72章:魔狼と少女 崩れゆく想い出に
「闘気よ、我が焔の礎となれ! 奥義、爆王竜炎掌!!」
リサは両掌をシュヴァルツの懐に当て瞬時に回転、闘気を爆発させた。局地的な真っ赤な爆炎がシュヴァルツを襲う。
「ぬっ!」
シュヴァルツは衝撃で、そのまま後ろへ吹き飛んだ。体勢を整え、回転しながら着地する。懐の部分のタイツが摩擦熱で焼け、生身の腹筋をさらしていた。
「やるやないけ」
シュヴァルツはその焼け爛れた部分に触れながら、笑った。
「せやけど、この程度じゃあ効かんでぇ!!」
10メートルも離れた場所から、瞬時にしてリサの目の前に移動したシュヴァルツは、豪拳を繰り出す。
リサはそれを右に移動して避け、ハイキックを繰り出す。しかし、シュヴァルツはそれは跳躍して避ける。
「奥義、魔翔爆霊波!!」
至近距離で彼は黒い衝撃波をいくつも繰り出し、リサにぶつける。
「やられっか! 魔翔爆霊弾!!」
瞬時に同じ奥義を繰り出したリサ。互いの衝撃波がぶつかりあい、共に相殺される。その時の衝撃で、シュヴァルツはさらに宙高く浮かぶ。リサはそこで、印を結ぶ。
「血を飲め、鋭き陰りの刃よ――ゲーヴレイグ!!」
無数の風の刃が、シュヴァルツ目掛けて突進する。シュヴァルツはそれに対し、手を広げて障壁を展開した。
「見せたるわ、本物の聖魔術をな!!」
彼は空中から下降していく中、印を結ぶ。そして――
「閻魔の審判、悉くを薙ぎ払え! ――ウルテイル!!」
シュヴァルツの掌が白く光り、無数の閃光となって上空へ飛んでいった。そして、そこから雨のように、リサの所へ降り注ぐ。
(ちっ……早い!!)
リサはそれらを左右に素早く移動しながら避ける。その中で、詠唱を始めた。
「焔、我らが叫びに震え、緑風の大地を蹂躙せん!!」
その魔法を発動しようとした時、シュヴァルツはとてつもないスピードで、リサとの間合いを詰めた。
「!!」
「我が拳よ、破壊の牙と化せ! 奥義、絞狼絶襲牙!!」
シュヴァルツの両拳が共に血のように赤く光り、フック→アッパーカットの瞬速攻撃を繰り出した。
「ぐあっ!!」
リサの身体を、シュヴァルツの拳が突き抜ける。それと同時に、赤い血が……
「雑魚が……この程――」
すると、突き抜けたはずのリサの身体が塵となり、消えた。
「!? これは……」
「あんたも見えたかい? 桜闇をさ!」
塵となったかと思えば、それは桜の花びらのようになっていた。ピンク色の花びらが、シュヴァルツの左腕に纏わり付く。
いつの間にか、リサはシュヴァルツの背後に回っていた。
「反目の調、崩さん! 連旋、昇脚!」
リサは体勢を低くして水平蹴りを繰り出し、更に強烈なサマーソルトキックでシュヴァルツを攻撃、上空へ打ち上げた。
「大気よ裂け! 我が獅子の憤怒とならん!! 奥義、獅空滅刃破!!」
リサは勢いをつけて体を回転させ、その蹴りで斬撃によって生じる巨大な衝撃波を発生させた。
衝撃波は一瞬にしてシュヴァルツに当たり、彼の身体に爪痕を残した。
「まだまだ! 閃波・剛爆!!」
リサの正拳突きで、巨大な衝撃波を繰り出し、それでシュヴァルツを攻撃した。
「ぬぁっ!!」
シュヴァルツの身体はさらに上空へ舞い上がった。それでもリサは、攻撃の手を止めようとしなかった。気を集中させ、拳に力をためる。
「大地を駆ける、魔狼の咆哮……奥義、魔翔爆霊波!!」
連続して黒い円形の衝撃波を、シュヴァルツ目掛けて飛ばした。そのすべてがシュヴァルツに命中し、黒い爆発を引き起こし、真っ黒な煙を漂わせた。
(どうだ……?)
リサは大きく息を吐きながら、呼吸を整えていた。
連続的に奥義級の技を行使したため、体内の魔力が消耗してしまい、その影響で長距離を走ったような感覚に襲われた。
「なかなかやな」
シュヴァルツは、浮遊魔法で上空に浮かんでいた。彼の口からは赤い血が滴れ、タイツはボロボロになって、上半身のほとんどが生身になっていた。そのはだけた部分でも同じように、裂傷やあざが目立つ。それでも、彼は平気そうだった。ほんのりと、笑顔を浮かべている。
「ククク……以前のお前とは、また一味も二味もちゃうっつーことか」
首を右へ、左へと曲げ、不敵な笑みでリサを見つめる。
(あれだけの技を受けて、まだ平気だって言うの……?)
「さて、こっからは本気でいかせてもらうで」
シュヴァルツは大きく息を吸って腕を掲げ、一気に振り下ろした。その瞬間、彼の周りから紫色のオーラが出現した。シュヴァルツの長い髪を結っていた紐は解け、女性のように髪を揺らしている。
「魔闘気を使えるのは、お前だけやないんやで?」
「……!」
予想の範囲内――とはいえ、あまりにも威圧感がすごい。こんなんで、はたして奴に勝てるんだろうか?
リサはぞくりと、背筋に寒気が走るのを感じた。それを恐怖だと認めることは、絶対にできなかった。認めれば、今構えているこの腕が震えだし、闘うことができなくなると確信していたからだ。
「ボケッとすんなよ?」
すると、シュヴァルツは一瞬にしてリサとの間合いを詰めた。シュヴァルツが床へ着地した時の衝撃が大きく、床に亀裂が走った。
リサは回し蹴りを繰り出すが、シュヴァルツはそれを軽く手で払いのけ、奥義を繰り出す。
「宙に舞え、鮮麗なる不死鳥と共に! 奥義、華竜鳳凰閃!!」
華麗な連続蹴りが、リサに直撃する。彼女は蹴りは喰らうものの、なんとか防御体制に入り、奥義中の連続パンチ、フィニッシュのアッパーカットを防ぐことに成功したが、最後の攻撃で防御が弾かれてしまった。
「しまっ――」
「久遠の歪み、深淵へ堕ちろ! 奥義、殺衝狼連閃!!」
シュヴァルツの右拳が闇色に染まり、目にも止まらぬ連続パンチを繰り出した。そのすべてがリサの腹部にクリーンヒットする。
「が……はっ!!」
「とどめや! うるあぁぁあ!!」
最後の強烈なパンチが、リサに炸裂する。彼女は大きく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「く、がっ……!」
彼女の口から、大量の血液が飛び出てきた。
(くっ……アバラが、ほとんど折れた……! リジェネレイトで、なんとか致命傷を治さないと!)
体を動かそうとするが、ほとんど動かない。リサは何とか頭だけを起こすことができる程度だった。
「もう立てんのか? 情けないのぉ」
シュヴァルツは笑いながら、リサの方へ向かってくる。
――まずい。魔闘気を得た奴の力が、これほどだなんて……。
リサは再び、大量の血を吐いた。白い大理石の床が、紅く染まっていく。自分の体の力が、どんどん抜けて行くのがわかる。
どうすればいい?
このままでは、死ぬ。
なんとかなる――なんて、甘い考えだった。接近戦では、奴には絶対に勝てない。だからと言って、詠唱時間のかかる魔法主体での戦いをしても、逆に反撃されるのがオチだ。
なら……どうすれば?
リサはあきらめかけた自分の思考を振り払うかのように、顔を振った。そして、自分に言い聞かせる。
絶対に勝たなきゃならない。空を……あいつを『約束の刻』に間に合わせるためにも!
自分の体に鞭を打ち、膝を震わしながら彼女は立ち上がった。その双眸には、まだ命の煌めきが揺らめいている。
「いいかげん知れ。ワイとお前じゃ、元々の体格に差がある。んなの、いくら努力したって補えん」
まだ自分に抗おうとするリサに対し、シュヴァルツは小さくため息を混じらせながら言った。
「……そんなの、最初っからわかりきってるよ」
自分を嘲笑うかのように、リサは微笑を浮かべる。そして、鋭い眼光でシュヴァルツを見据えた。
「それでも、私は負けられないんだ!」
口から血を流し、唇をかみしめるリサ。そんな彼女を、シュヴァルツは怪訝そうな目で見つめる。
「理解できひんな」
シュヴァルツは顔を振り、彼女から数メートル離れた場所で立ち止まった。
「お前は……気の弱い女の子やった」
彼の口調から、先程まで漂っていた威圧感が消えて行った。そこにあるのは、懐かしさ――あるいは、愛情か。
「憎しみ、復讐……お前を支えとったんは、それだけだったはず」
カナンの聖塔で6年、いや7年ぶりに再会した時、彼女の中には憎しみだけしかなかった。復讐を遂げるために、そこで彼らを睨みつけていたのだから。
「たかがそんなくだらんもので、己の命を賭けられん。世界にはそれだけで命を捨てられる奴もおるが……お前は、んなのできん。負の感情だけで、闘うことはできん奴や」
「るっさい! 私を……分析するな!!」
立っているのがやっとの彼女は、怒りを込めて叫んだ。あくまで「リサ」を演じ続ける彼女に対し、シュヴァルツはあきらめにも似たため息を漏らした。
「なるほど、そーいうことかい」
彼は激しい闘いを繰り広げている、自分の兄を見つめた。
「……そんなに、あの小僧が好きか?」
シュヴァルツはリサと同じ、エメラルドグリーンの瞳で彼女を見つめた。思いもよらぬ言葉が発せられたため、リサは瞬きをするのを忘れてしまった。
「お前が始祖の『生まれ変わり』なら……まぁ、納得できんこともないがな」
「…………」
――ジェ・レル・ヴェスナ・セスタ――
もしもそうならば、リリーナが「あれ」を使えたことも理解できる。逆に、そうでなければおかしい。あれは、シリウスが暴走するのを食い止めるために、始祖が創造した魔法なのだから。
シュヴァルツが自分で納得した時、リサが小さく笑う声が聞こえた。
「そんなんじゃないよ」
彼は視線を彼女に戻すと、壁に寄りかかっているリサの姿があった。息絶え絶えとは、このこと。
「私には、そんなの必要ない。絶対にね……」
クククと、再び自分を嘲笑う彼女。それに対し、シュヴァルツは表情を変えず見つめている。
「たとえ憎まれようと、愛されようと……愛そうと、私は私のままでいる。ただそこに、存在意義がある」
自分の胸に手を当て、何かを確認するかのようにリサは言葉を放つ。
「約束の刻……私は、そこにあいつを立たせるために闘ってんのさ」
「――お前、あれのことを知っとるんか?」
シュヴァルツがそう言うと、リサは彼に視線を向ける。
「……ふん。せやけど、『星の遺産』が何なのかは知らへんのやろ?」
「…………」
ラグナロクに伝わりし、星の遺産の伝承。
それは、星の心。星の命。星の愛憎……
――そう、彼女は幼い頃に教えられた。大好きだった、シュヴァルツとバルバロッサに。
「『星の遺産』が崩れようと、目覚めようと……私には関係ない。ただ……」
彼女は震えながら、壁に寄りかかっていた自分の体を動かした。
「これは、私の贖罪だよ」
あの美しい瞳を潤ませ、彼女は従兄を見つめる。
「だから……あんたたちには関係ない」




