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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
63/149

53章:真偽 その胸に秘めたるものは




 牢獄に入れられて、数時間くらい経過しただろうか。

 僕たち男性陣は手錠をかけられ、足には足かせ。しかも鉄球付き。念のためだろうけど、この程度のもの覚醒している僕ならば、簡単にぶち壊すことができる。もちろん、牢獄から出ることもできるが……まぁ、ここは大人しく様子見でもしておこう。ヴァルバのことだから、殺したりはしないだろうし。

 こうなってしまっても、僕は危機感を感じられない。裏切られたという気も、まったくしない。あいつが僕たちに危害を加えようとしていないのはよくわかったし、なんと言っても悪意が感じられない。悪い意味ではなく、もちろん良い意味でだ。だから、僕は意外と冷静でいる。あいつの命令に従っていれば、目的の装甲船も手に入るわけだし。

 だが、問題はアンナのことだ。彼女は、相当ショックを受けていたようだった。ヴァルバがステファンの下で働き、リノアンさん殺害に関与しているとなると……。

今思い起こせば、ステファンの奴の名前を出した時、気分を悪くしていたことにも納得がいく。彼がしていたことを、ヴァルバが昔から知っていたのだとしたら……奴に嫌悪感を抱くのは必至だ。そう考えると、ヴァルバはリノアンさん殺害に関与していないのかもしれない。とはいえ、あくまでそれは可能性の話だが。

 罪を犯し続けていたステファンや、表面だけの謝罪しかしないルテティア国王に対して怒りを露わにしながらも、冷静に対処していたヴァルバ。研究員として、スパイとして動いていた頃に、何かあったのだろうか。そうとなると、あいつは長い間、罪悪感か何かに苛まれていたのかもしれない。

 ……ヴァルバにとって言いたくないということ。それは、そこのところに関連しているはずだ。


 気がかりなのは、別の部屋に捕らえられている空たちだ。ヴァルバのことだから、何もしないとは思うんだが……空がいると、なんだか心配だ。あいつが気になって気になってしょうがない。

 どこへ行っても、僕はあいつのことばっかりだな……。


 その時、誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。廊下を歩くかのように、コッコッコ、と足音が通路に響く。

「居心地はどうだ?」

 顔を覗かせてきたのは、ヴァルバだった。彼は紫色のローブを羽織り、大臣っぽい服装をしている。ひげも剃っており、さらにはうなじ辺りで結っていた髪をほどいた状態だった。

 こうやって見ると……なかなか若く見えるんだな。なんだか、ヴァルバじゃないみたいだった。

「良いわけないだろ。寒いし臭いし……早く出してくれよ」

 レンドは体を縮みこませながら言った。たしかに、このコンクリートのようなもので作られた牢獄の床は、冷たい。腹下しちゃうよ。

「悪いが、しばらくは我慢してくれ」

「それってどれくらい?」

 そう訊ねると、ヴァルバは腕を組んで唸り始めた。その姿からは、さっきまでの緊迫感はしなくなっていた。

「う〜ん、とりあえず今日の夜までかな。ちなみに、今は日の出くらいだ」

「……あと半日近くあるじゃないか。勘弁してくれよぉ〜」

 ふざけながらレンドは言った。半分は本気だろうけど。

「ハハハ、悪いな。男の囚人は、ここって決まってるのさ」

「僕たちは囚人かよ……」

 まあ、イメージできなくも無いけど。レンドとデルゲンは海賊なわけだし。

「リサたちは一応、巫女だからな。待遇はよくしないといけないのさ」

 と、彼は苦笑した。

「なるほど。女目当てかと思ったよ」

「デルゲン………お前、怒ってるな?」

 苦笑のまま、彼はそっぽを向いているデルゲンに視線を向けた。

「ハハ、当たり前だろ? ……こんな目に合わせやがって」

「そっかぁ、すまないな。……ま、これからは口の聞き方に気をつけるんだな。俺はこれでも、神聖なる皇室の人間だからな」

 ヴァルバは上から見る態度で言った。思わず、冷静なデルゲンはムッとなった。

「お前……何様のつもりだ……!」

「宰相様に決まってるだろ? ……お前の反抗的な言葉が兵士に聞かれると、殺されないまでも、腕を切られたりするぞ? 俺は、この国では人望があるんでね。気を付けるこったな」

「くっ……てめぇ……!」

「よせ、デルゲン」

 レンドがデルゲンを言葉で諌めた。いつもなら逆なのに。それを冷ややかな目でヴァルバは見て、もと来た道を戻り始めようとした。

「……ヴァルバ……」

 僕の声が聞こえたのかどうかはわからないが、立ち去ろうとしたヴァルバは立ち止まった。

「おっと、言うのを忘れていた。今日の午後、朝廷の場でお前たちは陛下に謁見することになる。失礼の無いように」

 そういうことだ、じゃあな――

 そう言い残し、ヴァルバは足音だけを残して消えて行った。



「………ちっ! なんだよ、あいつ」

 いつに無く、デルゲンは舌打ちをした。

「……また、俺たちは利用されただけなのかもな……」

 レンドは天井を仰いだ。力が抜けているようだった。

「……俺らを、簡単に裏切りやがった。怪しいとは思っていたが……さすがにこんなことになるとはな。これじゃあ、時間も無くなるし、装甲船も手に入らない……!」

 そして、デルゲンは拳を壁にぶつけた。鈍い音が響く。

「装甲船は手に入ると思うんだけど……」

 僕がそう呟くと、デルゲンは溜息を漏らした。

「そう簡単にくれるとは思えないな。〈おとなしくしていれば、装甲船はやる〉なんてのは、嘘に決まってるんだよ」

 歯を食いしばりながら、あまり見せたことの無い表情でデルゲンは僕を見る。

「……そうじゃないかもしれないだろ」

 そう言うと、彼は一瞬驚いたまま止まった。少しだけ、口をポカンと開けて。

「空……お前、この期に及んでまだヴァルバを信じているのか?」

 どこか呆れた感じで、彼は言った。



「ああ、信じてるよ」



 と、僕は断言した。それに対し、デルゲンは顔を振る。

「何でだよ? あいつ、俺たちを騙したんだぞ?」

「まぁ、それはそうだけど…………なんつーか」

 うーんと、僕は天井を見上げた。じめじめとした空間。今はまだ寒いので、まだカビとかが生えるわけでもないか……などと、少し考えてしまった。

「あいつ……完璧には裏切らないと思うんだよ。僕たちの旅を止めないって言ってたしさ」

 空ちゃんを死なせない――そうとも言ってくれた。

「お前は……甘いよ。あいつは、最後に言ったじゃないか。〈俺の目的達成のために、お前たちの旅に付き合っていた。それが終われば、もう何でもない〉、と。そう言い切ったんだぞ? それでも、お前はヴァルバを信じるって言うのか?」

「……そうだな。だって、あいつは世界が滅ぼされようとしているのを、放っておくような奴じゃない。それは、断言できる」

「その根拠は何なんだよ……」

 デルゲンは溜息交じりに行った。

「根拠? 根拠…………」

 と、僕は腕を組んで頭をかしげてしまった。あれ……なんでだろ?



「まぁ……直感じゃない?」



「はぁ?」

 思わず、デルゲンは肩を落とした。

「ハハハ、つまりさ、あいつはそういうことができる人間じゃないってことさ。きっと、今まで接してきた中で、自然と知り得たことなんだよ」

 彼が変な顔をしたので、僕は半笑いで言った。

「だからってなぁ……」

「まぁまぁ、ソラらしいじゃねぇか」

 その時、傍観していたレンドがデルゲンの肩に手を回し、言った。

「こいつが信じるって言ってんだ。俺たちも、信じてやろうぜ?」

「お前までそんなことを……」

「大丈夫だよ。ヴァルバはヴァルバ。あいつは、ベオウルフなんかじゃねぇって」

 そう言って笑顔になったレンドを見て、デルゲンは溜息と共に苦笑した。

「やれやれ……お前にそう言われちゃ、どうにもできんな」

 考えるのが馬鹿馬鹿しくなったのか、デルゲンは手を広げて笑った。

 そうだよな……あいつは、宰相様なんかじゃない。最後の最後まで、旅人で一緒に旅をしてきた「ヴァルバ」なんだ。

 僕たちは、そう信じるとするよ。










 帝城の奥にある豪華絢爛な部屋に、リサたちは腕を縛られ、立たされていた。彼女の前に、一人の兵士がベオウルフの到着を待っていた。

「閣下、この者たちはいかが致しましょう?」

 そこへ、ヴァルバがやって来た。

「……俺は彼女たちを自室へ連れてゆくようにと、命令したはずだが?」

 ヴァルバは兵士を見下ろすかのように、腕を組んでいた。

「しかし、この者たちは平民です。しかも、我が敵国の民……とても閣下のお部屋には……」

「……俺の命令を無視したということだな……」

 兵士はヴァルバの眼光に怯えたのか、思わず一歩後ずさりしてしまった。どんな命令であろうと、彼の命令に従わなければならなかった――兵士は、その後悔が遅いことを、すでに気付いていた。

「も、申し訳ございません。どうか……」

 ヴァルバの放つ威圧感に押され、兵士はその言葉を放ってしまった。命乞いなど、逆に惨めだと……認めてもらうわけないのだと、わかっていたはずなのに。

「……遅い。俺の命を聞けぬ者は、俺の配下である資格は無い」

「!!!」

 ヴァルバは右手を素早くかざした。すると、光が集結し始め、それは見る見る槍へと形を変化させた。その槍を、兵士の頭に突き刺した。

「か………っか…………」

兵士は目と口を開けたまま、絶命した。ヴァルバが槍を抜くと、せきを切ったかのように、兵士の傷穴から血が噴出した。そして、ヴァルバの槍は光を発して消え去った。アンナと空は、あまりのことにその光景から目をそらした。

「誰か! この死体を処分しておけ」

 ヴァルバがそう言うと、数人の兵士たちがやって来て、死体を処置し始めた。

「……君たちは、俺の部屋へ案内しよう。付いて来なさい」

 ヴァルバはリサたちの方へ向き直り、先程までの厳しい顔のままだった。

「…………」

 リサは彼から顔をそらし、別の方に目をやっていた。ヴァルバは溜息を混じらせながら言った。

「従え。さもなくば、無駄な血を流させるだけだぞ?」

「……行こう。アンナ、空ちゃん」

 リサは2人の背中を優しくさすった。人が死ぬところを見てしまって、2人は気分を悪くしていた。


 多くのシャンデリアが吊ってある豪華な通路を歩いて行き、今まで見た部屋よりも大きな部屋へと連れて行かれた。どうやら、ここが宰相の部屋らしい。あまりにも豪華なので、アンナと空は目を奪われた。リサはというと、嵐の静けさとでも言えようか、傍から見れば冷静であるが、怒りを内に秘めている状態だった。

「……さてと」

 ヴァルバはナイフを持って、3人に近付いた。リサは2人をかばうように、ヴァルバの前に立って彼を睨んだ。それを見たヴァルバは、フッと微笑んだ。

「心配するな。縄を切るだけだ」

「…………」

 それでも、リサは臨戦態勢のまま睨み続けていた。その様子を、彼女の後ろにいる空とアンナは、極度の緊張で体を強張らせていた。

「手を出せ」

 ヴァルバは返答を待たずして、3人の手に巻きつかれた縄を切った。

「……どういうつもり?」

 リサは自由になった手を眺めながら言った。きつく縛られていたので、縄の跡ができてしまっている。

「痛いだろーな〜って思ったからだよ」

 と、ヴァルバは微笑んだ。リサは小さくため息を漏らす。

 ――そういう意味じゃないっての……。

「あんた、私たちをどうするつもりなの?」

 気を取り直して、彼女は言った。

「……君たちは、今日の夜に陛下に謁見してもらう。リサ、君は求めない。君の先天属性はあまりにも強大すぎて、我々では扱うことができないだろうからな。だから、君は少しだけ調べさせてもらうだけにする」

 丁寧な口調で、ヴァルバは淡々と説明した。それにイラついたのか、あるいは内容が許せなかったのか、リサは彼を再び睨みつけた。

「……調べるだって? 何をするつもりさ!」

「そこは、まだ知らなくてもいい。……空ちゃんはエレメンタルを抜かれている状態だし、危険だ。彼女を死なせてしまうことになると、ソラに殺されちゃうからな」

 そして、ヴァルバは苦笑した。あれだけ彼女に惚れてるのだから、怒った時のことは想像に難しくないな、と。

「……じゃあ、アンナはどうするつもりなの?」

 その質問に、ヴァルバは笑みを消した。そこには、宰相であるヴァルバ――ベオウルフの顔があった。

「……アンナ、君は〈斜光の巫女〉として、我が国のものとなってもらう。我が主君の夢を実現させるためにな……」

「くそみたいだよ、ホント……!」

 リサは一歩、足を前に出した。

「アンナを……兵器として利用するつもりか!?」

 小さく歯ぎしりをしながら、リサは言った。

「……兵器、か……そうだな。ある意味、そういうことになるな」

「そんなこと、絶対にさせない!!」

 リサは首を振り、叫んだ。怒りの宿ったエメラルドグリーンの瞳を、ヴァルバは背けることなく受け止めていた。

「あんた……巫女が持つ能力の高さを知らないだろ!? たとえ、御しやすい属性を持つ巫女であっても、素人なんかに扱えるような代物じゃないんだ! ……巫女は普通の人間とは違う。個人だけで、こんな都を吹き飛ばすくらいの力は備わってんだよ!!」

「…………」

 彼女の罵声に、ヴァルバは小さくため息を漏らした。

「……それは、お前が知っている範疇のことだろう?」

「何……!?」

「我が国の技術力をなめないでほしいものだ。お前たちでは、到底理解できないことだろうがな……」

「!! あ、あんたねぇ……!!!」

 リサはヴァルバに一発、ぶちかまそうと拳を引いた。彼女の口が、破裂しそうな怒りでヒクヒクと動いていた。



「動くな!」



 すると、天井から声がした。3人は天井を見上げるが、どこにも人らしきものは無い。辺りを見渡しても、気配がするだけで何も無い。

「それ以上、閣下に近付けば……小娘の命は無い」

 ――小娘だって!?

 リサはアンナとソラの方へ振り向いた。その後ろに、黒装束を身に纏い、片手に小さなナイフを持っている男がいた。リサは納得した。戦闘能力の無い二人は人質なのだと。

「言っておくが、この部屋にもアンチ・マジックは敷かれている。お前が魔法を使おうとしても、発動はできん」

 ヴァルバは追い打ちをかけるように言った。

「……フン……」

 リサはヴァルバから離れ、床にあぐらをかいて座った。

「こうしておけば、あんたたちも安心だろ?」

「…………」

「だから、アンナと空ちゃんに向けているそのナイフを……遠ざけろ!」

「……閣下」

 黒装束の男に対し、ヴァルバは手を広げた。

「言うとおりにしとけ。そうしないと、殺されるからな」

 ヴァルバが苦笑すると、黒装束の男は2人から離れて行き、ナイフをしまった。

「……ヴァルバさん……」

 アンナは、今にも泣き出しそうな目で彼を見つめていた。それにヴァルバは気付いているのかどうかはわからないが、大魔神のように座っているリサに視線を向けた。

「床に座らなくてもいい。そこのソファーにでも腰掛けていいんだぞ?」

「…………」

「遠慮するな。君たちは一応、陛下のお客様なんだからな」

 腕を組んでいるリサは目を瞑ったまま何も言わない。

「……ま、いいけどな」

 ヴァルバはため息をつきながら、3人に背を向けた。それと同時に、リサはまぶたを開けた。

「……あんた、どこからどこまで、私たちを騙していたわけ?」

「騙していたわけではないと言っただろ?」

「あんたがそう思っているだけで、私たちはそうは思っていない」

「……なるほど」

 彼は頭をかきむしり、3人に顔を向けた。

「俺は先々代皇帝の第3子なんだよ」

「先々代って……あの、ベルセリオス6世の……」

 リサは驚きを隠せなかった。いや、たしかに彼がベオウルフならばそうなのだが、あの「大帝」とも謳われた皇帝の息子とは、少々信じがたいものがあったのだ。

「18年前、あの戦争の最中に父が亡くなり、兄がベルセリオス7世として即位した。俺は兄の片腕となって、この国を動かしていた」

 ヴァルバは部屋の奥へと歩いていき、一つのイスに腰掛けた。

「数年して、兄の政治も安定し、国内秩序も今までに無いくらいよかった頃、俺は兄の命でスパイとしてルテティアに潜入することになった」

「……皇帝の命って?」

 ヴァルバは、リサの方に顔を向けた。

「工作員から聞いた、伝説の巫女を手に入れたという情報の確認。そして、巫女の捜索などだ」

 永遠の巫女。ゼテギネアでは、まだ伝説であった。

「……8年前、俺は単身ロンバルディアへとやって来た。到着してすぐに、ルテティアが王都で何らかの研究をしていると聞きつけた」

 ヴァルバは昔のことを思い出しながら、ゆっくりと目を瞑った。

 ――まだ、25歳……ただ、兄上のためにって思ってたな……。

「研究って言うのは、ステファンがしていた暗黒魔法生成や、巫女に対する人体実験のこと?」

 リサの問いに、ヴァルバはゆっくりとまぶたを開けた。彼女の後ろで、顔を俯かせているアンナの姿が、否応なくは入って来た。

「……そうだ。俺はステファン卿が指揮している〈呪術研究院〉で、人体実験をしている噂を聞き、下っ端の研究員としてあそこに潜入した。……下っ端だったおかげで、ステファンには顔を覚えられなかった。下っ端でなければ、奴と対峙していた時に、俺のことがばれていたしな……」

 運がよかった、とヴァルバは笑った。

「潜入して数ヶ月が経ったある日、俺はようやく人体実験の場に出ることができた。そこで……」

 ヴァルバは少し言葉を詰まらせ、リサの後ろにいるアンナに目をやった。それと同時に、アンナも顔を上げていた。



「アンナ、君のお姉さんを見つけたんだ」



「……お姉ちゃんを……?」

 ゆっくりとうなずくヴァルバ。その顔には、どこか哀しそうな雰囲気を漂わせていた。

「……しかし、リノアンは過度の魔道注入により、元素の結晶体である宝玉を取り除かれ、死んでしまった」

 小さくヴァルバは顔を振りながら、天井を見上げた。

「……その頃、兄が亡くなったとの報を受け、俺は帰国した」

 イスから立ち上がったヴァルバは、近くの本棚の上に置かれている、一枚の紙に触れた。そこには、幼い少年の隣で微笑んでいる父親であろう、30歳近くの男性が立っていた。

「現皇帝――ゼナンは当時まだ7歳で、とてもじゃないが政務を行うことはできない。兄の遺言に従い、俺は帝国宰相として数年間、国を守った。そして、国が安定してきた頃に俺は巫女の捜索を兼ねて、再びロンバルディアへと渡った」

「……その時に、空と出会ったってことね」

 ああ、とヴァルバは小さくうなずいた。

「あの時、俺はいるかどうかもわからない巫女を探すことよりも、その可能性を持つ……リノアンの妹であるアンナを見つけた方がいいと思ってな。……巫女は血に関係して誕生することは知っていたからな」

 だからこそ、彼はフィアナへ向かっていた。その途中で、ソラと出逢ったのは偶然であり、彼にとって予想外のことでもあった。

「……とはいえ、アンナが本当に巫女なのかどうかわかりかねていた。特殊な属性を持っていることに違いは無かったが、それが本当に『永遠の巫女計画』で使われた元素なのかどうか、判断できなかったからな」

 リサは未だに疑問に思っていた。

 なぜ、ヴァルバは自分たちの先天属性がわかったのか。

「しかし、聖地カナンで彼女が巫女だということが判明したよ」

「聖地カナン……?」

 アンナは頭をかしげた。

 ――あそこで、自分のことがわかるようなことがあっただろうか。巫女である証拠がありそうなことなんて、何一つ……。

「アンナ、君とソラがあそこにあった天空石に触れた時、俺が触れた時のようにはならなかったのを、覚えているか?」

「天空石………あ……!」

 あの時、自分とソラだけ何も起きなかった。ヴァルバだけが、触れた時に強烈な痛みを感じたのに。


「天空石――古代の天才が作り出した、『疑似C』と呼ばれたもの。それは、天帝カインの流れを組む者……一定以上の遺伝子情報を持つ者だけが操作できる石。そう、巫女やソラのような特殊な存在だけが触れることのできるものなのさ」


「そう、だったの……」

 リサは驚いていた。そんなことは、聞いたこともなかったからだ。

「巫女もお前の一族ラグナロクも……元を辿ればティルナノグ皇室なんだよ」

「!! ……ど、どうして、あんたはそんなことを知ってるの!?」

 思わず、リサは声を上げていた。

「この帝都周辺にあったアヴァロン帝国時代の遺跡の中に、その旨のことが記述された書物が発見されてな。……ゼテギネアはゼテギネア独自に捜査・研究したんだ。お前が教えてくれた、アヴァロン帝国の祖・レグルスが持ち出した資料なのかもな……」

 巫女、ラグナロク、ヴェルエス宗家……全てが、カインの末裔。まさか、そんなことをたかが一国の宰相が知っているとは、想像しがたいものだった。

「……じゃあ、あんたの国がしようとしていることっていうのは、なんなのさ?」

「…………」

「教えないつもり? アンナに、ひどいことをしておいて……」

 睨み付けるリサの瞳、哀しく見つめる空の瞳、信じたくない、信じたくないけれどという、2つの気持ちが交叉するアンナの瞳から、ヴァルバは逃げるように背を向けた。



「……我が帝国の長き夢――2大陸の支配だ」



「なんだって……!?」

 リサは体を震わした。そして、拳を握りしめて立ち上がった。

「あんた! 助けるだの、なんだの……あれだけのことを言っておきながら、2大陸の支配が夢だって!? ハッ、反吐が出るよ!! 結局、あんたはそこらの権力者と同じだったってことだね!」

 リサの怒声が、この宰相室に木霊する。それでも、ヴァルバは一切同時ようとしなかった。

「そして、アンナのお姉さんをが死んだのは……あんたのせいでもあるんだろ!」

 言い返せないのか、言うつもりもないのか、ヴァルバは何も言わずに背を向けたままだった。

「最低だ! あんたは最低だ! 仲間を……私たちを最初から騙して、利用価値がなくなったら殺そうとしていたんだろ!!」

「…………」

 リサは頭を振った。そういった行動で、ヴァルバ自身を否定しているのだ。

「私たちの悲しみも、苦しみも……そして、この星の未来を知っておきながら、あんたは自分の国の利益を求めるって言うのか!!」

「……なんとでも言うがいいさ。俺の道は、俺自身が決める」

 ヴァルバはリサの方へ向き直った。そこには、あの碧い瞳でリサを睨むヴァルバがいた。

「父が亡くなり、兄上が即位してから、俺はこの国にすべてを捧げた。俺の命も、俺の誇りも全てな。この国がある限り、俺はこの国のために生き続ける。この国が生きているということは、俺が生きている意味そのものであり、価値だ。……祖国を持たぬお前には、到底わからないだろうよ」

 吐き捨てるかのように、ヴァルバは舌打ちをした。

「ふん!! そんなくだらないもの……わかりたくもない! 祖国ってのは、命を賭ける場所じゃない! 自分の心を置いておく場所だ!」




 私がわかって、なんであんたがわかんないんだ!!




 その叫びに、ヴァルバは顔をしかめた。揺らぐはずの無い想いが、一瞬でも揺らいでしまったのかもしれない。



「……あなたが、お姉ちゃんを殺したんですか?」



 ハッとしたヴァルバは、ゆっくりと彼女へ視線を向けた。

「あなたが……殺したんですか?」

 自分を見つめる、彼女の瞳。巫女特有のエメラルドグリーンの瞳が、小さく震えながらも自分を怨んでいる。

 ――そう、彼は感じた。いや、確信かもしれない。

「答えてください!」

 ほとんど出すことのない声量で、アンナは言った。

「あなたが殺したなら……そうだというなら、私は……私は……!!」

 瞳と一緒に、体を小さく震わしているアンナ。それは怒りか、哀しみか。

 ヴァルバは、顔を振った。

「……赦さなくていい。憎んでくれてもかまわない」

 ヴァルバは3人の方へ歩き始めた。アンナを見つめながら。そして、彼女の横を通り過ぎようとした時、



「俺が……リノアンを殺したようなものだからな」



「えっ……」

 そのまま、ヴァルバは黒装束の男と共に、この部屋から出て行った。バタン、と閉められた扉の音が、アンナの心の中で反響していた。

「…………」

 突然、アンナがストンッと座り込んでしまった。まるで、力が抜けてしまったかのように。緊迫した空気が無くなったからかもしれない。

「アンナ、大丈夫?」

 心配そうに、空が駆け寄った。

「だ、大丈夫です。ちょっと……」

 アンナは自分の体を抱くかのように、自分の肩を抱いた。

「……私、もう何がなんだか……」

 俯いた顔に、涙が浮かび始めた。

「ヴァルバさんが……あの人が、お姉ちゃんを殺したんだと思うと……もう、どうすればいいのかわからない……」

 掠れそうな声で、独り言のように呟くアンナ。

「嫌だ……もう、嫌だ…………どうして、こんなことになるの? どうして……!」

 小さく顔を振った瞬間、涙の雫が床下へと落ちていく。



「アンナ、信じましょう」



「……え?」

 空は彼女の隣に座り、微笑んだ。空の言葉に驚いたのと同時に、その笑顔にも驚いていた。

「もう一度、ヴァルバさんを信じましょう」

 彼女はアンナの肩に、自分の手を優しく置いた。

「私は、ヴァルバさんが悪い人には思えないんです」

「思え……ない?」

 アンナは空の瞳を見つめた。

 ――空色の瞳。

「まだ……私は皆さんのことをあまり知らないし、ヴァルバさんの性格や、考え方とかも、ほとんどわかりません」

 と、空は苦笑した。

「……だけど、ヴァルバさんを見てて、あの人はアンナのお姉さんを殺すような人だとは、思えないんです」

 はにかみながら、空は言った。疑念を抱いていない彼女にイラついたのか、リサが口を開いた。

「けど、ヴァルバは私たちを騙してたんだよ? ……時間が無いっていうのに、それを邪魔したんだ! どうやって、あいつを信じろって言うのさ!?」

「……そうですね。ヴァルバさんは、たしかに仲間を裏切るようなことをしたんだと思います」

 そうでしょーが、とリサが言おうとした瞬間、彼女は首を振った。

「でも、ヴァルバさんにも何か考えがあるんだと思うんです。……ううん、悩んでいるのかもしれません」

「悩む?」

 思わず、リサは首をかしげた。

「……ヴァルバさんが宰相だということを明かした時、そしてさっき、あの人の顔は……どこか哀しそうでした」

 哀しそうだと言う空の顔にも、哀しそうな雰囲気が浮かんでいた。なぜ自分までそうなるのかと、リサは意味がわからなかった。

「後悔と深い悲しみ……そういったものを感じました。ヴァルバさんは、インドラを食い止めようとすること、そして祖国に対する気持ちが交叉して、葛藤しているんだと思うんです」

「…………」

「……誰にだって、悲しいことはある。苦しいこともある。それらを体験した上で、ヴァルバさんはこうすることを決意したんだと思います。……たとえ、それが私たちを裏切ることになるのだとしても……」

 裏切ったのは否定できない。でも、そこには隠された理由がある。空はそう感じていた。

「空ちゃんが感じた後悔というのは、私たちを裏切ったことに対するもの?」

 リサの問いに、空は何度か瞬きをして唸った。

「……わかりません。それもあるのかもしれません。昔のことにも関連しているんだと思います」

 ――もしかしたら、リノアンさんのことに関連しているのか……あるいは、この国のことなのかもしれない。

 空は憶測ではあるが、それこそが答えなんじゃないかと、漠然とした考えをしていた。

「……ヴァルバさんが私たちを裏切ったのは、否めない。けど、私たちの〈インドラの野望を阻止し、世界を守る〉という想いまでは、裏切っていないんだと思います」

 本当に意味で裏切っていない。

 空はそれを信じようと決めた。



「だから、もう一度信じましょう。まだ時間はありますよ」



 空はそう締めくくった。優しく微笑む彼女を、まるで心を奪われたかのように見ているアンナとリサの姿が、そこにあった。

「……だから、か」

 ボソッと呟いたリサに、アンナは顔を向けた。なんでもないよ、とリサは微笑んだ。

 ――だから、あいつは惚れてんのかな……あそこまで。



「お手上げ」



 そう言って、リサは手を広げた。理解できない空とアンナは、顔を見合せて眉を八の字にしていた。

「空ちゃんにそう言われちゃ、敵わないよ」

 ため息を漏らしながら、リサは苦笑していた。

「滅茶苦茶腹立つけど、もう一回チャンスを与えてあげようか」

「チャンス?」

 アンナがそう言うと、リサは天井を仰いだ。

「私たちは何かの縁があって、ここまで来た。もちろん、あの馬鹿ひげも」

 馬鹿ひげ……意味を理解した空は、クスッと笑ってしまった。

「なんだかんだ言いつつ、仲間なんだし……信じてやんないといけなかったね」

「リサさん……」

 空はホッとしていた。リサは果てしなく怒っていたから。

「アンナ、もう一度だけ信じてやろうよ。……まぁ、あんだけ怒ってた私が言っても、説得力無いけど」

 苦笑しながら、リサは自分のほほを人差し指でかいていた。

「…………」

 アンナは何も言わず、俯いていた。拭うことのできない疑念……信じたいという二つの想いが複雑に絡み、彼女は悩んでいた。

「……私は、ヴァルバさんがリノアンさんを殺したとは思えないんです」

 再び、空が言い始めた。

「直接的ではないにしろ、間接的に関与しているのかもしれません。……詳しい話を聞くんです。恨むかどうかは……それからです」

「空さん……」

 アンナは顔を上げた。空と同じように、微笑んでいるリサが彼女の目の前に座った。

「結論を出すのは尚早……なんだよ、きっと。私は……私たちは、まだあいつの本音を聞いてないんだからね」


 本音――

 そこに、彼の想いは宿っていたか?

 彼の真意があったか?

 それが断言できない今、答えを出すのは間違い。彼からもっと話を聞くまで、出しちゃいけない。


 ――そう、空が言ってたのになぁ……。

 リサは、小さく笑った。

「……まだ、どうしていいかわからないですけど……本当のことがわかるまで、ヴァルバさんを信じます」

 ようやく、アンナは微笑むことができた。





「…………」

 空さん……あなたは、どう思いますか? ヴァルバさんのこと。

 私たちは、もう一度信じようと思います。

 あの時、あなただけが冷静だった。それは、彼を疑っていなかったからじゃないですか?

 ……だから、きっとあなたも信じますよね。



 きっと……





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