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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
62/149

52章:紫苑の帝都アヴァロン 暗き濃霧に囲まれて


 僕たちは帝都アヴァロンへ向かうことになった。

 帝都アヴァロンはここ、アルツヴァックから西北西へ歩いて20日という距離。結構長い。聞く話では、このアルカディア大陸はロンバルディア大陸よりも広いのだとか。

 さすがに歩いて20日なんて、めんどくさい(僕とレンド、及びリサの意見による)ということで、馬車を借りて行くことにした。ヴァルバの馬車は、未だアルフィナにある。ほぼ完全に、忘れてしまっている僕らであった。ちなみに、馬車は借りるのに約500セルトだった。安いのかどうか、いまいちわからないが。

 馬車で行くとなると、予定では3月上旬にアヴァロンへ入る。3月になるとはいえ、北ヨーロッパのような気候を持つアルカディア大陸には、まだ春は到達しないと思われる。

 アルツヴァックは性能のいい武器も売っているらしいので、レンドやデルゲン、ヴァルバの武器を整えた。僕もティルフィング(いつでも具現化可能)があるが、一応、そこで一番人気の剣を買っておいた。

戦うことのできないアンナには、リサが魔法を教えてあげていた。ただ、攻撃魔法ではなく、治癒系の魔法を教えてあげていた。これは非常に扱いが難しい魔法ではあるのだが、リサが言うには、「アンナには先天属性として珍しい〈治癒〉がある。これだったら、初心者でも簡単に強い治癒魔法を使うことができる」とのこと。属性には7つしかないと聞いていたが、どうやらそういったエレメンタルもあるようだ。僕の先天属性〈聖魔〉のように。


 2月21日。僕たちは帝都へ向けて出発した。

 行くのは僕とヴァルバ、アンナ、リサ、レンド、デルゲン、そして空の7人だ。レンドの仲間であるルーシーやロルグたちは、」へと戻ることになった。ラーナ様をお守りするためだという。

 鮮やかな冬の青空が広がる下、僕たちは緩やかな丘の道を進んでいた。馬車は2つに分かれ、一つ目の馬車にはデルゲンと僕と空。デルゲンが運転だ。二つ目の馬車は残りの4人で、運転はもちろんヴァルバ。リサはかなりヴァルバを疑っているので、同じ馬車に乗せるのは気が引けるのだが、レンドとアンナがいるから大丈夫だと思う……と、デルゲンは言っていた。

「なぁ、ソラよ」

「ん?」

 僕は寒いので、馬車の中で毛布に包まり、外を眺めていた。

「お前、ヴァルバのこと……どう思う?」

 デルゲンはたずなを引きながら言った。

「どうって……まぁ、怪しいとは思うけど、信じてるよ」

「そうか……」

 デルゲンは小さくため息をついた。

「……デルゲンも、疑っているのか?」

 呟くかのように訊ねると、少しだけ沈黙が流れた。

「……お前には悪いが、リサと同じくらい疑ってる」

「…………」

 そりゃ、結構なものだ。

「空ちゃんは?」

 さっきまでの暗い声色ではなく、いつもの彼のそれで空に訊ねていた。

「ヴァルバさんのこと……ですか?」

「ああ」

「そうですね……」

 空はうーんと唸り始めた。

「……私、まだ皆さんと知り合ったばかりで、ヴァルバさんのこともよくわからないんです。だから……すみません、なんとも言えないんです」

「そっか……そうだよな。まだ、わからないよな……」

 上空を見上げながら、デルゲンは言った。

「……あいつ、何を考えているんだろうな」

「いちおう、装甲船を手に入れるためだと思うけど……」

「たしかに、それも理由の1つだろう。だが、俺には別の理由があるように感じるんだ」

「別の理由……?」

 デルゲンは頭をかきむしった。

「あいつ自身の目的を成し遂げるため……とでも言うのかな」

「……それって、どういう目的だと思ってんの?」

「ヴァルバって、長い間一人でロンバルディアを旅してたんだよな?」

 僕はうなずいた。ただの旅人だとかって言っていたが……。

「それの最終的な目的だよ」

「けど、そんなことは一言も……」

「言ってないだろうな。あいつは、秘密主義だし」

 やれやれと、デルゲンは溜息を吐きだした。

 秘密主義か……今までのあいつの言動を見れば、明らかといえば明らかだ。

「ただ……いろいろなところを見たいから、旅をしていたんじゃないですか?」

「たしかに、空ちゃんの言うことも尤もだ。……だけどね、そうだとも言い切れない。だから、疑っているのさ」

「…………」

 疑っていないといえば嘘になる。けど、何をするにしても、ヴァルバが僕たちに危害を加えるとは思えない。可能性の問題だとしても、最後の最後は違う……気がするし。

「僕は信じるよ。……まぁ、あいつのことだからさ、あんまり気にしないほうがいいと思うよ」

「……そうだな。気にしないほうがいいのかもな。杞憂だといいんだが……」

 杞憂……。

 あいつの怪しさなんて今に始まったことじゃないし、他の方法が思いつかない現状では、ヴァルバに賭けるしかない。

 ま、気にし過ぎか。楽観的だとかって言われそうだけど。





 3月4日、帝都アヴァロンへ到着した。


「ほへぇ〜…………これまた、でっかいなぁ……」


 城壁のあまりの大きさに、僕と空とアンナは、目と口が開いたままだった。城壁は黒く、数十メートルもある。重厚な威圧感が、ビシビシと伝わってくる。

 帝都内に通じる巨大な城門も、厚さが1メートルくらいあり、要塞以上の要塞のように見える。

「ホラ、ボケッとしてないで行くよ」

 リサが僕の頭を軽くはたき、帝都内へスタスタと進んで行った。

「叩かなくてもいいだろ……」

「まあまあ、愛情の印ってことで」

 リサは振り向きながら言った。

「……嘘くせ」

「当たり前じゃん」

「くっ……むかつく……」

 そのまま、リサは先へと進んだ。

 帝都の城門を抜けて内部へ行くと、やはりすごかった。

 幅が数十メートルある、紺色のレンガで敷き詰められた中央通。その所々に、大理石に似た噴水が立っていた。そして、この通を挟むようにして、整然と立ち並んでいる商店街。どうやら、この中央通は外来者用の通らしく、商人や貿易関係の人が多い。服装を見れば、帝都の人じゃないなっていうのがわかる。

 帝都の人は黒いローブを羽織り、その上に黒い毛皮のコートみたいなものを着ている。頭には防寒具なのか、柔らかそうな帽子をかぶっている。今日は快晴であるが、それくらい寒いのだ。息を吐いてみれば、真っ白な煙のようなものになってしまう。

 リサは一度だけ来たことがあるということで、彼女から帝都について教えてもらった。

 帝都は王都ルテティアや、聖都ソフィア=エルメスと同じように、区分けされている。しかし、ここは規模が半端ではなく、第1市街区から第12市街区まである。つまり、上空から見れば、きれいな12角形の形をしているのであるとか。

 第1〜第7市街区は、帝都民が暮らす住宅街が立ち並んでいる。その中には、アルツヴァックにあった集合住宅もある。もちろん、アルツヴァック以上に大きく、10階建てのものもあるとか。

 第8市街区は、今僕たちがいる所。つまり、商店街である。ここは、他国の人が初めに通る場所である。通の側にある商店のほとんどは、おみやげ物屋だったり、軽食屋だったりする。もうちょっとこの市街区の奥に行けば、豪華な物が売られている店に行けれる。金持ちな商人や、他国の貴族にしか買えないような物ばかりだとか。

 第9市街区は教団関係の場所。キャメロット聖殿という、聖帝中央庁を除く、アルカディア大陸で最も大きいソフィア教の神殿がある。他には、帝都で仕事をしている司祭たちが住むための住居もある。これらが帝都民の住宅街と離れているのは、建物の造りが違うからである。ソフィア教司祭や司教たちは、聖都にあるような住宅を作ってもらっているのだ。帝都の建物は基本的に紺色で統一されているが、ここだけ白い建物である。聖都を模しているのかもしれない。

 第10、11市街区は貴族の住む場所。ルテティアにもあったが、他の建物以上に金がかかっているようにも見える。煌びやかな噴水があったり、舞踏会のための巨大パーティー場もある。そこには、皇族も行くのだとか。2つの市街区ではあるが、そこまで人は住んでいない。なぜなら、貴族は帝国民の約2割程度で、2つの市街区には少ない人数の割に、大きな住宅を持っているから、そうなっているのである。

 第12市街区には、犯罪人たちの拘置所がある。ここには、外に通じる城門が唯一、無い場所である。そうすることにより、犯罪人たちは巨大な城壁に囲まれ、逃げ出すこともできないようにされている。逃げるには、すぐ近くにある騎士団寮を通り、さらに大きな城門を通り、市街区に出なければならない。そのため、今まで逃げおおせた犯罪人はいないとか。連合国家、しかも皇帝独裁による巨大な圧迫により、クーデターなどを考える輩は少なくなく、そのためにこういった広い拘置所が必要なのである。第12市街区の名は知られているが、一般人では絶対に見ることができないよう、頑丈な城壁によって阻まれている。

 そして、帝都の中心部にあるのが帝城。今いる第8市街区中央通からも、その姿を見ることができる。囚人のいる第12市街区以外の、全ての通から帝城へと繋がっているのだ。高さは、ざっと100メートル以上。ゴシック様式に似た造りで、黒い姿が巨大な権力を現しているように見える。ゼテギネア皇室――つまり、ペンドラゴン家は夫人たち(現皇帝は12歳なので、先帝の側室とからしい)も含め、千人以上に上るため、その人数を住まわすために、あれだけの大きさの城が建造されたらしい。

 それにしても、ルテティアの王城や聖都の聖帝中央庁を遥かに凌ぐあの城……造るのに、かなりの時間と労力を必要としたんだろうな。それに付き合わされた民衆のことを考えると……溜息が出てしまいそうだった。

 この通から帝城まで、約4キロ。帝都は直径約8キロにも及ぶのである。山々が隆起しているこの北アルカディアでは、帝都アヴァロンのある所だけが平野であったため、このような都を建造することができたのである。



「……侵入するには、帝城の地下へ行かなければならない」

 通の一角にある、約12畳程度の宿屋の一室にて、僕たちは作戦を練っていた。

「地下? どうやって?」

「ソラ、今からそれを説明するんだよ」

 あ、さいですか。ヴァルバは続けた。

「地下に行くには、帝都の下水道を遡っていけばいい。そうすれば、地下の牢獄に出れるはずだ。そこから6階まで行く」

「どうして6階なのさ?」

 僕はすかさず訊ねた。

「6階が宰相が使う執務室のある場所だからだ。あそこまで行けば、もう皇帝に会えるも同然だ」

「会えるも同然ねぇ……」

 リサは溜息をしながら、窓の外を眺めていた。「そう簡単に会えるかしら」と付け加えた。

「大丈夫、俺が何とかするからさ」

 ヴァルバは自分親指を立てながら笑った。それを、リサは冷ややかな目で見つめていた。

「ふん、どうだかね」

「……お前さ、まだ俺のこと疑ってんのか?」

「当たり前でしょ?」

 即答だ。というより、ヴァルバが問い終わる前に言ったといえよう。ヴァルバは天井を仰ぎ、フーっと長い溜息をついた。

「まぁ……とにかく、俺はグラン大陸にみんなを連れて行かせるために、この作戦を提案したんだ。……それだけは、信じてくれないか?」

 時折見せる、真剣なヴァルバの顔。それを、リサは視線をそらさずに見ていた。

「……言ったでしょ? みんながヴァルバの作戦に乗るなら、私も賛成だと。今更、変えるつもりは無い」

「……信じてくれって言ってるんだが」

「それは無理。疑いが晴れるまで、私はあんたを疑う。……いい? あんたが少しでも怪しい行動を見せたら……ただじゃおかないからね」

 誰もが、リサの言葉に恐ろしさを抱いた。もし、ヴァルバが裏切るようなことをしたら、殺さんばかりの気がこもっていた。

「ハハハ、わかってるよ」

 唯一、ヴァルバだけが笑った。とても、笑える雰囲気ではないと思うのだが……。

「と、とにかく、地下へ行くための下水道の入り口って言うのは、どこにあるんだ?」

 デルゲンが少し慌てながらに言った。きっと、ギスギスした空気に耐えられない性分なのだろう。

「第5市街区の城壁近くに、壊れた下水道入り口がある」

「壊れてるんだったら、入れないんじゃないのか?」

 レンドは首をかしげた。

「壊れているからこそ入れるのさ。元々、第5市街区の地下には皇族が万が一の時のために、帝都を脱出するための通路があるんだ。それは下水道と繋がっているんだが、その第5市街区の下水道口が壊れているため、隠し通路に行けれるようになっているのさ」

「……なるほど」

 デルゲンは小さくうなずいていた。

「その隠し通路が、帝城の地下牢獄に繋がっているというわけだ」

「………皇室の脱出通路なのに、直していないっていうのもマヌケな話だな……」

 脱出通路なのに、逆に侵入されるんだもんな……。

 思わず、ヴァルバは苦笑していた。

「大昔に作られ、使われたことが一度も無いもんだから、忘れ去られてるのさ」

「なんだそれ……」

「たしか、帝都アヴァロンはフィンジアス王国が建国されてから、一度も占領されたことはないそうですね」

 アンナが言うには、小国だった頃、何度か囲まれたことはあったものの、今のような巨大な外壁がすでにあったため、陥落したことはないそうだ。海上の古都ランディアナに勝るとも劣らない都市らしい。

「侵入するのは今日の深夜。皇帝や大臣たちは深夜過ぎには就寝する。だが、多忙の宰相はまだ起きている時間帯だ」

「深夜か……うまくいくといいですね」

 空は、ぼそっと呟いた。




 太陽が沈み、人々が夢の中へと沈んでしまっている深夜、僕たちは動き出した。

 宿屋の中では音を立てないよう、ゆっくりと進み、通へと出る。通には、街灯がオレンジ色のぼやけた色を発していた。ちなみに、この街灯は天空石を使っているのではなく、エレメンタルの結晶を用いて発光しているのである。これは水上都市ランディアナにもあった代物だ。魔法石――だったか。

 通のあちこちを、数人の警備兵が見回りしている。片手には背丈ほどの槍。青黒い兜と鎧を身に付け、めんどくさそうに歩いている。そんな風にとろとろと歩いているので、僕たちは簡単に移動することができた。職務の怠慢は後々、泣く羽目になるかもしれませんよ〜。

 帝都は直径約8キロ。かなり広いので、第8市街区から第5市街区まで移動するのに結構な時間がかかる。第5市街区はこの市街区の反対側にある。帝都を円と考えて、円周の長さは半径の2乗×円周率だから……約50キロか。おいおい、半端じゃないな。入り乱れた道を進むとして……8キロくらいはある。

 それぞれの市街区の中央通以外の道は、普通の道路と同じくらいの幅だし、周りには集合住宅や大きな建物があるため、暗い路地のように感じる。建物の壁に取り付かれている小さな街灯が放つ光が、不気味な雰囲気を漂わせている。

 路地を右へ、左へと曲がりながら突き進むと、ようやく大きな通に出た。ヴァルバが言うには、ここは第6市街区らしい。帝都民の住宅街がある通は、深夜でも帝城への道が開かれている。帝城には入れないが、帝城の近くまで行けば、簡単に第5市街区へ行くことができる。帝城が都の中心部にあるからだ。

 もちろん、この中央通にも街頭の光の下を、トコトコと歩いている警備兵がいるのだが、どれもめんどくさそうにしている。簡単に、行くことができた。


「警備兵、怠けすぎだろ」

 忍び足で走って行く最中、僕は呆れ顔で言った。

「ま、平和な証拠さ」

「……ふーん……」

「反乱が頻発していると聞いたが?」

 デルゲンはヒソヒソ声で言った。

「名宰相と名高い、ベオウルフ宰相の手腕のおかげだろうさ」

 リサはボソッと言った。

「ここ数年、帝都は平和だって言われてるし」

「名宰相……レオポルトさんとどっちがすごいのかな」

「……さあね。ただ、ベオウルフ宰相はレオポルトのように、天才というわけではなかったと思うけどね。……そういう話が出ていないだけなんだけど」

 レオポルトさん……短い付き合いだったけれど、感謝しきれないほど感謝している。あの人の助けが無ければ、ステファンの犯罪を暴くことができなかった。イデアへ行くこともできなかったかもしれない。

 そして、ホリンのことも思い出した。あいつの最後の顔が、忘れられない。今までの自分のしてきたことに対し、悔いが無いようで未練があり、どこか穏やかな顔だった。今まで求めてきたものは、なんであったのか。最終的に、それさえもわからなくなっていたのだろうか。

 僕はホリンから受け取ったペンダントを懐から出した。銀でできたペンダントで、古いのか、所々傷が目立つ。

「これを、あいつに……」

 そう言われたけど、あいつというのは誰なのか。未だ、わかっていない。

 その時、僕はペンダントを見ながら歩いていたので、正面を見ていなく、レンドの背中にぶつかってしまった。

「うぉっ!?」

 レンドは衝撃でふらつき、僕はずっこけてしまった。ペンダントも手から離れ、通の上に転がってしまった。

「しぃぃ! 何やってんのよ馬鹿空!」

「だ、大丈夫ですか?」

 アンナが駆け寄って来た。みんなも、立ち止まって僕の方に振り向いた。

「いてて……」

「まったく、ドジな奴だなぁ」

 ヴァルバがほくそ笑みながら近付いて来た。

「た、たまたまだ。こういうこともあるんだよ」

 僕は打ちつけたひじの辺りをさすった。ま、この程度だったらどうってことない。〈覚醒〉してからというものの、ちょっとしたことでは痛みは感じない。さっきの「いてて」というのは、反射的に出てしまう言葉なんだよなぁ。慣習づいてるんだもんよ。

「ソラさん、怪我は無いですか?」

「ああ、大丈夫だよ、アンナ。……あれ?」

「どうしました?」

「いや、ペンダントが……」

 手から離れてしまったペンダントが無い。近くに落ちたと思ったんだけど……。辺りを見渡しても、見当たらない。真夜中で、暗いためでもある。

「ペンダント? なんですか? それ」

「ホラ、ホリンから受け取ったやつだよ。あれがどこかに…………」

 僕はもう一度、辺りを見渡した。その時、空が何かを拾い上げ、見つめていた。

「あの……これですか?」

 空の手には、そのペンダントがあった。

「あ、それだ」

 僕は立ち上がり、空の隣へ行った。ペンダントを手にしようとした時、気付いた。ペンダントが、開いていることに。

「これは……ロケット?」

 中に、写真があった。誰の写真だ……?

「……女の子ですね。誰でしょうか?」

 同じく写真を見つめる空。

「……誰だ?」

 ロケットには、まだ10歳前後であろう少女の肖像画があった。髪が黒く、ネックレスなどもしているかわいらしい少女。黒い髪から察するに、イデアの人ではなかろうか。

「どれどれ……」

 ヴァルバが覗いた。

「誰かわかる?」

 僕がそう訊いても、ヴァルバは何も言わなかった。ただ、その少女をずっと見ている。瞬きもせずに。


「……これ……王女じゃないか……!」


「王女って?」

 ヴァルバはガクッと肩を落とした。

「お前な……ラルハ王女だよ。覚えていないか?」

「ラルハ王女……んん?」

 僕は頭をかしげた。聞いたことあるような、無いような……。

「イデア皇隆王の長女、ラルハ王女だ」

「……あっ! あの王女様か!」

 一度だけ見たんだ。イデアの王都ローヴナーから出る前、大臣たちと協議する時に、ホリンの話をしていると、奥から出て来たんだ。長い黒髪、ほっそりとした体。まだ14歳とかって聞いたが、小学生くらいに見えた。

「……たしか、ホリンは幼いラルハ王女の面倒を見ていたって聞いたな……」

 ヴァルバはロケットの中のラルハ王女を見ながら言った。

 皇隆王は政務で忙しく、娘のラルハ王女にかまってやる時間が無いため、王の甥であるホリンが彼女の世話や遊び相手になったという。寂しい思いをさせまいと、そして立派な王族にしようと、頑張ったに違いない。ラルハ王女に対しては、親族に対する愛情というものが大きかったのだろう。世話をする一方、ラルハ王女が癒しになっていたのかもしれない。憎しみを駆け走る中で、ラルハ王女の姿だけが、そんな自分を食い止めていたのだろうか。皇隆王と対峙し、殺せる時に殺さなかったのは、もしかしたらラルハ王女のことが頭に浮かんだからかもしれない。いや、王を殺したら、彼女が悲しむとわかっていたから、殺さなかったのだろうか。今となっては、それを知ることはできない……。

「……そうか……ホリン、これは……ラルハ王女に渡せばいいんだな……」

 ようやく、わかった。あいつの言葉の意味が。

「すぐにわかる」

 そう言われて、すでに1ヶ月近く経っていた。装甲船を手に入れたら、これをラルハ王女に渡しに行くよ……。






 宿屋を出発して、約1時間が経過し、ようやく壊れた下水道口に辿り着いた。

 城壁近くにあり、隣には大きな住宅があって、その2つに挟まれるような形で下水道口はあった。直径1メートルくらいのマンホールで閉められていた。

 力持ち(自称)のレンドが変な声を上げながらマンホールを持ち上げる。思ったよりも、重かったようだ。開けた瞬間、下水の臭いが僕たちを襲った。男性陣は平然としていたが、女性陣は顔をしかめ、鼻を押さえた。

「う〜、臭―い」

 リサは今にも泣きそうな顔で、僕を見てきた。

「まぁ、下水の臭いなんてこんなもんさ」

 都会に住んでいたので、これくらいは慣れっこだ。

「空……ど、どーにかして……」

「いやいや……どーしろってんだよ……」

 無理難題を言うなよな。

「ここを降りて、ちょっと進めばきれいな脱出通路に出れる。それまで、女性陣は我慢してくれよな」

 ヴァルバは笑いながら、穴の中へ降りていった。

「……平気なの? あんたたち……」

「ちょっとした臭いは平気だ。今まで、数々の修羅場をくぐって来たからな」

 レンドは自慢げに上腕二等筋を隆起させた。

「どんな修羅場よ………」

 入り口はガイアにあるようなものと同じだった。丸い竪穴が数メートル下まで伸びており、はしごで下りられるようになっている。

 下水道の中は灯りが無いため、真っ暗だった。先に入ったヴァルバが、灯りを用意してくれた。

「たしか、こっちだったかな……」

 ヴァルバは辺りを見渡しながら、慎重に歩き進んだ。

 トンネルの形をしているのは、この世界も同じようだ。どす黒い、濁った汚水が流れていっている。さすがに、僕も顔をしかめた。

「……あった! これだ!」

 前方で、ヴァルバが言った。急いでそこへ行くと、ヴァルバが見つめる視線の先に、壁が崩れ、1つの穴ができていた。

「……おいおい、入れるのか?」

 デルゲンは顔を覗かせた。たしかに、穴ができているとは言っても、子供一人が入れる程度のスペースしかない。

「そこは大丈夫だ。壊そう」

 壊すって……そう突っ込む前に、ヴァルバは右手を広げ、壁に手を当てた。黄色い光がヴァルバの右手を覆い、一瞬だけ発光した。

「…………」

 壁は轟音を立てながら崩れてしまった。この辺り一帯が、震度2くらいの地震に襲われたかのようだった。

「よし、行くぞ」

 ヴァルバは一足先に、たいまつを持って進んで行った。

「……何もんだ? あいつ……」

 レンドは頭をかしげた。みんなは、呆然と立ち尽くしていた。

「怪しさが増えちゃいましたね」

 空……そこは笑って言うところじゃないような気がします……。

 崩され、広がった穴に入ると、すぐ下に広間みたいなのが見えた。2メートルくらい下だろうか。すでに、ヴァルバはそこに降り立って、手招きをしていた。

 僕たちは順番に、一人ずつ飛び降りて行った。ただ、空とアンナはもしものことを考え、空は僕が、アンナはリサが抱えて飛び降りた。「そこは俺の役目だろうーよ」とレンドが言っていたが、リサが「女の子に触れちゃダメ!」と、半ば無理矢理なセリフでレンドを一蹴した。さすがに、鉄人レンドもショックを受けますよ。10秒間、アンナが宥めて立ち直ったけど。

 下水道のようなところとは違い、そこは大きな広間だった。前方と後方に、1つずつ通路がある。後方にあるのが帝都の外へ向かっているもので、前方にあるのは帝城の地下へ通じている通路だ。

 広間のあちこちに、火が灯っている。結晶のような物の中に、赤く光る物がある。どうやら、炎のエレメンタルの結晶なのだろう。リサが言うには、これは半永久的に使える結晶体のようで、地下にマグマでも眠っているんだろうとのこと。ガイアで言えば、地熱というものに似ているかもしれない。

 通路の幅は2メートル近く。周りはすべて、コンクリートのようなもので固められている。さすが、皇族専用の脱出通路だ。きれいに作られており、土の色などどこも出ていない。

 通路を進み、時には右へ、左へと曲がりながら進んでゆく。壊れた下水道が外への城門近くにあったので、帝城まではと言うと……4キロか。しかも、この地下通路、いちいち曲がったりしているので、実際には6キロくらいあるのかもしれない。



「……この地下通路は、実は約2000年近くも昔に造られたんだ」

 20分ほど歩き、宿屋の一室ほどの広間でくつろいでいる時、ヴァルバが天井を眺めながら言った。

「2000年……かなり昔だなぁ」

「……ソラ、ヴァルバが言っている意味を理解しているか?」

 デルゲンは笑いながら言った。僕は頭をかしげた。

「どーいうことだ?」

「今の帝都が築き上げられたのは、フィンジアス王国が建国されてまもなくの頃だ」

「フィンジアス王国は、1550年頃に建てられたんですよね?」

 アンナがそう言うと、デルゲンはうなずいた。

「つまり、建国される以前からこの地下通路はあったってことか。……じゃあ、誰が造ったんだ?」

 そう訊ねると、ヴァルバが説明をし始めた。

「正確にはわかっていないが、ティルナノグ以来、2大陸を統一したと言われる伝説のアヴァロン帝国だろうと歴史学者は言っている」

 アヴァロン帝国――以前、教えてもらったが、存在していたかどうかは定かでないらしい。一万年前に建国されたティルナノグさえ、存在していたことがわかっているのに、なぜアヴァロン帝国のことがわからないのだろうか。

 ……ん? よくよく考えたら、僕たちはリュングヴィやクロノスさんから話を聞いているから、ティルナノグが存在しているのはわかっているんだった。依然、この世界の一般人たちは、ティルナノグを伝説上の王朝だと考えているんだろう。

「アヴァロン帝国か……」

 リサが別のニュアンスを含んだ言い方をした。

「リサ、何か知っているのか?」

 ヴァルバが訊ねた。

「……アヴァロン帝国の創設者、誰か知ってる?」

 彼女がそう言うと、ヴァルバはあごひげを触りながら天井を見上げた。

「伝説では竜神バハムートが人間に乗り移り、バハムート1世として建国したって聞いたが……」

 すると、リサは首を振った。

「それは間違い。アヴァロン皇室が、初代皇帝を神格化させるため……そして、彼の出自を隠すために作られた伝説なの」

「……じゃあ、どういうことなんですか?」

 体育座りをしているアンナが言った。



「創設者はラグナロクの青年――レグルス」



「ラグナロク……お前と同じ一族の出か?」

 僕が言うと、彼女はうなずかずに続けた。

「……彼は一族の掟を破り、俗世へと出て行ってしまった。ラグナロクの一族の中でも、彼は卓越した能力の持ち主だったらしく、絶対的なカリスマ性も持ち合わせ、次々と同志を集めていった。そして、彼は大きな野心を胸に秘め、アヴァロン帝国を建国し、2大陸を制圧した。彼は民衆から信仰されていた竜神バハムートの生まれ変わりであるということにより、さらに人望を得ていった」

 しかし、そんな彼の野望を打ち砕くことがあった。それは、寿命。どんな常軌を逸した力を持って生まれたとしても、所詮、人間。死から逃れることはできなかったのである。

「彼は夢を自分の息子に託したけれど、息子も同じような天才とは限らない。それ以降は幼帝が続き、朝廷は腐敗していった。最終的に、新暦100年頃、南の王朝に滅ぼされてしまった。結局、悪巧みをするような奴の願いなんて、寿命っていう逃れられない運命によって打ち砕かれるのさ」

 ざまぁみろ、と言わんばかりにリサは言い放った。

「……レグルスの野望って言うのは?」

 レンドは寝そべった状態で訊ねた。少々、眠いのかもしれない。

「それは樹と同じさ。ティルナノグの浮遊大陸を復活させ、ロキの力を手に入れること。……いや、厳密に言えば違うかな。樹の場合は、ロキの力をもって世界を滅ぼし、星を救おうと考えている。自分の利益なんて考えていない。けど、レグルスの場合はロキの力を手に入れ、世界を支配しようとしていた。最終的に目指すものは真逆だったね」

 どうやら、レグルスは2大陸を制圧してから、グラン大陸へ行ってティルナノグを復活させようとしたらしいのだが、それが命取りになったようだ。2大陸を制圧するのに、50年近くかかったらしい。しかも、聖杯も聖剣も手に入れて無かったとか。

「……ティルナノグが滅んでから2000年、レグルスとミッドラント帝国のアルヴィス1世は、強大な力と軍事力を保持しながらも結局、ロキの力を手に入れることはできなかった。……聖剣と聖杯を手に入れたのは、樹が初めてだろうね」

「…………」

「あっ……空、別に変な意味は無いからさ」

 リサは僕を気にしてか、どこか哀しそうな表情で言った。むしろ、心配した顔かもしれない。

「いや、気にしてないよ」

 と言うのは、ただの強がりなんだけど。僕は誰にもわからないよう、小さくため息をした。樹、か……。

「ところで、どうして樹は封印を解く鍵である〈聖杯〉と〈聖剣〉を持っているんだ?」

 デルゲンは頭をかきながら言った。

「……聖杯グラールは、シュヴァルツとバルバロッサが一族を出る時に盗み去った。あれは、ラグナロクが〈戒めのための呪物〉として、代々私の家系が守っていたものだからね」

 ロキを解く鍵だとは、リサの家系の者しか知り得ないことだったのだという。

「だけど、どこで『聖剣エクスカリバー』を見つけたんだろう……」

 リサは唸った。エクスカリバーって……ガイアにもあった、伝説の剣だよな。元は同じ世界で、そこらが共通してるってのは……うーん、興味深い。

「リサも、どこにあるか知らなかったのか?」

 僕の問いかけに、リサは小さくうなずいた。

「私の一族は聖杯だけを守り、それ以外にも鍵があるとは知らされていたけど、どこにあるのかは知らない。……たぶん、樹たちにしか知り得ない何かがあったんだとは思うんだけど……」

 あいつらだけが知っていたこととなると……

「樹は4年前に教皇になった……ということは、その間に聖剣を見つけ出したってことだよな?」

「……もしかして、聖剣は聖都にあったんじゃないか?」

 デルゲンが言った。

「ラグナロクは古くから伝わる一族だ。と言うことは、それと同じように古い一族によって守られていたんじゃないか?」

「それが、教皇家ってこと?」

「たぶんな。聖都のどこかに封印されていたんだろう」

 そういえば、以前、クロノスさんは言っていた。アイオーンがティルナノグのもう一つの宝剣である〈聖剣〉を鍵にしたと。そう考えれば、つじつまは合う。封印をした人物が、鍵のどれかを持っている可能性は大きい。ソフィア教の開祖であるアイオーンが、聖都に封印していたと考えるのは妥当であろう。

「……とにかく、樹たちによって浮遊大陸が復活し、天空帝都に眠る最後の鍵〈聖玉〉を見つけられる前に、私たちも追いつかないとね……」

 リサの言うとおりだ。そうでないと、空の命は助からない。

 ふと空に目をやると、彼女と視線が合った。照れたのか、彼女は顔をそらしてしまった。

「さて、休憩はこのくらいにして、出発するか」

 ヴァルバが立ち上がった。それに続くようにみんなも立ち上がり、荷物を背負った。僕も歩き出そうとした時、空が近くに来た。

「? どうした?」

 心配そうな面持ちで、彼女は僕を見上げている。

「……なんだか、哀しそうな顔をしてたから……」

「哀しい? 僕が?」

 思わず、僕は首をかしげた。

「樹さんのことになると、なんだか……哀しそうで……」

「…………」

 まだ、空には言っていないのだ。樹が僕の弟で、お前の幼馴染だということを。

「……ごめんなさい。なんだか、勝手なことを言っちゃって……」

 慰めているはずなのに、なぜか彼女が俯いてしまった。そこがやっぱり彼女らしく、嬉しくなってきてしまう。

「……心配してくれてるんだろ? ありがとな、空……」

 僕は空に微笑みかけた。空も、同じように微笑んでくれた。





 それから20分ほど、ひたすらヴァルバの後を付いて行くと、一つの木造の扉が現れた。今まで通ってきた道の途中には、無かった。

「ふぅ……ようやく着いたな」

 ヴァルバはゆっくりと扉を押し開けた。目の前に、紺色の階段が現れた。

「ここを登れば、地下牢獄に出れるようになっている。急ごう」

 僕たちは階段を駆け上がって行った。

 階段を上りきると、レンガ造りの広間に出た。赤い灯火だけが、この広間を照らしている。所々に通路があり、ヴァルバが言うにはそこから牢獄に繋がっているらしい。この静けさと湿気……ルテティアで牢獄に入れられた時を思い出す。ここも、雰囲気は同じだ。

 1階へ通じる階段を上ると、細い通路に出た。左右に、長い一直線の通路が延びている。もちろん、あちこちに扉が付いている。壁には、高そうな絵画たちが、ズラーッと顔を並べている。

「こっちだ」

 ヴァルバは右の方へと走った。声を出しても大丈夫なのかと思ったが、どうやら兵士が見当たらないようだ。深夜とはいえ、見回りぐらいしていたほうがいいと思うんだけどな……。

 空とアンナの速度に合わせ、僕たちは進んだ。しばらく通路を進むと、T字路に出た。それを右に曲がり、さらに突き進むと、再び階段が現れた。

「この階段は、すべての階層に繋がっているんだ。ここを、一気に登るぞ」

「えぇ〜、6階まで?」

「めんどくさがるな、ソラ」

 ヴァルバは笑いながら言った。

「僕はともかく、アンナと空は大丈夫か? 6階といえば、結構な高さだと思うんだけど」

「えっ? だ、大丈夫です。頑張ります」

 なぜか、アンナは気合を入れていた。気合を入れる場面ではないと思うけど。

「たぶん、大丈夫です。気にしないで下さい」

 空はというと、なんだか淡々としている。……ま、聖地カナンから地上へ戻る時に比べたら、楽だしね。

 僕たちは階段でもあまり音を立てないよう、且つ迅速に駆け上った。

 この帝城、数十階くらいあるそうだ。そんなに高くする必要はあるのだろうかと思うほど。権力者って言うのは、どうして高いものを好むんだろうか。上から、地上を這いずり回る無力な人間を見たいためだろうか。そんなものを見たって、自分は満たされないというのに。




 ものの数分で、僕たちは6階へ到着した。

「よし、もう少しだ。この扉を抜けて、通路を進めば宰相室に行けれる」

 ヴァルバに言われるまま、先へ進んだ。地下通路にあった木造の扉を押し開け、左右に延びている通路を左へと進む。1階の通路よりも、どこか明るい気がする。宰相はまだ仕事をする時間帯らしいので、そのためかもしれない。就寝したら普通、灯りは消すものだし。

 左に延びている通路を進み、右へ直角に曲がり、再び右に曲がる。すると、再び大きな木造の扉が現れた。今までの扉とは違い、装飾が施されている。

「……着いたな。行くぞ」

 どうやら、この先が宰相室のようだ。

 ヴァルバはゆっくりと、扉を押し開けた。扉が開かれた先には、暗がりの部屋が現れた。床にはびっしりと赤いじゅうたんが敷かれており、天井には定番のシャンデリア。小さな明かりを灯している。部屋の四隅には蝋燭があった。

 これが宰相室だろうか。僕は頭をかしげた。政務を行う人物の部屋にしては、政務を行っているような気がしない。部屋には、仕事をするためのテーブルも無い。



「ようこそ、帝城へ」



 僕たちは正面を見据えた。すると、シャンデリアの光が突然大きくなり、部屋全体を覆った。そして、声の主が姿を現した。

「わざわざこのようなお時間に……ご苦労様です」

 白髪のおじさん。あごにも、白いひげが少しだけ生えている。だが、まだ40代くらいだろうか。白髪になるには早すぎるのではと思った。スーツのような服を着ていて、どこか王族の使用人のようにも見える。

「……あんたが、ベオウルフ宰相?」

 リサが言った。宰相と思われるおじさんは、ほんの少しだけ微笑んだ。

「……いいえ、私はベオウルフ様ではございません」

 おじさんは頭を小さく振った。

「宰相を呼んでくれる? 用があるんだ」

 リサはずかずかと進んだ。礼儀もくそも無いな……。

「呼ぶも何も……その必要はありません」

「?? それって、どうい――」




「そのまんまの意味さ」




 僕は後ろへ振り向いた。

「……ヴァルバ?」

 すると、ヴァルバは何も言わず、前へと歩き出して行った。

「……久しいな、カザラン」

 ヴァルバはおじさんの前に立ち、そう言った。すると、おじさんはひざまずき、ヴァルバに頭を下げた。

「お帰りなさいませ、閣下」

「……閣下……?」

「?? ヴァ、ヴァルバ……どういうことだ?」

 僕がそう言うと、ヴァルバはくるっと僕の方へ振り向いた。

「……まだわからないか?」

 まったく……と呟きながら、彼は苦笑した。




「……俺が、ゼテギネア宰相ベオウルフ――〈ベオウルフ=ヴォルガンフ=ペンドラゴン〉だ」




「…………え?」

 僕はヴァルバが何を言っているのか、わからなかった。

「あんたが……ベオウルフだって……?」

「悪いな、黙ってて」

 ヴァルバは軽いノリで言ったようだった。

「ヴァ、ヴァルバ……悪い冗談だよな?」

 そう言うと、彼の陰に隠れてしまっていたカザランという人が、彼の隣に立った。

「冗談ではございませぬ。……先代陛下の弟君であらせられるベオウルフ殿下こそ、我が国の宰相……」

「!!!」

「な、なんだと!?」

 嘘だろ……!

「ヴァルバさん……本当に……?」

「……ごめんな、アンナ。気を悪くしないでくれよな」

 ヴァルバとカザランは後ろへ歩き出し、大きな扉の前に立ち、再び僕たちの方に振り向いた。

「君たちには感謝している。君たちと共に旅することによって、インドラの目的の意味も、手に入れたいもののこともわかったからな」

 僕はようやく、ヴァルバが宰相だということに実感が湧き始めてきた。時折見せる、ヴァルバのヴァルバらしからぬ顔――いや、これが本当の顔なのか。あれは、宰相であるヴァルバの顔ということだったんだ!

「ヴァルバ……裏切るつもり!?」

 リサは叫んだ。噴出できない怒りを含みながら。それを聞いて、ヴァルバは小さく笑った。

「裏切るなんてとんでもない。お前が……お前たちが気付いていなかっただけだよ。……本当の俺を」



「……あんたぁ!!」



 リサは素早く片手を挙げ、白い光を集結させた。

「無駄だ。この部屋全体に、アンチ・マジックの魔方陣が敷かれている。たとえお前であろうと、その魔方陣を破ることはできない」

 ヴァルバはサッと手を上げた。すると、あちこちの扉が開き、武装した兵士たちがなだれ込んで来た。槍を片手に、僕たちを囲んだ。

「……無駄な抵抗はしないことだ。お前たちのためにもな」

「私が本気を出せば、あんたたちなんて皆殺しにできるんだよ!」

 リサの詠唱はすでに終了し、バスケットボール程度の光の玉が、彼女の手に浮かんでいる。

「ハハハ、だろうな。……だが、お前が全員を殺す前に空ちゃんかアンナを人質に取るがな……。それでも尚、お前は俺たちを殺すというのか? さあ、どうするつもりだ? リサ」

 陽気にと笑いながら、リサの脅しの言葉に引けを取らないヴァルバ。それは、彼女の怒りを余計に増幅させるだけだった。

「ヴァルバ……お前……」

 デルゲンは落ち着いた声で言った。片手で、アンナと空をかばっている。

「……おとなしくしていれば、装甲船はお前たちにやろう。お前たちの旅を、止めさせるようなことはしない。空ちゃんを死なせたくは無いしな」

 フッと、ヴァルバは微笑んだ。

「用が済んだら、お前たちは解放しよう。それまでこの城にいてもらう」

「……〈いいですよ〉って、言うと思う?」

 リサは邪悪な笑顔で言った。

「言わないよなぁ。そういう奴だよ、お前は」

 ヴァルバは小さく溜息をついた。


「……何が目的なんだ? それを教えてくれ」

「ん?」

 僕はすでに剣から手を離していた。彼はゆっくりと、僕に視線を向けた。

「……俺の目的は、〈永遠の巫女〉を手に入れることだ」

「巫女だと……!?」

 レンドが呟くと、彼はうなずいた。

「……じゃあ、リサを狙っているってことか?」

 ここには空とリサが巫女だが……空は、すでに宝玉を抜かれた状態。利用することなどできないはずだ。

「……リサは最も破壊力があり、操作の難しい〈時空〉のエレメンタルを持っている。それでは、俺たちの求めることはできやしない。それに、リサの性格上、協力してくれるとは思えないしな」

 ヴァルバは手を広げて微笑んだ。

「……あんた、それを……どうやって知ったの? 私の体を調べない限り、通常の人間では先天属性を知ることはできないはずなのに!」

 リサの先天属性……? どういうことだ??

「そんなことはどうでもいい。ともかく、俺が求めているのはリサではない。空ちゃんでもない」

「じゃあ、誰って言うんだ?」

 ヴァルバは僕の問いに対し、口を閉じた。そして、頭をかきむしりながら言った。




「……アンナだ」




 アンナ……? まったくもって、意味が理解できなかった。

「私……?」

 どうして、アンナなんだ? アンナが、巫女だっていうのか?

「……どうして、アンナが巫女だっていうことを知ってるの……!?」

 リサは声を震わせながら言った。その言葉で、僕たちは彼女の方へ顔を向けた。

「リサ、お前……知っていたのか?」

 レンドがそう言うと、リサは小さくうなずいた。

「……ごめん。私は、初めて会った時から知ってたの。アンナは先天属性として特殊な元素を持ち、〈斜光の巫女〉だということを……」

「斜光の巫女……!?」

 驚愕のことだった。ほぼ魔法の使えない彼女が……。


 ――!


 そうか……だから、「治癒」のエレメンタルを持っているのか……!

「〈烈火の巫女〉リノアンの妹であるアンナも、同じように巫女としての能力があったということさ」

「……どうして、アンナのお姉さんが〈烈火の巫女〉だということを知っているの?」

 リサは落ち着いた声で言った。すると、ヴァルバは眉間にしわを寄せた。

 たしかに、どうして出会ったはずもないリノアンさんのことを知っているのか。リサが言っていることが本当なら、リノアンさんと接触していない限り知り得ないはず。


「……もう、隠すことじゃないな。いつか、教えてやるって約束したもんな……」


 ヴァルバは、どこか哀しそうだった。彼は天井を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。

「……俺は、かつて――ルテティアの魔道大臣ステファンの下で、呪術研究院の研究者として働いていた。もちろん、スパイとしてな。そこでは、リノアンの研究がされていた。……だから俺は知っているのさ。彼女の素養を、な」

「呪術研究院で……」

 まさか……。

 嫌な想像が、頭の中を一瞬よぎる。

「ヴァルバさん……まさか……あなたが、お姉ちゃんを…………!」

 アンナは震える声で、小さく言った。いや、自分の意識で言っているようには見えない。目を見開き、勝手に出てきた言葉のように見える。

 それを察したのか、ヴァルバは顔を振った。


「……説明は終わりだ。おとなしく、俺の言うとおりにしろ。そうすれば命は助けるし、もちろん立派な装甲船もやる」

 ヴァルバは手を動かした。すると、僕たちを囲んでいた兵士たちが距離を縮め、縄を取り出した。その時、一人の兵士が空中へ吹き飛ばされた。


 ――リサだ!


「ヴァルバ!! あんた、何もかも知ってたんだね! アンナのお姉さんのことを知っておきながら、隠していたってことだろ!? あんたが……あんたが殺したのか!?」

 リサは吹き飛ばした兵士の槍を握り、その握力で握りつぶしていた。それを、ヴァルバは動じずに見下していた。

「なんとでも言え。俺には俺の理想がある。俺の目的達成のために、お前たちの旅に付き合っていた。それが終われば、もう何でもない」

 その言葉に、リサは槍を持っている手を引いた。今まさに、投げつけようとしている。

「ヴァルバ!!」

「動くな! 動けば、俺はこの部屋に敷いている禁呪を発動させ、お前たちを殺さなければならない!」

「くっ……!!」

 ヴァルバがそう言うと、リサは怒りで動こうとした体を、なんとか理性で押さえつけた。

「……それでいい。よし、捕らえろ」

 ヴァルバの合図と共に、兵士たちは僕たちを縄で縛り始めた。いるのは、せいぜい20人程度。これくらいなら、リサではなく、僕でも何とかできる。

「おっと、へんなことは考えるなよ、ソラ。お前の力も、驚異的だからな」

「へ?」

 僕の考えを察知したのだろうか、ヴァルバは笑顔で僕を見た。

「ハハ……承知してますよ」

 僕たちは、大人しくお縄を頂戴した。

「……できれば、お前たちは傷付けたくないんでな。悪く思わないでくれ」

 と言われても、それを信じる人間は少ないと思うぞ。たぶん、思ってくれるのは空と……僕くらいか。

「女性は俺の部屋へ連れて行け。男性は……ま、地下牢獄でいいや」

 ハハハ、とヴァルバは笑いながら命令した。

「お、おいおい、俺らは適当かよ。おかしくないか?」

 レンドは苦笑いしながら言った。

「平民風情が閣下に口答えをするな!!」

 と、一人の兵士が怒鳴った。

「いいから連行しろ」

 すると、兵士たちは僕たちを引っ張り始めた。ここは、大人しく言うことを聞いたほうが身のためか。


「空さん……」

 空が心配そうに、僕を見つめた。

 ……不安なのだろうか。それを払拭させるために、僕は笑った。

「だーいじょぶだって。きっと、後で会えるからさ。心配すんな」

「……はい」

 兵士に連れて行かれ、僕とレンド、そしてデルゲンは地下の牢獄へと連れて行かれた。空たち女性は、たぶんヴァルバの部屋へと連れて行かれたのだろう。……何も無ければいいんだけど。







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