表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
55/149

45章:惨劇の会議場 蹂躙された意思たち



※残酷な描写があります。

苦手な人はご注意ください。






 なんとも言えない、虚しい気持ちが僕の心を踏みつけている。僕は、ゆっくりと立ち上がった。

「……ホリン……」

 もう、動かない。魂が、肉体を離れて行ってしまった。

「……ソラ」

 ヴァルバの声がした。彼は僕の横へ来て、肩に手を置いた。

「なんでかな」

 僕は小さく呟いた。

「なんでか……虚しい。ホリンは……大勢の人たちを殺した。やってはいけないことをした、僕たちの敵なのに……」

 ヴァルバは何も言わず、僕の肩から手を離した。

「……最後の最後だけ、ホリンは悪くないって思った。なんでだろう……」

 そう言うと、ヴァルバはホリンの遺体の傍で、しゃがんだ。

「わかんないもんさ。……そういうのは」

 彼はそっと指を伸ばし、東方民族らしからぬ白い肌に触れた。


「善悪を基準にして闘うのは、間違っている」


 呟いたように言った言葉を、僕は聞き逃さなかった。いや、彼はわざとその程度の声量で言ったのかもしれない。

「……ホリンには、どうしても変えたいことがあったんだ。たとえ、何もかも殺して、憎むことになってもさ」

「…………」

 何かを変えるには、己の命を失うことになってもいいっていうのだろうか?

 ――そんなの、違う。絶対に……

「ソラ、ここで立ち尽くしていても仕方が無い。俺は、ここに襲撃してきたのがホリンだけとは、到底思えない」

 デルゲンは僕の隣に立ち、言った。



「デルゲンの言うとおりよ」



 後ろへ振り向くと、大きく体を伸ばしているリサがいた。

「聖帝中央庁……いや、神聖騎士団を相手にするくらいだから、幹部たち――ユグドラシルが直々に来ているかもしれない」

 たしかに……今まで陰で行動してきたインドラが、こうやって日の当たる場所に出てきたってことは……

「そうだとしたら、各国の首脳たちや教皇も危ない。……すでに、やられているような気がしなくもないが……」

 ヴァルバは頭を抱えた。

「ともかく、会議場へ行かないと。空、行くよ」

 リサは僕の背中を軽く叩いた。

「……わかった」

 僕はホリンのペンダントを大切に、胸元へしまった。

「ソラさん……」

 アンナが駆け寄って来た。心配そうな瞳が、うるうる震えている。

「あの……私……」

 僕はアンナの頭に手を置いた。

「……僕は大丈夫だから、心配するな」

「…………」

 彼女は俯き、小さくうなずいた。

「……会議場はどの扉だ?」

 レンドは頭をきょろきょろさせていた。

「この北の門が教皇との謁見場だったから……東か」

「あれか」

 僕たちは会議場へと向かった。




 東の扉を抜け、長い廊下を走る。突き当りにあった会議場への扉を開けると、静けさと共に、血の匂いが漂って来た。会議場は、惨劇の場と化していた。

「う……ひどい……」

 アンナは声を上げた。僕たちは、鼻に手を当てた。

 すでに屍となってしまった人間の姿が、巨大な円形のテーブルのあちこちに倒れている。この会議場、あの謁見の間と同じくらいの広さを持っている。だが、その床のほとんどが遺体で埋まってしまっている。埋まっていない場所は、赤い血や黒い血が水溜りのように、陣取っていた。

 壁にも黒い血や赤い血、何かに叩きつけられて頭を潰された人など、おぞましい壁画になってしまっている。

「ひ、ひどすぎる……なんだよ、これは……!」

 デルゲンは顔を歪ませながら言った。それだけ、ひどい。

「お、おいおい、この遺体……大砲にでも撃たれたのか!?」

 ヴァルバ大声で言った。その遺体の腹部を中心に、直径20センチほどの穴ができている。

けど……大砲にしては小さい。大砲じゃないとしたら……なんだ?

「……とにかく、生きている人を探そう」

 僕はみんなに言い聞かせた。これだけの大人数だ。きっと、殺されていない人もいるに違いない。

 なるべく遺体を踏まないように、捜索する。逃げ惑い、暗黒魔法をかけられ、その場で倒れてしまった人たち。剣か何かで、ズタズタにされた人たち。こんな光景……警官にでもならないと、見ることはないと思ったが……

 会議場の角の所に、見覚えのある人を発見した。あの、黒髪の長髪の女性は……まさか……!!



「ラ、ラーナ様!?」



 僕はその人のところへ駆け寄った。近くへ行くと、たしかに、シュレジエンのラーナ様だ!

「ラーナ様! ラーナ様!!」

 僕は必死に呼びかける。ラーナ様の服や顔には、飛び散った血痕が残っている。いや、ラーナ様の血なのか!? そう考えると、心拍数が見る見るうちに上昇していく。

 ラーナ様の手首に手を当て、脈を計ってみる。……生きている!

「ラーナ様、しっかりしてください!」

 僕は体を何度も揺らした。

「う……」

 ラーナ様の体が、少し反応した。僕は再び呼びかける。すると、ラーナ様のまぶたが、少しずつ開き始めた。

「……あなた、は……ソラ君……?」

 ラーナ様は、細い声で言った。

「ええ、そうです! 僕です!」

 僕が笑顔になった瞬間、ホッとしたようにラーナ様は微笑んだ。

「ああ……よかった、無事だったんですね……」

 自分の方が危険な目にあったのに、僕を心配してくれるなんて……

「ラーナ様、魔法に当たってはいませんか?」

 念のため、暗黒魔法に当たったかどうかを訊ねなければならない。

「魔法……? いえ、そのようなものには当たってはいないと思いますけど……」

「そうですか、よかった……」

 僕は胸を撫で下ろした。

「……私、逃げる人たちに押しつぶされて、気を失っていたみたいです。それが、幸いしたようですね……」

 ラーナ様は、悲痛な面持ちで辺りを見渡した。

「……ラーナ様、ここは危険です。すぐに、ソフィアから離れてください」

「やはり……インドラですか……」

「ええ。まだ、いる可能性がありますし……」

「ソラー!! こっちに来てくれ!」

 ヴァルバの大声が、会議場に響いた。後ろを振り向くと、ヴァルバの手が見える。どうやら、他の生存者を発見したようだ。



 僕はラーナ様を抱き上げ、ヴァルバの元へ行った。そこには、イザークの皇隆王がいた!

「おっ、ソラか……久しぶりだな……」

「陛下……大丈夫ですか?」

 王の体には、裂傷の跡が見える。しかし、肩に剣を突きつけられたのか、包帯を巻いている。

「……まぁ、命に別状は無いと思う。暗黒魔法だって受けてないしな」

 王はヘへっと笑った。

「そうか……ホリンがここに来たんですね?」

 僕はしゃがんだ。王は、小さくうなずいた。









 今から1時間ほど前。断末魔の叫び声が響く会議場で、ホリンと皇隆王は数年ぶりの再会を果たした。

「ぐっ!」

 王の右肩に、ホリンの剣が突き刺さる。

「ふん……『剣聖』の称号を持つローランの剣士が、この程度か……」

 冷たい目で、彼は王を見下ろしていた。

「ホリン……お前……!」

 痛みに顔を歪ませながら、王はホリンを見上げた。

「……この時を、どれほど待ち侘びたことか……」

 ホリンは目を瞑り、怒りで小さく震え始めた。

「くだらない言葉に踊らされ……何が真実かもわからないまま、てめぇは俺を……父上と母上を殺したんだ! あんたの……あんたの治世を助け続けた、俺の両親を!!」

「ホリン……」

 緑の瞳がまるで、怒りの炎で赤くなっているかのような錯覚を覚えた。

「奴隷制を許さないとかぬかしておきながら、てめぇは多くの命を奪った! その罰を……俺が与えてやる……!!」

 憎しみがホリンの全てを覆い尽くそうとした時、グルヴィニアの一人が走ってやって来た。

「ホリン様!」

 ホリンは目を瞑り、小さく息を吐いた。

「……なんだ?」

「どうやら、巫女どもが……」

「……ふん、来たか」

 ホリンは王の肩から剣を抜いた。

「……ホリン様、殺しておきましょうか?」

「いや、こいつは後で俺が殺す。お前たちは、ユグドラシルの所へ行け」

「ハッ!」

 グルヴィニアは一礼し、奥へと消えて行った。

「……さてと……スカサハ、お前は後だ。俺の任務は……セヴェスたちだからな。俺が戻ってくるまで、今までの人生を振り返っておけ……!」

 ホリンはそう言うと、会議場を後にした。









「……ホリンは、俺を殺そうと思えば殺せた。……なのに、殺さなかった」

 王はうなだれた。あれだけ憎んでいたはずなのに。

「ホリンは、僕が殺しました」

「……そうか」

 王は小さくうなずき、自分の肩に手を当てた。

「彼は……悔やんでいました。憎しみだけで生きていくことを……」

「……そうか……」

 陽気な感じの王の雰囲気は、まったく感じられなかった。

「陛下、まだインドラの奴らがいるかもしれません。ラーナ様と共に、祖国へ戻ってください」

 ヴァルバは辺りを見渡しながら言った。

「ああ……そうだな……」

 王はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。よろけるその足を、ラーナ様が支えてくれた。そして、出口へと向かい始めた。

「……気を付けろよ。死ぬんじゃないぞ」

 王は僕たちの方に向き直った。僕たちは、大きくうなずいた。

「皆さん、どうかご無事で………」




 2人を外まで見送り、会議場へ戻り、再び生存者を探す。もう、生存者はいないんじゃないかと思った頃、死体に埋もれた生存者を見つけた。

「あなたは……レオポルト宰相!?」

 この顔は、ルテティアの若き宰相レオポルトさんだ! その隣に、豪華な服を着ている男性の遺体があった。

……ルテティア国王ルーファス8世だ。触れてみたが、すでに事切れていた。

「う、く……」

 レオポルトさんのうめき声。僕はハッとした。彼は……〈暗黒〉に侵されている……

「レオポルトさん!」

 僕たちは必死に呼びかける。

「お……おお……懐かしい……ソラ君じゃないか…………ゲホ、ゲホ!」

 真っ黒な血が吐き出された。これだけ吐くということは…もう…。

「イ、インドラの奴、らは……う、上へ………」

 上は、教皇家の人間や上層部しか入れない場所。そうか、この国の上層部を殺すつもりか!

「……わかりました……」

 僕は宰相の手を握った。もう、暖かさは感じられない。

「立派に、なっているんだ、な……よかった……」

 レオポルトさんは目を瞑り、何かを言い始めた。



「……我が主神ヘイムダル、よ……彼、らを……護り給え…………」



 そして、宰相は力を無くした。事切れてしまった。

ルテティアで、牢獄に入れられた僕たちを救ってくれた。

研究所へ、助けに来てくれた。いつも見透かしているような人だったけれど……苦しみを背負ったアンナのために、多くの手助けをしてくれた。

 でも、もう……その人はいない。

「……空、急ごう」

 リサが言った。僕は何も言わず、うなずいた。






 上へ行くための階段は、会議場の奥にあった。もしかしたら……この上に、ユグドラシルがいるかもしれない。

 インドラを統べる、元凶。

「……ふぅ、怖いな」

 僕は高鳴る鼓動がする胸に手を置き、呟いた。言い終わったのと同時に、誰かが僕の頭を叩いた。

「いって! な、何すんだ!?」

 叩いたのは、リサだった。呆れた顔で、リサは僕を見ている。

「あんたね、今更何言ってんのよ? 怖いことは、今に始まったことじゃないでしょーが」

「そ、そうだけど……」

「何度も言うよ。あんたは『独りじゃない』……ね?」

 相変わらず、宝石のような瞳。僕を決して裏切らないのだと確信させる、

 見覚えのある、懐かしい瞳。

「ほら、リサに見惚れてんじゃねぇよ!」

 と、レンドが僕の頭に手を乗せ、髪の毛をグシャグシャにした。

「な、何言ってんだ! べ、別に見惚れてなんか……」

「あーあー、わかったって。お前にゃあ空ちゃんがいるもんな〜」

「レ、レンド!!」

 な、なんで空の名前を出すんだ!?

「まったく……レンド、そのくらいにしてやれって」

 苦笑しながら、ヴァルバは言った。

「おふざけはそこまでにして、気合入れろって」

 ふざけているレンドを見ながら、デルゲンは微笑んでいた。

「そうですね。……が、頑張りましょう!」

 と、アンナは気合を入れ始めた。

「ハハハ……よし」

 僕は前を見据えた。

「……行こう!」

 僕たちは意を決して、階段を駆け上がった。

その階段は、何を示すのだろうか。

これを上った先に、待ち受けるもの。それは……









 長い螺旋階段を上ると、一つの広間に出た。思ったよりも狭い。天井は大きな穴がぽっかりと開いていて、満月の光がここに降り注いでいる。明かりはそれだけ。そのためか、幻想的な空間を作り出している。

「ここは……」

この広間は下の中央庁みたいに、大理石でできていない。ただの、黒っぽいレンガでできている。




「ようやく来たか」




 男性の声が聞こえた。若々しい聞き覚えのある声。



 この……声は……!!



 僕たちは、先を見据えた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ