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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆5部:全ての約束が紡がれし時へ
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75章:兄弟と妹 想い出の陽だまり、永遠に


 シュヴァルツとバルバロッサとの闘いは、終わった。シュヴァルツは顔を沈め、辛そうに呼吸している。バルバロッサは傷口を抑えながら、立ちつくしていた。

 これ以上、2人は動くことができないだろう。それは、誰の目から見ても明らかだった。

 リサは、静かに彼らの所へ歩み寄って行った。足取りは重く、病人のようにふらついている。僕は彼女の近くに行き、倒れそうな身体を支えた。

「このワイが……お前に、負けるとはの……」

 絶え絶えの声で、シュヴァルツは言った。呼吸が荒く、血と汗がとめどなく溢れている。

「さぁ、殺せ」

 シュヴァルツは顔を上げ、リサを見つめた。

「お前の両親を……一族を殺したワイを殺せ……」

 リサを見ると、彼女は顔を振り、小さく微笑んでいた。

「言ったでしょ? 復讐のためには生きないって」

 すると、シュヴァルツの顔に驚きが広がる。かと思いきや、彼は鼻で笑い始めた。

「まったく……とことん、甘ちゃんやわ」

 顔をそらし、彼は笑っていた。やれやれと思っているのか、大きくため息も交えて。

「ま、どちらにしても死ぬんやけどな」

 すると、シュヴァルツの身体が光り始めた。湯気が立ち上るかのように、光の粒子が彼の体から浮き上がり、上空へ舞い上がっていく。

「これは……」

「ミランダと同じ、乖離現象よ」

 乖離現象……。

 シュヴァルツの身体が……エレメンタルと分子が、ほつれてゆく。少しずつ、少しずつ。

「……あのさ、一つだけ教えてくれないか?」

 僕がそう言うと、シュヴァルツは顔を上げて僕を見つめた。

 ずっと、疑問に思っていたこと。

「どうして、リサ……リリーナを生かしたんだ?」

 その言葉を、彼は表情を変えずに聞いている。

「生かせば、将来きっと自分たちの障害となり得る存在だったはずだろ?」

 彼がラグナロクの一族を殺したのは、彼らが自分たちと同じようにサリアの末裔で、大きな力を持っていたからだろう。あるいは、その情報力から、無駄に世界に情報が漏れることを懸念したのかもしれない。

 なのに、リリーナだけを生かした意味がわからない。

「どうしてだ? 何か、考えでもあったのか?」

「…………」

 7年前、シュヴァルツとバルバロッサは幼いリサを、わざわざルテティアまで魔法で逃がした。自分の両親を、躊躇いもなく殺したはずなのに。

 シュヴァルツは顔を逸らし、小さく笑った。



「……賭けや……」



「賭け?」

 シュヴァルツは小さくうなずいた。

「リリーナはきっと、ワイらを止めようとするやろ。そして、きっといつかは互いに闘うことになるとな……」

「どちらが勝つのか、試したんや」

 バルバロッサは、シュヴァルツの傍へ歩み寄って来ていた。

「ワイらのしようとすることが……絶対的に正しいとは言えん」

 長い藍色の髪を揺らし、バルバロッサは天井を見上げる。

「せやからこそ、もう一つの……逆の方法を選び取る人間が必要やった」

「ワイら自身が、驕った時のためにな」

 シュヴァルツはそう言って、僕たちを見つめた。

 自分のすることが正しいとは言えない。それは、僕たちにも当てはめることのできるもの。


「……それにしても、強ぅなったな……リリーナ」


 シュヴァルツの声は、聞いたこともないほどの優しい声だった。今まで張りつめていた何かが、解けたような感じだった。

「7年前までは、ワイらの後を付いてくる子供だったのに……こんなにかわいらしゅうなってなぁ」

 バルバロッサはシュヴァルツの隣にしゃがみ、言った。

「叔母上に似たんやな。あの叔父上に似とったら、大変やわ」

 ハハハ、とシュヴァルツとバルバロッサは顔を合わせては笑った。この愉快な笑顔は初めて見る。今までの暗い笑顔とは、わけが違う。

「…………」

 リサは顔を俯かせ、何も言わない。すると、彼女は顔を上げて、


「お兄ちゃんたちこそ、見ない間に老けたね」


 リサの顔には、微笑みが広がっていた。そこにいるのは、リサじゃない。リリーナだ。

「ハハ、せやな」

 と、バルバロッサは苦笑する。

「おいおい、これでもまだ20代なんやで?」

「……そうだったね」

 リサは彼らに歩み寄り、二人の間にしゃがんだ。彼らをゆっくりと見回し、あの頃との違いを見つめている。

「……もう……」

 彼女の体が、小さく震え始めていた。

「昔のように肩車は……してくれないの?」

 溢れ出ようとするものを堪えているのか、声までもが震えている。

「肩車かぁ……ハハ、懐かしいのぉ。山からの帰り道、いつもしてあげとったもんな」

 当時を振り返り、シュヴァルツはあの頃と同じように笑顔を向ける。

「歩くのが疲れたって言っちゃあ、催促しとったもんな」

 バルバロッサも同じように、微笑む。

「お兄ちゃん……」

 リサは顔を手で覆い、泣き始めた。声を上げずに、健気に。

 彼女の小さな頭に、シュヴァルツは手を置いた。

「……ごめんなぁ、リリーナ」

「今まで、よぉ頑張ったの……」

 バルバロッサも、同じように彼女の頭に置く。リサは二人を見上げ、涙を拭わずに顔を振る。

「う……わぁ……!!」

 リサは二人を抱きしめた。二人もまた、彼女を抱きしめる。その光景は、彼らが7年前まで築いていた想い出の姿のようにも見えた。



 幼い少女と、兄のような双子。

 本当の兄妹のように、接していたのだろう。

 彼らの言葉は、自分の大切なもの全てを捨てたその時から、胸に秘めていたものだったのかもしれない。



 シュヴァルツは、ポンポンとリサの背中を軽く叩く。

「……さいなら」

 シュヴァルツは彼女に笑顔を向け、言った。そして、彼の身体は一瞬にして半透明となり、無数の粒子となっていった。ミランダの時のように、粒子は上空へ舞い上がり、消えてゆく。そうやって、シュヴァルツの身体は完全に消え去った。

 その消えゆく姿をリサは涙を浮かべながらも、瞬きもせず、ずっと見つめていた。彼の粒子が、完全に消えるまで。

「逝ったか……」

 残されたバルバロッサは立ち上がり、呟いた。

「これで、ワイらの全ては終わりや。……あの時に誓った決意は、この場所で消えた」

「…………」

 バルバロッサは小さく微笑み、上空を仰ぐ。

「それでも……ワイらは、それを望んだ。全ては始まりし時へ…………それこそが、ワイらの夢やったからな」

 たとえ憎まれようと、蔑まれようとも、命を捨ててでも果たしたい〈夢〉がそこにはあった。

 その時、バルバロッサの体が白く輝きだした。光の粒子が、ほつれてゆく。

 僕たちの疑問に気付いたのか、バルバロッサは僕たちに視線を戻した。

「ワイとあいつは双子。エレメンタルを共有し合っとった。……せやからこそ、常人以上の力を出せた。ワイらは二人で一人なんや」

 あの魔法を使った時、バルバロッサも力を送り込んでいたのだ。

「弟のあいつが死んだ今、ワイも乖離によって死ぬ。……半身が欠けちゃあ、残りは生きていけれんからな……」

 常に一緒で、常に同じ夢を見続けた二人。バルバロッサは、リサに微笑みを向ける。


「短い生涯やったが、後悔は……無い」


 彼はリサの頭を、優しくなでた。大きな彼の手は、彼女の頭を掴めるほどだった。

「……ワイらは、己が真実やと思ったことを貫きとおせた。どんなに、罪を背負うことになってもな……」

 彼らは、自分たちがしてきたことに誇りを持っているようだった。たとえ間違っていても。

「やだよ……お兄ちゃん……」

 彼の手をギュっと握りしめるリサ。そんな彼女を、まるで父親のような眼差しで見つめるバルバロッサ。

「……じゃあの、リリーナ。シュヴァルツが待っとる……」

 そして、バルバロッサは上空を見上げた。それと同時に、彼の身体が半透明になってゆき、光の粒子が浮かび始めた。少しずつ、少しずつ粒子となり、バルバロッサの身体が消えていく。

 最後には、跡形も無く消えていった。






挿絵(By みてみん)







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