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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆5部:全ての約束が紡がれし時へ
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78章:約束の刻 星が微笑む地に「3」

 樹は僕に斬りかかって来た。僕はそれを防ぎ、二人は同じように斬り合う。攻撃のスピードはほぼ互角……だが、力ではわずかだが僕の方が大きい。それは、ティルフィングの刀身の大きさが違うことが証明している。



「僕にはわからない」



 互いにぶつかり合う中、樹は呟く。

「自分の命を賭してまで、護ろうとする意味がわからない」

「お前こそ、どうして自分の命を懸けてまで星を護ろうとするんだ?」

 僕はそう言って、剣を押し合う中、彼を蹴りつけた。そして、すぐさま斬り下ろすが、樹はバックステップでかわす。

「……この次元が、僕が生まれた次元だからだよ」

 踏み込んで斬りつけてきた僕に対し、樹は剣を僕の剣に対して斜めにし、受け流す。そして、彼は付き攻撃を繰り出した。それに対し、僕は上半身を左に曲げ、その大勢のまま剣を振り上げた。当たったが、瞬時にして避けられたためにスーツに傷を付ける程度だった。

「この次元は……レイディアントは、僕たちが生まれた所なんだよ」

 大きく離れた樹は、僕を見据える。


「そして、父上と母上が生まれた所でもある」


 覚えてもいない両親。3歳だった僕が思い出せないのだから、まだ2歳程度の樹が覚えているはずはない。

「……僕たちは、両親に会うことなんてできない」

 樹はティルフィングをブラブラと揺らし、遠い目でそれを見つめる。

「親孝行も何も、できやしない」

「…………」

 父さんと母さんがいるじゃないか――と言いたくても、それはきれい事でしかない。必ずしも、それが樹にとって大切なものだとは限らないのだから。

「僕たちが足手まといだったから……二人は死んだんだ」

 拳を握りしめ、天井を仰ぐ樹。

「何もできやしないなら……せめて、願いは叶えてあげたいんだよ」

「……願い?」

 そう問い返すと、樹は小さくうなずいた。

「父上と母上は、この世界を愛していた。そのために、多くの研究を重ねていた。この世界を……星を癒すために」

 小さく顔を振り、樹は唇をかみしめていた。

「せめて、この世界だけは護りたい。星だけは護りたい。そうすることでしか、僕はここに立てないんだよ」

 立てない? 一体、それはどういう意味なのだろうか。

「兄さんにはわからないよ。……兄さんにはさ」

 理解できない僕に気付いたのか、彼は僕に顔を向ける。

「己の掌から望むものを零したことの無い兄さんには、到底理解し得ないんだよ」

 僕を睨みつけるルビーの双眸。僕に向けられているのは……憎しみ? 羨望?


 ふと、樹が病院で外を見つめる光景がよぎる。

 白い風景――陰気で、薬臭い病院の一室。


「……だから、僕はここに立っている。あんたを殺して、生命の世界を殺すために」

 ティルフィングの切っ先を僕に向け、彼は言った。

「それに……空と海たちと過ごしたあの日々に、還りたくないからさ……」

 何かを言った樹は、微笑む。それは、悲しく微笑んだように見えた。


 その時、樹は僕に突進してきた。目にも止まらぬ速さで、僕の横を駆け抜ける時に斬りかかる。瞬時に体を動かしたが、僕の横っ腹から血しぶきが舞う。

「くっ……!」

 すぐさま後ろへ振り返ると、樹はティルフィングを妖しく光らせて斬り下ろして来ていた。僕は体を右に少しだけ動かし、すれすれで避けた。そして、最大限の速さで駆け抜け、樹を斬りつけた。彼も僕と同じように、横っ腹から血が流れ出る。

「――ゼロ!」

 樹は傷を顧みず、ロキの光線を弾き出した。

「なめんなぁ!!」

 僕も同じように、バルドルの光線を弾き出す。正面でぶつかったそれらは互いに相殺され、粉塵を巻き上げる。

 僕は剣風で衝撃波を奴に飛ばした。それに気付いた樹もまた、同じように剣の衝撃波を飛ばす。


 ――ほぼ互角なら、二つとも相殺される。なら……!


 僕は衝撃波を飛ばした後、それを追いかけた。相殺された一瞬だけ、奴に隙が開くはず!

 目の前で二つの衝撃波はぶつかり、予想通り塵となった。そこを一瞬にして駆け抜け、僕は樹に斬りかかった。

「なっ――!」

 叩きつけるような攻撃を奴は防いだが、体勢が揺らぐ。何度も僕は斬りかかり、奴の体勢を更に崩した。そして――

「ぐっ!!」

 僕のティルフィンが奴の左肩を斬った。いや、鎖骨の辺りだ。上から、約10センチほどめり込んでいる。

「うっ――が……ぁ!」

 樹は苦痛に顔を歪ませ、声を漏らす。しかし、

「まだだ……」

 樹は僕を睨みつけ、自分の足元にティルフィングを突き立てた。すると、そこから不思議な青い光が周囲に広がり始め、不思議な魔方陣を築き上げていく。

「これは!?」

 僕は剣を引き抜こうとした。だが、樹は僕のティルフィングの刀身を掴んで離そうとしない。



「クク……チェックメイトだ」



「――!!」

 奴のティルフィングが赤く光り、僕たちを覆う。魔方陣を刻んだ光もまた、赤く煌めく。

 そして――衝撃と共に、僕の視界は閃光に包まれた。

 ティルフィングを中心として引き起こされた緋色の爆発は魔方陣の中のもの、全てを破壊した。一瞬にして、僕は吹き飛ばされてしまい、壁に叩きつけられた。

 僕の前に広がるのは、横向きになった世界――気が付いたら、僕は倒れていた。

「な、なん……ぐ!!」

 それに気付くのと同時に、ソリッドプロテクトの上から尋常じゃないほどの痛みが全身に広がる。

「くそ……」

 樹の方に目をやると、奴は突き立てたティルフィングを杖代わりにして、自分の震える体を見つめていた。

「思ったよりも消耗が大きい……それもこれも、聖剣の元素破壊能力のせいか……!」

 悔しそうに何かを言いながらも、樹は僕を見てほくそ笑んでいた。そう、僕の体がほとんど動かないからだ。動こうとしても力が入らず、何とか入れても小さく震えるだけ。

 全身から血が溢れ、口の中には鉄の味が広がる。額から垂れてきた血が目に入り、視界を歪ませる。

「く……そ!」

 動けない。立てない。負けるってのか……!



「空さん!!」



 空の悲鳴にも似た声が轟く。僕は、そこへゆっくりと視線を向けた。走り出そうとする彼女を、デルゲンが抑えている。

「よせ!!」

「嫌……死なないで……死なないで!!」

 そんな物騒なことを言うなよ――と思いつつも、完璧に否定できない。呼吸もうまくできない今、逝きたくもない場所に近づいているのだから。

「ソラさん! 立ってください! 立って!!」

 空と同じように叫ぶアンナの声。ああ、わかってる。そうしたいけど、足が動かないんだよ……。

「ダメ……こんなところで、終わっちゃいけない!!」

 ハッとした。空の声であるはずなのに、なぜか別人のように感じた。

 空の体から、何かが立ち込めている。

「残念だな。兄さん……セヴェスは、もう終わりだよ」

 樹はみんなの方に顔を向け、言った。

「核となる元素を打ち砕いた。立ち上がれないさ」

 クククと笑い、彼はティルフィングを引き抜いた。

「お前たちは屑だよ……ただ一緒にいるだけで、何の役にも立たない屑。リリーナさえいなければ、お前らなんてそんなもんだよ」

「なんだと……!」

 レンドは歯ぎしりしながら、樹を睨みつける。それに対し、樹は侮蔑するかのように笑った。

「たかがヒト風情で、ヴェルエスの人間には敵わない。星の幼子も、斜光の巫女も役に立たないんだよ!!」

 剣を引きずりながら、樹はみんなの方向へ歩き始めた。

「ハハハハ! お前らの旅路の終わりは、僕がくれてやる!!」

 そして、彼は剣を掲げる。そこに、光が集う。みんなを殺そうと、怨嗟の闇を集わせている。

 やめろ――やめろ――そう叫ぶこともできない僕は、血が滲み出るほど拳を握りしめていた。



「空さん!!」



 空の叫びが木霊する。その時、彼女の周囲から立ち込める光が……金色に輝き始めていた。なのに、周囲のみんなも……樹も気が付いていない。

 あれは……?




 ――空――




 この、声は……!?

 僕の見る、今の光景が止まったかのようだった。剣を振り上げたままの樹。アンナたちを護るようにして手を広げ、樹を睨むレンドとデルゲン。体を縮こまらせているシェリア。祈るように手を合わしているアンナ。

 その中で、空だけが僕に顔を向けていた。その瞳に、涙を浮かばせて。




 ――ほら、立って――




 空から発せられている金色の光は、僕を優しく包み込む。そして、僕を立ち上がらせる。

 ……痛みが、感じない。




 ――ね? まだ、大丈夫――

 ――きっと、生きていける――




 君は……!!

 それが何なのかわかる前に、僕は樹に向って手を広げていた。そして、世界が動き出すのと同時に、あの青い光線を弾き出した。


「――!!?」


 視界の外からの光線は、樹に防御させる暇を与えないまま突撃した。彼は吹き飛ばされ、床に転げる。

「空さん!!」

 彼女が、僕の名を呼んだ。今度呼んだのは、彼女だ。

 ――そうか、力を貸してくれてるんだな……そこで。

 僕はうなずき、樹の方へ直進した。完璧に回復していないために節々が痛むが、それでも闘える範囲内だった。

「くそ――!」

 樹は立ち上がり、僕の攻撃をティルフィングで防ぐ。

「だらあぁ!!」

 僕は叫びながら、剣撃で樹を吹き飛ばした。ダメージの多い樹は、踏ん張りが利いていない。

 そして、僕はそこから衝撃波を飛ばした。今までで一番巨大な、青い衝撃波を。

「やられるかぁ!!」

 樹はクリスタルシェルを展開させた。だが、僕はそこから更に衝撃波を幾重にも発生させ、飛ばす。

 エレメンタルの障壁は粉々に砕け散り、ティルフィングで防御する樹に襲いかかる。その時――



「なっ……!?」



 樹のティルフィングの刀身が、粉砕した。僕の放った衝撃波に耐えられずに。キラキラと輝く青い刀身は、光の粒子となっていく。

「ロ、ロキの剣が――!!」

 そして、最後の衝撃波が彼をすり抜ける。彼の胸元から腰まで、大きな爪痕を残して。

「く、そ……」

 その瞬間、血しぶきが舞う。樹の白いスーツは、赤く染まっていく。樹はゆっくりと、その場に片膝を付いた。

「力及ばず、か」

 顔を俯かせ、樹はそう言った。

「…………」

「まさか……最後の最後に、サリア――いや、レナが力を貸したのか……」

 顔を上げ、樹は僕を見た。そこには、小さな笑みが浮かんでいる。




「……僕の、負けだ」




 その言葉が放たれた瞬間、僕は仰向けに倒れてしまった。

「マジ……かよ」

 一気に、体の力が抜けてしまったのだ。さっきまで、あんなに激しく動けたってのに。激しく呼吸をしながら、僕は上空を見つめた。

 ああ、青空が広がってる。青空が、果てしなく広がってる。なんだか、闘っていたなんて思えないほど平和な風景に見える。あの青空の下、僕はずっと生きることができるんだな……。



 そうだろ? リサ……



「空さん!」

「ソラ!!」

 みんなが駆け寄り、僕の視界を埋め尽くす青い空の光景の中に、顔だけを出す。五人の顔が、円を描くようにして。

「あーあ、ボロボロだな」

 レンドはそう言いながら、苦笑していた。

「うっせ。頑張ったんだから誉めろ」

「へーへー。ごっつあんです」

 と、彼は何やら拝むようにして言う。

「くっ……腹立つ」

 そう言うと、レンドの笑みがより一層増してしまった。

「ほら、大丈夫か?」

 今度はデルゲンがそう言い、僕の上半身を起してくれた。

「やれやれ、弟は強かったな」

「……ああ」

 僕がこくりとうなずくと、デルゲンは微笑む。

「よく、頑張ったな。ありがとう……」

「デルゲン……」

 彼は僕の肩を優しく叩いた。

 女性陣に目をやると……うぉっ。完璧に泣いてしまっている。

「お前ら……死んでもいないのに、泣くってどういうことだよ?」

「だ、だって……」

 止める術の無い涙を放置し、空はその場に座り込んでいる。せっかくのかわいい顔が、大無しになってるし。

「いくらなんでも泣き過ぎなんだよ。少しは誉め讃えると――」

 言いかけた瞬間、空が僕に抱きついてきた。それと同時に、激痛が体中に電流のように走り抜ける。

「いでぇ!! お、お前――」

「空さ……空さん……!」

「…………」

 名前を呼びながら、彼女は泣いていた。ギュっと抱きしめるので痛いけど、なんかかわいらしいから……今回は許してやろう。うん。

 僕も同じように、彼女を抱きしめた。

「ソラさん、本当に……よかった……」

「アンナ……」

 僕の傍に座り込み、アンナは微笑んだ。たくさんの涙を流しながら。

「勝ったよ。なんとか、ね」

 僕は彼女の頭をなでた。すると、彼女は手で顔を覆って、大きく泣き始めてしまった。

「ソラぁ……死ぬかと思ったよぉ」

「……鼻水垂れまくりだな」

 鼻水に涙。ある意味、シェリアはすごい顔になっている。

「うるさい馬鹿アホマヌケソラ」

「……お前な……」

 全くと思いつつ、僕はシェリアを撫でてやった。経験したことの無い恐怖を味わったんだ。慰めてやんないとな……子供だし。

「ここまで泣かれちゃ、死ぬに死ねねぇなぁ」

 ハッハッハと、レンドは大きな声で笑った。

「人事だと思って……」

「まぁいいじゃねぇか。なぁデルゲン!」

「え? あ、うん。まぁ、思う存分泣かれろよ」

 と、二人は笑顔を向ける。

「意味わかんねぇよ……」

 まったく、なんていうか、なんというか。







 

 僕は空を抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がった。樹は、倒れそうな体を鞭打ち、何とか片膝だけを付いている状態を保っていた。

「……樹……」

 顔を床に向け、ポタポタと血が垂れている。僕は空に体を支えられ、彼に少しだけ近づいた。まだ、数メートル離れている。

「止めを、刺さないのか……?」

 樹の声は、震えている。

「……もう、お前は立てない。これ以上、傷付ける必要なんてない」

 僕はポリポリとほほをかき、天井を見上げた。

「とにかく、僕が勝ったわけだし、どうしようと僕の勝手っつーことだよ」

「…………」

 うん、とうなずき、僕は青空を見つめる。その時、樹の小さく笑う声が聞こえた。

「お前……鼻で笑ったな?」

 僕はなんだか照れくさく、顔を向けないまま言った。

「いや、そうじゃないよ」

 顔を見なくてもわかる。樹は、穏やかに微笑んでいる。

「そうだな…………なんて言うか……」

「……なんて言うか?」

 しばしの沈黙。密閉されたフロアのはずなのに、涼しげな風が僕たちの間を通り過ぎて行ったように感じた。

 それらが過ぎ去るのを待っていたかのように、樹は口を開く。

「…………兄さんらし―――」








挿絵(By みてみん)






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