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BLUE・STORY  作者: 森田しょう
◆4部:運命に抗いし者ども
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42章:輝ける白銀の聖都 ソフィア=エルメス


 聖都は、このアルカディア大陸の南の〈カナン半島〉にある。半島とはいえ、かなり小さい。ガイアのスカンディナヴィア半島みたいにでかいと、すでに半島ではない気がするが。

 徒歩で2、3日程度とはいえ、この寒空の下、岩が突き出た大地を歩かなければならないというのは、なかなか辛いものだ。

アルカディア大陸の南部は緑が溢れる地域らしいのだがこの季節、その緑は乏しい。しかも、ペルルークの西部に広がる地域は「ヴェスナ台地」と呼ばれ、もともと緑が少ないためか、どこか寂しい雰囲気を漂わせている。

 このヴェスナ台地……ガイアのヒマラヤ山脈が太古の昔、インド半島が大陸とぶつかった瞬間に隆起してできた山脈だといわれているが、それと同じようにできたという。そういった奇跡的な偶然によってできたためか、古代の人々から聖地と呼ばれるとか。



 出発して数時間、太陽が沈みかけていた頃、僕たちはヴェスナ台地を進んでいた。

「……ずっと、上り坂だな。ばててきちゃったよ」

 僕は重い足を動かしながら、呟いた。

「何言ってんだ。我慢しろぃ」

 無駄に元気なヴァルバ君。いや、おじさん。

「お前、今文句を考えたろ?」

「おいおい、僕がそんな根暗に見えるか? 冗談じゃない」

 どうも、ヴァルバは人間的勘というか、動物的勘が鋭いというか。思わず、僕は小さく笑ってしまった。

「……この台地を抜ければ、聖都は目の前だ。今日中に、抜けるぞ」

「え〜、勘弁してくれよ」

「駄々をこねるな。男だろ?」

「じゃあ、アンナはどうするんだよ。無理させるつもりかっての」

 ヴァルバはギクッとした顔をした。

「そ、そうだった……」

「アンナだって、もう疲れたろ?」

 後ろを振り返ると、肩を上下に動かしているアンナが、一生懸命僕たちの後を付いて来ていた。

「まだ、大丈夫……です」

 見るからに、結構辛そうだ。

「……どうするよ?」

「お前から言っておいてなんなんだよ……」

 と、ヴァルバは少し困惑した様子だった。

「疲れてても頑張るアンナを見ると……やっぱり、ばてるまでやらなきゃなぁと思って」

「……気分屋め」

 ヴァルバは笑いながら言った。

「うっさい」




 星空が輝く時間帯に、僕たちはようやくヴェスナ台地を抜けることができた。疲れ果てたアンナを先に休ませ、僕とヴァルバは見張りをすることに。

「……アンナはもう寝たのか?」

 焚き火の近くで、ヴァルバはホットミルクを飲んでいた。白い湯気が、彼の鼻の辺りをうろちょろしている。

「ああ。飯を食べて、すぐに寝ちゃったよ」

「……無理をさせたか……」

 ヴァルバはカップを置き、足元にあった木の枝を火の中に放り込んだ。

「ふぅ……」

 彼は夜空を仰ぎ、白い息を吐いた。

「どうしたんだよ? ため息なんかついてさ」

 僕はヴァルバに対になるように座った。

「うーん……」

 唸りつつ、ヴァルバは小さく瞬きをしながら、いくつも輝いている星を見つめた。

「――前にさ、生きることはなんなのか……っていう質問をしたのを覚えているか?」

 いつかの怖い質問。僕はヴァルバの後ろの果てにある星を見つめた。



「……お前はどう思うよ? 生きることについて」



 そうきたか。

 小さく息を吐き、彼と同じように星空を仰いだ。

「生きることについて、か…………今まで、深く考えたことはなかったな」

 時折考えたこともあるかもしれない。けど、時折思う程度で、記憶に残るほど考えつめたことはないのだ。

「……僕はさ、別に考える必要はないと思うんだ」

「…………?」

「だって、難しいだろ? 生きることについてなんて」

 僕が視線をヴァルバに戻すと、それに少し遅れて、彼も僕に視線を向けた。

「まぁ、な」

「だろ? ……生きること……それについての答えなんて、わかりっこない。そもそも、あるのかどうかもわからない。水を熱すると沸騰するっていう、答えが用意されてるわけでもないしさ」

 そう言うと、ヴァルバは小さくうなずいた。

「答えの無いものは、自分なりの答えを得るしかないし、それはすごく難しい。考えれば考えるほど、頭が痛くなるしさ」

「ハハハ、なるほど」

 僕らしいと思ったのか、ヴァルバは軽く笑った。

「……深く考える人ほど、自分を追い詰めるもんだよ。人間も他の生き物も、結局は同じなんだ。あらゆることは、シンプルなんだよ」

「シンプルねぇ……」

 微笑んだまま、彼は再び夜空を見上げた。

「だからさ、ヴァルバ。もう少しシンプルに考えなよ。最近のお前、おかしいからさ」

「おかしいって……失礼な奴だなぁ」

 ヴァルバはハハハと、苦笑いをした。

「そうだな……どうも、故郷に近付くと……いろいろ考えちまう」

「……それって、いつか話してくれた人のことか?」

「誰のことだ?」

 と、彼は僕に顔を向けた。

「ほら、アルフィナへ行く時に話をしてくれたじゃないか」

「ああ……そういえば……」

 ヴァルバはポリポリと頭をかき始めた。

「いつかさ、話せる時が来たら、僕たちにその人のことを教えてくれないか?」

「……なんで?」

「なんでって……そりゃあ、あれだけすばらしい言葉を考えた人だ。きっと、ヴァルバにとっても大事な人で、誰にも愛されるような人だったと思うんだ。……勝手な思い込みだけどね。だからさ、訊いてみたかったんだよ」

「……そうか……そうだな、いつか……じゃなく、近い将来に教えてやるよ」

「ハハ、無理しないでいいよ。そういうことは、ちゃんと心の整理ができないと言えないもんだしさ」

 僕は立ち上がり、テントに向かった。

「じゃ、僕は寝るよ。お休み。明日の朝、ちゃんと起こしてくれよ_」

「ハイハイ」

 そのまま、僕はテントに入り、アンナの横で床に就いた。



 ヴァルバは木を一つ掴み、火の中に入れた。その瞬間、炎が歓喜したかのように揺れ動き、火の粉が舞い上がる。

「どうされるのですか?」

 空やアンナの知らぬ男の声が、小さく流れてきた。足音を一切起こさず、いつの間にか暗闇の奥に誰かがいたのだ。

「……そう急かすな」

「ですが……」

 暗闇の内にいる男が言うと、ヴァルバは首を振った。

「もう少し、考えたいことがある」

「…………」

「……寒いな」

 寒い夜空の中では、吐いた息は白くなる。その白い息が、精霊さえも見失うこの漆黒の夜空へ、消えて行く。



「おい! ソラ、起きろ!!」

 ヴァルバの声が響いた。

「おい! 起きろっての!」

 頭をびしびし叩かれている。い、痛いっての。

「だぁーもう、いてぇっての! なんなんだよ!?」

「早く準備しろ。雨が降ってきた」

「雨?」

「そうだよ。この気温だ。雨の中を長時間歩くと、風邪を引きかねない。早く出発しないとな」

 そう言って、ヴァルバはテントから出て行った。すでに、アンナも起きて片付けをしているようだ。……つーか、朝一番に聞いてしまったのがヴァルバの声だなんて……しかも、見てしまったのもヴァルバ。アンナだったら、寝起きも気分がいいのになぁ。

 僕は心の中でぶつぶつ文句を呟きながら、準備をした。テントの外に出ると、小さな雨粒たちが上空から降り注いでいる時だった。まだ小雨のようだが、そのうち大雨になりそうだ。

 僕たちはこういった時のために、カッパのような物を準備していた。ビニールでできているわけではなく、皮製のものだ。



 出発して、約3時間。雨が止み始めたころ、都市らしきものが見えてきた。

「なぁ、あれ……」

「聖都だ。ようやく、見えるところまで来たか」

 聖都はカナン半島に広がる、リーベリア平原に位置するのだが、湖の上にできた、水上都市のように見える。

「聖都って、ランディアナみたいに人工的な大地の上に出来てるのか?」

 平原を歩きながら、ヴァルバに訊ねた。

「いや、そんな話は聞いたことがない。俺が知る限りでは、海とかを埋め立てて造った都市ってのは、ランディアナしか存在しないはずだ。聖都は自然にできたところに造られたと思うんだが……」

 ヴァルバは昨日整えた、あごひげを触っている。……30過ぎにしか見えないよね、やっぱり。

「じゃあ、そういうことから聖都にされたのかもしれませんね」

 平原をゆったりと駆ける風になびかれて、アンナのレモン色の髪が揺れ動いている。

「どういうこと?」

「自然によって造られたものって、なんだか神秘性が溢れるじゃないですか。そういうところに、神様がいるような気がしますし」

「なるほど……けど、あんなのが自然にできるのか疑問だけどな」

 聖都は円形の湖の上に、皿でも浮かんでいるかのように建てられている。これが、自然にできているとは到底思えないのだが。

「ま、見えない力でも作用してるんじゃないのか?」

「見えない力、か……」

 この世界では、本当にありそうだから怖い。幽霊とかも、絶対にいそうな世界だもんな。魔法があるわ大昔には空中都市があるわ、だし。

 聖都に着く頃には完全に雨は上がり、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせていた。




「は、半端ねぇ〜……」




 僕は思わず、そう言葉が漏れてしまった。聖都の城壁は大して大きいわけではないのだが、真っ白なレンガでできた城壁は、見るものを圧倒する。

 僕たちは聖都に入った。聖都はレンドが言っていたとおり、白を基調とした建物で溢れていた。他のヨーロッパ風・ギリシャ風の建物とは違い、形としてはアラビア系の建物だろうか。色は白いのだが、屋根の部分は丸みを帯びているものや、奇抜な形(クリームみたいな)をしたものがあった。

 道路にも白いレンガが敷き詰められていた。道路の両端には、きれいな樹木が一列に並ぶかのように植えられている。この季節だからか、葉は全て落ちてしまっているようだ。

 中央通には、多くの商人以上に教団関係者と思われる人たちで溢れている。白いローブを着て、片手には聖書らしきもの。頭には白い三角形をした帽子。男も女もみんなそういう格好のため、見分け辛い。


「今まで見てきた都市とは、雰囲気が違うな」

 ヴァルバは辺りを見回しながら言った。

「『普通の人』がいるような感じはしないな」

「潔白、ですね」

「潔白って……なんか、みんな清潔で、礼儀正しいみたいだな」

 僕は苦笑した。

「司祭や司教の人たちは、大体がそんなんだろ」

「偏見で見ちゃいけないぞ」

「俺が昔、住んでた所にいた司祭はそんな人だったけどな」

 ヴァルバが生まれた場所はゼテギネア。ゼテギネアはソフィア教を信仰している……いるのは不思議ではないのだが、どうもヴァルバのイメージには合わない。教徒っていうか、放浪歴の旅人っていうか。

 どうやら、この聖都ソフィアは上空から見ると六角形の都市で、その中心部に「聖帝中央庁(宗教会議室や神聖騎士団の基地があり、教皇のいる場所でもある)」がある。聖都が六角形なため、6つの市街区で区分されている。第1市街区には教団関係者の住居があるということだ。僕たちは、教皇のいる聖帝中央庁へと向かった。




「通行許可証をお見せください」

 聖帝中央庁の出入り口の前で、すべてが銀色でできた鎧を着た一人の兵士が言った。

「通行許可証?」

「そうです。それがなければ、ここから先へ進むことはできません」

「…………」

 僕たちはその兵士から少し離れ、相談した。

「……聞いてないぞ?」

「ヴァルバ、よく考えたら普通だよ」

 なんたって教皇がいる場所だ。他の国にすれば、王城のようなもの。

「どうします?」

「……とりあえず、事情を説明すれば何とかなるんじゃあ……」

「言っても怪しまれるだけだと思うが……」

 早速、僕の案は却下された。しかし、ここでいちいち時間を喰うのが非常にめんどくさいと感じる僕は、彼に言った。

「他に方法が思い浮かばないんだから、しょうがないだろ? あの兵士、あんまり頑固そうに見えないし」

「そ、そこが問題なのか?」

 ヴァルバの顔が引きつっていた。アンナが「とりあえず、やってみたらどうです?」と言ったため、なぜかヴァルバは了承してしまい、この方法でいくことに。

 僕はスタスタと衛兵の所に近寄り、

「あの、僕たち、とっっっっっても重大な話をしたくて、ここまで来たんですが……」

 僕は自信なさげに言った。兵士は、きょとんとした顔をしていた。

 うーん……反応がいまいち。やっぱり、行き当たりばったりな方法でいくのは無謀過ぎたか。

「非常に深刻な問題で、すでに各国の首脳や偉い人に知れ渡ってることなんですけど……」

 すると、兵士は思い出したかのような顔をして、僕たちを指差した。


「あ、あなた方、もしかして、〈インドラ〉に関しての使者では……!?」


「使者? えっと、まぁ……インドラに関してはっていうのは当たっていますけど……」

「そうですか! いやぁ、お待ちしておりました! さ、どうぞお進みください!」

 兵士はどうぞどうぞと、入り口に手を差し出した。何がなんだかよくわからないが、とにかく聖帝中央庁に入れるチャンスだ。僕たち3人は顔を合わせて微笑んだ。インドラに関しての情報は持っているから、一応大丈夫なはずだしね。

 僕たちは中央庁内部へと足を運んだ。中に入ると、圧巻だった。ルテティアの王城以上だったからだ。

 天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。それは白金でできているのか、白い煌めいている。壁はもちろん白く、床は大理石のようで、まるでクリスタルのようにすべすべだった。所々の壁には高価そうな絵画が飾られ、天井には天使や神様が描かれた天井画があった。ミケランジェロの天井画のようだった。あの天井画もそうだが、この天井画も人が描いたものなのだろうか? 人間業には思えない。



「お待ちしておりました」



 僕はその声で我を取り戻した。神々しい天井画に、心を奪われてしまっていた。目の前に、にこやかな顔をしているおじさんが立っていた。風貌から見て、司祭だろう。

「私は、ソフィア教団大司教――トルーマンという者です」

 トルーマンというおじさんは、丁寧に頭を下げた。45度で、約3秒間の礼だった。昔、学校で習った正しい礼の仕方と同じだった。

「……ソラと言います」

「ヴァルバです」

「アンナです」

 僕たちは自己紹介をし、一礼した。トルーマンさんが醸し出す雰囲気のためか、思わず礼儀正しくなってしまった。

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます」

 再び、トルーマンさんは一礼した。

「あなた方のことは伺っております」

「……あの、誰からその話を?」

 僕はそのことを訊ねた。ソフィアの人たちは知らないはずなんだけど…。

「知らないのですか? シュレジエンのラーナ様から、インドラという組織についての使者が参られます、という書状が届いたのですよ」

「ラーナ様が……」

「ええ、そうです。お聞きでありませんでしたか?」

「あ、いや……」

 僕は濁した。どうやら、ラーナ様が根回しをしてくれたようだ。

「では、猊下がお待ちでございます。こちらへ……」

 僕たちは、トルーマンさんの後へ付いて行った。

聖帝中央庁を張り廻っている廊下には、スカイブルーの細いカーペットが敷かれている。ちなみに、そのスカイブルーはソフィア教国の証なのだという。

 聖帝中央庁は王宮並みの広さを持つ。ただ、利用できるのは1階のみ。上には行けることは行けるのだが、どうやら教皇家及び枢機卿しか入れない場所なのだとか。

 広い通路を歩き進むと、大きな扉の前に辿り着いた。

「ここは……」

「猊下がおわす場所でございます」

 トルーマンさんはそう言うと、扉を開け始めた。扉が開かれると、いつか見た、フォルトゥナ神殿のあの大広間並みの部屋が現れた。中央に一本のカーペット。一番奥の段差まで伸びている。その段差の上に、白いカーテンがかけられた所があった。下の辺りは届いておらず、玉座があること……そこに、誰かが座っていることがわかる。

「……では、あそこの線までお進みください。ただし、あの線より前に行ってはなりません」

「どうしてですか?」

 ヴァルバはトルーマンさんの方に向き直った。

「皆さんもご存知のとおり、この国は3年前、暴君が倒された後、猊下に反発する者どもがおりました。混乱は鎮圧されたといえ、まだそういう輩がおらぬとは限りませぬ故……」

「……念には念を入れて、ですか?」

「猊下に危害が加わらぬようにするためです……」

 なるほど、僕たちが教皇を狙った者とは限らないからか……。まぁ、信用してもらえないのは残念だが、この場合はしょうがない、か。

 僕たちはトルーマンさんに言われた線の所まで、足を運んだ。そこから、教皇がいると思われる玉座までは、20メートル以上離れているようだ。これでは、銃でも持っていない限り、教皇に危害を加えることはできないな。

「……猊下、シュレジエン女王ラーナ2世陛下からのご使者様たちでございます。我がソフィア教の申し子たちを闇に侵さんとする、インドラなる者どものことについて、協議されたいとのことです」

 トルーマンさんは僕が説明するよりも簡潔、且つ迅速に言ってくれた。自分では、どうしてもうまくしゃべれない。こういった、国家元首がいるような場所が放つ、圧倒的な威厳に押されているのかもしれない。――が、

「……ど、どうすりゃいいの?」

 僕は起立したままの体勢で、ヴァルバを見ずに囁いた。

「とにかく、自己紹介したほうがいいのかもな」

「自己紹介か……」

 僕は一度、せきをして喉を整えた。

「ソラという者です。ラーナ様の使者として、参りました」

「ヴァルバです。教皇倪下、ご機嫌麗しく思います」

 と、ヴァルバらしからぬ、いつかのヴァルバの礼儀正しさが現れた。

「ア、アンナと言います。よろしくお願いします」

 僕たちは一同に礼をした。


「……よく、おいでになりました」


 教皇の声……若い男性のようだ。僕と同じくらいの歳だろうか?

けど……なんだろう、この感じ……



「私が、第83代教皇クピト1世です」



 ここから見えるのは、玉座に座っている教皇のひざから下の部分だけ。

 なんか……違和感を覚える。なぜだろう……?

「ここからお話しすることの無礼をお許しください。未だ、私は命を狙われる身でありますので……」

 教皇が頭を下げたのが、ほんの少し揺れたカーテンの動きで理解した。

「あ、えっと……今回、僕たちがここへ参りましたのは、邪教を復活させようと目論む、インドラへ対抗するための協議について、ご相談に――」

「ええ、わかっています」

 教皇は僕の言葉を遮った

「インドラが巫女なる少女たちを誘拐し、伝説の邪神を復活させようとしていること。そして、彼らに対抗するために、各国と条約を締結しなければならないことを……」

「じゃ、じゃあ……」

 再び、教皇がうなずいた。

「悪辣な者どもを放っておくことはできません。早々に、各国の首脳たちをここ、聖帝中央庁に集めましょう。そこで、条約締結と今後の対策について協議を行います」

 僕はたちは、笑顔で顔を見合わせた。こんなにも簡単にいくとは……予想外だった。

「トルーマン大司祭、至急、アマゼロト枢機卿と上級司祭、そして神聖騎士団ヴィクトル総長を集めよ」

 突然、教皇の大きな声がこの大広間に響いた。トルーマンさんは一礼し、すぐさまここから出て行った。

「お三方はどうされますか?」

「……ど、どうされますかって……どうしようか?」

「そんなことを言われてもなぁ……」

 ヴァルバは頭をポリポリとかいていた。

「もし何も無いなら、しばらくの間ここ、中央庁にいてくださっても構いませんよ」

「えっ?」

「あなた方は、大切なお客です。もてなすのは、当然ですから」

 優しい声で、教皇は言った。

「だけど……なぁ?」

「俺はいいと思うぞ? ……お金はかからないし」

 そこの部分だけ、ヴァルバは小さい声で言った。しっかりしているというか、なんとうか。

「……それに、これ以上俺たちがやることじゃないだろう。ゼテギネアだって、猊下の勅令なら従うだろうし」

 たしかに、彼の言うとおりだ。教皇が動き出したのだから、残されたゼテギネアだって動き出すだろうし。

「じゃ、じゃあ、お世話になります」

 僕は小心者のように言った。「金がかからないから」という理由があるので、少々罪悪感がある。ていうか、何で僕が罪悪感を感じなきゃならないんだよ? 普通、ヴァルバが感じなきゃならないだろ?

「では……ヴァルカン」

 教皇がそう言うと、一人の男が玉座の近くの扉から入って来た。そして、教皇の前でひざまずいた。

「お客様を、客間へご案内しなさい」

「ハッ……」

 すると、その男は僕たちのところへ歩み寄って来た。

「それでは、私はこれにて失礼します。後は、彼の指示に従ってくださいね」

 教皇はそう言うと、立ち上がり、玉座の奥へと消えて行った。




 男はニッコリ微笑んだ。それにつられて、僕も小さく微笑んでしまった。

「ほな、ワイに付いて来てや」

 僕は噴出しそうになった。彼のしゃべり方にかなり驚き、立ち止まってしまった。

「? どないした?」

 目を丸くした男が、普段から細いであろう双眸で僕を覗き込んでいた。

「え? あ、いや……」

 どうして、関西弁なんだろう? お、おかしすぎる……。

「その……と、特徴的な口調ですね」

 僕がそう言うと、ヴァルカンさんはハッハッハと笑った。

「生まれつき、この口調やねんて!」

 この笑い方……生粋の関西人っぽいよ。そこがさらに面白い。

 けど、なんだろう。この人にも、変な違和感を覚える。

「あなたは……もしや、神聖騎士団守護天使(ヴァイスリッター・ガーディアン)のヴァルカンですか?」

 顔がほころぶ中、ヴァルバは疑問めいた顔で言った。


「おっと、自己紹介がまだやったな。ワイは守護天使(ガーディアン)のヴァルカン=スウィフト、26歳や」


 自分を親指でさし、白い歯を出して笑った。

守護天使(ガーディアン)?」

「教皇親衛隊のことさ。常に教皇の近くにいて、身の安全を図る……と、俺は聞いたがな」

「そのとおり! ワイはこう見えても、なかなか強いんやでぇ〜!」

 ヴァルカンさんは自分の胸に拳を置いた。

なかなか強い……て、この人……体格がものすごい。身長は190センチ以上はあるし、筋肉の隆起がどこかのボディビルダー並みだ。競泳者みたいな、ピチピチの服を着ているから、よりいっそう筋肉がすごく見える。肩や関節の辺りに、銀色のプロテクターを付けている。

「ほな、案内するから付いて来てや〜」

 陽気な関西弁。なんだか、緊張していた心の紐が、ほどけていくようだ。



 ヴァルカンさんの後を付いて行くと、中央庁の奥へと進んだ。どうやら、奥は神聖騎士団や住み込みの司祭たちが寝泊りする場所があり、その一角に客用の部屋があるらしい。

 奥にはきれいな中庭や、教会などがある。さらに、神聖騎士団(ヴァイスリッター)(ソフィア教国のほこる、ソフィア教徒で結成された軍隊。それぞれの兵士が、何らかの魔法が使える……つまり魔法戦士であり、他国にも引けを取らないという)の訓練所もあった。

「んで、ここがあんたらの部屋や」

 ヴァルカンさんに示された場所は、かなりの広さを持つ部屋だった。どこぞのリゾートホテル並みだ。ベッドのシーツとかがきれいに敷かれている。

「ここらあたりの施設はつこうてもええねんけど、2階以上に上がっちゃああかんからな。猊下や、そのご家族のいる場所やさかい」

 ヴァルカンさんは近くにある階段を示した。そこには、〈進入禁止〉の文字が書いてあった。

「一応、好きなだけおってもええちゅうことやから。ほな、ワイはこれから仕事があるさかい。……あと、腹減ったら近くにおる司祭さんにゆうてみ。うまいもん作ってくれるけぇのぉ!」

 そう言って、ヴァルカンさんは手を振りながら、元来た道を引きかえして行った。



「……あれが、ヴァルカンか……」

 ヴァルバが、彼の後姿を見ながら言った。

「知ってるのか?」

 ヴァルバは小さくうなずいた。

「ヴァルカン=スウィフト…………3年前の内乱で、最も活躍した神聖騎士だ。その功績で、守護天使(ガーディアン)に抜擢された。今も昔も、彼は教皇の右腕といわれている」

「ふーん……すごい人なんだ」

「彼の噂は、各国に轟いたからな……。武器を持たない、つまり格闘術で敵をなぎ倒していたらしく、いつもああいう笑顔を見せているが、戦場では〈鬼神の微笑み〉とかって言われているらしいぞ」

「鬼神の微笑み………」

 あの笑顔のまま、誰かを殺している姿を想像すると、恐ろしさで身震いがしてきた。

「……ん? 素手で?」

「ああ。彼の放つ豪拳は、敵の鎧も貫くとか」

「すごい力ですね」

 アンナ……すごい力という言葉で済まされるものじゃないと思うぞ……。

「ああ。それに、一個中隊を一人で壊滅させたとかっていう都市伝説てきな噂もあるんだ。まぁ彼の戦績からして、あながち嘘じゃないとは思うがな」

 一個中隊って……そもそも、人間の力で鎧を貫くことはできるのだろうか? 少々、信じ難いのだが……。





 それにしても、なんか胸につかえるものがある。こう……喉の奥というのか、そこらへんがもぞもぞするというか、モヤモヤするというか……。


 教皇と、ヴァルカンさん。


 言い表すことのできない、違和感。

 違和感というより……疑念?




 うーん……よくわからない。




 僕は腕を組み、天井を見上げながら口をへの字にしていた。





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