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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆5部:全ての約束が紡がれし時へ
81/149

70章:忘却の空中都市 アトモスフィア



『まもなく到着します』



 コックピットの機械から声が発せられた。その声は、この飛行機の中全体に行き届いている。この飛行艇のスピードから考えると、あと数十秒だろう。

 みんなコックピットへ集まっていた。しばらく前方の風景を見ていると、上から何かが見えてきた。群青色をした、巨大な半球体。この距離からだと、半球体の全面に広がる、パズルを組み合わせた時のような境目の線が見える。そして、上の部分には都市が広がっている。光り輝く、水晶のようにキラキラしている。あれではまるで、水晶の都市だ。

 半球体から延びている、たくさんの管のようなもの。それは、一つ一つの小さな半球体へ繋がっている。その半球体の上にも、都市が広がっている。だがあれらは、1番大きい半球体にあるような水晶の都市ではなく、ほんのりと群青色をした建物ばかりだ。素材が違うのかもしれない。

 そうやって眺めていると、飛行艇のスピードが、だんだんゆっくりとなった。そして、ある半球体の端に到着した。ガコンと、機体が何かとセッティングされたような音がした。

 乗客席のところから、いつの間にか扉が開いていた。真っ白な大理石の床が、扉の外に広がっている。

 外へ出ると、涼しげな風が僕たちを包んだ。



「……わぁ……」

「ここが……アトモスフィア……」



 大きく広がる平面に建てられた、数々の建造物。見たこともないような形をした建物ばかりだ。ビルの縮小版のような長方形の建物や、ピラミッドみたいな三角すいの建物など、いろいろだ。たぶん住宅なのだろうが、一般人が住むには立派な造りをしている。すべすべの壁。太陽の光が当たって、光を反射している。とはいえ、さすがに二千年も経っているためか、少し腐食しているようにも見える。

 真っ白な大理石の床が広がっているのかと思いきや、都市の方には芝生が生い茂っていた。それも、きれいに整備されている。区画ごとに分けられているようで、道路となっている白いところには一切生えていない。

「滅ぼされた、とは思えないほどきれいだな」

 都市の中程、デルゲンがつと漏らした。

「ユリウスに滅茶苦茶にされたかと思ってたけど……そういうわけでもないみたいね」

「…………」

 人がいないのが、不思議だった。大都カナンのみたいだ。機能しているように見え、人が住んでいるようにも見えるが、実際に来てみれば、人の気配がまったくしない。何もない草原のように、静寂なのだ。聴こえるのは、吹き抜ける風の通り過ぎた後の名残。遥か上空にあるためか、風は少し強く感じる。

 ふと気が付いた。地面に、雲が這いずり回っているのだ。運動会で使う大玉くらいの大きさの雲が、手の届く高さを流れたり、足元を流れたり、中には僕たちの顔に直撃するものもある。地上ではあり得ない光景だ。

「……暁の誓約が崩れる時、人は天より母なる大地に還る。天空の楽園を捨てし神々の幼子、終わり無き旅路の果てに、蒼空への鎮魂歌を捧げる……」

 シェリアはぶつぶつと、立ち止まって何かを呟いている。

「シェリア、それは?」

 アンナが訊ねた。

「伝承の一部にある言葉だよ。小さい頃から、僕たちはその伝承を両親や、親類から教えられるんだ。忘れてはならない、一つの歴史だから……って」

「……天空の楽園、か」

 僕は辺りを見渡した。

 きれいに整備された道。シンプルでありながらも、壮麗さをほこる建物。一つ一つの建物の周りに生い茂る、緑の芝生。建物の隙間を縫って、駆け巡る優しい風。上空に広がる、果てしなき青空。その中心に、命の光をもたらす太陽が1つ。

 たしかに、天空の楽園だ。

 人は、こういう場所に〈神〉が住んでいると思っているのかもしれない。だから、ここへ移り住んだ人たちは、自分たちが〈絶対者〉であると勘違いし、何かを傷つけ、当たり前の心を失ってゆくのかもしれない。

 だって、ここは〈楽園〉なんかじゃない。ここは、人の〈驕り〉そのものだ。己の力を過信した、愚かな生命の、1つの戒め。

「浮遊大陸というより……浮遊都市だな、どちらかと言うと」

 と、レンドは呟いた。

「そうね……どれも、見るからに人工的なものばかりっぽい。この芝生も、きっと人工のものよ」

「そうなんですか?」

 アンナはしゃがむと、足元の芝生に触れた。指でつまんでさすったり、引っ張ったりしていた。

「……引っ張っても、取れませんね。それに、なんだかツルツルしてる」

「へぇ、すごいな。地上には、そんなもの無かったぜ?」

「当たり前だろ。中世くらいの文化力しかないんだから」

「中世?」

「……ガイアの1000年前くらいの時代をそう云うんだ。レイディアントは僕が見る限り、そのくらいの文明に見えるよ」

 まぁ、実際に当時の文明がいかほどなのかを見たわけではないが。

「同じ時間を歩んでるのに、1000年くらい差があるのか……まったく、誰だよ? 歴史改変した男ってのは」

 歴史改変……

 世界を変えるほどに、大きな事柄――事象を変化させ、星が歩むべき道を捻じ曲げた張本人。

でも、その人は滅びゆく星を救うために、そうしたのだ。世界の未来が分かれ、次元が狂ったのは想定外だったのではないだろうか。

 今となっては、知る術は無いけれど……どう考えても、その人はもうこの世にはいない。聞いたわけではないが、そうと確信している。理由もなしに。

「おーい、こっち来てみろよ。すげぇぞ」

 レンドが僕たちを手招きしていた。レンドがいるところは、この半球体の都市の端だった。そこからは、地上が覗くことができた。覗くことができるというより、流れる雲の下にある豆粒のように小さい島々、青々とした森林が広がるグラン大陸、そしてそれらを囲む広大な青い海を見下ろしている感覚。大陸などは、ほんのりと青く霞んでいる。

「そっか……ここは、遥か雲の上だったな」

 一体、地上から何メートル離れているんだろう。何十キロとかいう距離じゃないとは思うけど。

「……あれは、アルカディア大陸でしょうか?」

 アンナは水平線の端を指差した。少しだけ、大陸の姿が見える。

「太陽の位置から見て……あれは、アルカディアでもロンバルディアでもないと思うよ」

 リサは上空を見上げた――という表現はおかしいかもしれない。ここは、その上空にある場所なのだから。

「私たちの知らない、未開の大陸――なのかもね」

「へぇ……そんなのあるんだな」

 と、デルゲンも遠くを眺めた。

「あるに決まってるよ。だって、世界は広いんだよ? まだまだ、開拓されきっていない。……もしかしたら、ティルナノグ帝国はすべてを知っていて、あらゆる大地を支配していたのかもしれないけどね」

 たしかに、リサの言うとおりだ。地球は、そんなに小さくはない。思ったよりも、遥かに大きい。アルカディア大陸やロンバルディア大陸を歩いてみて思ったけど、ユーラシア大陸とかのように広大だとは思えない。せいぜい、中国大陸程度ではなかろうか。いや、ヨーロッパくらいかもしれない。

 どちらにしても、その程度の広さの大陸二つと、グラン大陸を合わしても、ガイアの大陸の半分にも達していないと思う。

「……ここから落ちたら、シャレに――ぶっ!!」

 変な声が聞こえた方向に目をやると、レンドが顔を押さえて痛がっている。

「……何やってんの?」

 ものすごく呆れた様子で、リサは言った。

「な、なんか……ありもしない壁に当たってよぉ」

「壁?」

 僕はレンドのいる所に行き、手をそっと伸ばしてみた。すると、何もないのに壁に触れた感触がするのと同時に、そこの触れた部分が水面の波紋のように揺れ始めた。

「これは……見えない壁か?」

 もう一度触れると、再びゆらゆらと波紋を広げていく。

「なるほど、人が落ちないようにするためのものか」

「あぁ? どーいうこった?」

「つまり、特殊な仕掛けで障壁かなんか発生させてるんだよ。もしかしたら、魔法の類なのかもしれないけど……安全のためのものってことだろうね」

 恐ろしいほどに高度な技術だな。外の空中の風景は見えるのに、水面であり、それでいて固い壁のようなものがこの都市全体を囲んでいる。けど、風などは遮断しない。目に見える物理的なものしか遮らないようにできているのかもしれない。

「……これだったら、絶対に落ちないね」

 と、シェリアは胸を撫で下ろしていた。

「シェリア、怖いのか?」

 レンドがニヤニヤしながら言った。彼女の足を見ると、小さく、小刻みに震えている。

「べ、別に。怖くなんかない」

「言葉と体は正反対だな」

 ハハハ、とレンドは笑った。

「笑うな! こ、怖いんだから、しょうがないだろ!」

 シェリアは顔を真っ赤にして言った。瞳には涙がたまっている。

「……しょうがねぇ奴だな。ホレ」

 すると、レンドはシェリアを担ぎ、肩車をした。

「わ、わ! な、何すんだ!」

 シェリアはレンドの上で暴れ始めた。

「暴れるなって。こうしておけば、お前が歩く必要はないだろ? そうすれば、お前がフラッと倒れることもないし、アトモスフィアから落っこちるってことないだろ?」

「こ、怖いこと言うな!」

「ハハハ。そんだけ元気なら大丈夫だろ。ホラ、ちゃんと捕まってろ」

「……むぅ……」

 シェリアは大人しくなり、両手でレンドの頭にしがみついた。

「へぇ、いいとこあるじゃん」

 リサは僕の耳元で、囁くように言った。

「たしかに、な」

 シェリアも、なんだか安心した様子だった。なんだかんだ言って、彼女は小学生と同じ年頃の子供だもんな。

「よし、さっさと行こうぜ」

「わ! ゆ、揺らさないでよ!」

 ギャーギャーわめきながら、2人は歩き進んで行った。僕たちも、その後へ付いて行った。



「レンドにはさ、2人の妹がいたんだ」

 歩きながら、デルゲンが言った。

「いた?」

 過去形だ。

「一人は今も元気に生きているが、あいつが14歳の時に、もう一人の妹は病気で死んじまった。……シェリアと同じ歳の時にな」

 レンドの方に目を向けると、妹に接しているような……そんな姿に見えた。

「……名前は、なんて言うんですか?」

 空は僕と同じようにレンドの背中を見つめ、訊ねた。

「サーシャ。俺の妹と同い年だったよ」

 誰かを失う痛み。大切な人を失う想い。

 誰にも、それを理解することも、感じることもできない。その痛みも、苦しみも、悲しみも、その人だけのものだから。

「似ているわけではないが、結構活発な女の子だったからな。……どこか、シェリアの姿からサーシャの姿を映しているのかもな」






「樹たちはどこにいるんだろーな」

 シェリアを肩車しているレンドは、歩きながら呟いた。

「そりゃ、天空帝都でしょーよ」

「その帝都はどこかって話だよ」

 リサは辺りを見渡した。

「……たぶん、あの1番大きい半球体だろうね」

「水晶みたいな建物ばかりの所ですか?」

 アンナも遠くにあるそこを眺め、言った。

「私の村にあった伝承では、天空帝都セレスティアルは『青く輝く都』だったと記されてあった。それが正しいならば、あれがそうでしょうね」

 最も大きな半球体の上面に広がる、水晶の都市。ここからだと、見るぶんには結構近いのでその姿がよく見える。

 ここらの建物とは違い、水晶のように青色――いや、水色に輝いている。光が反射して、キラキラと光を放っている。

 都市の中央にあるのか、宮殿のように見える巨大な建物が、都市に囲まれた中程からにょきっとその姿を、さらに上へ伸ばしていた。さらにその上には、何にも支えられていない円盤のようなものがあり、そのさらに上には別の円盤が――って、どうやって浮かんでるんだ? 建物くらい、連結させておけばいいのに。

 その宮殿は他の建物とは違い、真っ白な造りだ。所々に窓が付いており、それが水晶のように輝いている。

「……よし、行こう」

 ここから、わずか数キロの距離のはずだ。僕たちは、足早にこの都市を進んだ。






 都市の端まで来ると、1つの長い橋のようなものが姿を現した。これが、地上から見た時に管のように見えたものだ。細長く、橋とは言えないかもしれない。手をつかむような場所が無いため、もしバランスを崩したりでもしたら、真っ逆さまだ。幅も、わずか1メートル強しかない。

 ふと、橋の横の部分に目が行くと、窓のようなものが付いている。ズラーッと、この橋全体に付いている。

「……もしかして、これは内部を通ってあそこに行くためなのか?」

 辺りを見渡しても、別の道はなさそうだ。

「上を渡っていくのは、危険としか言いようが無いぜ?」

 シェリアを肩車しているレンドが、軽く彼女の足を叩いた。

「こいつが失神しちまうよ」

「だ、誰が! 失神なんかするもんか!」

「おーお、威勢だけはいつも立派だもんなぁ。ともかく、中の通路を通れるならそれに越したことはない。探そうぜ」

「そ、そうだな」

 すぐ近くに、他の建造物とは違うものを発見した。天井が低いため、一階しかないようだ。人が住めるほどの大きさのものにも見えない。僕たちは、そこへ進んだ。

 この建物は、自動ドアだった。鏡のように僕たちの姿を反射していたが、中へ入ってみて、驚いた。外からだと、その自動ドアから外が見えるのだ。マジックミラー……みたいなもんか。

 内部は、ホントに狭かった。ほんの、4畳程度の広さだ。壁や床は外と違い、なんだか暗い青色をしていた。変なカクカクした亀裂が部屋全体にあり、その隙間から白い光を出していた。これは壊れているわけではなく、故意にやったものだろう。部屋の中央には、見覚えのある魔方陣が描かれていた。

「この魔方陣は……」

「転移魔方陣。ホラ、私やミランダたちが転移魔法を使った時に出る、あの魔方陣だよ」

 と、リサはそれを指差す。

「じゃあ、これはどこかへ繋がってるってことか?」

「たぶん、ね」

「まあ、ともかく入ってみようぜ。考えるのは、それからだ」

「……レンドは適当だな」

「そうですね」

 アンナはクスクス笑っていた。

 魔方陣へ入ると、青い光の粒子たちが目の前に舞い上がった。フワフワと、ほこりのように漂っている。そして、いつものように一瞬だけ目の前が真っ白になった。

 光が視界から遠ざかっていくと、さっきと同じような部屋が広がっていた。ただ違うのは、自動ドアから見える風景が違うところだ。1つの通路が見える。

 自動ドアから出ると、長い通路が現れた。幅は1メートル強。両壁には、一定の間隔を開けた窓が並んでいた。それのどれも、青い風景が広がっている。

「当たりだな。ここは、さっきの橋の中のようだ」

 細い通路。窓から見える空の風景は、いつまで見ていても飽きない。上も下も空だから、なんだか変な感じがしてしまう。

 再び実感する。ここは、天空なのだと。


 夢のような世界。


 空想の中でしかないはずの世界。

 それが、こうして現実のものとして広がっている。

 もしかしたら、これは〈夢〉なんじゃないだろうか。始めから夢で、僕が夢見ている世界を旅している〈夢〉を見ているんじゃないのか? こうして歩いているのも、こうしてみんなと話しているのも。

 こうして、妙な力を保持しているのも。


 でも……現実なんだよな。夢の世界には、僕の感情なんていやしないのだから。この、最後に向けてのドキドキと、大切な人が死んでしまうという未来を待ち受ける絶望感。これは、現実のもの。

 ホントは、そんなもの味わいたくもない。苦しみを味わいたくないのが、本音だ。けど、受け入れなければならない。


 決めたんだもんな、ヴァルバ。

 最後の最後まで、抗うって……。







 長い通路を歩くと、再び自動ドア。そこを入ると、さっきと同じような魔方陣があった。そこから別の場所に出ることができた。

「まぶし……」

 目を覆わんばかりの眩しさだった。建物すべてが、光を反射している。宝石のようにキラキラと輝いている。

「ここが……天空帝都……」

 空は辺りを見渡しながら、そう呟いた。

 水晶のような建造物。さっきいた都市にあった建物よりも、もっと大きく、高い。高層ビルや、マンション、そしてピラミッド型の建造物。すべてが水色のガラスで作られている。ガラスじゃないのかもしれないが。

 同じように、大理石の真っ白な通と、緑の芝生はきれいに区分されている。人が住まう場所の周りには、きれいに生い茂っている。所々、白い花や赤い花、多種多様の花が顔を出している。あれらも、レプリカなのだろうか。

 帝都の中心、アヴァロン並みの幅の広い通の果てに、真っ白な宮殿が見える。さっき見えた宮殿だ。天高くそびえる、巨大な宮殿。きっと、あれが天帝が住んでいた場所なんだろう。二千年前まで、あそこで一人の権力者が世界を牛耳っていたんだ。それを考えると、なんとも言えぬ身震いを感じた。

「なんて言うか、ここは今まで見てきた都市とは別格だな」

 通を歩きながら、レンドが言った。

「眩しいにもほどがあるよ……」

 シェリアはすでにレンドの肩から降りているが、指で彼の服の端をつまんでいる。顔は似ても似つかないが、なんだか兄妹みたいだ。

 僕は、通を離れて建物に触れてみた。

 ……すべすべで、ツルツル。こうして触ってみると、ガラスじゃないみたいだ。一体、どんな素材でできているんだろう? もしかしたら、銀や金よりも、さらにはダイヤモンドよりも固い素材なのかもしれない。

 それはあり得る。だって、ガイアよりも優れた文明を築き上げたティルナノグだ。そういうものがあっても、不思議ではない。

「この花は本物でしょうか?」

 空が僕の傍にやって来て、花に触れた。すると、簡単に花びらが取れてしまった。そして、彼女の指先にも、白い粉のようなものが付着していた。

「この花……本物です」

「……花だけは、勝手に生えてきてしまったんだろうな。二千年も放っておかれれば、そうなるか」

 これは――なんだっけ。パンジーだったかな。この季節に咲く花なのか、よくわからない。1年近くガイアから離れているためか、花の名とその姿を忘れかけてしまっている。

 通を進んでゆくと、広場みたいなところに出た。中央に噴水があり、周りには小さな池がいくつかある。

「これ、水じゃないぞ。ガラスだ」

 デルゲンはしゃがみこみ、何かを覗き込んでいる。

 小さな池かと思ったものは、ガラスだった。そこから、この半球体の内部が覗ける。内部には、また別の都市が広がっていた。都市というより、工場のようにも見える。だけど、不思議な空間だ。正方形の何かが空中をフワフワと浮かんで移動していたり、三角すいやら長方形をした宝石のようなものも、辺りを漂っている。谷底の奥には、赤く光る巨大な水晶体も見える。チカチカと光っては、長いこと点滅している。

「……すごい技術ですね」

「これって、聖都と同じ感じじゃない?」

 リサが覗きながら言った。そう言えば、聖都ソフィアにも地下に巨大な空間があり、そこに大都市が広がっていた。

「ここは、あそこにいたカインが造ったんだ。関連はあるだろうな」

 わざわざ嫌な施設の造りまで模倣したくはなかったとは思うけど。

「……あいつは、何を考えてこの帝国を創ったんだろうね……」

「…………」

 青と白と緑を基調とした壮麗な都、セレスティアル。美しすぎる都だ。人の叡智によって築かれた、最高の都市。人々は、こういう所を楽園だと感じる。僕も、ここは楽園じゃないかと思わんばかりだ。

「……行こう。もう昼間だ」

 僕たちは再び進み始めた。







 宮殿の手前まで到着。ここには、宮殿に続く大きな階段がある。とは言っても、ほんの数段だけだが。

この階段の前――白い床に巨大な紋章が刻まれている。もちろん、あの紋章だ。これが、ティルナノグを証明する紋章。

 この階段の手前から、左右にも通が広がっている。ずっと先には、他の都市が見える。

「……不気味な静けさだな」

 ふと、レンドが言った。鋭い目つきで、辺りを見渡す。

「奴らがいるはずなのに、その気配がしない。あまりにも、静か過ぎる……」

 リサは腕を組み、左右の通に目をやった。風が吹き、花が小さく揺れている。

「…………」

 風の音が僕たちの間を縫って通り過ぎ、僕たちを覆うくらいの雲の塊が目の前をよぎる。

 雲が消えた瞬間、床に足を着けた音が正面の方から聴こえた。すぐさま視線を階段の上……宮殿の入り口に向けると――





「よぉ来たの」





 そこにいたのは、シュヴァルツとバルバロッサだった。

「お前ら……!!」

 うなじの辺りで長い黒髪を結い、Vネックの黒い服を着ている巨漢がシュヴァルツ。そして、後頭部で髪を結い、首元まである黒いタイツを着て白銀のベルトを付けているのがバルバロッサだ。

「お前らがおるっちゅーことは……ミランダは逝ったか」

 一瞥するなり、シュヴァルツは細い目つきで呟いた。

「シュヴァルツ、バルバロッサ!」

 リサは小さく唇を噛み締めながら、奴らを睨みつけた。

「そういきり立つなや、リリーナ。お前らの相手は、ワイらやない」

 と、バルバロッサは微笑みながら指を鳴らした。

「? それは、どういう――」

 その時、何かが上空から降ってきた。それは床に直撃し、大きな揺れを引き起こした。2メートルはある、大きな岩石が4つ。かと思いきや、その岩石は身体の中程から4本の棒を出した。いや、それは両腕と両足だった。そして、最後にてっぺんから拳大の岩石がにょきっと出てきた。

「セレスティアル・ガーディアンや。お前らの相手には十分やで」

「……バルバロッサ!」

 リサはキッと顔を上げると、奴はにこやかに手を振って来た。


「ほな、頑張りや〜」

「ワイらは〈ロキ〉の復活に取りかかるんでな。ほなさいなら〜」


 2人は笑いながら、宮殿の内部へ進んで行った。

「ま、待て!」

 僕が走り出そうとした瞬間、あのセレスティアル・ガーディアンが僕の前に立ちはだかった。大きく、全身がこげ茶色だ。頭と思われる部分にはセンサーなのか、2つの穴の中にビー玉のようなものが見える。

「くそ、邪魔だ!!」

 僕は拳に力をため、バルドルでそのまま正拳突きを、岩石人形の懐にぶつけた。すると、拳が埋まるほどだったのだが、岩石人形の動きを止めるほどではなかった。

「くっ! かってー!」

 逆に、自分の手が痛かった。僕は右手を冷ますように、フー、フーと息を当てた。

「おいおい、こんな奴らどうやって倒すんだ!?」

 斧を取り出し、構えているレンドが言った。

「……セレスティアル・ガーディアン……たぶん、〈地〉のエレメンタルの結晶体だろうね」

 リサは特技で衝撃波をぶっ飛ばし、岩石人形にぶつけた。しかし、それは一瞬だけ動きを止めるだけにしか過ぎなかった。

「ちっ……この程度じゃあ効かないわね」

「結晶体って、どういうことだ?」

「純粋な〈地〉ってこと。どこぞの宝石よりも硬いわよ」

 マジかよ……。

「んで、どうすんだ?」

 僕は手を広げ、光線をはじき出した。しかし、それもさっきリサがやったのと同じ程度しか効果が無かった。

「エレメンタルの結晶体とはいっても、どこかに刻印があって、それで私たちを攻撃するように設定されているんだと思う。つまり、その部分を攻撃すれば奴らはただの石ころさ!」

 その時、岩石人形が攻撃を仕掛けてきた。大きく腕を振り上げ、一気に振り下ろす。それを横っ跳びで避けたが、その攻撃が床に直撃し、辺りを大きく揺らした。

「うおっ! こ、こんなの喰らったら木っ端微塵だぞ!?」

 あまりの衝撃に、レンドは驚嘆している。こりゃあ……骨折れるだけじゃすまないかもな。

「んなこと言ってる場合かって! ともかく、攻撃だ!」

 デルゲンは槍を構え、岩石人形の攻撃を避けた。そして、動きながらや奴らの体を見て回った。

 その時――


「!!!」


 空が攻撃されそうだった。僕はとっさに、彼女を抱えて床へ転げた。岩石人形の攻撃は外れ、再び床を直撃。すると、その衝撃で床に亀裂が走った。

「!? まずい! みんな、離れろ!!」

 リサが言った時には、遅かった。

亀裂はすぐさま広がり、崩壊した。氷を張った水溜りのように割れ、半球体の内部へと落下していった。僕と空は運よく飛び出していたため、難を逃れた。リサも何とか床の端を掴んで、ぶら下がっている。だが、他のみんなは岩石人形と共に下へ落下してしまっていた。



「みんな!!」



 僕はすぐさま駆け寄り、リサを引っ張り出し、開いた穴の底を覗いた。あまり深くはなく、3,4メートル程度だった。アリーナのような場所に、レンドたちは落ちてしまったんだ。砂埃に塗れ、身体をさすっている。その周りに、岩石人形がノロノロとうごめいている。

「だ、大丈夫だ! 俺たちのことはいいから、先へ進め!」

 デルゲンは僕たちを見上げるなり、叫んだ。

「何言ってんだよ! そんなこと――」

「さっき、奴らは言ってただろ! 『ロキを復活させる』と。早く行かないと、手遅れになっちまう!」

「だけど……!!」

 何かを言おうとする僕に、それを遮らんばかりにデルゲンは顔を振る。

「何のためにここまで来た! 世界を護るためだろ!? 樹たちを止めなきゃいかないんだろ!!」

「デルゲン……」

「空……行こう。みんなのためにも」

 リサは僕の肩に手を置いて言った。

「俺たちのことなら心配すんな! 何とかすっからよ!!」

 自信満々の顔で、レンドは斧を掲げる。

「早く、行ってください!」

「そうだよ。時間が無いんだからさ」

 アンナとシェリアも、笑顔で言った。本当は、怖いはずなのに。

「……わかった。行こう、リサ、空!」

 リサと空はうなずき、僕たちは階段を駆け上り、宮殿へと突っ走った。


 そこで待ち受けている運命の円環――

 遠い過去に交叉し、長らく違えていた二つの螺旋――



 約束の刻は、目の前に迫っていた。
















「……ふぅ……何とかする――とは言ったものの、どうすっかねぇ」

 レンドは小さくため息を吐いた。

「おいおいレンド、いつに無く弱気じゃないか」

 デルゲンはレンドの傍に歩み寄り、微笑みながらそう言った。

「行動がのろいとは言え、あんなパンチ一発でも受けたら、確実に骨が10本は折れる。頭にやられた日には、あの世行きだな」

 と、レンドは苦笑しつつお手上げのポーズをして見せた。余裕の表れなのか、二人とものんびりした様子であった。

「まぁ、な。そこは何とかするしかないだろ?」

「……気楽な奴だな。少しは気負わねぇと」

「お前にそれを言われちゃ、元も子もないな」

 そりゃそうか――と、レンドは斧を肩に担ぎ、呟いた。

「気楽というより、プラス思考と言って欲しいもんだ」

「いつもと逆ですね」

 と、アンナは二人の後ろで微笑んでいた。

「アンナもそう思う? プラス思考は俺の専売特許だってのによ〜」

「意味わかんないって」

 シェリアはため息混じりに言う。

「ホラホラ、前見て。来たよ」

 ようやく標的を見定められたのか、セレスティアル・ガーディアンたちはゆっくりと歩を進め、レンドたちに向って来ている。

「さぁて、いっちょやってやりますか」

 セレスティアル・ガーディアンは地響きを立てながら、足を上げて進んで来る。一歩一歩が遅いが、それだけ重厚感がある。

「……まぁ何とかなる……かな」

 地に足を付ける度に揺れるので、急に不安になって来たデルゲン。

「こんな所で死ねないもんな」

 そして、デルゲンは槍の切っ先を奴らに向ける。

「できるなら、地上で死にてぇもんだ。こんな所は嫌だわ、さすがに」

「ハハ、たしかに」






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