73章:決着 黒い戦慄、白い陽光
「うるあぁぁ!!」
バルバロッサの豪拳が床に直撃し、巨大なクレーターを作り上げた。
魔闘気を得てから、奴のスピードとパワーが増大している。何とか避けるのが精一杯――に近い。
バルバロッサの回転蹴りをティルフィングでガードすると、後方へ吹き飛ばされた。
「轟け! 覇王滅波!!」
バルバロッサは連続蹴りで、いくつもの衝撃波を飛ばした。僕はそれを右へ、左へと避けた。そして、衝撃波が切れたところで手をかざし、光線を弾き出した。
「ちっ!!」
バルバロッサは上空へ飛び、それを回避した。
チャンスだ! 上空では物が無い限り、体勢を変えることはできない。僕はすぐさま詠唱を開始した。
「聖なる光と共に、汝に神の裁きを下さん。……命をもってその罰を受けよ……掛け替えのない、ほとばしる閃光と共に!」
その時、バルバロッサは空中から衝撃波を飛ばした。僕は左手に途中まで完成させた魔法を停滞させ、瞬時に右へと移動する。そして、奴の方向へ手をかざす。
「喰らえ! ジョルファーレ!!」
僕の周りから光が螺旋を描いて集結し、一瞬にして移動して奴を包み込む。光の牢獄となったそれは、徐々に光を増す。
「ちっ!!」
そして、彼を中心として大爆発が起きた。このフロアが、大きく揺らぐ。
空中に漂う粉塵の中から落ちたバルバロッサは地表へと着くと、ダメージで床に膝を着いた。僕はそこへ突撃し、剣撃を繰り出す。
「調子のんじゃねぇぞ!!」
彼を斬りつけたと思ったら、彼の姿はそこに無かった。僕の目の前に、桜吹雪が舞う。
「これ以上は時間の無駄や! やらせてもらうで!!」
「――!?」
気付いた時には遅かった。奴は僕の真後ろで体勢を低くし、構えている。
「我が聖魔の血よ、狂乱の宴を呼び起こさん!」
僕が振り向いた時、それは発動した。
「天魔蒼殺技―――地凰吼龍舞!」
バルバロッサは僕の目の前で裏拳を叩きつけるようにした。すると、それと同時に僕を叩き潰すかのように、巨大な衝撃波が上から襲いかかった。
「ぐあっ!」
その場に仰向けになるように叩きつけられた後、追い打ちをかけるかのようにバルバロッサは同じ衝撃波を繰り返す。骨が軋み、僕を中心にして大きなクレーターができてゆく。
すると、奴は宙高く跳躍し、僕に向かって下降してきた。バルバロッサの体が、黄金色に輝く。
「死ねやボケェ!!」
まずい……!!
僕は発動できる限りのソリッドプロテクトを発生させた。それと同時に、バルバロッサは加速させた体重ごと、膝を僕の腹部にぶつけた。それと同時に、あまりの衝撃で周囲の大理石が砕け、宙に舞う。
「がっ……!!!」
アバラの骨が、小さな音を立てて折れていくのがわかる。
バルバロッサは跳躍し、後ろへ下がった。あまりにも強力な攻撃だったため、僕は身動きができない。
「ちっ……」
なぜか、バルバロッサは関節辺りをさすっていた。少しだけ、顔を強張らせている。
「うっ……く、ぅ!!」
バルドルのソリッドプロテクトを貫くほどの一撃――なんて攻撃だ……!
「思ったよりも反動がでかいのぉ……まぁ、これでお前も終わりや」
汗を滲ませ、バルバロッサはほくそ笑んでいる。
「どんな強力なリジェネレイトでも回復し切れん。あきらめぇ」
「くっ……!!」
僕はプルプルと震えながら、上体を起こした。ひどい激痛が、体中を襲う。
「お前もリリーナも終わりや。お前らの夢は、無残に散る」
「なん、だと……!」
バルバロッサはニヤ付きながら、右の方向を見つめた。僕も、ゆっくりとその方向へ視線を向けた。
「リ、サ……!」
リサも壁に打ち付けられ、息絶え絶えの状態だった。そして、止めを刺そうと、シュヴァルツがゆっくりと近付いている。
「よぉ頑張ったが、ワイらには勝てん。ここで死ぬのが、お前らの運命や」
バルバロッサは汗を拭い、僕に顔を向けた。
「くそっ……!」
ちくしょう……早く、早く動けよ! 僕のリジェネレイトよ……早く身体を治してくれ!
「楽にしたる……感謝せぇよ?」
そう言って、奴は歩き始めた。
「ソラさん!!」
その時、誰かの声が聴こえた。僕はその声が聞こえた方向――出入り口の方へ目をやった。
「アンナ……!」
その後ろには、レンドとデルゲン、シェリアがいた。
「ソラ! リサ!!」
「無事か!? ……いや、無事じゃなかったな」
レンドとデルゲンの服はボロボロだが、特に目立った傷は無い。
「みんな……無事だったんだな」
僕がそう言うと、4人はうなずいた。
「ああ。思いもよらぬ助っ人が現れたんでな」
と、レンドは歯をむき出しにして微笑んだ。
「ふん、雑魚かいな」
いつの間にか、シュヴァルツはバルバロッサの隣に立っていた。
「リリーナは? ……殺したんか……」
バルバロッサがそう訊ねると、シュヴァルツは彼女の方に視線を向けた。そこには、すでにうつ伏せになっているリサがいた。
「…………」
奴らはうなずき、今度はレンドたちに顔を向ける。
「お前ら屑がいくら束になったかて、ワイらには勝てんのはわかっとるやろ?」
「……そうとは言い切れない。俺たちがお前たちに敵わなくても……」
レンドは不敵な笑みを浮かべ、
「少しくらいは、手を煩わせることはできるさ」
デルゲンも同じように微笑む。
「なんやと?」
すると、レンドは腰に付けてあったバックから2本のナイフ取り出し、2人に投げつけた。
「!!」
突然のことで、シュヴァルツとバルバロッサはそれぞれ左右へ避けた。そこを、デルゲンが槍で素早く追撃する。
「死ねや! 獣牙閃!!」
シュヴァルツの空を裂く豪拳が唸りを上げながら、デルゲンに襲い掛かる。
「うわっと!!?」
デルゲンはうまく上体を逸らし、間一髪、攻撃をかわすことができた。
「あっぶね〜っと!!」
デルゲンは槍で奴を突き刺した。しかし――
「アホちゃう?」
ソリッドプロテクトにより、槍は奴の体に突き刺さるどころか、皮膚を貫くことさえできていなかった。
「……やべ」
デルゲンは苦笑していた。まずい、デルゲンがやられる!!
その時――
「シュヴァルツ、後ろや!!」
バルバロッサが叫んだ。シュヴァルツが振り返ると、彼の後ろにはリサが攻撃の構えをしていた。
「おま――!」
「獰猛なる獅子の咆哮――破壊し尽くせ! 奥義、爪魔獅子撃波!」
黄色く光る連続蹴りが、シュヴァルツを襲う。そして、フィニッシュにショルダータックルからの巨大な衝撃波を放つ連携で、シュヴァルツをフロアの端まで吹き飛ばした。
「この……!!」
バルバロッサがリサの方へ行こうとすると、彼女は拳を引いた。
「荒れ狂う竜巻、切り刻め! 奥義、嵐龍裂襲閃!!」
「ぐおっ!!」
彼女の拳から解き放たれた竜巻は、猛スピードでバルバロッサを襲った。その隙にリサは後ろへ下がり、僕の所へ来た。
「大丈夫?」
「お……お前こそ、大丈夫なのか?」
そう訊ねると、リサは小さく笑った。だが、それは無理をしているのがはっきりとわかるほどに、彼女の体はボロボロだった。
「私から目を離した隙に、自分に治癒術をかけたんだけど……このままじゃ、やばいかもね」
そして、彼女はその場に片膝を付いてしまった。大きく呼吸している彼女には、もはや力が無い。
このままじゃ、みんなやられる。奴らが復帰する前に、どうにかしないと……!
「空さん!」
すると、空たちが駆け寄って来た。すでに、空は泣きっ面だ。
「な、泣くなよ。死んでないんだから」
「だ、だって……」
とは言っても、本当に殺される。奴らの方に視線を向けると、瓦礫の中から立ち上がっているのが見える。
「私が、お二人を治癒します」
アンナはそう言って、僕とリサの間に座った。
「でもあんた、今日は私にもやってくれたろ? それ以上やったら、身体が持たないんじゃ……」
リサは顔を上げて言った。すでにアンナの顔には疲れが浮かんでいる。素養があるとは言っても、訓練を積んでいないんだ。体に負担が大きいに決まってる。
「大丈夫です。これくらいしか、私は役に立てませんから」
「アンナ……」
ニコッと微笑み、アンナは僕たちに手を添える。
「いきます」
アンナが目を閉じると、彼女の体が淡く光り始めた。
「……天より授けられし命の灯火よ、我らが祈りを聞き届け給え。ヴ・ケル・ルフィン……生命の息吹、ここに羽ばたけ……ルーフェ」
すると、彼女の掌から白い光が飛び出し、上空に舞い上がった。雪が降るように僕とリサに降り注ぎ、今度は弧を描きながら僕たちを包み込み始めた。
温かい風だ……。
光の粒が傷口に降り立ち、癒す。痛みが、どんどん引いていく。
「大丈夫か?」
「ああ……油断したわ」
僕たちの傷が癒えるのと同時に、奴らは僕たちを見つめた。
「あの光は、『治癒』の聖魔術……」
「扱えるまでになっとったか」
「予想以上の魔力やな。先天的に弱い属性とはいえ……やはり、ワイらと同じサリアの血族――か」
「…………」
僕とリサは立ち上がり、2人を見据えた。奴らの傷は、大したことなさそうだ。
それにしても、アンナの魔法はすごい。たった少しの時間で、あれだけの傷がほぼ完璧に癒えたのだから。
「何度やっても同じや。お前らじゃ、ワイらには到底敵わん」
バルバロッサは僕たちを侮蔑するかのような目で見てくる。
「……たしかに、今のままじゃ勝てない。けどね……」
リサは顔を振り、構えた。
「こっちだって命懸けてんだ! こんな場所で、死んでたまるか!!」
「リサ……」
彼女の意思が、想いが伝わる。
彼らを止めたい。彼らが大好きだったからこそ、自分だけが生き残ったからこそ、彼らを止めたい。
それは、一途な彼女の願いだった。
「互いに、相容れんっつーことやな……」
バルバロッサは闘気を奮い立たせ、僕たちを見据える。
「せやからこそ、ワイらも引けん。……もう戻れんあの陽だまりに、ワイらの身命があるんやからな」
誇りを灯らせた、双子の双眸。そこには、男としてのプライドも滲ませていた。
その時、リサは手を宙へ掲げた。
「閻魔の審判よ、悉くを薙ぎ払わん!! ――ウルテイル!」
彼女の手から放たれた無数の閃光は、断罪の刃となって彼らの下に降り注ぐ。二人はそれぞれ、左右へ散った。僕はバルバロッサ、リサはシュヴァルツの方へ向かって行った。
バルバロッサは軽く跳躍し、体を回転させてその場で蹴りを繰り出す。
「大気、裂けろやぁ! 奥義、獅空滅刃破!!」
回転による遠心力で蹴りの威力を上げ、その衝撃波は三日月形の刃と化す。巨大な衝撃波が、一瞬にして僕の正面で弾けた。
「ぐっ!?」
僕は後ろへ勢いよく吹き飛ばされた。
「空!」
リサは思わず、僕の方へ振り向いた。
「よそ見する暇なんぞあらへんで!」
シュヴァルツは彼女から離れた場所で、奥義の構えをする。
「舞い散る命の影、黄昏を血で染め上げろ!」
一瞬にして、シュヴァルツはリサの目の前に移動した。
「天魔蒼殺技――狼龍嵐翔舞!!」
緑のオーラに包まれたシュヴァルツは、暴れるような豪拳と蹴りを何度も繰り出した。一発一発の威力が高く、防御しているリサの身体から血が吹き出る。
「逆鱗に触れよ、大地の怒り! 奥義、地龍吼爆陣!!」
壁に叩きつけられた僕の前で、彼は奥義を繰り出した。体を右へ移動させて避けると、彼の闘気を纏った豪拳が壁にめり込み、振動と共に壁が砕け散り、瓦礫らが僕に向かって飛んでくる。
「はあぁ!!」
石つぶてらに当たり、吹き飛ばされる中、僕はティルフィングを振り抜いて衝撃波を奴に飛ばした。
「ぬっ!!」
まだ背を向けていた奴に、衝撃波は見事ヒットした。しかし、バルバロッサは体勢を崩さずに跳躍し、空中から衝撃波を飛ばす。僕はそれを左右へ避けながら、リサの方に目をやる。
「死ねぇ!!」
その時、シュヴァルツのフィニッシュの正拳突きが放たれた。それは、『嵐龍裂襲閃』と同じように、竜巻を伴っているものだった。リサはその竜巻に巻き込まれ、吹き飛んだ。
「リサァ!!」
殺戮の風に切り刻まれた彼女は、バラバラに――?
違う。そこにあるのは、桜吹雪だ。
「!!?」
「引っかかったな、桜闇さ!」
リサはシュヴァルツの背後を取り、攻撃態勢に入っていた。
「やられるかぁ!」
シュヴァルツは裏拳を繰り出した。だが、またもやリサの身体は塵となって消えた。
「な……っ!?」
「崇高なる太陽の輝き、魔なる意志を屠らん!」
彼女の背後にある、紫のオーラが大きく揺れる。それは彼女を包み込み、内なる力を解放しようとしていた。
「お前にできるはずは――!」
「雲昇!! 天聖蒼刹技――――煌凰閃!!!」
オーラに包まれたリサは、刹那の内に連続正拳突きを与えた。その一発一発がシュヴァルツに当たるのと同時に、その場所で小さな爆発が起こる。
「とどめだ!!」
リサは宙に舞い、掲げた掌に青い光を集結させた。彼女がそれを握り締めると、指の隙間から光が木漏れ日のように溢れる。そして、リサはそれを奴に叩きつけた。
「ぐああぁぁぁ!!」
巨大な爆音とともに、シュヴァルツは光に叩き潰された。まるで、そこで爆発が起きたみたいだった。
「シュヴァルツ!!」
その時、バルバロッサに隙が生まれた。僕は瞬時に、斜め下から剣を振り上げた。バルバロッサはバックステップでかわしたつもりだったが、衝撃波によって深々とした傷が巨躯に刻まれる。
「ぬぅ!!」
「――インフィニティ!!」
僕はすかさず光線を飛ばした。光線はバルバロッサに当たり、奥の壁まで吹き飛ばした。バルバロッサは壁に叩きつけられ、倒れた。
「ぐっ……小僧!!」
奴は僕を睨みつけてきた。だが、まだ動いてこない。足にきている。
――空――
なんだ? この感じ……
爽やかな風が吹く。少女の呼び声が、僕の中で響き合う。
バルドルの力が、そこかしこから溢れ出て来る。
この声は……リサ?
「ほとばしる闘気、我が破壊の衝撃と化せ! 奥義、閃牙顎翔波!!」
バルバロッサは走りながら豪拳で巨大な衝撃波を飛ばした。避けなければならないのに、どうしてか動く気がしなかった。
すると、衝撃波は僕に当たる前に、壁に当たったかのように塵となって弾けた。
「なっ!?」
僕はティルフィングを引き、思いっきり振り抜いた。すると、巨大な斬撃の衝撃波が高速でバルバロッサに直撃した。何度も剣を振り抜き、僕は奴を切り刻んだ。
「ぬあああぁぁ!!!」
バルバロッサは為す術なく、切り刻まれながらその場に立ち尽くす。
「終わりだ!!」
そして、最後の一撃を放った。最後の衝撃波は最も大きく、バルバロッサを斬り付けた。一瞬の発光と共に、バルバロッサの身体から血が噴出した。
「ば、馬鹿な……」
そして、その場に膝を付けながら倒れた。
「や……ったのか?」
攻撃をし終えた途端、身体の節々から痛みを感じた。関節痛にでもなったかのようだ。これ以上、激しく動くことはできないっぽい。
「空」
後ろに振り向くと、汗を浮かばせて大きく呼吸しているリサの姿があった。
――呼んだのは、彼女だったのか。
何かを悟る前に、リサはニコッと微笑む。
「やったね」
「……ああ!」
僕とリサは、手と手を叩き合った。そして、打ちひしがれたシュヴァルツとバルバロッサに目をやり、リサは呟く。
「これで、もうあいつらは終わりだね……」
哀愁を交え、彼女はゆっくりとその場に座った。
「やったな、ソラ」
ボロボロの僕の肩に、レンドの大きな手が置かれた。そこには、いつになく微笑んでいる彼の顔がある。
「空さん!」
「いてっ!!」
僕に抱きついてきたのは、他ならぬ空だった。
「よかった……ホントに……!」
小さく泣き始める彼女の背中を、僕は優しくさすった。とりあえずは、奴らを退けることができたんだ。少しくらい、喜んでもいいよな……。
「そう言えば、あんたたちがセレスティアル・ガーディアンを倒したの?」
リサはあぐらをかき、デルゲンに訊ねた。
「いや、助っ人さ。漆黒の剣士が来てくれたんだ」
仮面男――またも、僕たちを救ってくれた。
「宮殿に向かってたから、ここらに来てると思ったんだが……」
「来てないみたいですね」
と、アンナは辺りを見渡す。闘っている最中、仮面男が来たような気配はなかったし……。
「ともかくさ、よかったじゃん。勝てて」
シェリアはそう言って微笑んだ。
「そうだな……よし、これから――」
その時、このフロアに怒号が響き渡った。