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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆5部:全ての約束が紡がれし時へ
87/149

76章:遠い約束

 闘った跡だけが残されたフロアの中央で、リサは消えた二人が昇っていった場所を、ずっと見つめていた。



「二人はさ」



 彼女は上空を見上げ、僕に背を向けたまま呟いた。

「優しかった。私にとっては、掛け替えのない……大切な人たちだった。私の想い出……陽だまり、そのものだから」

「……うん」

 僕は小さくうなずく。

「私をあの時に還してくれる人は……もういない」

 彼女の言葉には、いつもの猛々しさはない。哀しみだけが、彼女を覆い尽くしている。

「残るは、樹だけだね」

 リサは僕の方に振り向き、微笑みながらそう言った。

「ああ」

「……もう少しで、私たちの願いは達せられる。樹は――上にいる」

 彼女は再び、天井を見上げた。

「約束の刻……それは、もうすぐ。星の遺産が微笑む、その瞬間に……あんたは、その場にいなきゃならない」

「……リサ?」

 彼女はなぜか、首を振った。



「だから…………ちぇっ、悔しいな」



 リサは微笑んだかと思えば、ゆっくりとその場に仰向けになるように倒れた。

「リサ!」

 僕は彼女の頭を支えて、顔を起こした。さっきとは全然違う。顔色が一瞬にして悪くなっていた。他のみんなも、足早に駆け寄っていた。

「リサ、しっかりしろ! おいこら!!」

「いて……」

 僕はペシペシと彼女のほほを叩いた。すると、彼女の拳が瞬時に僕の顔面にめり込んだ。

「いちいち叩くな。意識はあるわよ」

 い、痛い。僕は眉間をさすりながら、

「ど、どうしたんだ?」

 と訊ねる。すると、彼女は小さくため息を漏らした。

「わかってるでしょ? 馬鹿ね」

 その言葉で、全てを悟った。


 ――乖離だ。


「ウソ……だろ?」

「こんな時に、ウソ付く馬鹿がどこにいるってのよ?」

 そう言って、彼女は僕を再び殴った。げ、元気じゃねぇかと言ってやりたいが、彼女の顔を見ればそうも言ってられない。

「……マジかよ……」

 想像もしなかった。けれど、冷静に考えてみれば当たり前だ。シュヴァルツと同じように、『ビッグバン』を使用したのだから。

「何とかならないのか!?」

 僕はすぐさま言った。そうとしか、言えなかった。

「ならない。当たり前でしょ? 私は……」

「言うな! お前を助ける。絶対にだ!!」

 彼女の言葉を消し去るかのように、僕は矢継ぎ早に言った。彼女はそんな僕を、嬉しいのか微笑んで見つめている。

「……ありがたいけど、無理なもんな無理」

「お前……」

 彼女は、自分自身が良く理解しているんだ。何をしたって、どうにもならないことを。

「空ちゃん、こっちに来てくれる?」

「え……?」

 リサは手招きをし、空は彼女の言うとおり傍にしゃがんだ。空の顔には、すでに涙が流れていた。

「リ、リサさん」

 涙声で、彼女はうまくしゃべれない状態だ。そんな彼女を見て、リサは思わず苦笑する。

「ほーら、泣かないの。手、出してくれる?」

「は、はい」

 空が左手を差し出すと、リサは両手でその手を優しく包み込んだ。すると、彼女は僕に顔を向けた。

「空、覚えてる? 以前、私が言ったこと」

「え?」

「あれよ。空ちゃんを助ける、別の方法」

「あ、ああ……あれか」

 けど、彼女の様子から察するに、それは無理なものなのだろうと思っていた。だから、ほぼ忘れかけていたのだが……。

「そんなのがあったのか?」

 デルゲンが言った。そう、僕以外にそのことを知っている人はいなかったのだ。

「ごめんね、黙ってた。今から、それをやるから……」

 と、彼女は申し訳なさそうにうなずき、握りしめている空の手を見つめた。

「リサ?」

 リサは再びまぶたを閉じ、大きく息を吐いた。



「私の体……あと少しだけ、もって頂戴ね……」



 彼女がそう唱えると、身体が青っぽく光り始めた。その光はリサを包む薄い膜となり、そこから多くの青い光の粒子が飛び出してきた。

「これは……?」

それらはフワフワと空中に浮かび、目の前で漂う。そして、それらは空の身体へゆっくりと、吸い込まれるように入っていった。空の身体に当たった瞬間、水面のように波紋が広がる。次々に青い光の粒子は浮かび上がり、どんどん空の体内へと入ってゆく。雨粒が横向きに落ちているみたいだった。

 数分の間、僕たちは呆然とその光景を見つめていた。すると、ようやく光は収まった。

「空ちゃん、何ともない?」

 まぶたを開け、リサは空の顔を見つめた。

「え、えぇ。ただ、すごく温かくて……なんだか、軽くなったような……」

 空がそう言うと、リサは安心したのか、ゆっくりと息を吐いて微笑んだ。

「よかった……これで、もう大丈夫だね」

 彼女は納得しながら、休むかのように目を瞑った。僕たちは訳がわからず、ただ頭をかしげていた。

「リサ……お前、何を?」

 そう訊ねると、彼女はまぶたを開けずに答える。



「――私の元素を分け与えたの」



「!!」

 そんなことができるのかという驚きの前に、乖離しかけているリサがそれをしたということに衝撃を受けた。

「お前の元素を!?」

「そんなことをしたら、リサさんの元素が……!」

 空の言葉に、リサは顔を振りつつ空の手を握り締める。

「いいの……もう、いいの」

「ちょ、ちょっと待て!」

 割って入るかのように、レンドが言った。

「元素を分け与えるって言っても……先天属性と違う元素を入れたら、拒否反応を起こして人体に影響が出るんじゃないのか?」

 そう、彼の言うとおりだ。元素は言うなれば血液型と一緒のようなもの。別の元素を入れると、細胞崩壊を引き起こしてしまう。

「大丈夫。空ちゃんの持つ〈紺碧〉のエレメンタル……あれは、星の元素。私の〈時空〉は、それを模して創られた太古の元素。理論上では、可能よ」

「そ、そうなのか?」

 思わず、そう言ってしまった。

「……もう、空ちゃんの命を心配しなくてもいい」

 リサは顔を振り、僕たちを見渡す。

「もしかしたら、順応するのに時間がかかるかもしれないけど……これで、普通に生き続けることができるから……」

 疲れ切った表情で、彼女は微笑んだ。

「リサ……さん?」

 彼女の中に、疑問めいた何かが浮かんでいたようだった。それを知ることは、この時の僕にはできなかった。

「リサ、死んじゃうの?」

 シェリアはぽろぽろと涙を流しながら言った。

「うん……私、もうダメみたい……」

 今更どう繕うこともできない。リサは間接的にではあるが、「死ぬ」と言ったのだ。

「なんで……」

 自然と、言葉が漏れた。

「なんで、こんなことをしたんだよ!」

 僕は震えを隠すかのように、大きな声で言った。そんな僕を、リサは首をかしげて見つめる。

「空……何よ? 文句で――」

「あるに決まってんだろ!!」

 彼女の言葉を遮り、僕は叫んだ。

「自分を犠牲にするみたいなこと、どうしてしたんだよ! 元素が少ないのに、こんな……」

「あんたね、馬鹿?」

「! おまっ―」

 言いかけた瞬間、彼女は大きなため息をついた。そのせいか、自分の言葉が止まってしまった。

「言ったでしょ? 私は自分を犠牲にするとか、そんな立派なことは考えてない。どうせ消えるなら、今できる精一杯のことをする。……それをしたまでよ」

「だけど……」

 その時、リサは僕の額にデコピンをしてきた。

「いいの。これは、私が選んだことだからさ」

 よろめいた僕に対し、リサは微笑む。



 ――誇りを持って、そう言えるよ――



 彼女は、後悔の無い瞳を輝かせていた。

 けど、言いようのない虚無感が広がっていく。まるで、心という湖に水が無くなっていくかのようだ。

「……これはさ、私にできる〈贖罪〉なの」

 彼女は視線を天井に向け、呟くかのように言った。

「全部、私のせい」

 その言葉の意味が、すぐにはわからなかった。

「それって、どういう……?」

 思わず、問い返した。すると、リサは徐々に顔を歪めていった。それは体が痛いからではない。心が痛いからだ。

「空ちゃんが犠牲になったのは、私のせい」

「えっ……?」

 自分のせい。

 最初は、自分の責任っていう意味なのだと思った。だけど、本当は違う。


「私は、インドラが空ちゃんをさらうことを知っていた。それを知っていて、防がなかった」


「……!!」

 僕は、言葉を失った。

「なぜだと思う?」

 その問いに、誰も答えなかった。まだ、さっきの言葉が耳に残っているのだ。

「……それは、聖魔の力を……本当の意味で未来を変える権利を持つ調停者あなたを、レイディアントへ連れて来るため。幼馴染の彼女がさらわれれば……少なくとも、あなたはこちらへ来ると確信していたから……」

 罪の意識に囚われ、彼女は僕と空に視線を向けることができず、震えていた。

「あなたの……調停者としての力があれば、インドラに対抗できる。神々の力があれば、2人に復讐できる。そう、考えた…………だから……!」

 リサは唇を噛みしめ、その瞳から一つの雫を零した。

「ごめんなさい」

 かすれる声で、彼女は言った。

「わた……私のせいで……全部、私が……!!」

 リサ……。

 顔を覆って、彼女は声を殺しながら泣き始めた。手で隠しても、涙は溢れて来る。指と指との少しの隙間から、それはほほを伝う。

「お前だって……馬鹿じゃないか」

「……え?」

 罪悪感で震える体が止まり、彼女は僕を見た。エメラルドグリーンの瞳には、涙でぬれている。

「空がさらわれることは……しょうがなかった。いや、たしかに……お前が防ごうとしたのなら、あの時さらわれることは無かったかもしれない。でも……」

 僕は涙で濡れているリサの手を握った。

「きっと、あいつらは何度も空をさらおうとしただろう。もし、そうじゃなかったとしても……別の誰かが、空の代わりとしてさらわれたはずだ」

 それを良しとするか?

 誰かが犠牲になって空が救われるなら、それでいいと思うか?

 ……違うんだよ、結局さ……

「でも、私は……」

 彼女が言いかけた時、僕は首を振った。

「お前がいたから、僕はここまで来れた。知るべきことを、知れた。リサと出逢えたから……」

 リサが叱咤し、支えてくれたからこそ、大切な人を取り戻せたんだ。自分を取り戻すことができたんだ。

「だから……謝んなよ。お前に出逢えて……嬉しかったんだから」

「……空……」

 リサに逢えて良かった。

 彼女と出逢えなければ、今の僕はいない。

「ありがとう」

 微笑むリサ。

 涙を浮かべて微笑むその顔を、僕は知っている。それが、少しずつ確信へと変貌していく。 

 その時、リサの身体が白く霞み始めてきた。小さな粒子がほつれ、少しずつ彼女から抜け出してゆく。


 ――命の欠片が……元素の粒が。


「リサさん、お願いですから死なないで……」

 ずっと彼女の手を握りしめていた空は、懇願するかのように言った。

「空ちゃん……ごめんね、許して……」

「嫌ですよ! 謝らないで下さいよ! 私、私……!!」

 空は震えながら、リサを何度も揺する。すでに抑えることのできない想いが、彼女の双眸から溢れだしている。


「リサ」

 レンドとデルゲンは僕たちの後ろに立ち、彼女の名を呼んだ。そこへ、リサはゆっくりと視線を向ける。

「……レンド、デルゲン。今まで、ありがとね」

 彼女がそう言うと、レンドは自分の鼻をさすった。

「へっ、それはこっちのセリフだよ」

「今まで、何度も助けてくれたな。何もできないのが悔しいが……ありがとう」

 二人は一番の大人だからか、素直に現実を受け止めていた。彼女が死ぬという現実を、僕は素直に受け取れない。こんな時だから……。


 リサはアンナの方に顔を向けた。

「アンナ、ヴァルバを死なせて……ごめんね。あんたには、辛いことばかりさせちゃってさ……」

「…………」

 アンナはすでに、涙で声がおぼつかない状態だった。彼女は顔を俯かせて、リサを抱きしめる。

「……元気でね」

「リサさん……」

 

 すると、リサを包む白い光が一層輝きを増し始めた。

「リサ!!」

 僕は咄嗟に、両手で彼女の手を握り締めた。生きる温かさを失いかけたそれは、ひどく冷たくなっていた。

「空、あのね……」

 虚ろになりつつ瞳を向け、彼女は震える声で言う。

「言ってくれたよね? 『私たちが見る夢は、まだ終わらない』って……」

「? あ、あぁ……」

 彼女は小さくうなずき、続けた。

「私が死んでも……夢は終わらない。だってさ、この世にある全てのものは……永遠っていう名の夢を、見続けてる」

 彼女は微笑みながら、再び涙を薄らと浮かべる。

「私たちは、ずっとその夢の中で生き続けるの……」



 夢の中でずっと、永遠に。

 死ぬことは終わりではない。

 夢が途絶える時こそが、終わり。



 彼女の夢を辿る限り、彼女は生き続ける。僕たちの中に、息衝いている。

「だから……」

 リサは小さく顔を振った。それと同時に、宝石の瞳が水面のように揺れる。





挿絵(By みてみん)




     「泣かないで……」




挿絵(By みてみん)





 泣く……?

 ああ……そっか。

 言われて、初めて気が付いた。自分の中から溢れ出る、熱い……願い。

 僕は、いつの間にか泣いていた。



 リサは優しく微笑む。

 エメラルドグリーンの瞳は輝き、多くの雫を流す。

 


 ――信じてるから――



 誰かの姿が浮かぶ。




「リサ……!!」

 僕は彼女の手を強く握りしめた。彼女が冷たくならないように。彼女の温もりが逃げていかないように、自分の温もりを与える。

「死ぬなよ! 僕と……僕たちと一緒に、新しい未来を生きるんだろ……!」

 僕のぽろぽろと流れ出る涙が、ほほを伝って握りしめている彼女の手に滴る。彼女の涙も、ほほを伝って床へと落ちてゆく。

「だから……今度こそ、今度こそ……」

 自分で、何を言っているのか意味がわからなかった。

 理解していないのに、言葉が出てくる。まるで、昔から知っていたかのように。




「一緒に生きよう」




「そ、ら……」

 リサは小さく顔を振った。そこには、笑顔が浮かんでいた。全ての苦悩が浄化され、そこには喜びだけが存在する。

 彼女の笑顔には、そういった意味が込められている。

「そう……だったんだ。そっか……私は……」

 笑顔を浮かべながら、彼女はまぶたを閉じて何かを呟いている。何かを悟った彼女は、再び僕を見つめる。優しい眼差しは、僕の心を包み込む。

「そ……ら……」

 彼女の弱弱しく震える手が、僕のほほに触れた。

 ――冷たい指先。


「約束……し、て……」


 彼女の指が、僕のほほを優しくなでる。

「生き……てね。ずっと、ずっ……と……」

 生きてほしい。

 その想いが、指を伝って流れ込んでくる。

「約束する! 絶対に、生き続けてやるから……!」

「約束……だよ……」

 そう言うと、リサは指先で僕のほほを突っついた。けど、あまりにも弱弱しく、ただ触れただけのようにも感じた。そうされる度に、涙が溢れて来る。

「ねぇ……泣かな、い……で……」

 途切れそうな声で、彼女は優しく微笑む。

 泣くな?

 無理だよ――そう思いながら、僕は顔を振った。

「おねが、い……。私に、笑顔……見せ、て……あなた、の……えが、お……」

 エメラルドグリーンの瞳は優しく囁く。僕の涙をその指先に乗せ、ゆっくりとなでる。

 こんな時に、どうやって笑顔をしろってんだ? 涙ばかりが出て、自分ではコントロールできっこないのに。



「バーカ! こんな顔で、どうやって笑えってんだよ……!」



 笑えるはずがない。笑顔になれるはずがない。

 ……そう思っていたのに、なぜかはわからないけど――僕は、自然だと思えるほど笑顔になっていた。こんなに、涙を流しているのに。人生で一番、涙を流しているのに。

 それを見たリサは、天使のように微笑んだ。白く輝くためか、彼女のほほが透き通っているように見える。

「うん……で、も……いい……えが、お……だよ……」

 そして、彼女は指先を僕の唇の先端に持ってきた。

「そらぁ……私、さ……あなたに言い……たかった、ことが……ある、の……」

 ゆっくりと点滅するリサ。僕は崩れ落ちそうな彼女の手を、ぎゅっと握りしめた。消えないでくれ、消えないでくれと願いながら。

「リサ……リサ」

 彼女の名前を呼ぶ度に、彼女の瞳から涙がこぼれ出る。小さく、口を動かす。そこから出てくる言葉は、遠い日々から知っていた言霊。

 その微笑みは、あらゆるものを癒す。




 ――あの頃から、僕の中に息衝いている調。

 拭い去ることのできない、遥遠なる日々。





「……わた、し……さ……あなたの……を……――、てるよ……」






 ――ええ。あなたと一緒なら……どこへでも――






「どこ……ても……――……続け、る……か…………」





 ゆっくりと、ゆっくりと彼女のまぶたが閉じた。微笑んだまま、僕に触れていた指先はパタリと落ちていった。

「リ……サ?」

 すると、彼女の身体から光の粒子が浮かび始め、少しずつ彼女の身体が崩れていく。徐々に、削れてゆく。

「リサ!」

 名前を呼んでも、白い粒子が更に浮かぶだけ。

 彼女の白い肌が、どんどん白くなっていく。

 握り締める彼女の手の感覚が、薄れてゆく。どんどん消えていく。

「リサ、リサ!」

 何度呼びかけても、彼女の薄くなった微笑みは動かなかった。

「リサ……リサ! 逝かないでくれ!!」

 そして、握り締めた手が消えた。

 足が消えた。

 身体が消えた。

 顔が消えた。

 きれいな長い金色の髪が、粒子を巻き上げて消えた。

「リサ……逝くなよ。逝くな!!」

 リサの姿は完全に消え、白い光の粒子だけが上空に漂っていた。その粒子を掴もうと、僕は必死に両手でもがく。けれど、掌の中に収まることは無かった。決して。

 それらはフワフワと漂い、僕たちを一瞥すると、粒子はさらに上空へと昇っていった。まるで、天使が還っていくかのように。

 最後の粒子が、光となって消え去った。

 彼女の姿は、どこにも見当たらなくなった。



「リサァァァー!!」



 彼女の名前を叫んでも、何も帰って来ない。帰ってくるのは、沈黙だけだった。

 わかっているのに。

 何もかも、わかっているのに。

「う……」

 彼女の笑顔がそこには無い。いつも見た怒った顔や、笑った顔が、どこにも見当たらない。

「わああぁぁぁーー!!!」

 僕はその場に泣き崩れた。









 

 リサ……リサ……!!


 彼女の表情が、脳裏に浮かぶ。鮮明に。

 彼女の声が、耳の奥底で聴こえる。鮮明に。


 掴もうとしても、掴めない。

 何をしても、その笑顔を見ることができない。


 どうして、彼女はいないのだろうか。


 見えない。

 彼女の美しく、太陽のように明るい笑顔が。

 



「もしかしたら遠い昔、私とあんたは知り合ってて……今のように、何かを話していたのかもしれないね……。そう考えたら、人と人の出逢いがどれほど大事なものかがわかる気がする。……本当のことには、程遠いのだろうけれど……」



 そう言って、彼女は暁の門の前で微笑んでいた。金色の髪を輝かせて。





「わかる? ヒトってのは、誰しもがどこかで繋がり合ってるの。それは絶対に断ち切れるものじゃない。だって、遠い過去から紡がれていた約束だもの。誰にも、それを断ち切る権利なんて存在しない。でしょ?」



 遠い陽だまりの中で、彼女は少し照れながら言っていた。あの、銀色の髪を輝かせて。





「行こ、空」





「約束だよ」








 約束だからね










 ずっと


 ずっと……






挿絵(By みてみん)












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