69章:天空へ 生きとし、生けるその先は
「どうする? これから」
フロアの天井装置を前に、僕たちは円を描くようにして座った。
「調べてみたが、ミランダの言うとおりこの装置は使えないみたいだ」
デルゲンはため息を混じらせて言った。
この装置自体は壊れていないのだが、繋がっているアトモスフィアの装置が壊されていたのだ。
「……ミランダの言葉が本当なら、〈翼〉とやらがアトモスフィアへ行けれる唯一の方法なんだろうな」
と、レンドは辺りを見渡している。
「翼、か……」
あの声も、そう言っていた。ビルの最上階には鍵があったが……。
「……天上装置では行けれない今、その〈翼〉を探すほか無いね」
そして、リサは立ち上がった。またこの広大な都市を歩くのだと思うの嫌になるが、それでも探さないと先に進めない。
重い腰を上げて立ち上がろうとした瞬間――
――待て――
「……バルドル?」
気が付かないうちに、僕はそう言っていた。
――ここにある――
「……何が言いたいんだ?」
「ど、どうしたんですか?」
アンナは僕の傍に来て言った。
――シリウスが遺した、最初で最後の翼――
――天空の楽園へ誘いし、蒼空の翼を――
「つば、さ……」
「ソラさん?」
「待って、アンナ。……たぶん、何らかの声が聴こえてるんだと思う」
リサたちは、何も言わず僕の様子を見ていた。
「それは、どこにあるんだ? ここ、カナンだろ? それとも……」
――お前が何なのか……あの言葉を――
「……称えよ……我、を……ネシィエ・ミヒ……我は、調停者」
僕の意思とは無関係に、言葉を発した瞬間、大きな揺れを感じた。それは、この建物が、大きく揺れている。巨大な地震にでも襲われたかのようだった。
部屋の壁に張り巡らされた透明なガラスもまた、ガタガタと言う音を立てながら揺れている。その揺れと同時に、ガラスから見える外の風景がグニャグニャしていた。
しばらくして、揺れが収まった。
「…………」
僕はゆっくりと辺りを見渡した。天上装置の近くの床に、大きな何かが刻まれていた。あれは……紋章だ。ティルナノグ皇室を表す、あの紋章。青っぽい小さな淡い光を辺りに放ちながら、空中へ円を描いている。
「あれは……」
――さぁ、進め――
――熾天使の称号を持ちし翼……セラフィムを――
「セラフィム?」
僕は紋章の上に足を進ませた。光の雫が足元から、霞みながら浮かんでいっている。
「……みんな、この上に立ってくれ」
みんなは頭をかしげながら、僕と同じように紋章の上に立った。
「……バルドル、僕たちをそこへ……」
すると、僕の声に反応したのか、光の勢いが強まり、光の粉塵がつむじ風のようにくるくる回り始めだした。そして、視界全体が一瞬、ほんの一瞬だけ真っ白な光に覆われた。
目を開けると、そこにはさっきまでとは違う風景が広がっていた。広く、暗がりのフロア。ドーム状の天上。そして、中央には巨大な機械。
「……なんだ? これ」
レンドがそれを見上げながら言った。
これは―――飛行機……か?
本体に備え付けられた鳥の翼のような、銀色の装甲。まるで、翼を広げたツバメのようだった。高さはゆうに3メートルを超え、全長も十数メートルあり、人が10人程度乗れるようだ。
この飛行機のようなものの胴体の下に進んだ。ゲームやら漫画やらでは、ここらへんに入り口らしきものがあるはずなんだけど……。
すると、ちょうど胴体の真ん中辺りに、変な穴を見つけた。「I」のような穴の形をしている。鍵穴だろうか? ――鍵穴だとすれば、あれのことだろうか。
僕はバックから鍵を取り出し、見上げながらそこへゆっくりと差し込んだ。
……ピッタリだ。そのまま奥へ差し込むと、左へ回した。
ガチャ
プシュー……
空気が抜けるような音がしたかと思えば、震えるような機械音がしだし、その胴体を円形にくり貫いたかのように、円柱が降下してきた。エレベーター……みたいなものか?
「入り口ってことか」
この降下してきたものに乗れば、機械の中に入れるということか。
僕たちは足を進ませ、そこへ乗った。7人ギリギリだ。……ふと気付いたが、この円盤のようなエレベーターを上に引き上げるものが見当たらない。エレベーターならば強力なロープ(?)みたいなものが自動で引き上げたり、緩めたりすることで上下に移動できるのだが、これでは移動できないのではないか?
そんなこと思った瞬間、まるで突っ込みを入れたかのように、円盤が浮かび始めた。光り輝く光線が期間の本体からこの円盤に伸び、吸い寄せられるかのように昇ってゆく。一体、どういう原理なんだろう。
上まで昇ると「カチ」と、はまるような音がした。機械の中は真っ暗だったが、すぐに明かりが灯った。中は座席がいくつかあり、ちょっとした飛行機の客席のようだ。
天井は2メートルほどあり、電灯のようなものが整然と並べられ、光を放っている。機械の先端部分に当たる所には扉があり、そこへ進むと座席が2つあり、あちこちに操縦するための機械のようなものが配置され、外が見えるように透明なガラスが前面に張られている。なるほど、コックピットか。
「すげぇ……車のハンドルみたいだ」
座席の前に配置されている機械には多くのボタンと共に、ハンドルのようなものがある。これで、操作するということだろう。
「空、これってなんなの?」
リサがあちこち触りながら言った。
「たぶん、ティルナノグ期の飛行機だと思う」
「飛行機?」
「その名のとおり、空を飛ぶ機械だよ。人を乗せて、自分が行きたい場所へ行くための交通手段の一つさ。ガイアでは形は違うけど、こういったものが多くあるんだよ」
「と言うことは、これでアトモスフィアへ行けってことね」
「たぶんな」
「……だが、これはどうやって動かすんだ?」
レンドが言った。
「さぁ?」
「おいおい……」
わかんないもんはしょーがない。
「どこかのボタンで起動するか、あるいは鍵を使って起動させるか……」
僕は操縦席辺りを見回した。下らへんに、再び同じような鍵穴を見つけた。やっぱり――僕は心の中でガッツポーズをして、そこへあの鍵を差し込み、ひねった。
すると、鍵穴から青緑色の光が機械の中を走り抜けるようにして駆け巡り、一つ一つの機能を呼び起こし始めた。永い眠りから、ちょんちょんと肩を叩かれた居眠りしていた学生のように目覚め、画面上に映像を映し出し、半透明なボタンはそれぞれ、対応した色を放ち始めた。
「起動した、ってことか」
予想通りだったのか、デルゲンは案外落ち着いた声で言った。
「さてさて、どうやって操作するかだな……」
レンドがそう言いながら、あちこちのボタンを押すまでではないが、軽く触れたりした。
『……ピピ……』
操縦席の前にある、10インチ程度の大きさの画面に文字列が並び始めた。そこには、「おはようございます」と表示されていた。
『行き先をお答え下さい』
言葉と共に、画面にその言葉が表示された。転送装置のように、画面を押せばいいのだろうか。ためしに押してみたが、画面は変わらなかった。キーボードらしきものも見当たらないし……。
「? どうすればいいんでしょうか?」
アンナは他のみんなと同じように、顔を覗きこませている。
「ボタンを押したりするってわけじゃないらしいな」
ということは……。
「言葉か?」
つと、僕はそう漏らした。
「言葉?」
リサが問い返してきた。
「言葉――というより、音声と言った方がいいかもな。とりあえず、やってみよう」
僕は画面に近付き、オホンと喉を整えた。
「えっと……アトモスフィアへ」
すると、画面上の文字列がチラつき始め、別の文字列を形成した。
『空中都市群アトモスフィア………設定完了。自動操縦ですか? マニュアル操縦ですか?』
自動操縦とマニュアル……答えなんて当たり前。もちろん、自動操縦だ。
「自動操縦で」
楽できるんならそれに越したことはないもんね。
『了解しました。……空中都市群アトモスフィアへは、帝都のセキュリティシステムにより、外殻へ着陸します。よろしいですか?』
外殻? なんじゃそりゃ。
「それでいいよ。天空へ連れて行ってくれるなら」
『了解しました。上空の風速、19メートル。天空都市群アトモスフィア外殻へは、約10分で到着します。お待ち下さい』
すると、ウィーーンという音が飛行艇の外から聞こえ始めた。それと同時に、この飛行艇自体が前方に少しずつ、動き始めた。人が歩くほどのスピードで前に進むこと数メートル、突然止まり、今度は左へゆっくりと回転し出した。左へきっちりと90度曲がると、飛行艇の前方にある壁が、真っ二つに開き始めた。そこから、突然太陽の光が差し込んできたため、僕は思わず目を閉じてしまった。目が慣れてくると、そこに広がっていたのは青い風景と白い雲。どうやら、この秘空挺がある場所自体が、かなりの高度の場所にあるようだ。
『……エネルギー充填……』
中央の画面に、0%と表示された。小刻みに増えたかと思うと、一瞬にして数値は100%へ達した。
『――完了。発進します。衝撃にお気をつけ下さい』
衝撃って――
と思った瞬間、強烈な重力に圧迫された。これは、ジェットコースターや飛行機に乗った時に感じる、あの感覚だ。目の前のガラスから見える風景も、一瞬にして変化した。すべてが、空の風景に変わったのだ。とんでもないスピードで、飛行艇は進んでいる。雲を突き抜け、空を裂き、天空の国へと進む。
ほんの少しして、ようやくあの重力から解き放たれた。辺りを見渡すと、僕だけではなく、みんな床にこけたりしている。ホントは、座席に座らなければいけなかったようだ。当たり前だけど。
「……おーお、見てみろよ。すんげぇ高さだぜ」
レンドは座席に座り、窓から外を眺めていた。飛行艇の真ん中、つまり乗客が乗れる場所。ここの一部の床や壁は透ける素材なため、地上の姿が見える。とは言っても、ほとんどが雲に隠れて見えない状態だ。時おり見える大陸の姿は、映画で見た時のように、手で覆ってしまうことができるほど小さくなっていた。
「飛行機――か。今更ながら、天空人が発明したものってのは、常軌を逸しているよな」
そんな風景を眺めながら、デルゲンは呟く。
「私たち、空中を飛んでるんですよね? なんだか、信じられないです」
アンナもまた、同じように眺めていた。みんな、驚くべき風景に目が釘付けだった。飛行機に乗ったことのある僕でさえ、目を離すことができない。
その時、誰かが僕の右肩を軽く叩いた。振り向くと、真剣な表情をしたリサが手招きしていた。
「……どうした?」
なぜか、僕は声を小さくして訊いた。リサの表情が、そうさせる。
「わかってんでしょ。空ちゃんのことよ」
「…………」
リサはレンドたちに目をやると、再び僕に視線を合わせた。レンドたちは、外の風景に見入っている。
「……ミランダが最後に使った魔法……あれは、雷鳴系最高位の精霊を利用した、最強最悪の魔法の1つなの」
「禁呪? それとも、聖魔術か?」
リサは「うーん」と唸った。
「なんとも言えない、のよね。いちおう聖魔術の部類に入るんだろうけど……いまいち伝承が伝わっていない、ほぼ伝説化した魔法なのよ。たぶん、聖魔術よりも上位だと考えていいと思う」
聖魔術より上……人が扱える力の範疇を超えているんじゃないのか? それを言ったら、僕も同じか。
「空ちゃんはそんな魔法を消し去った……いや、雷精を無理矢理、御した。自分の魔力でね」
「……自分の魔力? あいつ……魔力の元になるエレメンタルが抜けている状態だろ?」
エレメンタル――元素が無いのに、どうやって魔法を使用するっていうんだ? それに、あいつは魔法を使う素養なんて一切無いはずなのに……。
「彼女は、紺碧の属性――星の元素を持つ、蒼空の巫女。……どうしてガイアで生まれたのかはわからないけど、ある意味でラグナロクの私を超える人間よ」
「……つまり、あいつは少ない魔力であれを……?」
うん、とリサはうなずく。
「残り少ないエレメンタルだけで、あのミョルニールを御した。そんなの、万全な状態の私でもできない。……ううん、誰にもできないと思う」
空が持つ力は、禁呪でさえ連発できるリサを超える。いまいち、それが納得できない。
「空ちゃんの命が危ない」
「…………」
リサは小さく頭を振った。
「でも、まだ大丈夫。期限はかなり短くなったと見ていいだろうけど」
「……どのくらい?」
リサは目を閉じ、少しの間考えた。
「……もって一週間……いや、三日程度」
「た、たったのそれだけ!?」
僕は思わず、彼女に詰め寄った。
「数ヶ月あったのが、たったの……三日!?」
「……運がよかった方よ。そもそも、禁呪の精霊を御することはラグナロクの人間でも、できるかできないかのものなのに……それ以上の魔法の精霊を御した。…それも、雷属性の最高位精霊をね」
彼女が言うには、魔法の相殺――あれは、発動された魔法と同質量の魔法をぶつけて、両方消し去るようなもの。
だが、空がやったのは違う。
あいつは、魔法を無理やり消した。覆い隠すかのように、最高位の精霊を己の魔力の膝下に置き、操作して消した。
「私がやったら、魔力のほとんどを失う。だけど、魔力が10分の1程度しかなかった空ちゃんがそれをやった。……乖離現象が起きて死んでしまうことも十分にあったのに」
「…………」
たった三日。多くて、一週間。そんなの、どっちにしても同じことだ。
「何はともあれ、生きていただけでも私はよかったと思ってる」
「そりゃあ、そうだけど……」
うなだれた僕の肩に、リサが掌を乗せた。
「以前、私が言ったこと覚えてる?」
自分のほほを指先でかきながら、リサは言った。
「他にも、彼女を救う方法があるって」
「……覚えてる。けど、無理な話なんだろ?」
リサは何も言わなかった。それが、答えのような気がした。
「……行ってあげなよ」
「…………」
僕は何も言わず、コックピットの方へ行った。
空がコックピットへ向かう後ろ姿を、なんとも言えない瞳で見つめるリサ。
「無理な話、か……」
さて、と言いながら、リサは座席に腰を下ろした。そして、大きく息を吐く。
「アンナ、お願いがあるんだけど」
「ハイ?」
アンナはリサの傍へ駆け寄った。
「あのね、治癒術をかけてくれない?」
「以前、教えてくれた魔法ですか?」
ソフィアからゼテギネアへ向かう最中、リサはアンナの持つ巫女の元素――「治癒」によって扱うことのできる魔法を教えていたのだ。
「うん。……かなりやられちゃったからね。お願いできる?」
「はい、わかりました。……うまくできるかどうかわからないですけど」
不安げな面持ちで、アンナは魔法を唱え始めた。しかし、「治癒」を持つアンナにとってみれば、治癒魔法など造作もないものであった。
コックピット……そこに、空が一人で立っていた。ガラス越しに外の風景を眺め、ただボーっとしている。
自動ドアが開いた音に気が付き、彼女は僕の方に振り向いた。
「あ、空さん」
いつもの表情で、彼女は言った。その表情が、逆に僕の心を痛めつける。無数の棘を纏ったヒモが縛り付けるかのように。
「ほら、見てください。すごくきれいですよ」
「……そうだな。今、想像もできないほどの高さにいるんだもんな」
僕は彼女と同じように、外を見つめた。
「うわぁ……富士山よりも高いんでしょうか?」
「さぁ、どうだろうな。登ったことないもんよ」
「結構なスピードで上昇してるから、もう10キロとかいってるのかな……。空さんはどう思います?」
空は、笑顔で僕の方に振り向いた。
「どうって……心配だよ」
「え?」
僕は彼女に視線を向けず、窓の外を見つめた。
「……なんで、お前は笑ってんだよ」
「空さん?」
平然と振る舞おうとする彼女に対し、憤りを感じる。彼女の恐怖がわかるだけに、無理をしているのがわかる。
「怖いなら怖いって言えよ。苦しいなら苦しいって言えよ! 僕は、お前を……!」
頭がズキズキする。
わかってる。わかってるよ。
直視しろってのは。でも、目の前にこうして「存在」しているこいつが消えてしまうというのは、見たくない。触れあうことができるほど、ずっとその温かさを知ることができるほど近くにいるのに。
「ごめんなさい」
そう言って、俯く僕に抱きついた空。彼女が小さく震えているのが、体を通して伝わって来る。
「私も、わかってたんです。無理に笑顔でいるのは、辛いだけだって」
だったらすがれよ、それがはっきりとするくらいに――と、言ってしまいたかった。でも、それは僕のわがままでしかない。
「これ以上……空さんに負担はかけたくない」
「何言ってんだ。負担じゃ――」
「違うんです」
と、顔を振って彼女は僕を遮った。
「私のことを気にかければ気にかけるほど、私のことが空さんの心の負担になる。ううん、なっているんです」
「…………」
彼女は顔を上げて、僕を見つめた。そこにある二つの宝石は、健気に想いが溢れるのを我慢していた。
「だから、笑っていた方がいいって思ってたんです。でも……」
溢れ出てきた苦しみの想いは、双眸から一瞬にして滝のように流れてくる。
「そうすることも苦しいし……空さんも傷つけて……」
顔を振り、目を閉じる。涙は溢れ、自分の顔と僕の服を濡らしていく。
「あの時、私はみんなを助けたかった……。みんなと、一緒にいたいから……そしたら、声が聴こえたんです。イヴとユリアの力を使えって……」
「イヴと……ユリア?」
初めて聞く言葉だ。そう言えば……ミランダは、「イヴズ」とかって言っていたような……。
イヴ…………
――ユリア?
二つの……螺旋?
永遠に続く円環と似て非なる、二つの軌跡――
「ただ、それに従うまま……手を掲げたら…………」
すると、彼女は嗚咽でうまく話せなくなってきてしまった。
「ど……して? 私……嬉しいのに…………辛い……」
僕たちを救って喜ばしいはずなのに、結果として自分を死に近づけてしまった。複雑な感情が、彼女の中で混じり合っていた。
みんなに対する感謝と、そう思ってしまうことによるみんなへの罪悪感。
彼女は、それを覆い隠してしまおうとしていた。
「どう……したらいいんです? どうしても……苦しいだけ……苦しいだけなんで、す……。私……わたし……!」
何度も顔を振り、彼女は全てを振り払おうとした。現実も、何もかも。
「お前は……本当に優しい奴だな」
そう言うと、彼女は目を見開いたまま、僕を見つめた。
「そんなお前だから、好きになれた。そんなお前を好きになれて……本当に良かった」
「空さん……」
「隠すなよ。辛いことも、苦しいことも、嬉しいことも」
僕は、彼女を強く抱き締めた。
「一言だけでいい。たった一言でいい。お前がどうしたいのか、素直に言えよ」
「空……さ……!」
「どうしたい? お前は……」
彼女は止まる気配の無い涙を何度も拭い、再び顔を上げた。空色の瞳は、水面のように揺れている。
「……生きたい……。空さんと……みんなと一緒に……!」
「空……」
僕が抱きしめるのと同時に、彼女は再び僕の中に顔を沈ませた。
「だったら、絶対にお前を護ってやる。何が何でも……」
「う……ぅ……」
何かしらの方法を見つけてやる。こいつを助けるために……笑顔で妹の海に再会させるために。
海たちと、約束したのだから。
「お前の傍にいる。どんな時も」
世界には、自分を殺める者がいる。
そこには何かしらの理由が存在するのだろう――
いつもの僕ならば、そう言って「自殺」することを否定も肯定もしなかっただろう。
でも、今日だけは否定したい。
こうやって生きたいと願う人間がいるのに、てめぇらは何やってんだ。
こうして生への希望を見出そうとしてるのに、なんでてめぇらは生への憎悪と死への渇望しか見出せない。
ただ、そうやって現実を滲ませようとしていた。