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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
54/149

44章:聖帝中央庁 霞んだ憎しみの果てに

 長い、長い階段を駆け上がる。下りるのは楽だが、登るのはかなり辛いもんだ。すでに、リサ以外の人間は息が切れている。特に、アンナはきつそうだ。

「アンナ、大丈夫か?」

 僕は後ろを振り向いた。

「は……はい…………」

 こういう時、弱音を吐かないのがアンナだ。あからさまに肩で呼吸しているのに。それから百段くらい進むと、限界なのか、アンナの足が止まってしまった。

「リサ、ヴァルバ、先に行っててくれ」

「ソ、ソラさんも、先に……行って……下さい」

 顔を俯かせ、汗が会談にこぼれ落ちている。

「ダメだ。この中で、アンナだけ戦うことができないんだから。ほら、2人は先に行ってくれ」

「……わかった。出入り口の所で待ってるからさ」

 リサはそう言い、階段を上って行った。ヴァルバも、その後に続いて走って行った。

「……アンナ、背中におぶされ」

「えっ?」

「おんぶするから」

 アンナは顔を赤くし、顔を左右に振った。

「い、いいですよ! そ、そんなことしたら、ソラさんが……」

「だけど、アンナは今走れないだろ? おんぶして行ったほうが、早いじゃないか」

「で、ですけど……」

「早く行かないといけないんだ。だろ?」

「じゃ、じゃあ……失礼します……」

 アンナおずおずと、僕の背中におぶさった。うーん、かなり軽い。身長も低いから、体重もまったく無いんだろう。

 僕はアンナをおんぶしながら、全速力で階段を駆け上がった。アンナが軽いとは言え、辛さが倍増した。

 ここは気合だ、気合! 某プロレスラーの言葉を今ここにぃ!! ぬぅおおぉぉーー!


 数分後、ようやく出入り口にたどり着いた。

「……その状態で、戦えるのか?」

 ヴァルバは片手に槍を携えていた。僕はすでに、会話できる状態ではなかった。さ、酸素が…。

「だ、大丈夫ですか?」

 アンナはしゃがみこんで、へ垂れ込んでいる僕の背中をさすってくれた。

「空、休んでないで行くよ」

「せ、急かすなよ……も、もうちょっと………」

 僕は大きく息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと、吐いた。こうすれば、呼吸が落ち着くとかならないとかって、聞いたことがある。息吹だとか、なんとかって。

「フゥー……よし、行こう!」




 地下から出て、会議場のある場所へ急行する。会議場は、この中央庁の真ん中にある、教皇と謁見したあの場所に程近い所らしい。聖地カナンへ通じる入り口は、西よりの所にあるため、少し離れている。

 長い通路には、いつもなら司祭の一人や2人歩いているのだが……まったく、見かけない。やはり、会議のためにみんな出払っているんだろうか。

 通路を進んで行くと、人影が見えた。黒い服を着て、片手には血塗られた剣を握っている。

「あれは……グルヴィニアか」

 リサが言った。

「何? それ」

「空……あんたね、忘れるんじゃないよ。インドラの下っ端どもだよ」

「あ……なるへそ」

「ん? 何だ、貴様ら!」

 グルヴィニア兵は僕たちに気がつき、剣を構えた。すると、リサがものすごいスピードで走って行き、前へジャンプした。グルヴィニア兵は剣を繰り出すが、リサはそれを空中蹴りで弾き飛ばし、床に着地する前に、もう片方の足で相手の顔を思いっきり蹴飛ばした。グルヴィニア兵は声も上げず、その場に倒れこんだ。そして、リサは僕たちの方に向き、手招きをした。

「……美人なのにすごいな。鬼女神だ」

「ヴァルバ……リサに殺されるぞ」

 そう言うと、ヴァルバは口に手を当てた。



 通路を曲がり、先へ進むと所々に血痕があった。そして、それに程近い所に何人かの司祭や、神聖騎士団の兵と思われる人たちが倒れていた。近付いて呼びかけるが、返答は無い。すでに、事切れている。

 切り傷で倒れている人もいれば、黒い血を吐いて、倒れている人もいる。そう、暗黒魔法だ。

「……あ!!」

 真っ直ぐな通路の先に、人影が見えた。その人影は、見た記憶がある。その人たちは僕たちに気が付くと、向かって走り出した。

「おーい! ソラ! リサ!」

 男の図太い声が、静まり返った通路に響く。この声は……レンドだ!!


「レンド! それに……デルゲンも!」


 レンドの横には、デルゲンもいた。2人とも、武器を携えていた。

「無事なようだな、リサ」

 デルゲンは息を切らせながら言った。

「ああ。あんたらもね」

「? どういうことだよ?」

「この2人がどうしても連れて行ってくれって言うから、アースの魔法でここまで一緒に来たんだ。そこで、二手に分かれて、あんたたちを探してたんだ」

 なるほどと、僕はうなずいた。

「けど……よく無事だったな。あちこちに、グルヴィニアたちがいたんだろ?」

 ヴァルバは辺りを見渡した。司祭たちの死体に混じって、グルヴィニア達の死体も転がっている。

「まぁな。けど、腕には自信があるから下っ端にゃ負けねぇよ」

 レンドは自慢げに、斧を取り出した。

「だけど……暗黒魔法を使うんだぞ?」

 いくらレンドが闘いに手慣れているからって……

「ああ、それは大丈夫。リサに魔法をかけてもらってたからさ」

「魔法……いつか言っていた、状態異常阻止の魔法か?」

 以前、リサが言っていた。

「そうよ。私たちが来た時には、すでに奴らがいたからね。ともかく、あんたたちにもかけとこうか」

 リサはそう言うと、印を結んだ。


「……あまねく精霊よ、その庇護の下、邪悪なる意志を退けたまえ。神聖なる大海の雫――エスナ」


 青い光がリサの手から放たれ、空中へ舞い、四方八方散り、僕たちを包み始めた。それは、いつかクロノスさんにやってもらった治癒魔法の暖かさに似ていた。

「……これで、もういいのか?」

「うん。たぶん、24時間は効果が続くとは思う」

「……よし、これで暗黒魔法なんてヘッチャラだな」

 すると、リサは僕の耳をつまんだ。

「〈暗黒〉にはならないけど、魔法自体の攻撃力は普通の魔法に比べたら、数倍の威力なんだから、ちゃんと避けなさいよ。ある意味、禁呪みたいなもんだからね」

「わ、わかってるよ」

「ところで、方向はこっちで合ってるのか?」

 レンドは通路の果てを指差した。

「ああ、たしかそっちだ。……行こう」

 僕たちは、再び走り出した。






 広い通路を抜けると、あの巨大なシャンデリアのある場所に辿り着いた。ここにも、多数の遺体が転がっている。司祭たちの白いローブは、赤く染め上げられていた。

 僕たちは中央の階段を上り、扉を押し開ける。扉が開けたところは、少し大きな広間が広がっている。あたり一面、殺された兵士や、司祭たちがただの肉の塊となって、転んでいた。全員、刀傷によって殺されていた。

 そして……この広間の中央に、一人の男が立っていた。




「遅かったな」




 男は、僕たちの方に振り向いた。


 ――ホリンだ。右手にある愛剣レーヴァンテインは、すでに血で真っ赤に染められている。

「お前たちが聖都にいることは知っていたが……まさか、今日この日に、聖地へ行っているとは思わなかったぜ」

 ホリンは剣を振り回し、こびり付いた血を落としていた。彼の服装は、今までとは違うものだった。緑を基調としたローブのようなものを着て、腰には茶色いベルト。束ねていた後ろ髪をほどき、黒い髪が小さく揺れている。

「セヴェス……てめぇが聖地に行って、あれらのことを知るには早すぎるんでな。わりぃが、ここでてめぇの命を奪わせてもらう」

 小さく笑いながら、ホリンは剣を肩に担いだ。

「てめぇ……ホリン!! ブリアンの仇、取らせてもらうぞ!」

 突然レンドが叫び、僕たちの前に出て行った。


 ……ブリアンの、仇?


 それを、ホリンは蔑むかのような目で見下していた。

「フン……屑風情が、俺に勝てるとでも思ってんのか?」

「うっせぇ! やってみなきゃわかんねぇだろ!!」

 その時、リサは彼の肩を掴んだ。

「レンド、あんたじゃあいつには勝てないよ」

「な、なんだと!?」

「ホリン……インドラの幹部相手に、一般人では敵いっこない。ここは、私と空に任せな」

「だ、だがな……」

「レンド、リサの言うとおりだ。……2人以外は、奴に対抗することはできない。俺たちは、グルヴィニア達の対処をするんだ」

「…………」

 デルゲンはレンドの優しくなだめた。レンドは悔しそうな顔をしているが、理解したのか、後ろへ下がった。

「……一斉にかかれば、俺に勝てるかもしれねぇのに」

「以前は一対一だったけど、今度は2対1だ。僕たちの方が、有利なんだぜ?」

「ハッ、女の手助けが無けりゃ暴走してたくせに、偉そうなこと言ってんじゃねぇよ」

 鼻で嘲笑う彼に、僕の頭に血が上った。

「空、あんたが挑発しておいて、逆に挑発されてどうすんのよ。冷静になさい」

「……ふん、わかってるよ」

 僕は剣を抜いた。

アルベルト王子……力を貸してください。剣の鍔を握り締める手に、力を込めた。

「クックック……以前までの俺と思うなよ……」

 ゆっくりと、ホリンは辺りを歩き始めた。

「……お前、自分で数ヶ月で強くなるもんじゃない、と言ってたじゃないか」

 そう言うと、再びホリンは笑った。

「ククク……魔道注入で魔力を強化できる術がこの世にあるように、戦闘力を強化する術も、この世には存在するんだよ」


「まさか、増強剤……!?」


「増強剤?」

 よくある、ドーピングってやつか? でも、この世界のドーピングってどんなものなんだ?

「筋肉を増強させ、パワーとスピードを激増させるもの。けど、魔道注入と同じで、命を削って能力を上げる。もちろん、今では禁忌とされているものよ」

「命を削って……!? ば、馬鹿なことを!」

「馬鹿だと? 純粋に力を求めることが、馬鹿だというのか?」

 僕は首を振った。

「……馬鹿としか思えない。自分の命を削ってまで求める力に、どんな力があるって言うんだ!?」

「人それぞれだ。……強くなりたい、守りたい、生きたい。様々だろうさ。俺は、知ったんだよ。力こそが全て。力こそ、自分が信じれる、唯一の存在! 極限まで求める力は、果てしない。人類の頂点を極めるには……力を得ることが、最も近道なんだよ……!」

 ホリンは拳を前に突き出し、ギュッと握り締めた。血が出てしまいそうなほどに。

「人類の頂点……? お前は、すでに人としての心を失っているのか?」

 なぜか、自分の言葉に憐れみが宿っていた。

「……人の心、ね……」

 ホリンは、クックックと笑い始めた。

「そんなの……すでに失ってるさ……」

 そして、緑色の瞳に憎悪を宿し、僕たちに放った。




「お前らが正しいとする範疇からはな!」




 そして、ホリンは剣を高く振り上げた。

「燃え上がれ――レーヴァンテイン!!」

 レーヴァンテインの刀身は、朱色の炎を纏い始めた。

「行くぞ……セヴェス、リリーナ!!」

 炎を巻き上げ、ホリンは突進して来た。やつは真っ直ぐ、リサの方へ向かった。僕は、その方向へ進んだ。

「ハッ! 邪魔だ!」

 ホリンの横攻撃が繰り出された。僕はそれを防御しが、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。そのまま、壁に叩きつけられた。

「空!」

「余所見してんじゃねぇよ!」

 ホリンは素早い連続攻撃を繰り出した。それをリサは難なく避けているが、以前のように、ソリッドプロテクトでガードしない。

「ホラホラ!! どうした!? 以前みたいなことはしないのか!?」

「ちっ………」

 リサは天井に届くほど……10メートル近く跳躍した。

「大地をも震わす、破壊の振動! 轟け、閃波・剛爆!!」

 彼女が突き出した拳から、巨大な円形の衝撃波が、轟音を響かせながらホリンへ突撃して行った。


「炎嵐の渦よ、逆巻け! バーニングサイクロン!」


 数メートルの長さの炎が、渦を巻きながら上空へと自らを伸ばしてゆく。リサが放った衝撃波は、その炎の渦に当たり、消えてしまった。

「しょうがない……断罪の刃、貫け! ホーリースピア!」

 リサは、今度は光の刃を繰り出した。この時になって、僕はようやく立ち上がることができた。背中を強打し、まだ痛みを感じる。


「喰らいな! 烈衝月牙斬!」


 リサが着地した時、ホリンは離れた場所で素早く、何度も大気を切り刻んだ。すると、炎を帯びた鋭角の衝撃波が、リサ目掛けて飛んで行った。以前の〈烈衝斬牙〉とは違い、いくつもの衝撃波が飛んで行っている。

 リサの放った魔法はその衝撃波によってかき消されてしまった。


「くそ……敬虔なる金剛の壁! アンチブレイク!」


 リサがそう唱えると、左手から黄色い四角の光が飛び出した。それが衝撃波に当たると、衝撃波は消えてなくなった。

「物理拒否の魔法か!? ハッ! さすが巫女だな!!」

 嬉しそうに叫び、ホリンはリサに突撃した。

 僕は自分の中にある力を引き出そうとした。そう、リュングヴィへ呼びかける時と同じ要領だ。

 自分の中に何かが湧き上がる。よし……これなら!!

「うらぁ!!」

 ホリンの斬撃をリサは体を回転させて避け、瞬速のミドルキックを繰り出す。ホリンはそれを剣で防ぐが、踏ん張りが効かずに数メートル吹き飛ばされた。

 今がチャンスだと思い、僕は彼に攻撃を仕掛けた。その瞬間、ホリンは僕に気付き、攻撃を防御した。

「ちっ! 無理矢理、引き出しやがったか!」

 そのまま、数度の攻防が続いた。すると、リサはその隙に地上へ降り立ち、ホリンの後ろへ向かった。ホリンは、僕と面向かっているので、後ろへ振り向く暇など無い。


「空よ裂けろ! 閃剄襲脚!!」


 華麗な連続蹴りが、ホリンの背中を強打する! ホリンは、僕とリサの挟み撃ち攻撃を、ガードに徹して、何とかやり過ごそうとしている。

「……真の姿を現せ……」

「空! 離れろ!」

 リサの声が轟く。僕は危険を察知し、攻撃を止めて後ろへ飛んだ。リサも、中国雑技団も顔負けの、バク転・バク宙で後ろへ下がった。それに少し遅れて、ホリンのいた場所から爆炎が天井へ上った。そして、その炎は天井を突き破り、彼がいた場所に瓦礫がなだれ落ちる。粉塵のせいか、奴の姿が見えにくい。

 巨大な火柱は、すぐにホリンの体を纏い始めた。これは……あの時の……

「……あの程度じゃあ、お前らには勝てねぇようだ……」

 紅蓮の炎は、ホリンの周りを波打つようにして動いている。

「れからは、本気で行かせてもらうぜ……!」

 ホリンは左手を動かせ始めた。それに連動して、ホリンを包んでいた紅蓮の炎も動き始めた。

「黒焦げにしてやらぁ!!」

 紅蓮の炎は、炎特有の音を轟かせながら、僕たちの方に突っ込んで来た。僕は前方へ走りながら、突っ込んで来る炎を軽くかわす。ほんの少しだけ髪の毛が焦げ、有機物の匂いが漂った。僕はその勢いのまま、炎に包まれたホリンに剣をたたきつけた。

「馬鹿が!」

 僕の剣は、ホリンの前にある、炎の壁に阻まれてしまっていた。

「何っ!?」


「吹き飛びな! エクスプロージョン!!」


 ホリンの手から放たれた爆炎は、僕の目の前で大爆発した。僕はマジックシールドを(なぜか勝手に)発動し、大火傷は防いだが、再び吹き飛ばされてしまった。

 ホリンが操る紅蓮の炎は、執拗にリサを追っていた。

「まったく……しつこい野郎だ!」

 リサは何かを発動した。何を発動したのかはわからないが、その瞬間、リサはものすごい速さで炎を避け、ホリンへと向かった。

「私の速さに付いて来れる?」

「ちっ……やってやらぁ!!」

 ホリンは素早く、左手を動かした。それに連動し、巨大な炎の渦はリサを追って行った。リサは走りながら、印を結んだ。

「……消し去るがいい、常軌を逸した大海の器……まどろみへと沈め、影となりし愚者――」

 蒼い魔方陣が大きな球体となり、リサを包む。



「神龍の激流――ジェルヴァイツァ!」



 リサが唱えると、蒼い魔方陣が砕け、強烈な水しぶきが飛び出して行った。その水圧は、岩をも破壊するほどだろうか、ホリンの炎を正面衝突し、共に押し合っている。

「馬鹿が! そんなもんで、俺の炎が消えるか!」

 ホリンは高笑いをしていた。

「んなこと、端っからわかってるわよ!」

 リサはそのまま、ホリンの方へと走った。

「!?」

「魔法はただの時間稼ぎなんだっつの!」

 ホリンは前方に炎の壁を繰り出す。しかし、リサは目では追えぬスピードで、奴の後ろへと回り込む。



「果てしなき、魔狼の瞬撃……奥義! 皇狼閃剄脚(コウロウセンケイキャク)!!」



 流れるような蹴りと殴打の連携。まるで、何匹もの狼たちが切り裂くかのように、ホリンを襲う!

 僕は立ち上がりながら、ホリンにようやく攻撃が当たったと思った。だが……

「なっ!?」

 リサの蹴りは、炎によって阻まれていた。


「喰らえ!!」


 巨大な炎の渦が、リサを襲う。しかし、リサは間一髪、横へジャンプして避けていた。

 僕は、リサの元へ駆け寄った。

「大丈夫?」

 リサは僕の顔を眺めながら言った。

「あ、ああ。少し、火傷しただけだ」

「あんた……あまり、力を行使しないのよ。使いすぎると……前みたいになるからね?」

 悲痛な面持ちで、彼女は言う。心配している様子が、見て取れる。普段ならば、その様子が珍しくて嫌味の一つや二つ言うのだが……そんな暇はない。

「ああ……わかってるさ」

 僕は大きく、ゆっくりと息を吐いた。

「お前らの攻撃は、全部無意味だ」

 ホリンは、炎を自分の周りへ集結させた。ぐるぐると渦を巻き、ホリンを守っているように見える。


「なぁ、セヴェス……てめぇが求めてんのはなんだ?」


 炎を己の後ろに停滞させ、ホリンは言った。

「誰にでもあるだろ? 力、金、権力……どれも、どす黒いものだ。お前も、同じようなものを求めているだろう?」

「そんな……どす黒いものなんて、いらないね」

 僕は焦げた髪の辺りを触った。パラパラと、毛先が崩れる。

「なら、何を欲するってんだ?」

 口の端を吊り上げ、奴は問う。

「……僕は、当たり前のものが欲しいだけさ。自分にとって、大事なもん。それだけだ」

「こうして闘うのも、それを手に入れるためか?」

 ホリンは顔をかしげた。

 手に入れるために、闘う……

「……そう、だな。僕は……お前らによってさらわれた、大切な人を取り戻したい。そして……お前らの目的を阻止する。そして、当り前の日常を取り戻す!」

 ホリンは嘲笑うかのように、僕を見据えた。

「自分のしようとしていることが正しいと思うのか? ハッ、お前は当たり前のことしか言わない、甘ちゃん野郎だ」

「当たり前の何が悪い! 当たり前のものを得ることが……最も幸せなことだってあるんだ!」

 普通のことほど、人は大切だと気付かない。自分の身近に、自分が求めているものがあるっていうことに気がつかずに。

 ホリンは静かに息を吐き、目を瞑った。

「……当たり前のものなぞ、いつかは裏切るんだよ」

 奴は目を開き、鋭い眼光で僕を睨みつけた。

「裏切って、傷付けて、どこかへと消え去る。残るのは……辛さと悲しみと……憎悪だけだ!」

 ホリンは腕を振り上げた。それに付き従い、巨大な炎の渦が僕たちの方に向かって来る。

今の状態なら、炎を避けていくことは簡単だ。ホリンの近くに行くこともできる。だけど、それからどうする? 攻撃しても、炎の壁によってホリンに攻撃を与えることができない。きっと、リサも同じだ。

 突撃してくる炎を、僕とリサは一緒の方向へと避けて行く。走りながら、リサと相談する。

「どうする?」

「そうね……レーヴァンテイン自身の覚醒を無くせば、あの炎の渦も消えてなくなると思うんだけど……」

「方法は無いんだろ?」

「……レーヴァンテインはホリンの意識、あるいは命と共鳴してる。つまり、ホリンを倒さない限り、炎は消えないのかもしれない」

「……消すことを考えるんじゃなく、どうやって攻撃を当てるか考えなきゃダメってことか……」

 巨大な炎は、唸りを上げながら突進して来た。

「逃げてんじゃねぇ!」

 炎を僕たちは右に避けた。すると、炎は壁に激突した。しかし、すぐに方向転換し、突進して来る。

「くそっ! このままじゃ埒があかない!」

「…………」

 リサは走りながら、何かを考えている。

「……私に任せて」

「は?」

「聖魔術を……私の中で、とっくべつ強力なのをあの炎の壁ごとホリンを吹き飛ばしてやるさ!」

 リサの顔はあからさまに、イライラしている。なるほど……もう、めんどくさいのね……。

 思わず、僕は苦笑した。リサらしいけどね。

「……わかった。僕が炎を何とかする!」

「お願い!」

 僕たちは立ち止まり、僕はリサの前に立った。炎が、正面からやって来る。

 ……頼むぞ。あの力を……最小限に抑えれば、炎を止めることぐらいは……!

 僕は左手の平を広げ、前に突き出した。以前、巨大なレーザー光線を出した時のように。左手に、青っぽい光が溢れ出した。

「死ねぇ!!」

「死ぬかってんだ!!」

 眼前に迫った炎を、僕は左手で思いっきり掴んだ。自分の握力、最大限で!

「なっ!? 何ぃ!!?」

 ホリンは大きく目を見開いていた。炎は僕に掴まれ、頭を掴まれた魚のように暴れる。


「……古の盟約に従いて……来たれ、万物を消し去る不浄の翼……」


 リサは僕が炎の動きを止めたのを見ると、足を止め、詠唱を開始した。

「鑑みよ、己の所業を……苦しめ、遥かなる黄昏の次元にて……」

 彼女を包む魔方陣が足元に出現した。白い円環から金色の粒子が浮かび、彼女の突き出している左手に集う。

「これは聖魔の波動……させるか!!」

 ホリンは炎を僕の手から離そうとした。そんなことはさせない。炎は魚でいう胴体部分を歪ませ、暴れる。

 くそっ……手が熱い……!

「動かないだと……!? 空、てめぇ!!」

 ホリンの大声が響く。炎の強さが増したのか、振動で体が震える。まずい……このままでは、離されてしまう!

「リ、リサ、早く……!」

 いい加減、握力が無くなり、炎を手放してしまいそうだ……! 体を包むマジックシールドを超える熱が、左手を焼いている。

「……悔やめ、朽ち果てた屍の眠る魔の地にて……今こそ、断罪の意志をここに現さん。星光の輝き、我に仇なす者どもを塵と化せ……ラ・ギエル・レ・アヴァンズ……」




「白き断罪、出でよ!! ヴァイスノヴァ!!」




 彼女から粒子が放たれた瞬間、光の玉たちがホリンの上空へと集結し、大きくなって行く。

「くっ……そがぁ!!」

 ホリンは炎を戻し、マジックシールドを張ったがもう遅い。

 光は大きな音を立てて弾け、ホリンを中心とした、その辺りに降り注いでいった。一つ一つが地上に着くたびに、大きな音と共に光の小爆発を引き起こし、床もろとも破壊している。ホリンの姿は小爆発よる発光で、まったく確認することができない。僕は、いや、リサ以外でこの広間にいる人間は、呆然と立ち尽くしていた。


「これで終わりだ! 終焉!!」


 リサがそう叫ぶと、掲げていた左手を振り下ろした。それと同時に、最後の光の玉はさらに大きくなり、爆音を立ててホリンがいると思われる場所へ落ちていった。爆発が起こり、あまりの眩しさに、目を開けていられなかった。

「うっ…………!!」

 少し経ち、光が収まってきたので目を開けると、ホリンがいた場所やその周りは、小隕石でも落ちたかのように、クレーターみたいなのがいくつもできていた。そして、灰色の煙の中に、うずくまっている人影が見え始めた。

「ぐ、か………」

 ホリンのうめき声が聞こえる。まだ、生きているようだ。

「……こ、のや……ろぉ……!!」

 ホリンの服は裂け、額や口からは血を流し、体はプルプルと震えていた。

「ハー、ハー………」

 大きく体を上下に揺らしながら、呼吸をしている。立っているのがやっとだ。

「空……あとは、頼んだよ……」

「リサ?」

 後ろへ振り返ると、リサも同じように肩で呼吸していた。

「思ったより……魔力を消費したようなの。今は、動けそうに無い……」

 と、彼女は仰向けに倒れ込んだ。

「あー……疲れた。とどめは……あんたが刺しな」

「…………」

 僕は剣を携え、一歩前に出た。

「……まだ……俺は戦えるぜ……!」

 僕はホリンの方へ向き直った。ホリンの周りから、再び、火柱が円を描きながら、立ち始めた。

 まだあんな力が……!

「ここで死んだら……屑じゃねぇか……俺は…………!!!!」

 ホリンは震える足を叱咤し、僕を見据えた。

「集え……レーヴァンテイン!!」

 ホリンの周りの炎が地面から離れ、ホリンの上空へと集まってゆく。ホリンはそれを、血が滴れる右腕を挙げて握り締めた。すると、凝縮された炎の固まりはこの広間に烈火の光を放ちだした。

「ぬぅ…………があああぁぁぁぁ!!」

 その瞬間、巨大な地響きが僕たちを襲った。その揺れが静まり返り、ホリンの方を見ると、彼の周りの炎は消え去っていたが、代わりに右手が、何かを握っていた。 


             

 ――剣、か?



「……焔曳剣(エンエイケン)……」

 ホリンが握っているその剣は、異様な形をしていた。ギザギザの片刃、日本刀を思わせる、反り返った刀身。何より、灼熱にさらされたルビーのような、朱色の煌きを放っている。

「調停者となり得る、セヴェス……お前を……殺してから……あの世へ行ってやらぁ……!!」

 僕とホリンは、静かに剣を構えた。

 辺りに、静寂が漂う。聞こえるのは、リサとホリンの呼吸の音。

「……殺す……殺す……!」

 ホリンの口からぽたぽたと、血が大理石の床へ落ちてゆく。彼を支える2本の足は、小刻みに震えている。ホリンは……限界なんだ。

 次の一撃が、最後。

 いや、考えるな。思考は行動を遅らせる。自分の感覚。感性を研ぎ澄まし、自分で引き出せるだけの「聖魔の力」を出せ。

 そして、やれ。



 ホリンを――殺す。



「…………」

 ホリンは大きく呼吸している。それに、出血もひどい。きっと、口の中に血がたまっていって、吐き出さざるを得ない時が来る。

 その時が「チャンス」だ。

 僕とホリンは、瞬きをせずに互いに見つめた。ほんの小さな動きを、見逃さないために。

 極限まで集中力が高められているのがわかる。こんなの、初めてだ。高校の入試の時よりもだ。

 数分が経過した時、その時が来た。ホリンは軽く咳をして、血を吐き出した。僕はリュングヴィの力を少し借りている状態で、突進した。それも、体験したことの無いスピードで。

 これは……今まで以上に速い。感じたことの無い、速さだ。もしかして……音速……?

 ホリンも気付き、ほんの少し遅れて突進した。彼もまた、同じくらいのスピードで。

 僕は剣を右肩に担ぐようにし、そのまま斜め左下へ切り下ろした。ホリンも同じような斬撃を繰り出した。





 2人が交叉する。





 交差した瞬間、光が弾けたようだった。だからなのか、当たったのか、やられたのか、まったくわからなかった。

 僕はその勢いのまま、切り抜けた。ホリンも、切り抜けた。

 2人は振り下ろした状態で、数メートル離れた位置で、止まっていた。

 ただ、前を見つめていた。微動だにせず。

 そして、僕はゆっくりと、体の感覚を調べた。痛みがあるか、血液が流れ出していないかどうか。


 ……何も、なっていない……?


 僕はそう気付くと、後ろを振り向いた。数メートル離れた場所に、立ち尽くすホリンの後姿がった。彼の右手にあるはずのルビー色の刀身が、半分しかなかった。

 それに気づいた瞬間、赤く、キラキラと何かが降り注いでいる。これは……破片……? もしかして、壊れた刀身が……?

 その欠片たちは大理石の床に辿り着くと、朱色の炎を吐きだし、小さく燃える。




「教えてくれないか?」




 ホリンの声に、赤く光る炎から見とれる心を奪い返した。

「……お前はさ、なんでそこまでして闘うんだ?」

 彼は崩れ落ちた天井を見上げていた。

「……言っただろ? 普通でいたいって。当たり前のことを、当たり前にしたいだけなんだよ」

「なるほどなぁ……」

 フッと笑った声が聴こえた。

「ハハハハ……全部殺して殺して、一から創り直せば……そうすりゃ……」

 その時、ホリンは刀身の無くなったレ―ヴァンテインを落とし、その場にひざまずいた。

「嫌んなるよ……こんな世界はよ……」

 そして、ゆっくりとうつぶせに倒れた。

「ホリン!!」

 僕は彼のもとへ駆け寄った。ホリンを仰向けにすると、ハッとした。彼の右肩の辺りから斜めに、腰まで長い傷がある。しかも深い。真っ赤な血が、とめどなく溢れている。これは、僕がやったんだ……

 焦点の定まらない緑の瞳が、僕を捉える。

「空……てめぇ、は……ヒトを、どう、思う……」

 ホリンは小さな声で呟いた。

「どうって……」

「殺し合って……殺し合うだけの……異端な生命、だろ……?」

 もうろうとする意識の中、彼は僕を睨みつける。

「なんでそういうことを考えるんだよ! 僕は……僕たちは、どんなに頑張ったって未熟なんだ。未熟だから、争い合ったりするんだ! ……けど」

 僕は顔を振った。

「全部が全部そうだったか? お前には……その部分しか見えなかったのか!? お前だって、あるだろ! 大切なものが……!」

 全てのものを憎むことなど無理なんだ。絶対に無理だ。何かが……何かがあるから、この世界で生きてんだ。当たり前のことなのに……どうして忘れようとするんだよ……!!



「……お前は、恵まれてるんだよ……」



 こんな状態なのに、ホリンは皮肉を言った。

「……憎しみだけ、で……生きるってのは……辛すぎる……それだけで生きるのは……もう、ダメだ……」

 ホリンは小さく頭を振った。

「もう……生きたく、ねぇんだよ……」

「んな馬鹿なこと言うな! 生きたくないんだったら……どうしてすぐに死のうとしなかった! ここまで……自分の命を賭して闘うまで生き続けたのは、生きたかったからだろうが!!」

 彼の顔の前で、僕は怒声を放った。

「……ククク……馬、鹿は……てめ、ぇだ……」

 と、彼は僕に何かを差し出した。その手に、ペンダントが握られている。

「これ、を……あいつ……に……」

「? あいつって……誰だよ?」

「すぐ、に、わか、る……」

 言葉が切れ切れになり、彼は目を瞑った。

「おい、ホリン!!」

「憎ん……で、消え、て……砂漠、は……そ――か……辛い、なぁ……」

 ホリンの生気が、失った。穏やかな笑顔にある、一つのまぶたから、一筋の涙が流れて行った。






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