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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
53/149

43章:聖地カナン 太古の残照、朽ちた者の願い



 年が明け、新暦2002年。ガイアでは、2008年か。この聖都の地にも、チラチラと雪が降っていた。

 この世界の暦が始まったのは、統一を成し遂げたアヴァロン帝国の前身、アヴァロン王国が建国された頃だという。しかし、その頃の歴史がちゃんとわかっているわけではないので、正しいのかどうか定かではない。けど、ガイアの暦も2008年前に始まった。どの世界も、約2000年前に暦が始まっている。ここのところも、2つの世界はなんらかの関係を持っているのだろうか。

 1月17日。ソフィアへ来て、すでに2ヶ月近く経った。各国との会議の準備は着々と進んでいるらしいのだが、ゼテギネアだけは難色を示しているらしい。

 去年、ゼテギネアの農作物は不作だったらしく、大量の餓死者が出てしまったという。そのため、社会混乱などが起こり、今は各国との会議をしている暇はないということ。さらに、皇帝が信頼を置いている親族が旅の真っ最中なため、会議には出れないということ。交渉のためここ数日、教団の上層部はちょくちょくゼテギネアへ行っている姿が見えた。

 そして今日、2月2日。結局、ゼテギネアの皇帝及びその側近たちは来ることは叶わず、会議はルテティア・イデア・シュレジエン・ソフィアの4国で行われることに。

 会議は本当なら僕たちも出席するはずだったのだが、今日は諸国の重臣や支配者のみで行われるとのこと。明日、多くの教団関係者たちも含め、僕たちは参加することになっている。

 僕は相変わらず、筋トレや剣の修行をしている。それに感化されてか、ヴァルバも槍の練習をしている。昔、ヴァルバは槍を得意としていたらしい。それを言うと、「今は違うとでも言いたいのか?」と、怒ってくる。どうやら、槍術は得意分野(のつもり)らしい。



「…………」

 僕は聖帝中央庁の中庭で、目を瞑ったまま立っていた。

「ソラさん、何してるんですか?」

 後ろから、アンナの声が届いて来た。僕は振り向かず、そのまま言った。

「ちょっとした練習」

「練習?」

「ああ。……リュングヴィに話しかける練習さ」

「リュングヴィ……ですか?」

「うん。最近、あいつの声が聴こえても頭痛とか、違和感を覚えなくなったんだ。だから、もしかしたら僕から話しかけられるかなって……」

 僕は再び、問い掛ける。心のずっと奥、ただ暗闇しかないその場所に。



 ……聴こえてるんだろ? いい加減、出て来いよ。



「…………」

 後ろにいるアンナから視線を感じる。邪魔をしないようにと、静かにしてくれているのだ。



 ――もの好きな奴だな、貴様は――



 深淵から小さく木霊するかのような声……

 ようやく出てきたか、リュングヴィ。



 ――貴様を食い破ろうとしている奴に話しかけるとは――

 ――つくづく、馬鹿な申し子だ――



 ため息混じれなのがわかる。

 ……一つ訊きたいことがあるんだよ。



 ――何がだ――?



 どうして、僕を「ロキ」にしようとするんだ?



 ――知れたこと。その方が御しやすいからだ――



 御しやすい? どういうことだ?



 ――ロキ……あれは、生命の本能……そのもの――

 ――つまり、肉体という「器」に自我という「水」が必要ないということ――

 ――水の無い器に、別の水が入るのは容易なのさ――



 なるほど……今は、器の中に水――精神が満たされているから、お前は完璧に出て来れない……そういうことか?



 ――そういうことだ――

 ――あの時、巫女が邪魔さえしなければ、お前は消え失せたというに――



 巫女……リサのことか?



 ――あの巫女に感謝しろよ――?

 ――あの女は、穿たれし空虚を紡ぐ存在――

 ――暁の誓約を浄化せし、白銀の巫女――

 ――統制主の傀儡(くぐつ)を愛した、唯一の――



 ? それって、どういう……?



 ――まだお前が知るべき時ではない――

 ――お前が、「執行権」そのものを得るまでは――



 お、おい……わけわかんねぇよ。



 ――聖地カナンへ行け――

 ――真実、そして……俺と決着、付けたいのだろう――?



 聖地……カナン?




 ――古、一つの物語が始まりし場所――

 ――堕ちた者どもの墓場さ――




 そう言い残すと、奴の放つ独特の雰囲気が消えて行った。黒く塗りつぶされていた場所は、空が晴れるかのように白くなった。


「…………」

「ソラさん……大丈夫ですか?」

 心配そうな声の方へ、僕は向いた。少しだけ首をかしげた、アンナがいる。

「ああ。大丈夫」

 と、僕は彼女に笑顔を向けた。

「……聖地カナン、か」



 聖地カナン。どこかはわからないが、幸いここは聖都。聖地というからには、こういった場所の近くにあるだろう。つまり、教団関係者なら知っている可能性が大きい。

 とりあえず、僕は中庭から出て辺りをうろちょろした。いつもなら、どこにでも司祭さんが歩いているのだ。

 僕は、一人のおじさんを見つけた。服装は白いローブ……教団関係者だ。

「あの、すいません」

 おじさんは僕の方に向き直った。あ、この人は……。

「おや、ソラ様ではありませぬか」

「トルーマンさん……ですよね?」

「ええ、お久しぶりです」

 大司祭のトルーマンさんは、丁寧に頭を下げてくれた。僕もそれに釣られ、軽く頭を下げた。

「それで、どうされたのです?」

「実は、お聞きしたいことがありまして。よろしいでしょうか?」

「ええ、いいですよ。私が知る範囲であれば……」

 トルーマンさんは穏やかな笑顔を見せた。

「……聖地カナンという所を知っていますか?」

「聖地、ですか? もちろんですよ。聖地カナンは、我々ソフィア教徒の神聖なる場所ですからね」

「それがどこかわかりますか?」


「聖地は、ここですよ」


「えっ? ここ?」

「ええ、ここです」

 トルーマンさんは、床を指差した。

「ここっていうことは……」

「聖帝中央庁のことです。ご存知ではないようですね。たしかに、今では聖地としての姿を、地上には現していませんからね」

「……?」

 僕は頭をかしげた。

「聖地カナンは、このリーヴェ湖に浮かぶ平たい島のことなのです。今から約2000年前、2代教皇様から10代に渡って、今の聖都ソフィア=エルメスが造り上げられたのです」

「じゃあ、聖都そのものが聖地なんですか?」

 そう問うと、トルーマンさんはうなずいた。

「簡単に言えば、そうでしょう。しかし、古来から聖地と呼ばれるのはここ、聖帝中央庁なのです」

 トルーマンさんは紹介するかのように、辺り一帯に手を添えた。

「でも、ここが聖地と言われても、よくわからないんですけど?」

 すると、彼は小さくうなずき始めた。

「この聖帝中央庁の地下にあります」

「地下……?」

「ここの下には、ティルナノグ時代以前の遺跡群が眠っています。それも、数万年前と言われるほどの」

「す、数万年前?」

 それはすごい。ガイアではその頃に文明なんてものは存在しなかったはずだ。

「そこには当時崇められていた、宇宙を創りたもうた神々が祭られておりました」

 大昔の、それも数万年前に祭られていた神々か……。以前、アンナが教えてくれたラケシスや、クロトとかかな。

「しかし、ソラ様。聖地に何の用で?」

「……実は、そこに入りたいのですが……」

「え? そうなのですか……」

 そう言うと、トルーマンさんは頭を抱えた。

「だ、ダメでしょうか?」

 僕は恐る恐る、訊ねてみた。

「いえ、入れるには入れるのですが……何せ、ソラ様は正式なソフィア教徒ではありませんので……」

「ということは、ソフィア教徒なら入れるんですか?」

「ええ、そうです」

「……どうにかなりませんかね?」

 僕はゴマをするかのように訊いてみた。トルーマンさんは天井に視線を向け、唸り始めた。

「う〜ん、そうですねぇ……協力したいのですが……」

「そこを何とか!」

 僕はいただきますのポーズで、嘆願した。

「……まぁ、いいでしょう。ソラ様は、猊下の大切なお客様ですし」

 トルーマンさんはため息を交えながらも、承諾してくれた。

「これをお持ち下さい」

 トルーマンさんは何かを差し出した。これは、カードだろうか? 通行書かな。

「これは?」

「聖地カナンへ入るためのものです。これを門番の人に見せれば、地下に進むことができます。入り口は、神聖騎士団寮の中心部にあります。では、私はこれで失礼致します」

「あ、ありがとうございます。……あの、会議……うまくいきますかね?」

 トルーマンさんは立ち止まり、僕の方に顔を向けた。

「きっと、うまくいきます。この世界を憂う気持ちは、皆、同じはずなのですから」

 そう言い残して、トルーマンさんは通路の奥へと消えて行った。






 僕は、聖地カナンへ向かうことにした。今回のことは僕自身ことなので、ヴァルバやアンナを連れて行くわけにはいかないと思ったのだが、

「おいおい、一心同体である俺たちを置いて行くつもりか?」

 ヴァルバは真剣な眼差しを、僕に向けていた。僕はその眼差しにより、悪寒を感じ始めた。……新しい、ヴァルバの技だ。

「誰が一心同体だ。気味悪いんだよ!」

「照れるなって、かわいい奴め」

「…………」

 今回ほど、ヴァルバを打ち倒したいと思ったことは無い。

「ヴァルバさん、ふざけちゃダメですよ」

「ハハ、すまん。それは置いておいて」

ヴァルバは荷物を置く動作をして見せた。

「とにかく、お前を一人にしておいては危険だと思うんだ」

「危険? なんで?」

 そう言うと、やれやれという顔でヴァルバは僕のおでこを叩いた。

「お前が、リュングヴィに勝てるとは限らないからだ」

「……負けるつもりなんて、さらさらねぇって」

「なるほど」

 ヴァルバは小さく微笑み、続けた。

「もしもの話だ。その時、お前を守らなきゃならないのは、俺たちの役目だからな」

 ヴァルバの横で、アンナは優しい笑顔を見せていた。

「そうですよ。私たち、仲間じゃないですか」

「…………」

 僕はフーと息を吐いた。

「まったく……そう言われちゃ、敵いませんよ」



 神聖騎士団寮は、この客室から少し離れた場所にある。神聖騎士団は会議場護衛のため、ほとんどが出払っている。

 近くの階段を下りてゆくと、一つの縦長の扉の場所に辿り着いた。そこには、一人の兵士が立っていた。

「あの、聖地カナンへ入りたいんですが……」

 兵士は僕たちに目線を向けた。

「通行書をお見せ下さい」

「えぇっと………」

 僕はカバンを探った。

「……はい、これです」

「これは大司祭様の……よろしいでしょう。お進みいただく前に、いくつかの注意点があります」

「注意点ですか?」

 門番はうなずいた。

「1つ、聖遺物には触れぬこと。2つ、遺跡に傷を付けぬこと。3つ、黄色のシールが張られている場所には入らないこと。この3つをお守り下さい。よろしいですかな?」

「……はぁ……」

「では、お進み下さい」

 兵士は扉を押し開けた。すると、地下へと続く幅の狭い階段が現れた。フォルトゥナ神殿の出入り口のようだ。

「……暗いッスよ? 灯りは付いてるんですか?」

 ヴァルバは階段の奥を眺めながら訊ねた。たしかに、階段の奥は真っ暗だ。

「聖地には天空石と呼ばれるものが所々に埋まっていて、それが発光しているため、明るいはずです。念のため、たいまつを持っていきますか?」

 兵士はたいまつを差し出した。ヴァルバは変な顔をしながら、それを受け取った。




 ゆっくりと階段を下りて行く。結構、長いようだ。

「天空石って……いつか、ヴァルバが言っていたやつだよな?」

 僕は細い階段で、足下を注意しながら訊ねた。

「魔法石の基となったやつだな。……ティルナノグの都市は、天空へ浮かんでいたというし、その天空石が浮かばせていたっていう伝説もあるがな」

「……すごいですね、都市を浮かばせるなんて」

「今の技術じゃあ、開発することはできないし、それを解明することもできないんだよなぁ……」

 たいまつの火に揺られながら、ヴァルバは言った。

「……それにしても、なぜ文明はこんなにも衰退したんだろうな」

「確かに。ガイアでは、年が経つごとに文明は進化していったし。やっぱり、ティルナノグが滅ぼされたっていうことが原因じゃないの?」

 ヴァルバは顔をしかめ、少し考えた。

「……けど、文明は滅んでも、技術は失われないはず。技術が失われているということは、なんらかの意思が働いているとしか思えない」

「……どういうことですか?」

「誰かが故意に消し去ったんじゃないかってことさ」

「もしかしたら、あの超技術はあまりにも恐ろしく、悲惨を招くものだから、後世の人たちがわざと失わせた……とういうことか?」

「ま、憶測だけどな」

 ヴァルバの言うとおり、故意にやったとしか思えないのが現状だ。

「そうであってほしいですよね。人が人の過ちを認め、二度としないと誓ったということを」

 アンナの横顔は、たいまつの灯りに照らされていた。

「……そうだな」

 長い時間、階段を下りているが、全然先は見えない。フォルトゥナ神殿の階段よりも、深いようだ。これだけの階段を下りていると、帰る時、上るのがかなりめんどくさそうだ。

 それにしても、これだけの階段をどうやって作ったんだろう。この聖都のある島が自然にできていて、そこが0メートルとすると、すでに100メートル近く降りているのではないだろうか。いや、できないことはないだろうが、この時代の技術では、ちょっと無理があるんじゃないか?

 さらに長い時間降りていき、いい加減ため息が出てきたところで、階段の先にぼんやりとした光が出ていることがわかった。

「……出口か?」

 僕たちは足早にそこへ行くと、ある景色が広がっていた。




「な……なんだ、これ……!?」




 僕は声が漏れてしまった。そう、それだけすごい。

階段が終わり、大きな広間が……いや、一つの都市が現れた。巨大都市を覆うことのできる空間に、古の遺跡群が立ち並んでいる。インドの宮殿を思わせる、塔のてっぺんが丸っぽいものがあったり、住居のような遺跡もある。それらは、聖都の建造物に酷似している。

 そして、この空間は青緑の光によって覆われていた。その明かりの元は、遥か100メートル……いや、それ以上かもしれない。まるで天井が夜空のように、星空のように輝いている。煌めく星こそ、兵士の言っていた「天空石の放つ光」なのだろうか。

 こんな地下の中にこれだけ広い空間をどうやって造ったのか。これだけの量の遺跡を、どうやって造り上げたんだろうか。聖帝中央庁と、ほぼ同じ大きさのような気がする。

「聖地カナン……なるほど、聖地といわれるのもわかるな」

 ヴァルバは顔をきょろきょろさせていた。アンナもまた、同じような行動をしている。

「す、すごいですね……。聖都の下に、こんなものがあるなんて……」

「それもそうだけど……よく崩れないな、ここ。この上は聖都だし、これだけの空間を作ると……普通、崩れるような気がするんだけどな……」

 地下何メートルかはわからないが……トルーマンさんの言っていたとおり数万年前のものだとしたら、よくぞまぁ壊れなかったものだ。

「ここは聖地だ。それに、天空石まである。ティルナノグの技術が関係していないとはいえない。……あの時代の人間ならば、この程度のものを作るのは造作も無いことだろうからな」

 これがティルナノグ人によるものならば、ここが崩れない理由もはっきりしてくる。だけどトルーマンさんは、ここはティルナノグ時代よりもっと昔のものと言っていた。

 ……数万年前の技術は、ティルナノグの技術に相当していたということか?






 僕たちは、その古代都市へと足を進めた。本当に、聖都と同じような造りをしている。大きな通があって、その通をはさむように、住居のようなものが立ち並んでいる。この通の先には、聖帝中央庁に似た、一つの大きな宮殿のようなものが建っている。それは、天井に到達しそうなほどの高さをほこっていた。

「うお、これ見てみろよ」

 ヴァルバが突然、足を止めた。彼が指差した方向を見てみると、住居の中にある、一つの機械だった。

「これ……なんなんですか?」

 アンナはそれを目を凝らしながら見ている。この機械のようなものは、土台があり、その上に電球みたいなものが付いている。

「……もしかして、電気を放つものかな」

 僕はそう呟いた。

「デンキ?」

「ガイアには存在するんだよ。生活には欠かせないものさ。光を放ったり、涼しくしたり、暖かくしたり、機械を動かしたりと、僕たち人間の生活を豊かにしてくれた、最も重要なものだよ。簡単に言えば、この世界の魔法みたいなものかな。兵器にすることもできるからね」

「じゃあ、これはその〈デンキ〉を放つのか?」

 ヴァルバは電球の辺りを触り始めた。

「どうだろう。ただ、その丸っこいもの……ガイアにある〈電球〉っていうものに似ているんだ。そこに電気が流れて、光を放つ仕組みになってたんだけど……これはどうかな」

 コンセントのようなものがあれば、電気が流れるとは思うんだけど、そういったものは見当たらない。というより、この遺跡群は結構腐敗していて、粘土のような色をしている。コンセントもあったかもしれないが、長い時間が過ぎ、風化してしまったのかもしれない。

「動かないんですか?」

「……たぶん、動力が死んでる。動かないだろうね」

「そっかぁ……」

 アンナは少し、がっかりした様子だった。電気がどういうものか、見てみたいのだろう。いや、それ以前にこの機械のようなものが動くのを、この場にいる3人は見たいと思っているのだ。

 対になっている住宅の遺跡の中に入ると、生活をしていた痕跡のようなものが残っていた。コップのようなもの、皿のようなもの。どれも、無造作に散らばり、ほとんどがバラバラに割れていた。風化し、土になっているものもある。

 住宅の中央に、テーブルがあった。その上に、一つの石が置いてある。それは、天井にある天空石と同じ光を放っていた。

「これは……天空石か?」

 ヴァルバはその石に触れようとした。触れた瞬間、ヴァルバは声を上げて指を離した。

「ど、どうしたんですか!?」

 アンナが心配そうに駆けつけた。

「ふ、触れた瞬間、ものすごい痛みが走ったんだ。お〜痛かった」

 火傷したかのように、ヴァルバは触れた指に息を当てて、冷やしていた。

「……触れるなっていうことか?」

 僕はその石に指を伸ばした。なぜかわからないが、触れるなって言われると触れたくなるのが、人間の悲しい性。

「お、おい、危ねぇぞ」

 ヴァルバは忠告したが、僕はそれを聞かずに石に触れてみた。しかし、何も伝わってこなかった。

「……あれ? 何も、感じないぞ?」

 僕は石をまじまじと眺めた。少し青く、半透明だ。水晶に似ているが、あれみたいに鋭角な物じゃない。丸みを帯びている。

「本当ですか?」

 アンナも天空石に触れてみる。

「……何も感じませんね」

 どうやら、アンナも大丈夫なようだ。

「……? もう一回、触らせてくれ」

 ヴァルバは立ち上がり、もう一度天空石に触れてみる。すると、さっきと同じように、声を上げて指を離し、床に倒れこんだ。

「いってぇぇー!! な、なんなんだよ!?」

「……ヴァルバさんだけ、痛みが出るようですね。どうしてですかね?」

 アンナは頭をかしげた。

「と言われても……さっぱりだな。あれかな、やっぱり。歳を誤魔化してた人は触れることができないってことなのかも」

「……いい加減、そのことに触れないでくれません?」

 苦笑しつつ、ヴァルバは肩を落とした。

「ハハハ、冗談だって。けど、何でだろう? ヴァルバだけ、触れられないっていうのは……」

「……俺にはない、ソラとアンナには共通するものがある……ということなのかもな」

「共通するもの……?」

 ヴァルバは手を広げた。

「わからないよ。ただ、そう考えれば俺だけ触れられない理由がわかるだろ? 俺には持っていなく、2人は持っているもの」

「僕とアンナが持っているもの……若さ?」

 僕とアンナは顔を合わし、首をかしげた。

「……違うと思うぞ?」

「ハハ、わかってるよ」

 僕は天空石をテーブルに置いた。



 通を進んでいくと、右手側に住居とは違う建物があることに気が付いた。それは、手前に階段があり、その上に長方形の形をした建物がある。所々、窓が付いている。

 その長方形の建物中に入ると、ここが何なのかすぐにわかった。

図書館だ。数列に、本棚が立ち並んでいる。床には、建物の瓦礫が落ちていたり、本棚から落ちた本も散らばっている。

「本? 読めるのかな……」

 数万年前の図書館なのだとしたら、すでに読むことは叶わないと思う。普通は、風化するからだ。

 床に落ちている本を拾おうとする。掴み、持ち上げようとした瞬間、本は砂屑になってしまった。

「あ……やべ」

「おいおい、壊すなよ。大昔の貴重なものなんだから」

 そういうヴァルバも、本を掴んでは砂屑にしていた。

「門番さんが言っていた、聖遺物って……この本たちも含まれるんですかね?」

「…………」

 まずい。それは非常にまずい。すでに、10冊近くの本を土に還してしまっているのに。

「と、とにかく、慎重に選ぼう、ヴァルバ」

「あ、ああ」

 落ちている本を踏まぬよう、足場を探しながら歩く。崩れてしまう本とそうでない本を見分ける方法がわからないのに、どうやって見分けるんだよ…。けど、何らかの本を見てみたい。数千年前の本には、どういうことが書かれているのか。僕の好奇心を煽るには、十分だ。

 僕は奥へと進んで行った。どうやら、この図書館は奥行きがかなりある。長束町の町立図書館より、断然広い。

 このあたりの本は、結構厚めの物が多い。これだけのものなら、崩れないと思い、手を伸ばす。ドキドキしながら、本を掴むと…崩れない。

「あっ……おーい、大丈夫な本があった!」

 僕は2人に聞こえるように、大声を張った。ページがめくれるかどうか、試してみる。……よし、めくれる。大丈夫だ。

「どれだ?」

 ヴァルバとアンナが駆け寄って来た。

「これさ」

「これは……古代ティルナノグ文字? いや、まさか……神国文字か!?」

 ヴァルバは本を眺めながら言った。少し興奮気味に見える。

「神国文字?」

「ティルナノグ時代以前の時代の文字だ。まだ人は文明を持たず、ただの動物と同じような生活をしていた時代。世界を支配していたのは、今は姿を見せない神々。その神々の文字といわれるのが、この〈神国文字〉だ」

「ティルナノグが始まったのが、今から10000年近く前の話だから……少なくとも、11000年前くらいか」

 そんな大昔に文明があったとは思えないが、事実ティルナノグはあったわけだし……この世界、とんでもないな。

「ティルナノグ文字はアカデミーで習うことだが……神国文字は、そのほとんどが解明されていない」

「じゃあ、読み明かされたことは無いんですか?」

「だろうな………」

 僕は本の中程を開いた。……エジプトのヒエログリフっぽい。と言っても、よくわからないが。

 文字を眺めていると、頭の奥がスーッとしてきた。

なんだ……? この感覚。小さな電流が、耳の辺りをざわついているようだ。これ……フィアナ村で、初めてこの世界の文字を見た時と同じ感覚……。




 ――ああ、そうだったな――




「……覇者なるは、荒れ狂う嵐、荒れ狂う波、荒れ狂う火炎……すべてを凌駕せし者。我が名は――ヴァルドモンド=ケイドヴァー」


 脳裏に浮かんだ文字を、知らず知らずのうちに口から出していた。それを見た2人は目を見開き、僕を見ている。

「ど、どうしたんだ!? ソラ」

「え? どうしたって……この文字を眺めたら、突然……頭の中で文字が浮かんできて……それを言っただけなんだけど」

「よ、読めたってことですか?」

「そ、そうなのかな?」

「正しいかどうかはわからない。確かめようが無いからな。けど、ソラはリュングヴィの力を持つ人間だ。不思議なことができても不思議じゃない」

「……あんまり、うれしくない」

 正直、ね。

「まぁともかく、続きを読んでくれよ」

「わ、わかったよ」

 ヴァルバは急かすように言った。僕は、次の文字列を眺める。



「……〈我が名は、ヴァルドモンド=ケイドヴァー。ニヴルの帝王である。我が主神ルプレシュカの庇護の下、敵国ミズガルズを滅ぼすことを、宣言する〉……創世歴40011年、アルカディア大陸の8割を領有する、ニヴル帝国3代皇帝ヴァルドモンド8世は、隣国ミズガルズ共和国を進攻することを宣言。だが、この宣言の翌日、15年前、帝国により滅ぼされたフエロバーラ王国の旧臣により、ヴァルドモンド8世は暗殺される。まだ27歳の皇帝の後継者は幼く、当然のごとく後継者争いが勃発する。その隙をミズガルズ共和国に突かれ、創世歴40014年、一大国家を築き上げたニヴル帝国は滅ぼされることになる。

当時のミズガルズ共和国の主神党総裁ウラーヴァスは、総選挙に勝利し、一党独裁の政権を築き上げ、ロンバルディア大陸を手中に収める。創世歴40015年、ウラーヴァスは病死するが、息子のヴァレンロイルが総裁を継ぐ。もはや、皇帝と同じような存在になり、総裁の地位はそれ以降、世襲され続けることになる………このページはこれで終わり」



「……神国文字があった時代の歴史書か?」

 ヴァルバは腕組みをしながら言った。

「この文字が本当に神国文字なら、そういうことになるね」

「……神々の時代というのは、まったくのウソだったというわけか……」

 大きくため息をつき、ヴァルバは頭をかきだした。そう、神がいたわけではない。人類が今と同じように、争い合っていた頃なのだ。

「大昔のことなんて神格化されることがほとんどだよ。実際、ティルナノグもそうだったわけだし」

 僕は次のページを開いた。

「なんて書いてあるんですか?」

 アンナは本の中を覗き込んだ。

「今読むよ。…………創世歴39765年、グラン大陸の三国時代は、シアルフィ王国の統一により、終焉を遂げた。

その頃、ミズガルズ共和国は総裁ブロンによる暴政が続き、各地で反乱が頻発していた。ここで特筆すべきは、ブロンを諌めたカイン将軍が民衆を率いて反乱を起こしたことだ。

さて、そのカイン将軍は、シアルフィ王国に救援を打診する。シアルフィはこれを承諾し、海を渡りミズガルズへ進攻する。当時、ミズガルズ共和国の首都は北のゴルドバに定められていたため、シアルフィ軍がロンバルディアに上陸して、ほんの2ヶ月で陥落してしまう。総裁ブレンはアルカディア大陸の一国、ハヴァザード帝国へ亡命。こうして、ロンバルディアはシアルフィに支配されることになるが、そのほとんどがカイン将軍の統治下に入ることになる。

創世歴40020年、カイン将軍はティルナノ……えっ!? ティルナノグ!?」

僕は思わず、声を上げた。

「ソラ、続きを読んでくれ!」

「あ、ああ。………創世歴40020年、カイン将軍はティルナノグ王国の初代国王となる。これはシアルフィ王国が帝国となり、その最大の功労者であるカイン将軍に対する勲章であろう。爵位では、彼の功績には応えられないと考えたのだ。創世歴40021年、ブロンはハヴァザード帝国へ渡った旧ミズガルズの民により、惨殺されてしまう。これにより、一時代の支配者ウラーヴァスの血を継ぐものは途絶えることになる。

 創世歴40021年、カイン王は首都をリーフ島……のグラールに定める。その翌年、ティルナノグ王国はアルカディア大陸へ進攻する。次々と諸国を滅ぼし、3ヶ月後には、大国ゼテギネア連合王国を滅ぼす。ティルナノグはシアルフィの属国であるため、その領土のほとんどがシアルフィのものとなった。しかし、野心を抱いたカイン王は、シアルフィから独立を宣言する。その宣言は、次のとおりである。

〈……我が名は神の御使いであり、神の申し子であるカイン。我が戦う所以……それは、蹂躙され続ける人々を救済するためである。蹂躙され続ける未来に、希望など見えては来ない。蹂躙され続けた過去に、何の価値も無い。新しい希望を見出すために、我は宣言する。シアルフィ帝国皇帝アドラメラク1世、そなたを玉座から退き下ろすまで、我は肉体が引きちぎられようとも、戦うであろう……〉

 これが、カイン王の〈救済宣言〉と呼ばれるものである。この宣言の中では、王は民の救済を述べているが、実際の目的は、3大陸を支配することである。これは、すでに王が即位以前に持っていた理想とは、大きくかけ離れてしまっていることが伺える。

 創世歴40022年、ティルナノグは150万といわれる大軍で、グラン大陸へ進攻を開始する。対するシアルフィは200万という、ティルナノグを凌駕する大軍を繰り出す。しかし、魔道士としても、騎士としても、指導者としても天才であるカイン王の軍勢に、シアルフィは敗戦を続ける。そして、創世歴40022年11月、シアルフィ皇帝アドラメラク1世は倒され、帝国は滅びる。こうして、一つの時代は終焉を迎える。

 翌月、カイン王はティルナノグ帝国の成立を宣言して皇帝に即位。名を主神リュングヴィから取り、「リュングヴィ1世」を名乗る。さらには暦を「創始歴」へ変え、8年後、皇帝よりも上である〈天帝〉を名乗る。その後、天帝は世襲される。

 こうして現在、創始歴877年に至る。現在、36代ゼファード3世陛下の統治の下、世界は繁栄している。創始歴012年には至上天帝の右腕である大宰相………ここは消されてる。……大宰相によって天空石を開発され、人類の夢であった空へ進出することを達成。天空帝都セレスティアルを築き上げる。そして800年が経ち……人類の繁栄期を、今まさに迎えているところだ…………歴史学者アブドゥル=レアノン」

 僕は、この本をゆっくりと閉じた。題名は〈ティルナノグ創世期〉。少しの間、沈黙が流れた。



「……神国文字が使われていた時代から抜きん出たのが、リュングヴィ……カインという人間だったのか……」

「1万年前……に生きていた人の意志が、今なお、ソラさんの中で息づいている……ということなんですね」

 他の本の題名を見てみると、そのほとんどが、〈ティルナノグ〉に関することだった。どうやら、この遺跡群はティルナノグが成立した頃にできたものなのかもしれない。あるいは、それ以前に存在していて、ティルナノグの人たちが何らかの目的でここを使っていた、ということなのかも。

「この本の中に出ていた……グラン大陸というのが、もしかしたら北の大陸のことなのかもしれないな」

「アルカディア大陸も、ロンバルディア大陸も出てきましたもんね」

「けど、ティルナノグが成立した頃は、その国自体はロンバルディア大陸にあったんじゃなかったっけ?」

「統一後、天空帝都というものがグラン大陸には無かったとは言い切れない。それに、ロンバルディアとアルカディアの2大陸には、ティルナノグの都市らしきものは残っていないはずだ。いや、残っているのはリーフ島の遺跡群だけか」

「そっか。本には〈首都をリーフ島のグラールに定める〉とかって書いてあったな」

 ラーナ様も、リーフ島の北半分には今も発掘されていない遺跡が眠っていると仰っていた。

 他に目ぼしい本はないかと、再び捜索に当たった。しかし、あの本以外は腐敗が激しかったり、汚れなどで文字がまったく見えないものばかりだった。

もう、何も無いだろうと思っていた頃、変なものを見つけた。……石? 宝玉の形をしているので、もしかして、天空石だろうか? だけど、光っていないし青色の半透明でもないので、ただ加工した石なのかと思った。僕は、ゆっくりとその石に触れてみた。

「……何か感じましたか?」

 アンナは僕の顔を覗き込みながら言った。すると、宝玉のような石が突然、灰色から青色に変わった。そして、まぶしい青緑の光を、辺りに撒き散らし始めた。

「くっ……まぶしい……!」

 僕は思わず、ヴァルバに渡した。すると、当然のごとくヴァルバは悲鳴を上げて、天空石を手放した。

「お、お前な! いきなり俺に渡すなよ!!」

 ヴァルバは痛みを受けた右手を、ぶんぶん振り回しながら言った。結構痛いんだな……。

 放られた天空石は、さっきのようにただの石ころに戻らず、煌々と青緑の輝きを放っている。

「どうしてソラが触れた瞬間、他の天空石みたいになったんだ?」

 ヴァルバは天空石をじーっと眺めている。

「……さあ?」

「お前な……」

 僕を見ながら、ヴァルバはため息をついた。

「しょうがないじゃないか。わからないんだからさ」

「……ま、あまり気にすることでもないか」




 図書館から出て、僕たちは最も大きな建物である、中央の宮殿遺跡へ向かった。すでにボロボロになった通を歩き、宮殿に辿り着くと、その入り口には黄色いカードが吊るされていた。門番の人が言っていた、立ち入り禁止のところか。

「1番見たい所なのになぁ」

 ヴァルバは宮殿を見上げながら言った。

「入っちゃいけないなら、守らないと」

「……だな。他の所に行ってみようぜ」

 そう言って、他の2人は引き返そうと後ろへ振り向いた。けど、僕だけはこの宮殿に目を釘付けられた。

 左右対称の、きれいな宮殿。数千年の時が流れ、土色に変色しているとはいえ、その壮麗さを感じずにはいられない。

 その時、僕の回りが真っ暗になった。



「……あれ?」



 僕は辺りを見渡した。

「ヴァルバ? アンナ?」

 二人を探すが、すべてが真っ暗なため何も見えない。声さえも、届いていないのだろうか。そうやってきょろきょろしていると、宮殿があった方向に、一筋の光が現れた。それはだんだん円を描き、誰かを映し出していった。




 男の姿。誰だ……?


「……あんた、誰だよ?」


 僕は男に問い掛けた。ミディアムほどのウェーブがかった髪は、鮮やかな青色をしていた。

 首にはなぜかリングを装着し、古代人の服だろうか……黄色っぽいカーディガンに、白い長ズボン。彼の瞳は、紅く……輝いている。



「……ようやく、ここまで来たか……」



 男性の声で、ハッとした。この、低く、響くような声の持ち主は……

「お前、リュングヴィか……!」

「そうだ」

 リュングヴィは大きくうなずいた。

「……ヴァルバとアンナはどこだ?」

「今は仲間のことは気にするな。ここは……選ばれた生命にしか入れない所なのだからな……」

「……?」

 リュングヴィはゆっくりと目を閉じ、両手を広げた。

「1万年の間、俺はお前を待っていた。俺の肉体が消滅し、魂だけの存在となった、その時から……」

 雄大な大気を感じるかのように、奴は穏やかな表情で話す。

「すでに、お前は知っているだろう? 俺が……元の俺がどんな人間だったかを」

 目を閉じたまま、奴は言った。


「……カイン。シアルフィ帝国の将軍だった男」


「その通り。あれから約1万年……お前にわかるか? この、途方もない時間を……次元と次元の狭間で彷徨い続けた、俺の想いが……」

 リュングヴィはゆっくりと、両目のまぶたを開いた。鮮血の双眸が、小さく煌めきながら僕を見つめる。

「……最後の天帝ユリウスや、初代教皇アイオーンに憑依していたんじゃなかったのか? あの2人は、お前の器じゃなかったのか?」

 前から思っていた疑問を訊いてみた。

「奴らは違うのさ」

「…………?」

 僕は頭をかしげた。

「お前以外、俺と完全にリンクすることのできる血族はいなかったということだ。お前は傾いた器を持つ男と、封印された聖なる焔の光を持つ女との間に生まれた、純粋な存在。……空、お前はこの星に選ばれた生命なんだよ……」

 目を細め、奴は微笑む。

「あらゆる生命を生み出した、すべての根源――星。星にも、意志があるということをお前は信じられるか?」

 僕は顔を左右に振った。そんなの、信じられるかよ。

「……だが、俺が今、こうしてここにいるということ。そして、お前が数奇な運命を辿り、今、ここに立っているということ……全ては、星の意志……つまり、運命そのものなんだよ」

「……僕が今まで歩んできた道、そして決意してきたその意志も、星の意志によって定められていたって言いたいのか?」

「そうだ。人間一個の意志なぞ、すべてを包括する星の意志に比べれば、微力でしかない」

 違うね、と僕は言った。

「僕は認めない。僕がこうして生きてきたその道……いろいろな人たちに出会い、いろいろなことを学んできたことが、運命という一言で片付けたくない。選ばれたとか、そうでないとか、関係ない。今、こうして、力を持っている僕が、僕こそが! 自分の未来を決定する! 星や……お前なんかに、僕の未来を定められてたまるか!!」

 声を荒げ、僕は奴を睨んだ。それに臆することなく、逆に奴は笑い始めた。

「愚かな奴だな……。お前は、運命に抗うというのか?」

「抗うとか、そんなんじゃない。こうすることが、僕の運命だ」

「…………」

 リュングヴィは瞬きをせず、僕の目を見ている。

「あらゆる生命が、自らを生み出した星により定められた運命を歩んでいく。それは俺も、お前も同じだ。死すべき時に死に、生を戴く時に生を戴く。時の呪縛に抗えず、歩むべき道を歩むのが……俺たちだ」

「そんなものが、生きていく道だとは到底思えないね」

「そして、俺がお前と一体化するのも……定められていた運命なのだ。いい加減、あきらめろ。お前は、俺と一つとなり、俺の夢を叶えるのだ。あらゆる生命を凌駕する、新しい生命として再誕する………」

「新しい生命だと? 僕とお前が……」

「わかるか? その意義が。星に選ばれた俺とお前が、分かたれた世界が一つになるように、一つの生命となれば、俺たちはこの次元と他の次元……別の星を繋ぐ、〈調停者〉となる! すべての生命が夢見ていた……完全なる進化の最終地点へ到達することを意味する」

 どこぞの支配者の如く、大きく手を広げて笑う様は、僕の中に怒りと哀れという二つの感情を作り上げた。

「調停者……って、なんなんだ? お前が僕と一体化して、完璧な生命に進化して……何をするつもりだ?」

「…………」

「答えろ……リュングヴィ!!」

 と、奴は暗闇の虚空を見上げた。



「……どうやら、邪魔が入ったようだな」



 すると、この空間が揺らぎ始めた。暗い風景が、紙がねじられるかのように湾曲を描いている。

「せっかちな女だ……。いずれ、貴様もわかるというに……」

「なんだ? 何を……」

「見てみろ。貴様を呼んでいる」

 僕は奴が指差した、上空を見上げた。すると、金色の光の線がこの空間を照らし出した。

「……じゃあな」

「ま、待て! リュングヴィ!!」

「……見たくも無い、悲惨な運命が待っている……それを見ても尚、お前は運命に抗うか……」

 そう言い残し、リュングヴィは最初と同じように光となり、上空へと消えて行った。

「待て!! リュングヴィ!!」

 僕はリュングヴィの光を追うように、そこへ走って行った。しかし、当然のごとく、届かない。

「……ら……空……空……」

 突然、頭の上から女性の声が響いた。この声の主が誰なのかわかると、僕の意識が遠のいていった。









「……空……空!」

 バチンと、頭をひっぱたかれた。

「い、いって! 何すんだよ!!」

 僕は声の主がいる方に顔を向けた。

「リサ……」

 そこにいたのは、リサだった。辺りを見渡すと、聖地カナンの中央の宮殿遺跡の前に立っているのがわかった。……真っ暗になる前と、移動していない。

「ソラさん! 大丈夫ですか!?」

 アンナが僕の腕を掴んできた。その目には、涙が薄っすらと浮かんでいた。

「あ、ああ、大丈夫だよ、アンナ」

「空、女の子を泣かせるもんじゃないよ」

 再び、リサに頭をひっぱたかれた。僕は叩かれた部分をさすりながら、「ごめん」と言った。

「……なんでリサがここに?」

「ソラ、そんなことよりインドラの連中が……」

 ヴァルバが焦った様子で言った。

「インドラ……?」

「奴らが、この聖帝中央庁を襲撃したようなの。それで、あんたらの波動を追って来たってわけ」

 インドラがここを襲撃? それって……


「まさか……各国の首脳部を狙って……!?」


 リサはうなずいた。

「かもしれない。ともかく、地上へ戻るわよ」

 リサは後ろへ振り向き、走り出した。僕たちも、その後を付いて行った。






 リュングヴィが言い残した〈悲惨な運命〉

 それが、とうとう、僕の前にやってくることとなる。

 逃れることのできる、未来なんて無い。

 そういうことなのだろうか……






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