガイアでのあいつは、本当に偽りでしかなかったのだろうか……。





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