54章:帝城 覇権の在り処に群がる者ども
その日の夜、僕たち男性陣は、ようやく冷たい牢獄から解放された。と言っても、手錠が付けられたままだけど。
謁見の間――帝城の1階にあるらしく、僕たちはそこへ連れて行かされた。まだ12歳の皇帝が、巫女を見たいからであるとか。それだったら、僕たちは必要ないんじゃないかと思った。僕はただの男だし、レンドとデルゲンなんか海賊だし。とても、見たいとは思わないだろうよ。
赤いじゅうたんが敷かれている長〜い通路をひたすら歩き、右に曲がったり、左に曲がったり、再び右に曲がったりと、長いこと歩いた。そして、1つの広間に到着した。ここは、今まで見てきた王宮の出入り口と同じようだ。10メートル近くある天井に、そこから巨大なシャンデリアが吊らされ、辺りには武装した警備兵や豪華な絵画が並んでいる。すべすべの床には、温か味のある赤いじゅうたん。広間の中央に大きな階段があり、その奥には当然のごとく、巨大な扉が1つ。
階段を上り、僕たちは扉の奥へと進んだ。すると、奥行きのある大きな広間へと出た。ここが謁見の間か。奥にはズラッと並んだ、頭が固そうなおじさんorおじいさんたち。若い人もいるけどが、全て皇帝の側近や大臣だろう。その面子の中には……ヴァルバはいない。宰相だって言うんだから、いるのが当然だと思うのだが……。
そうやってキョロキョロしていると、後ろにいた兵士に「キョロキョロするな!」と、頭をどつかれた。
……空たちが捕まってさえいなければ、お前の頭を床に食い込ませてやるのによぉ……。
「ソラ、邪悪なことを考えていないか?」
デルゲンが、声を小さくして言った。
「えっ? ……そんなこと考えるかって」
「そうか? なんか、ブラックな空気が漂ってたもんだからさ」
「ハ、ハハ……そう」
勘のいい奴だ。
広間の中央まで歩き、そこで立ち止めさせられた。後ろから付いて来ていた槍を持った6人くらいの兵士たちも、僕たちを囲むようにして立ち止まった。
数メートル離れた場所に、大臣らしき人たちと共に玉座が見える。金で装飾され、赤いふかふかそうなイス。
「皇帝陛下のおなーりー!」
すると、この大広間にいる誰かが叫んだ。奥にある大きな垂れ幕が、中央から両側へと引いていった。そして、一人の人間が姿を現した。周りにいた人たちは、すぐに頭を深々と下げた。兵士たちに関しては、片膝をついてだ。下げなかった僕たちは、一人の兵士に頭をはたかれ、「ひざまずけ!」と言われた。言うとおりに、僕たちはひざまずいた。デルゲンは冷静だが、レンドと僕のイライラは少しずつ上昇中……。
「みな、面を上げよ」
そう言われたので、僕は頭を上げ、皇帝の姿を確認した。
なるほど……子供だ。12歳の少年。青紫色のミディアムくらいの、ウェーブかかった髪。金色のサークレットを額に付け、藍色っぽいローブを身に着けている。皇帝だと言うから、もっと金ぴかなものを身に付けていると思ったが……あまり、豪華ではない。ラーナ様並みに質素だ。それに、何と言うか……子供らしさが感じないとでも言えようか、場慣れしているのか、堂々とした態度だ。
「……子供だな」
レンドが呟いた。
「たしかに。でも皇帝だ。偉いんだぞ?」
「んなのわかってるよ、ソラ」
「……いちおう、確認」
「何の?」
「……皇帝かどうか……」
「貴様ら! 無駄口をするな!!」
今度は、槍の棒のところで頭を叩かれた。
「俺は話してないのに……」
デルゲンもなぜか、叩かれてしまっていた。さっきまで一人だけ冷静だったが、結局3人ともイライラし始めてしまった。
「……叔父上はまだか?」
皇帝は玉座に座ると、右手側の大臣に訊ねた。
「宰相閣下は、たまった資料に目を通しておられます。しばし、お待ちを……」
「そうか……」
皇帝は小さく息を吐き、僕たちの方に目をやった。
「……その者たちは?」
僕たちを一瞥すると、皇帝は頭をかしげていた。
「宰相閣下が捕らえた、賊でございます」
賊? 賊だと? レンドとデルゲンはともかく、僕も賊だと!? おかしいだろ、それは!!
「賊……? フム、そうは見えぬが……。だが、賊ならば余の前に出す必要は無いのではないか?」
「そうなのですが……閣下が、この者たちも巫女たちと一緒ということでして……」
「叔父上が? なるほど、そういうことならばよかろう」
声はまだ幼いものの、言葉遣いのせいか皇帝としての風格が漂っている。
その時、大広間の左扉が開き、誰かが入って来た。
……ヴァルバだ。長かった後ろ髪を切り、藍色の貴族服の襟にかかる程度になっており、いつもの無造作ヘアではなく、現代風で言うとウルフヘア的に整えられている。すでに剃ってあったあごひげのせいか、5歳程度若返った風にも感じる。
彼の後ろに、空たち――3人の姿があった。
「空さん!」
空は僕に気が付き、走り寄って来た。その後を、リサとアンナが歩いてやって来た。
「空、無事だったんだな。よかった……」
相手がヴァルバとはいえ、可能性の問題として無事だという保証は無かった。こうして姿を見られれば、本当にホッとした。
「何? 私たちは心配じゃ無かったっての?」
リサはニヤニヤしながら、僕の横を通り過ぎて行った。
「な、何言ってんだよ? 心配してたに決まってんだろ」
「ホントにぃ?」
僕が振り返った瞬間、リサはほくそ笑みながらデコピンをしてきた。
「ほ、ホントだよ。……ところで、何でお前たちは手錠させられてないんだ?」
そう、3人には手錠が付けられていない。僕たち男性には、鋼鉄製の手錠が付けられてんのに。
「あれ? あんたたちはされてるの? なんで?」
「……男女差別か?」
レンドは頭をかしげた。
「なーんか、おかしくないかぁ?」
「き、気にしちゃいけないんだよ…たぶん………」
デルゲンは困ったような顔で、僕の質問に答えた。
「陛下。ベオウルフ……ロンバルディアでの旅を終え、帰還いたしました」
ヴァルバは玉座の前にある段差の下で、ひざまずいた。
「叔父上……いや宰相、長い旅、御苦労だった」
「これは、勿体無きお言葉……」
こうして見ると、ヴァルバって高い身分の人間だったことを、今更ながら実感する。そしてヴァルバは立ち上がり、並んでいる大臣たちに顔を向けた。
「皆……宰相であるのに長い間、国を空けていて申し訳ない。私がいない間、よくぞ陛下を支えてくれた。礼を言う……」
そう言うと、大臣たちに一礼した。
「いえ、我らは与えられた役目を全うしただけです。礼など、言われるほどではございませぬ」
一人の老人が、微笑みながら言った。
「……ありがとう」
ヴァルバは再び頭を上げて、皇帝の近くに立った。
「陛下。これから、私の旅の結果をお伝えいたします」
皇帝は小さくうなずく。
「数年に及ぶ旅により、我が父・ベルセリオス6世が望んでいた〈永遠の巫女〉をようやく、見つけることができました」
すると、周りの人々が「オーオー」言い出した。驚きや喜びの顔を、互いに見せ合っている。
「そうか! さすが、叔父上だ。して、その巫女とは誰だ?」
「……私が連れて来た、3人の女性のことでございます」
皇帝は空たちのに顔を向けた。しかし、よくわかっていないようで、頭をかしげていた。
「……普通の女性にしか見えぬが?」
「陛下、見た目で判断してはなりませぬ。巫女とはいえ、陛下が想像するような人間ではないですよ」
と、ヴァルバは優しく微笑んでいた。
あっ……そうか。これが、「ベオウルフ」なんだ。家族にだけ、親族にだけ見せる表情。彼にとって、皇帝は甥なんだ。
「あの者たちは、私がゼテギネアで見つけた〈古代アヴァロン白書〉に基づき、捜査した結果、それぞれ違う属性を持つ者たちでございます」
「……まったく違う先天属性を持つ者が、同世代に現るのですか?」
一人の大臣が訪ねた。
「そのようだ。あの古書には載っていなかったが……」
「なるほど……もう少し、他のものを調べる必要性があるようですな」
その大臣は、自分でうなずきながら呟いていた。
「それで、どのような巫女なのだ?」
皇帝はワクワクしてきたのか、身を乗り出して訊ねた。皇帝とはいえ、好奇心旺盛な所は子供のようだ。
「あちらの髪を結った女性は、先天属性として『時空』を持ち、『次元の巫女』であります。『時空』とは、あらゆるエレメンタルの中で最も破壊力・難易度の高い属性です。操作性も難しく、我々の技術力では兵器に転換することはできません」
リサの持つ先天属性に、そんな秘密が……。一体、いつそこまで調べたんだろう。
「なるほどな。……君、名を教えてくれないか?」
皇帝は笑顔で訊ねた。
「……リサ=ブレスレッド」
無愛想な感じで、リサは言った。完全に、相手の大臣や兵士たちに怒りを売ったぞ。
「貴様! 陛下の御前だぞ! ひざまずいて名を申せ! もう一度だ!!」
一人の兵士が、槍を突き出して叫んだ。リサはそれに見向きもしなかった。
「よい。余は気にしてはおらん」
と、皇帝は座ったまま手を出して、御した。
「しかし……」
「よいと言っておる」
兵士は観念し、一礼して一歩下がった。
「……では、そなたの名前は?」
今度は空だ。
「日向空です。初めまして、皇帝陛下」
空は微笑み、ペコリと頭を下げた。
僕は思わず、笑ってしまいそうだった。口元を手で押さえてしまったのだ。特に緊張もせず、いつものままで自己紹介したところが、なんだかおかしい。
皇帝も最初はきょとんとしていたが、すぐに微笑んだ。
「ヒナタソラ……珍しい名だな」
「良く言われます。ところで、陛下はなんという名前なんですか?」
えっ?
僕たちだけでなく、周囲の兵士たちまでもが驚きの表情で、彼女に顔を向けた。その時、皇帝の傍にいるヴァルバだけが、フッと微笑んでいた。
「ハハハ、そうだな。自分の名前も申さずに、そなたたちの名を訊くのは無礼だったな」
すまぬと、皇帝は軽く頭を下げた。
僕はその行動に、驚愕した。なぜなら、一国の主がこんな簡単に頭を下げたからだ。シュレジエンのラーナ様や、イデアの皇隆王はともかく、ルテティアの国王とゼテギネアの皇帝はかなり高飛車、というかプライドの高い人だと想像していた。国が大きい、と聞いていたからだったかもしれない。
「余は、神聖ゼテギネア帝国6代皇帝……フィンジアス22代国王〈ゼナン=ヴィルヘルム=ルートヴィヒ=ベルセリオス=フォン=ペンドラゴン〉だ」
自分の胸に手を当て、威風堂々とした表情で皇帝は言った。
……なんだか、自分より年下のようには思えなくなってきた。あまりにも立派過ぎる。ガイアではこんなに丁寧に、しかも堂々としゃべることができる12歳なんていないだろう。
「それにしても、そなたのような名は聞いたことが無い。どこの国の者だ? 髪の色からして、東方民族か?」
「陛下。彼女はこの世界と対を成す伝説の世界、ガイアの住人です」
ヴァルバがそう言うと、一同がざわつき始めた。やはり、ゼテギネアもガイアのことについては、伝説だと思っていたようだ。
「ガイアだと!? あの聖典に載っていた、伝説の世界のことだよな!?」
「そのとおりです、陛下。ガイアは伝説ではなく、実在するもう一つの世界なのです」
「なんと……」
周囲の大臣たちは信じられない様子で、空を何度も見ている。
「私はどういったものなのかは見たことありませぬが、彼女をご覧になっておわかりのように、我々と同じような姿・形をしている人類が存在し、言語も持っています。聞くところによると、この世界よりも数千年経過したほどの、高度な文明を誇っているということです」
「我々の文明を超えていると? では、古代ヴァナヘイム文明と同じくらいなのか?」
皇帝の問いに、ヴァルバは少し言葉を詰まらせた。
「……あれとは、また次元の違うものであると思われます。いずれにせよ、地上を馬よりも数十倍の速さで走る人工的な乗り物があったり、天空を飛ぶ石の塊に大勢の人々を乗せるなど、想像を絶するものであることは、間違いありませぬ」
それは全て、僕が旅の途中で話したことだ。その時は、アンナもヴァルバも目を輝かせて訊いていたっけ。
「ほほう……それはすごい! 見てみたいものだ、その世界を! アヴェン老、そなたもそう思うだろ!?」
皇帝は興奮が抑えきれず、声を大きくした。あの気持ち、わかるなぁ。僕も、この世界に来た時は、見るものすべてが新鮮で不思議で、不安や恐怖を好奇心が抑え込んだ。男っていうのは、いくつになっても好奇心は変わらないんだろう。見たことも無い世界があり、実現しているとわかると、いてもたってもいられないんだ。
「たしかに、そうですな。巫女の研究と兵器の開発が終わり次第、18年前にとん挫した次元の研究も行いましょう」
アヴェン老と言われたよぼよぼのおじいさんが、真っ白なひげで見えない口を動かしてしゃべった。しゃべる時、ひげが動いているのがなんだかおかしい。
「そして、日向空は唯一無二の『紺碧』の属性を持つ『蒼空の巫女』であります」
紺碧――それも、古代に開発されたエレメンタルなのだろうか。
「『時空』と同じように、『紺碧』も絶大な破壊力を持ち合わせています。しかも、操ることは難しい話ではないでしょう」
「では、その娘が?」
アヴェン老の隣に立っている、赤い貴族服のおじさんが言った。
「いや、この娘はインドラによって、すでにエレメンタルの結晶である宝玉を取り除かれている。今は、太古の薬で乖離が抑えられているが、少しでも何かをすれば、命を落としかねん」
と、ヴァルバは首を振った。
「よいではないか。破壊力のあるエレメンタルを持ち、操作することもできるのならば、命を奪ってでも研究すべきだ」
厳格そうな黒ひげの大臣が言った瞬間、僕は奴を睨みつけた。
「てめぇ! お前たちの利益のために、空は死んでもいいというのか!! ふざけるな!!」
僕は声を上げていた。自分でも、気付かないうちに言っていた。
「き、貴様! 賊の分際で、ワシを愚弄するか!!」
「貴族だからって高貴なのか? 生まれつき、高貴な人間なんかいるか! 簡単に人を殺してもいいと言ったお前なんか、賊以下だ!」
「な、なんだとぉ!? もう一度言ってみろ!」
「なんとでも言ってやる! この最低貴族! お前の方が下賎だ、ボケ!」
「ソ、ソラ、止めろって」
デルゲンが僕の前に立ち、奴から僕を見えないようにした。
「あいつが悪いんだ! 空を……人の命を、なんだと思ってやがる!!」
どこに行っても、ああいう考え方をする人間がいるのに対して怒りを覚えるのと同時に、どこか虚しい気持ちもあった。
「ソラ、気持ちはわからないでもないが、それ以上言ったら……」
「いやいや、そこは言わないと。俺も腹がたっちまってさ」
レンドは腕をぶんぶん回していた。
「た、頼むから変なことは……」
「このデブ貴族!!」
「って、おいおい……」
僕は悪ガキ風味で言ってやった。デルゲンは、大きく肩を落としてしまった。
「き……貴様ぁぁ!! 誰か、こやつを殺せー!!」
「あーあ、私は知―らないっと」
黒ひげの大臣は兵士に命令した。兵士は槍を携え、僕の方に向かって来た。暴れたくは無かったが、しょうがない。殺されそうならば、やるしかない。僕は、自らの内に呼びかけるようにした。
「待て!!」
ヴァルバが叫んだ。もう少しで、力を解放するところだった。僕に言ったのか、兵士に言ったのか。
「止めろ。陛下の御前で、血を流すつもりか?」
「か、閣下! なぜ止めるのです? 奴は、ワシを冒涜したのですぞ!?」
「カブール卿、そなたが軽率な発言をするからだ」
ヴァルバがそう言うと、言葉の意味が理解できないのか、大臣は当惑した表情をした。
「利益のためだけに、人間を殺してもよいという発言をしたそなたに非がある」
「ですが、我が帝国の繁栄のためにはそれ相応の犠牲が………」
「カブール。私は帝国宰相であり、皇族だ。その私の命に従えぬのか?」
「くっ……ぐ……っ!」
抑えようのない怒りで、カブール卿はプルプルと震えていた。
「もういい。カブール、そなたの今日の発言を禁止する。よいな?」
皇帝はため息交じりに言った。
「で、ですが!」
「余の命は絶対だ。カブール、下がれ」
冷酷な視線で、皇帝はカブール卿を御した。本当に、12歳かと疑いたくなる光景だ。
「……御意」
そして、カブール卿は奥へと下がって行った。
「すまぬな、宰相。続けてくれ」
ヴァルバは一礼し、一度咳をして喉を整えていた。
「……レモン色の髪の少女ですが」
ヴァルバの声と共に、皇帝や大臣たちはアンナの方に目をやった。
「彼女は、先天属性として『治癒』を持ち、『斜光の巫女』であります」
「斜光の巫女? 余はそんな巫女の名を、聞いたことがないぞ?」
「……そうですね。しかし、『烈火の巫女』の影として存在する、正真正銘の巫女であります。彼女の属性に破壊能力はあまり無いにしろ、ほとんどの人間が操れるほどのものであり、研究・開発には適しています」
「しかし、宰相。破壊力が無いということは、強力な兵器を作ることもできないということではありませぬか?」
再び、赤い服の大臣が言った。
「……そうだな。しかし、属性の名のとおり癒す方では最強の部類に入る属性だ。これを研究し、治癒兵器を開発できれば死人をほとんど出さない戦をすることができるようになるはずだ」
僕はハッとした。もしかして、あいつは……。
その時、立派なあごひげを蓄えた漆黒の服の大臣が、前で出た。
「閣下、お言葉でありますが……我らが求めていたものは、強大な力であります。味方を治癒するものではなく、敵を一瞬で殲滅できるものを求めていたはずです」
「そうだ、そのとおりだ。『治癒』なんて甘ったるい属性では、我が国の長年の夢を成就させることなど、到底無理な話だ」
他の大臣たちにも、その考えが波及していった。そして、口ずさむように「2人の巫女のほうがいいのではないか」と言い出した。
こいつら、ヴァルバの考えが理解できないのだろうか。ヴァルバの配下でありながら、あいつの理想を理解できないのだろうか。
「閣下、『斜光の巫女』ではなく、『時空の巫女』に致しましょう。彼女は、まだ宝玉を抜かれておらぬのでございましょう?」
「…………」
ヴァルバは眉間にしわを寄せ、何も言わずに発言を聞いていた。
「操作が難しいと言っても、まだ研究もしていません。もしかしたら操作が可能となり、より強力な兵器を開発できるかもしれませぬぞ」
「おお! そうしたら、我らの夢も達成されますな!」
空想のことに身を入れ、その中で夢見ている愚か者たち。何が夢だ。多くの人々を殺す兵器を作ることが、夢だと言うのか? ふざけるのも、大概にしろと言いたかった。
「陛下、ここは『時空の巫女』を選びましょう」
〈夢〉だと発言していた大臣が皇帝のところへ駆け寄った。
「さすれば、先祖代々の夢を……陛下が実現できるのです」
「…………」
皇帝は腕を組み、口を横一文字にしていた。
「黙れ!!」
ヴァルバが、その大臣の胸倉を掴んだ。
「なっ……! 何をなされます、閣下!?」
「なぜ、殺人兵器を開発しようとしか考えぬ!? どうして、殺すことだけしか考えないのだ!!」
ステファンを倒し、ルーファス8世と謁見した時のヴァルバのようだった。怒りを露にしている。
「お、お言葉ですが、治癒の兵器を開発しても結局、戦を行うのならば同じことですぞ? 戦争というものは長引けば長引くほど犠牲が多く出るものです。破壊兵器ならば、すぐに戦を終結させ、2大陸の統一という夢も実現できる。そうではないですか!?」
「たしかに、戦をするならばそうだろうな。だが、治癒の兵器を開発できれば統一した後も利用できる! 苦しむ人々を、救済することができる! 破壊兵器なぞできたところで、戦が終わればただのガラクタでしかない! 残るのは、言いようの無い虚無と怨嗟だけだ!」
「ヴァルバさん……」
アンナは、ジッとヴァルバを見つめていた。いや、僕たち全員が、ヴァルバを見つめていた。あいつは、そういうことを考えていたんだ。祖国と、あらゆる民のことを。
あの大臣は、小さく顔を振った。
「閣下、思い出してくだされ。我が国は建国されてから数百年……度々統一の夢を阻んできたのは、ルテティアのルシタニア家です。どこの馬の骨ともわからぬ下賤の一族如きに、主天使アムナリアの加護を受けた、我らがペンドラゴン家が屈してはならないのです!」
負けじと、大臣は口早に言った。
「本当は18年前……閣下の父君であらせられます、ベルセリオス6世陛下の治世の時に、統一の夢は成し遂げられたはずなのです。……それを、あのアヴァロンの逆賊どもによってとん挫され……」
悔しさなのか、大臣は震えながら俯いていた。どこか、演技のように見えるのは勘違いだろうか。
「今度こそ……今度こそ果たすべきなのです。我が国の夢を! 統一の夢を!!」
声高々に、大臣は言う。あんなことを言って、忠誠心を煽ろうっていう魂胆だろうな。
「……たしかに、父は統一の眼前で御倒れになった。だが、兄上は……先帝陛下は違う。先帝は、平和を愛しておられた。国民を愛しておられた。だからこそ、一度も戦争を起こさなかったのではないか!! ……私は先帝に誓ったのだ。その願いを、きっと叶えると……!」
「な、ならば、2人とも手に入れてしまえばいいのです! 治癒と破壊の兵器、両方を造り上げれば、戦は早々に終結でき、民の救済できるではないですか!」
焦っているのか、大臣は慌てた様子で笑顔になっていた。
「ダメだ! これ以上、巫女を犠牲にしてはならない。……必要最低限の巫女だけで、十分だろう? 彼女たちも、我々と同じように人間なのだ。持ち物ではないのだ。……『斜光の巫女』ならば操作も簡単で、しかも研究や実験により、彼女自身に対する痛みや苦しみも無いはず!」
「し、しかし……」
「もうよい!!」
ヴァルバたちは皇帝に顔を向けた。皇帝は、右手を前に出して御していた。
「……宰相の考えはわかった。大臣たちの考えもわかった。最終的な決断は、余が下す。よいな?」
ヴァルバは大臣から手を離し、皇帝に深々と頭を下げた。
「御意のままに……」
皇帝は小さくうなずき、そっと目を瞑った。どうするべきなのか、考えているのだろう。自分の決断が、国を動かすのだから。
「……では、判断を下す。余は――」
ドゴオォォン!!!
巨大な爆音と共に、城が揺れた。