71章:光の決意 破滅の空を穿つ時
不思議な宮殿だ。外からは内部がまったく見えなかったのに、大きな窓のようなところから外が見える。青い空が広がり、雲が流れている。
扉を潜り抜けた先に広がっていたのは、ドーム式で真っ白な大理石の広間だった。
「……来たか。これで、邪魔者はおらへんな」
シュヴァルツは僕たちを見据えるなり、ほくそ笑んだ。
奴らはこのフロアの中心に立っている。そっくりな二人の姿が、そこにはっきりと。
「……樹はどこだ?」
彼らから10メートルほど離れた場所まで来ると、僕たちは立ち止まった。バルバロッサは細い目で、訊ねた僕に視線を合わせる。
「あいつはすでに〈上〉や。ロキの復活に取り組んどる」
そう言って、奴は天井を指差した。
「なら、どけ。お前たちにかまってる暇なんかないんだ」
僕は彼らを睨みつけながら、歩きだした。すると、シュヴァルツは片手を前に出して顔を振る。
「待てや。こっから先は進ませへんで」
「ここを通りたきゃ、ワイらを倒すしかない。……な?」
2人は微笑みながらも、燃えるような闘志をたぎらせている。
「ええ場所やと思わんか? ワイらが闘うに、相応しい場所やんけ」
シュヴァルツは腰に手を当て、笑顔で言った。
「遥か至上の天帝が創り出した、古の帝国――ティルナノグ。元々は、当時信仰されとった宗教の中にある、英雄らの楽園らしいで」
辺りを見渡し、バルバロッサは微笑みながらそう言った。
その時、僕の隣にいたリサが一歩前に進んだ。
「シュヴァルツ、バルバロッサ。……私は、一族の仇を討つために……あんたたちを殺すために、ここまで来た」
彼女は握りしめている拳を、小さく震わしていた。そして、彼女は顔を振る。それを振り払うかのように。
「でも、それは過去の私。ここに来たのは、あんたたちを止めるため。この世界を、殺させないため」
リサは僕の方に振り向き、うなずいた。僕も同じようにうなずくと、再び彼女は奴らを見据えた。
「私は復讐のためだけに生きて来たんじゃない。私は私のために……全ての子供たちに未来を見させるために、生きてきたんだ」
誇らしげに彼女が発する言葉は、迷いが一切無いもののように感じた。決心して、ここまで来た……それだけなのだから。
「だからこそ、あんたたちに問うよ。どうして、この世界を殺すのか」
自分の胸に手を当てて、彼女は言った。奴らはさっきまでの笑みを消し、リサを見つめている。
「……『星の滅亡』という未来を回避するため――以前言ったやろ?」
バルバロッサは首をかしげ、言った。
「そうじゃない。どうして、そうしようとしたの? どうして、滅ぼすという手段を選んだの? ……私は、それを聴きたいの」
他にも方法があるはずなのに、彼らは世界を殺すことを決めた。その理由など、従妹である彼女でさえ理解できなかったこと。
「リリーナ、お前にはゆったことは無かったが……ワイらは、特殊な能力を持って生まれたんや」
シュヴァルツは頭をかきながら言った。
「特殊な能力?」
「『未来予知』の能力や。『先読み』とでも言えるんかな」
「それは……『未来を見通す力』、ということか?」
そう言うと、バルバロッサは小さくうなずく。
「ワイらは、生まれつきその能力を持っとった。そのことは、誰にもゆって無かった。始めはワイらも疑っとったからな」
「中途半端な能力や。ここ最近は、まったく出てこん。……せやけど、7年前……ワイらは見てしもうたんや」
バルバロッサは顔を上げ、天井を見つめた。
「煌めく残照……その中で、全てが崩壊しとった。空も、大地も、海も……ヒトも」
「世界は終わりを告げ、あらゆる生命体は塵になる。おびただしいほどの粉塵が舞い、太陽の光は遮られ……星は死んだ」
シュヴァルツは腕を組み、目を閉じた。
「阿鼻叫喚の言葉が入り乱れる中、ある言葉が流れ込んできたんや」
――数千年後、星は死ぬよ――
――君たち、ヒトによって――
「…………」
シュヴァルツはまぶたを開け、リサと同じエメラルドグリーンの双眸で僕たちを見据えた。
「ワイらはな、いずれ一族の長になる。せやから、ガキん頃から『星』について学んできとった。星はワイらの力の源、ワイらの心の在り処――やとな」
ラグナロク一族の中で、そういったものが伝わっていたのだろうか。
「せやけど、ヒトが星を殺す。己らの母を、その手でな」
彼は握りしめた拳を突き出し、言った。
「ならどうする? 結果を知っとるからこそ、ワイらでできることがある。それを模索していく中で、ワイらはロキの秘密を知った」
バルバロッサは当時を振り返りながら言った。
ラグナロク一族に伝わりし歴史……それが一体何なのか、彼らは古書などから研究したのだという。
「ワイらは……ラグナロク一族は、ソフィア教典の『聖女』……サリア=ヴェルエス=カルドムンドの末裔――やと知った」
「!!?」
聖女サリア――
アイオーン1世に聖杯を渡し、妻となったといわれる人物。彼女は実在した人物で、アイオーンとユリウスの従妹であり、ヴェルエス皇室だった。
以前、ヴァルハラのアラファドさんは言っていた。「アイオーンは二人の人間に、聖杯と聖書を渡した」……と。
「聖杯グラールがなんのために存在しとんのか知ったワイらは、かつて……世界を分岐した事実も知った」
「『奴』が目指した方法じゃ、星は救えん。なら、殺せばいい。星以外、全てを消し去れば……」
バルバロッサは小さく顔を振り、言った。
「……それが、お前たちの本音か」
二人はうなずく。
「だからって、どうして関係の無い人を殺す必要があるんだ?」
大量殺戮の果てにあるのは、無。意味が無いのは明らかだ。
「……何かを助けるには、それと同じ犠牲が必要。前にもゆうたやんけ。何度も言わせんなや」
バルバロッサは睨みつけるかのように、僕を見る。
「好きで人を殺すんやない。それ相応の覚悟を持って、ワイらは人殺しをする。結果、星が救えるんならなんと言われようとかまわへん」
そう言ったシュヴァルツに、僕は思わずキッと睨んだ。
「じゃあ、帝都でアンナに向けて暗黒魔法を放ったのはどうなんだ!? アンナは殺す必要なんて無いはずじゃないのか!?」
約束を破り、アンナを殺そうとして……結果、ヴァルバが死んでしまった。その時のことを思うと、体が震えてくる。
「……んなの、ただの『餌』や」
バルバロッサは小さく微笑み、言い始めた。
「ゼテギネア皇室ペンドラゴン家……あそこもまた、ワイらと同じティルナノグ皇室なんや。知らんかったろ?」
「えっ……!?」
僕とリサは驚きを隠せなかった。それを見て、奴は微笑みながら続ける。
「ソフィア教典の『主天使』――アムナリア=セントジネス=ペンドラゴン・ヴェルエス。そいつこそ、聖書を受け継いだアイオーンらの叔母や」
僕はその時、帝都アヴァロンでのことを思い出した。あの時、重臣の誰かが言っていたような気がする。『主天使アムナリア』とかって……。
「傍系ながら、ワイらグランディア家に劣るが、ペンドラゴン家も不思議な能力を持っとった。その一人が、ベオウルフなんや」
ヴァルバは生まれつき、『属性を判別する能力』を持っていたという。だからこそ、リサや空の先天属性を知っていたんだ。
「それだけであいつを殺したの!?」
リサが叫ぶかのように言うと、シュヴァルツは顔を振る。
「なわけないやろ。……ある奴に頼まれてん。『ベオウルフを殺せ』……とな」
「あるやつ? それは誰だ!」
「それは言えん。ワイらも、あいつのことはよぉわからへんからな。あんまし顔合わせたことないしの」
「ただ、『そいつにとって知られてほしくないこと』でもあったんちゃう? そうでもなきゃ、ベオウルフ如き放っといたやろ」
「…………」
ヴァルバはそんなことで殺された。あいつのアンナを守ろうとする行動を利用して……。
「教えといたる。そいつの名は『リオン』……ロンバルディアとアルカディアの制圧総司令官や」
バルバロッサは首をかしげながらそう言った。
リオン……そいつは、ここにはいないってことか。彼らの言葉から察するに、そのリオンという奴も幹部なのだろう。
今、そいつはゼナン皇帝やアルベルト王子たちと戦っている……。
「ま、んなことはどーでもええんや。それより……」
2人は、不敵な笑みを浮かべて僕たちを見つめた。
「小僧、リリーナ」
シュヴァルツの言葉と同時に、僕は彼らを見つめた。
「お前らはこれ以上、上には行けん。弟の樹と対峙することはあり得ん」
「……お前らは、ここで死ぬ。この……蒼空の上でな!」
奴らは一気に闘気を解放した。殺戮の意思が、そこかしこに広がる。
その時――
「空さん、リサさん」
後ろにいた空が、僕の服の袖を掴んでいた。
「……勝ってください。そして、信じてます」
悲痛な面持ちの彼女は、無理に微笑んでいた。その健気な彼女の姿に対し、僕たちは微笑み返すしかなかった。
「ああ。任せとけ」
「絶対に勝ってやるからさ!」
空はうなずき、後ろへ走って行った。彼女が十分離れたところで、僕は心の中で「それ」を喚んだ。
――ティルフィング――
空間に具現化された、青い刀身を持つ神剣……それを握りしめ、僕は構えた。
「さて、お前らがこの数ヶ月でどこまでつよぉなったか……見せてもらおうか」
バルバロッサは、ゆっくりと足を進ませてきた。
「アヴァロンじゃあ死にかけたしのぉ……リリーナ」
「…………」
シュヴァルツも、ゆっくり歩き始めた。
「――我に眠る、聖魔の血よ……具現せよ! 魔闘気!!」
禍々しい光と共に、リサの長い金髪の髪の毛が舞い上がった。それと同時に、バルバロッサが屈み、床に掌を広げて押しつけた。
「破滅の旋律、我が膝下に在りし言霊を喰らえ……汝、時の底へ堕ちるがいい……砕け散る命の焔――」
黄色い光が、彼を包み込む。
「カタストロフィ!!」
禁忌聖魔術が唱えられ、僕たちの足元に黄金の魔方陣が映し出された。それは一瞬にして煌めき、土砂と崩壊の宴を呼び起こす。
「空、上だ!!」
リサの言葉と共に、僕たちは魔法の領域内から逃れるために上空へ大きく跳躍した。
「血を飲め、鋭き陰りの刃――ゲーヴレイグ!!」
今度はシュヴァルツが聖魔術を発動した。僕たちに無数の刃が猛スピードでやって来る。
僕はティルフィングを掲げ、巨大なマジックシールドを展開した。その刃の魔法を防いだ時、シュヴァルツとバルバロッサもこちらへ向かってジャンプしていた。
「……シュヴァルツは任せな」
「ああ」
リサは印を結び、緑の光を纏う。
「我が命の糧となれ……緑風の翼、我と共に! ララヴェン!」
ミランダと闘った時に使った、浮遊魔法。そのまま、シュヴァルツの方へ直進する。
「鋭く貫け、瞬速の閃光! ――閃波・瞬光!!」
リサは一瞬のうちに弾丸のように小さい、いくつもの衝撃波を飛ばした。それを、シュヴァルツは手を前に出して広げた。弾丸の衝撃波は彼の手元で弾けながら消え去った。
「喰らえや!! 獣牙閃!!」
空中で、シュヴァルツは空を裂く豪拳を繰り出した。リサはそれをさらに上空へ回転して避け、シュヴァルツに蹴りを繰り出す。
「小僧!! お前の相手はワイや!!」
数メートル離れているバルバロッサの体に、赤い闘気が広がる。
「轟け、竜の咆哮――爆砕! 竜撃砲!!」
バルバロッサは空中で回転しながら強力な蹴りを繰り出した。それを剣でガードしたが、強烈な衝撃波も噴出されたらしく、僕は後ろへ吹き飛んだ。
体勢を整えながら、僕は床へ着地した。それと同時に、バルバロッサも数メートル離れた場所に降り立った。
僕はすぐさまそこへ突撃し、斬撃を繰り出した。
「ぬ……っ!」
バルバロッサは後ろへ下がりながら、何とか避けていた。
速く、速く! バルバロッサに攻撃の体勢を作る隙を与えるな!
バルバロッサはミドルキックを繰り出し、僕はそれを左腕で防ぐと、右手のティルフィングを奴に突き刺すように攻撃した。奴はそれを、後ろへ大きくバックステップをして避ける。
今だ――!
「喰らえ!!」
距離が大きく開いた瞬間、僕は左手から光線を弾き出した。
「ちょこざいな! クリスタルシェル!!」
光線はバルバロッサの身体の周りに出現した、水晶のような障壁に直撃する。粉塵を巻き上げ、彼の周りがよく見えなくなった。
すると、バルバロッサは粉塵から抜け出し、僕のところへ猛スピードで移動した。
「ぶっ飛びな! 天撃衝!!」
バルバロッサの右拳が赤く光り、その拳でアッパーカットを繰り出した。うまく防御できたのだが、僕は衝撃で宙高く舞い上がった。
「なっ!!?」
あれほど踏ん張っていたのに、こんなに吹き飛ばされるなんて……!
「うるぁぁあ!! 猛襲連脚!!」
すでに、僕の近くにバルバロッサが来ていた。奴は回転蹴りをして、最後に蹴り下ろしをした。僕はそれをまともに受け、斜め下へ急降下し、床へ叩きつけられた。ソリッドプロテクトのおかげであまりダメージは無かった。すぐに体勢を立て直し、前を見据えた。まだ、奴は上空にいる。
「うらぁ!!」
僕の意思に反応したかのように、ティルフィングの鍔が青く煌めく。振り抜かれた時、強力な斬撃による三日月のような巨大な衝撃波が、一瞬にしてバルバロッサを襲う。
「ぐっ……!!」
バルバロッサは腕を十字にクロスさせて防御したが、衝撃波によってさらに上空へ吹き飛ばされた。
彼は何とか着地することができたが、片膝を付いて、唇の端から血を流していた。両腕にも、腰にも、服が裂けて血が流れている場所があった。
「カカ……さすがは、〈真の調停者〉とでもゆうとこうか?」
バルバロッサは笑みを浮かべ、立ち上がった。
「これなら、ワイを楽しませてくれそうやんけ」
彼は右の拳を掲げた。その甲には、グランディア家の証であろう「紅い魔方陣」が刻まれている。
「……んじゃ、本気を出させてもらおうか……!」
その時、彼を包み込む紫色のオーラが出現した。それと同時に、彼の藍色の髪さえも紫色に変貌したのではと錯覚する。
「それは……魔闘気!?」
「使えるのはリサだけやと思ったら、大間違いや」
微笑みながら、彼は僕を睨みつける。
「ククク……聖女サリアの力、たっぷりと味あわせたるわぁ!!!」
「……来い!」
聖女サリアの末裔だろうがなんだろうが、お前たちには負けない。いなくなったヴァルバや、みんな……そして、ガイアで待ってる海たちのためにも!
「うるあぁぁ!!」
「はあぁぁ!!」
バルバロッサの黄金色の拳が煌めき、ティルフィングとぶつかり合う――