67章:近未来ビル 天上装置を探して
「ホラ」
崩れた瓦礫の上に立ち、僕は彼女に手を差し伸べた。
「……よいしょ」
空は僕に引っ張られる形で、瓦礫をよじ登った。あの爆発で崩れた道路の真下は、本当の意味での「地下街」だった。聖地カナンとまではいかないが、約5メートルほどの高さがある巨大空間。ほぼ、研究施設だったが。
「青いですね……」
「そうだな」
ここ、カナンの上空には空中都市群が浮かんでいるが、青空を隠すことはできない。
すると、空は僕の手を握った。思わず顔を向けると、彼女は微笑みを向ける。そして、僕たちは道路を歩き始めた。太陽が眩しい………どうやら、まだ朝を迎えてまもない頃のようだ。
「そう言えば、僕が気を失ってた時間はどのくらいだったんだ?」
「そんなに長くはなかったと思います。たぶん……30分程度だったかな」
「そっか。なら……」
僕は辺りを見渡した。その時、僕はとんでもないことを思い出した。
「あああああァ!!!」
それと同時に驚愕の声が飛び出る。
「ど、どうしたんですか!?」
空はびっくりして訊ねてきた。
「じゅ、重大なことを忘れてた!」
「重大なこと?」
空は頭をかしげる。こいつ、まったく覚えてねぇな。
「日が暮れる頃には戻れって話だっただろ!?」
「……あっ!」
僕と空は顔を合わせた。
「む、夢中になりすぎたんでしょうか?」
そう言う空の顔は、引きつっていた。
「……なりすぎたな」
ハハハ、と僕たちは笑い合い、すぐさま走り出した。
「どっちだっけ!?」
「お、覚えて無いです!」
走りながら、僕たちは笑っていた。
「あんたたち! 一体、どこをほっつき歩いていたのさ!?」
鬼のような怒声が、静かな古都カナンに響き渡る。
無事、あの公園に戻ることができたのだが……そこにいたのはきれいな金色の長髪を舞いあがるほどに怒るリサだった。他のみんなは、ホッとした様子で苦笑している。
「ご、ごめん」
「ごめんなさい……」
仁王立ちして、閻魔様のように怒っているリサの前で、僕たちはしきりに頭を下げていた。
「だ・か・ら! どこで何してたのかって訊いてんの!」
「うっ……」
それを訊かれると、まずい。×××してました、なんてとてもじゃないが言えない。それは、空も察知していた。
「まあまあ、落ち着け」
ハハハ、と笑いながら、デルゲンはリサの肩を叩いた。
「とにもかくにも無事に帰ってきたわけだし、いいじゃないか」
「そりゃそうだろうさ。けどね……」
「もちろん、お前の気持ちは理解してるよ。二人も十分反省してるんだし……な?」
デルゲンは僕たちに顔を向けた。
「あ、ああ。心配させて、本当にごめん!」
「ごめんなさい!」
僕と空は一緒に、深々と頭を下げた。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、僕はストレートパンチ一発くらいは覚悟している。
「こう言ってるわけだし、もう許してやれよ」
「……ちぇっ、わかったよ」
そして、リサは噴水場の近くへ行ってしまった。
ようやく、リサ魔人の許しを得られたので、ホッと、胸を撫で下ろした僕たち。
「ところで、本当に2人はどこ行ってたんだ?」
怒られる様を、笑いながら傍観していたレンドが言った。
「えっと、まぁ……」
僕と空は、魔物に出会ったこと、その魔物が起こした爆発で地下街に堕ちてしまったことを説明した。もちろん、あのことは秘密だが。
「なるほどねぇ。しっかし、お前ほどの奴が、魔物なんかにやられるなんてなぁ」
「うぐっ……」
レンドの言葉が心に突き刺さった。そ、それを言われては、反論のしようがありません故。
「ち、違うんです。空さんは、私を庇って……」
多少なりとも落ち込む僕を庇うかのように、空は言った。キョトンとした様子のレンドは、すぐに細目で笑顔になった。
「へぇ〜」
「な、なんだよその目は?」
「いやぁなに、お前らしいなってことよ」
「…………」
レンドは僕の肩を強く叩き、笑い始めた。……なんか恥ずかしい。
「何はともあれ、ホントに2人が無事でよかったよ」
「心配させてごめん、デルゲン」
「俺も心配したんだぜ?」
「……お前が言うとウソ臭いな」
そう言うと、レンドの笑顔でチョップが僕の脳天に直撃。
「ハハハ、いじめてやんなよ」
そう言ってデルゲンは僕の肩に手を回し、
「教えといてやるよ」
と、小さな声で言った。
「何を?」
デルゲンがヒソヒソ声なので、僕も必然とヒソヒソ声になってしまった。
「リサの奴が1番心配してたんだ」
「……リサが?」
「『2人を探しに行く!』……って言って聞かなくてよ」
なぜか、レンドまで僕の肩に手を回して行って来た。なんか、まるで二人に尋問されてるみたいだ……。
「まぁお前のことだし、無事だろうって思ってたんだが……どうも、リサは心配症でな」
と、デルゲンはシェリアと話しているリサに目をやった。
「…………」
デルゲンは「朝まで待とう。それまで帰らなかったら、探しに行こう」と言って、一人で行こうとするリサを止めたらしい。日が沈み、怪しさ漂うこの都市を捜索するのは、危険だと考えたからだ。
「あれだけ怒るってことが、証拠だな」
レンドはそう言って、リサを見ながら笑い始めた。
「アンナなんて、泣いてたんだぜ?」
デルゲンの言葉で彼女の方に見てみると、なんだか悲痛な面持ちで、加工された石のいすに座っている。
「彼女を宥めんのも一苦労だったよ。……彼女にしてみれば、ヴァルバのことがあるわけだしな」
「……ごめん」
「謝らなくてもいいよ。こうして無事に戻ってきたんだからさ」
「そうそう。気にすんなって」
二人は僕の背中を軽く叩いてくれた。
「……ありがとう、二人とも」
どうやら、他のみんなも天上装置なるものを見つけることはできなかったようだった。結構、広い範囲を捜索したのだが、どこにも見当たらない
「ただ、1つだけ怪しい場所を見つけたんだ」
リサは床にあぐらをかいて言う。少しは女性らしい座り方でもすりゃいいのに……などと思ってしまう。
「ガードシステムでも発動してんのかどうかわかんないんだけど、妙な光で遮られててさ」
「その光に触れると、ビリビリっとしてな」
どうやら、デルゲンは不覚にも失神してしまったらしい。ということは、スタンガンみたいに電流が流れているのかもしれない。
「それってどこ?」
「私たちが捜索した北の辺りよ。そこまで遠くじゃないけどね」
「どこかのコンピューターをいじって開けるのか、〈調停者〉しか入り得ない場所なのか……どちらかだと思うんですけど」
樹もそこへ行ったのだとしたら、アンナの意見が妥当だな。
「ともかく、そこへ行ってみようか。手がかりはそれしかないようだし」
僕がそう言うと、空が僕の肩を軽く叩いた。
「空さん、あれのこと、言わないんですか?」
「あれ? あれって?」
「……変なものを見つけたじゃないですか」
苦笑しながら、彼女は僕のバックを指差した。
「あ、そうだった」
あの鍵(っぽいもの)だ。すっかり忘れてた。
「実は、こんなものを見つけたんだ」
僕は自分のバックから、あの鍵を取り出した。それを、みんなは顔を近づけて見つめる
「……なんですか? これ」
第一声は、アンナだった。
「たぶん、鍵だと思うんだけど」
それにしても、歪な形してんだよな。
「鍵にしては……変だな」
レンドの言うとおり、鍵にしては重いし、艶やかだし、異形だ。
「頭の奥で声が聴こえてきて、なんだったかな………『蒼き翼』、『導く』……とかって」
「例の、空にしか聴こえないやつだよな?」
デルゲンの問いに、僕はうなずいた。
「その声に従ったことをすれば、たしかに道は開けてきた。今度も、きっとそうだと思う」
「ということは、その鍵があの場所を通るための鍵だとすると……その先には、天へ通じる道……天上装置があるってこと?」
リサは自分の顎に指を当て、推測する。
「そうかもしれない」
「とりあえず、行ってみるしかねぇな」
僕たちは荷物をまとめ、リサやデルゲンに付いて行った。
自動車もいない、乗り物と言った類のものがどこにも見当たらない道路を、僕たちは歩いて進んだ。二千年前までは、多くの自動車たちが日本の大都市のように、無限に行き交う所だったんだろう。
歩いていて再び思うのが、これだけ陳列する巨大ビル群があるにも関わらず、僕たちの声や歩く音と、風が運ぶ音しか聞こえないというのが、なんとも言い切れないほどの不気味さなのである。人の気配がするはずなのにしないという不気味さ。つまりは、放置された家屋。人がついさっきまで生活していた状態なのに、誰もいないという感じだ。
直線の道路を進み、今度は右へ曲がった。そこから少し進むと、上空にある道路が現れた。都会などによくある環状道路だ。その道路の陰に隠れるようにして、建物の内部へ通じる自動ドアがあった。
自動ドアを進むと、すぐに階段が現れた。と思ったら、それはエスカレータだった。ずっと先まで、結構な高さである。
それを昇り終えると、大広間――エントランスに出た。至る所に透明なガラスの自動ドア。多数のボタンが備え付けられた巨大な機械。10メートルはあろう天井。そこには、多くの電灯がきれいに配置されていた。床はすべすべ。まるで、色を持った鏡のようだった。赤だったり青だったり、黄色だったり。
リサに案内され、そのフロアを進み、1つの階段を進んだ。そして、1つの自動ドアを進み、通路に出ると、そこには、彼女たちが言っていた『光の壁』があった。
通路を塞ぐようにして、ほんのりとレモン色をした半透明な薄い膜が張られている。
「……電流のようには見えないんだけどな」
僕は触れてみようかなと思い、手を伸ばそうとすると、
「ま、待てって。ホントに気絶するぞ?」
デルゲンが僕の手首を掴んだ。いや、人間の好奇心って怖いね。
とりあえず、あの言葉でも言ってみようか。
「ネシィエ・ミヒ……我は調停者」
すると、一瞬この通路の電灯が点滅した。そして、再び元に戻ったかと思えば、右手側の壁から、白い給食のトレイ程度の大きさのものが出てきた。そこには古代ティルナノグ文字で〈ヴェルエス〉と刻まれ、その文字の下にハンドボールほどの大きさの円形が刻まれている。そこには、小型カメラのようにちっちゃなガラス玉みたいなものが3個、正三角形の角の場所にはめ込まれていた。
はて? これはどうしろって言うんだ? 〈ヴェルエス〉と記されているからには、僕が関係するんだろうけど。
――手をかざせばよい――
ふと、聞き覚えのある声が舞い降りた。他の人の様子から察するに、僕にしか聴こえていないようだ。
お前は、バルドルか?
この独特の感じ、あの女性の声ではない。
――そこに手をかざすのだ――
かざす? このトレイに?
――ああ。円形の上にかざしてみろ――
僕は頭をひとっかきし、そのトレイの円形の上に手をかざした。すると、「ピピピ」という機械音を立て始め、あのガラス玉みたいなものが青く発光し始めた。
『……指紋認証・静脈検査を開始します。手を動かさないで下さい……』
そのトレイが、突然声を発した。
『……ピピ…………オールグリーン。カイン=ウラノス=ヴェルエスを継ぐ者と認証しました。エントリー認証、ガードシステム解除……』
だんだん、あの薄い光の膜が消え始めた。まるで、映像が映らないテレビの砂嵐が、徐々に消えていくかのようだった。そして、数秒後には膜は完全に消え去った。
「……すごい仕組みですね」
思わず、アンナは呟いた。
「ていうか、カインを継ぐ者だったら、リサやアンナ、空ちゃんでもよかったわけ? ティルナノグ皇室の流れを組むわけだし」
レンドが疑問を投げかけた。
「そういうことになるけど……」
「私が来た時には、この装置は出てこなかった。傍系には反応しない――つまり、血の濃い人に反応するようになってんでしょうね。そもそも、『カイン』を継ぐ者なんでしょ? だったら奴と同じ調停者じゃないと無理なんでしょーよ」
よくできた仕組みね、と言いながらリサは前へ進んだ。
調停者……よくわからない存在だよな。なんで、たかが人間なのにこんな力が備わっているのか。たしか、「次元を超越する存在」やらなんやらだったか。それが具体的に何を表わすのか、いまいちわからないところだ。
まるで巨大企業の通路のような通路を進んでゆくと、今度はエレベーターが現れた。あの生物実験があったビルと同じようなエレベーターだ。しかし、ボタンは4つしかない。〈開〉、〈閉〉、〈上〉、〈下〉だけ。その中で光っているのは、〈下〉以外のボタン。つまり、ここは〈下〉で、行けれるのは〈上〉だけなのだ。
〈上〉を押し、エレベーターが昇る。どうやら、僕と空以外、エレベーターを利用するのは初めてなようで(当たり前と言えば当たり前だが)、歓喜の声を上げていた。
「おおぉぉ〜〜……すげぇなぁ、これ」
「どうなってんのかなぁ!?」
と、レンドとシェリアは興奮のあまり、動き始めた。
「ちょ、ちょっと……あんまり動くなって。止まっちゃうから」
上へ昇る間、2人を抑えるのに一苦労だった。
エレベーターにしては、結構な高さを昇っているようだった。そう言えば、この建物に入る前に、高さを確認していなかった。たぶん、一番上まで昇っているっぽいけど。
数分後、ようやくエレベーターが止まった。ドアが開くと、目の前には中央に巨大な装置が置かれている大広間に出た。ドーム上のフロアで、天上の中央部分は床から十数メートルはありそうで、そこの部分だけ吹き抜けになっている。空の青が垣間見える。そして、このフロアを見渡すと、壁がすべてガラス張りだった。そのため、外の風景が見える。
「うわああーー! すごーい!」
シェリアがそれを見るなり、そのガラスの壁へ走り寄った。
「うぉ……!」
思わず、声が漏れる。
カナンの大都市が、丸ごと見える。砂漠の果てまでも見える高さだった。カナンの建物中で、最も高い建物のようだ。こうして見ると、本当に遥か先まで砂漠しか見えない。この辺りは乾燥してしまい、残されたのはカナンだけなのかもしれない。それにしてもここは一体、どれほどの高度なのだろう。100メートルだろうか、200メートルだろうか。いや、東京タワーよりも高いかもしれない。
「感心してないで、これを見てみろ」
デルゲンが後ろで言った。彼らは外の風景には目もくれず、フロアの中央にあった転送装置みたいな機械を眺めていた。転送装置よりも、遥かに巨大だ。半径は3,4メートルはある。だが、これの上空に対になっている円盤が無い。……ということは、今までの転送装置と違うのだろうか?
「これが、天上装置ですかね?」
空はその機械を見渡しながら言った。
「たぶん、そうだと思うんだけど……」
「そのとおりよ」